6 / 6
06
しおりを挟む
「――貴方は先日、過ちを正すために謝罪をしたいと、そう言いました」
だから俺も同じく、聞いてほしいのです。
そう言って彼は、いつもと同じように僕の目を真っ直ぐに見た。
一度気づいてしまったから、ただ目力が強いだけではなく、溢れて決壊しそうな程の感情が詰まっているのだとわかる。
そんな状況じゃないのに少し恥ずかしくて、僕はつい目を逸らしてしまった。
「姫君、どうか」
「大丈夫聞くから、覗き込まないで」
「ですがなぜ俺の顔を見ないのですか。貴方はいつだって人の顔を真っ直ぐ見て話をしていた」
「今はちょっと、数秒でいいから待って」
真面目な話をするのに失礼な態度だ。
それは重々わかっていたから、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
感情のコントロールなんてずっとやってきたこと。
彼に会ってからそれがことごとく崩れているけど、今までできていたことができなくなるなんてあり得ない。
そうして自分を立て直して、癖のように微笑む。
「聞くよ。君は僕を傷つけにきたわけじゃないと、思いたいから」
彼から少し距離を取り、ヤマモモの木に背を預ける。
さっきまで恵みをくれた森は、僕の気持ちをくみ取るように声を潜めていた。
一度目を閉じて、自分の中で引っかかっていたこと思い出す。
シギ王子の言うことは、矛盾していた。
僕を姫君と呼びながら、王子を失わないでほしかったなんて、おかしい。
でも、あの時を振り返れば……彼は僕に〝王子でいろ〟とは一言も言っていない。
『――貴方は貴方のままであるべきだった。そう思います』
その言葉が僕の思うものと違う意味だったとしたら。
未だに胸を苛むこの痛みを、なくすことができるだろうか。
「俺は言葉が不足していました。貴方が王子であることにあれ程苦しんでいたと知らずに、無遠慮な言い方をして貴方を深く傷つけてしまった。申し訳ありませんでした」
「……うん。それで? 君は本当だったら何を言いたかったの」
僕を王子に戻したいと言うのでなければ、僕にどうしてほしかったのか。
〝貴方は貴方のまま〟とは、一体何を指しているのか。
その答えは、もう僕の中ですら形になりつつある。
本当に謝るべきなのは、彼ではないのでないかと……
「フラディオール王子であった貴方を、俺が唯一尊敬した気高い王族を失わないでほしかったと」
「…………」
「たとえフラディオール王子が男として生きざるを得なかった貴方の苦しみの象徴だったとしても、貴方の生き方は美しかった。今まで貴方が築き上げてきた貴方を、あんな形で失ってほしくなかった」
悪役としてフラディオールは消えた。
妹姫を支え王にはならないと公言しながら、陰で王位を狙っていた黒幕として、周りに利用されたまま断罪された。
僕はそれでも構わないと思った。どうしても避けられないなら、そんな終わり方もありだろうと。
「あれが女神の試練でないとするなら、覆すべきだ。フラディオーラ、頼む。どうか、貴方自身をみじめに消し去ることを是としないでほしい」
まるで痛みを耐えるかのように、彼が眉根を寄せる。
そこで僕は、以前彼が言っていたことを思い出した。
『貴方が望むのなら身分は遡ってフラディオール王子の双子の妹君とすることができます――』
あれはただ僕を王女にしたい彼の望みではない。
僕が望むなら、彼はそう言った。
シギ王子は最初から、僕を王子と王女に分けて考えてなどいなかったんだ。
彼にとって僕は最初から、ただ王子と偽っていただけの王女。
そんな僕が損なわれる形で終わってしまったことが、許せなかった。
そういう意味で、いいんだよね?
「……でも、今更だよ。僕はもう女王陛下によって断罪された身。王の決定を覆すことはできない」
「できるのなら、どうしますか」
馬鹿にしたような問いだけど、それを口にする彼の顔にふざけたところなんてひとつもなかった。
「王が決定を覆し、貴方があえて罰を受け入れたと明かし、かつ貴方が王女であったと正し、国民に詫びることがあったら、どうしますか」
そんなの、奇跡の質問のようなものだ。
あり得ないこと尽くめで、いっそ僕の方がおかしくなってきてしまう。
「そうだね……もしもそんなことがあったら、僕は喜んで君のお嫁さんになるよ。できれば三年程婚約期間をおいて、リリィや他の妹達をしっかりと育てた後でね」
一番下の妹は三年後に成人を迎える。
それを見届けてから嫁に行くなんて、姉冥利に尽きるじゃないか。
優しい空想の世界を思い浮かべ笑ってしまう僕に、シギ王子が近づく。
相変わらず一時も目を逸らさない。どころか、こちらに瞬きまで許さないとばかりに力が籠もっている。
浮かれてしまったことにも、彼の目を覗き込むこと自体も恥ずかしくて、何とか視線を動かそうとしてもうまくいかない。
「では、婚約は今日より三年で」
「え?」
「貴方の身分の回復と本当の性別の開示は、貴方が頷けばすぐにできるよう手配を済ませています。貴方の母王を説得し、貴方が王子ではなく王女であったと正す案と貴方が隠された双子の王女であったと明かす案の二つを用意しましたが、貴方が望むのならすぐさま前者の案を取りましょう」
……今。何を、言った?
ちょっと待って。そんな実は準備していたんですって感じになるの、どうして。
母上の説得はたしかに大変だったって言っていたけど……え?
そんな都合のいいことがあっていいのか。いやあるわけない。
「あ、あり得ないでしょう。僕を断罪したのは貴族の暴走を抑えきれなかったせいもある。僕だけが間違いでしたなんて無罪になることは……」
「あり得ます。母王が集めていた無実の証拠をこちらで完全に揃えました。貴方は騒動を綺麗に抑えるためにあえて汚名を被っただけに過ぎない」
「じゃあ! 今更王女でしたなんて言うのもあり得ない。二十二年も国民を騙していたなんて王家が認めるわけ……」
「あります。魔術士長が〝女児が王女のまま育てば成人前に死ぬ〟という予言をし、それを怖れた王家が予言をねじまげて発表したことにしました。貴方は不服に思うところもあるとは承知ですが、王家にも貴方にも最も非がない形にするにはこれくらいの操作が必要でした」
完全に論破されて、ひどく力が抜ける。
その場に崩れ落ちそうになる僕を、力強い腕が支えてくれた。
半ば抱き寄せられるようにされる。飛び降りた時は感じなかったけど、思ったよりもずっと逞しい身体をしている。
そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしくて、少し身じろぎをしたけど彼は全く動じなかった。
「……それで、女王陛下が詫びるの? 自ら頭を下げて、今までのことは間違いだったって?」
「はい。母王様はひどく憔悴されて、何よりも娘に詫びたいとおっしゃっていました」
「そう、なんだ……」
僕の性別を一番気にしていたのは、母上だった。
同時に、僕が女の子だと言うと一番悲しくて苦しい顔をするのも。
その母上が、僕を王女だと認めるという。
まるで夢の中にいるかのように、足元がおぼつかない。
自分がどこにいるのかわからない。そんな錯覚まであって、僕は彼の背に腕を回して自分を落ち着ける。
黒尽くめの服を通して伝わる温かさが、心を穏やかにしていく。
僕はここにいる。
元王子で、これから王女の僕は、きちんと存在している。
存在しても、いいんだ。
「……僕は、王女になっても、いいのかな。みんなを騙していたのに、今更王女として生きて、家族や国民を愛しても許されるのかな」
別人として生きずに、ただ僕は女だったと言ってもいいのかな。
僕が生きてきた道を、今度は嘘をつかずに歩いてもいいのかな。
母上と父上の娘だと、妹達の姉だと、東の花国の第一王女だと自分を認めてもいいのかな。
そんなの、本当に奇跡だ。
そしてそれを起こした人は、僕を愛していて、僕と結婚したいという。
「姫君、全て許されます。許されます、から」
「ありがとう、シギ王子……君が僕を愛してくれて、よかった」
奇跡のはじまりは、彼が僕を好いてくれたこと。
彼がいなければ、僕はどうやって生きていただろう。
ひっそりと王子をやめて別人になっていた? 王子として暮らしながら別人になりすまし二重生活をしていた? それとも一生王子のままだった?
僕の気持ちを、僕自身を諦めないで済んだのは彼のおかげだ。
そんな彼に、僕はまたしてもひどいことをしてしまった。
「たしかに君は言葉足らずだったかもしれないけど、それ以上に僕が言葉を読めなさ過ぎた。君を拒絶して、ごめんなさい」
「……姫君」
こくりと、彼の喉が動いたのがわかった。
僕も緊張で喉が渇いている。こんな言葉を伝えるとは、彼と再会した時には考えもしなかったから。
「申し訳ないけど僕はまだ恋というものすら知らない。でも君が僕を否定したと感じた時はすごく悲しかったし、君に嫌われると想像すると心が痛い。きっと僕は君のことを好きになれると思う。実際現時点でもとても誠実で好ましいと思っている。だから、」
――どうか君の愛で、僕に恋や愛を教えてくれないだろうか。
そう小さく囁いたら、急に腕の力が強くなって……
い、痛い。めちゃくちゃに痛い。
「ちょ、と……シギ王子、力、つよ」
「どうか姫君、そのままで」
「でも、腕、いった……」
「すみません。しかし離せば確実に無体を働きます」
「え」
「貴方を深く深く愛しています。ですが俺の愛は高尚なものではなく、敬愛や憧憬や称賛や傾慕や寵愛や溺愛や盲愛や時には情欲を多分に含むものだということを覚えておいてください」
「あ、ハイ」
どうやら彼はその執着に相応しく、色々な意味合いの愛を僕に向けているらしい。
どうりで目にあれ程の感情が詰まってるわけだ……
納得しながらも痛いものは痛いので、早く落ち着いてくれと祈りながらそのまま待つ。
温かいというより、ここまでくると熱い。
体温が僕より高いのかと思いかけたけど、それはおそらく僕がここにいるからだ。
僕を腕の中に収めているから……
そこに思い至ると、こっちも熱くなってしまう。
恥ずかしいくらいの愛に包まれているのだと自覚してしまう。
「……そろそろ大丈夫?」
「いえ、まだです」
「僕に触れる口実にしていない?」
「……そんなことは」
あるんだね。
無言の抗議を察して、彼がゆっくりと身体を離す。
見上げても大丈夫か、少し心配になりながらもその顔を覗き込むと。
「何て顔をしているの」
「どの、ような……」
目元を赤くして、瞳をわずかに潤ませて、気のぬけたようにほんの少しだけ口元を緩めた顔。
「なんていうか、多分今の君は〝きっとこの人は僕のことをとても好きなんだろうな〟ってわかる顔なんだと思う」
だって、そんな表情を向けてくる人を見たことがない。
そして僕はそれを見ることができて、嬉しい。
かわいいな、大切にしたいな――好きだなと、思う。
「ねぇ、シギ。恋をするのって、意外と簡単なんだね」
「は、い……?」
「僕にもっと恋を教えて。それが積もって愛になったら、ようやく君とお揃いだ」
もしかしたら君の気持ちが強くて負けてしまうかもしれないけど、こういうのは優劣をつけるものじゃないはずだ。
きっと僕は僕なりに君を愛する。
そんな予感がするんだ。
珍しく目を見開いてしまった彼の頬に手を添えてみる。
少し迷って、でもどうしてもしてみたくて。
思い切って、僕は彼にキスをした。
その後彼に〝無体〟を働かれたかは……まぁ、別の話で。
END
だから俺も同じく、聞いてほしいのです。
そう言って彼は、いつもと同じように僕の目を真っ直ぐに見た。
一度気づいてしまったから、ただ目力が強いだけではなく、溢れて決壊しそうな程の感情が詰まっているのだとわかる。
そんな状況じゃないのに少し恥ずかしくて、僕はつい目を逸らしてしまった。
「姫君、どうか」
「大丈夫聞くから、覗き込まないで」
「ですがなぜ俺の顔を見ないのですか。貴方はいつだって人の顔を真っ直ぐ見て話をしていた」
「今はちょっと、数秒でいいから待って」
真面目な話をするのに失礼な態度だ。
それは重々わかっていたから、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
感情のコントロールなんてずっとやってきたこと。
彼に会ってからそれがことごとく崩れているけど、今までできていたことができなくなるなんてあり得ない。
そうして自分を立て直して、癖のように微笑む。
「聞くよ。君は僕を傷つけにきたわけじゃないと、思いたいから」
彼から少し距離を取り、ヤマモモの木に背を預ける。
さっきまで恵みをくれた森は、僕の気持ちをくみ取るように声を潜めていた。
一度目を閉じて、自分の中で引っかかっていたこと思い出す。
シギ王子の言うことは、矛盾していた。
僕を姫君と呼びながら、王子を失わないでほしかったなんて、おかしい。
でも、あの時を振り返れば……彼は僕に〝王子でいろ〟とは一言も言っていない。
『――貴方は貴方のままであるべきだった。そう思います』
その言葉が僕の思うものと違う意味だったとしたら。
未だに胸を苛むこの痛みを、なくすことができるだろうか。
「俺は言葉が不足していました。貴方が王子であることにあれ程苦しんでいたと知らずに、無遠慮な言い方をして貴方を深く傷つけてしまった。申し訳ありませんでした」
「……うん。それで? 君は本当だったら何を言いたかったの」
僕を王子に戻したいと言うのでなければ、僕にどうしてほしかったのか。
〝貴方は貴方のまま〟とは、一体何を指しているのか。
その答えは、もう僕の中ですら形になりつつある。
本当に謝るべきなのは、彼ではないのでないかと……
「フラディオール王子であった貴方を、俺が唯一尊敬した気高い王族を失わないでほしかったと」
「…………」
「たとえフラディオール王子が男として生きざるを得なかった貴方の苦しみの象徴だったとしても、貴方の生き方は美しかった。今まで貴方が築き上げてきた貴方を、あんな形で失ってほしくなかった」
悪役としてフラディオールは消えた。
妹姫を支え王にはならないと公言しながら、陰で王位を狙っていた黒幕として、周りに利用されたまま断罪された。
僕はそれでも構わないと思った。どうしても避けられないなら、そんな終わり方もありだろうと。
「あれが女神の試練でないとするなら、覆すべきだ。フラディオーラ、頼む。どうか、貴方自身をみじめに消し去ることを是としないでほしい」
まるで痛みを耐えるかのように、彼が眉根を寄せる。
そこで僕は、以前彼が言っていたことを思い出した。
『貴方が望むのなら身分は遡ってフラディオール王子の双子の妹君とすることができます――』
あれはただ僕を王女にしたい彼の望みではない。
僕が望むなら、彼はそう言った。
シギ王子は最初から、僕を王子と王女に分けて考えてなどいなかったんだ。
彼にとって僕は最初から、ただ王子と偽っていただけの王女。
そんな僕が損なわれる形で終わってしまったことが、許せなかった。
そういう意味で、いいんだよね?
「……でも、今更だよ。僕はもう女王陛下によって断罪された身。王の決定を覆すことはできない」
「できるのなら、どうしますか」
馬鹿にしたような問いだけど、それを口にする彼の顔にふざけたところなんてひとつもなかった。
「王が決定を覆し、貴方があえて罰を受け入れたと明かし、かつ貴方が王女であったと正し、国民に詫びることがあったら、どうしますか」
そんなの、奇跡の質問のようなものだ。
あり得ないこと尽くめで、いっそ僕の方がおかしくなってきてしまう。
「そうだね……もしもそんなことがあったら、僕は喜んで君のお嫁さんになるよ。できれば三年程婚約期間をおいて、リリィや他の妹達をしっかりと育てた後でね」
一番下の妹は三年後に成人を迎える。
それを見届けてから嫁に行くなんて、姉冥利に尽きるじゃないか。
優しい空想の世界を思い浮かべ笑ってしまう僕に、シギ王子が近づく。
相変わらず一時も目を逸らさない。どころか、こちらに瞬きまで許さないとばかりに力が籠もっている。
浮かれてしまったことにも、彼の目を覗き込むこと自体も恥ずかしくて、何とか視線を動かそうとしてもうまくいかない。
「では、婚約は今日より三年で」
「え?」
「貴方の身分の回復と本当の性別の開示は、貴方が頷けばすぐにできるよう手配を済ませています。貴方の母王を説得し、貴方が王子ではなく王女であったと正す案と貴方が隠された双子の王女であったと明かす案の二つを用意しましたが、貴方が望むのならすぐさま前者の案を取りましょう」
……今。何を、言った?
ちょっと待って。そんな実は準備していたんですって感じになるの、どうして。
母上の説得はたしかに大変だったって言っていたけど……え?
そんな都合のいいことがあっていいのか。いやあるわけない。
「あ、あり得ないでしょう。僕を断罪したのは貴族の暴走を抑えきれなかったせいもある。僕だけが間違いでしたなんて無罪になることは……」
「あり得ます。母王が集めていた無実の証拠をこちらで完全に揃えました。貴方は騒動を綺麗に抑えるためにあえて汚名を被っただけに過ぎない」
「じゃあ! 今更王女でしたなんて言うのもあり得ない。二十二年も国民を騙していたなんて王家が認めるわけ……」
「あります。魔術士長が〝女児が王女のまま育てば成人前に死ぬ〟という予言をし、それを怖れた王家が予言をねじまげて発表したことにしました。貴方は不服に思うところもあるとは承知ですが、王家にも貴方にも最も非がない形にするにはこれくらいの操作が必要でした」
完全に論破されて、ひどく力が抜ける。
その場に崩れ落ちそうになる僕を、力強い腕が支えてくれた。
半ば抱き寄せられるようにされる。飛び降りた時は感じなかったけど、思ったよりもずっと逞しい身体をしている。
そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしくて、少し身じろぎをしたけど彼は全く動じなかった。
「……それで、女王陛下が詫びるの? 自ら頭を下げて、今までのことは間違いだったって?」
「はい。母王様はひどく憔悴されて、何よりも娘に詫びたいとおっしゃっていました」
「そう、なんだ……」
僕の性別を一番気にしていたのは、母上だった。
同時に、僕が女の子だと言うと一番悲しくて苦しい顔をするのも。
その母上が、僕を王女だと認めるという。
まるで夢の中にいるかのように、足元がおぼつかない。
自分がどこにいるのかわからない。そんな錯覚まであって、僕は彼の背に腕を回して自分を落ち着ける。
黒尽くめの服を通して伝わる温かさが、心を穏やかにしていく。
僕はここにいる。
元王子で、これから王女の僕は、きちんと存在している。
存在しても、いいんだ。
「……僕は、王女になっても、いいのかな。みんなを騙していたのに、今更王女として生きて、家族や国民を愛しても許されるのかな」
別人として生きずに、ただ僕は女だったと言ってもいいのかな。
僕が生きてきた道を、今度は嘘をつかずに歩いてもいいのかな。
母上と父上の娘だと、妹達の姉だと、東の花国の第一王女だと自分を認めてもいいのかな。
そんなの、本当に奇跡だ。
そしてそれを起こした人は、僕を愛していて、僕と結婚したいという。
「姫君、全て許されます。許されます、から」
「ありがとう、シギ王子……君が僕を愛してくれて、よかった」
奇跡のはじまりは、彼が僕を好いてくれたこと。
彼がいなければ、僕はどうやって生きていただろう。
ひっそりと王子をやめて別人になっていた? 王子として暮らしながら別人になりすまし二重生活をしていた? それとも一生王子のままだった?
僕の気持ちを、僕自身を諦めないで済んだのは彼のおかげだ。
そんな彼に、僕はまたしてもひどいことをしてしまった。
「たしかに君は言葉足らずだったかもしれないけど、それ以上に僕が言葉を読めなさ過ぎた。君を拒絶して、ごめんなさい」
「……姫君」
こくりと、彼の喉が動いたのがわかった。
僕も緊張で喉が渇いている。こんな言葉を伝えるとは、彼と再会した時には考えもしなかったから。
「申し訳ないけど僕はまだ恋というものすら知らない。でも君が僕を否定したと感じた時はすごく悲しかったし、君に嫌われると想像すると心が痛い。きっと僕は君のことを好きになれると思う。実際現時点でもとても誠実で好ましいと思っている。だから、」
――どうか君の愛で、僕に恋や愛を教えてくれないだろうか。
そう小さく囁いたら、急に腕の力が強くなって……
い、痛い。めちゃくちゃに痛い。
「ちょ、と……シギ王子、力、つよ」
「どうか姫君、そのままで」
「でも、腕、いった……」
「すみません。しかし離せば確実に無体を働きます」
「え」
「貴方を深く深く愛しています。ですが俺の愛は高尚なものではなく、敬愛や憧憬や称賛や傾慕や寵愛や溺愛や盲愛や時には情欲を多分に含むものだということを覚えておいてください」
「あ、ハイ」
どうやら彼はその執着に相応しく、色々な意味合いの愛を僕に向けているらしい。
どうりで目にあれ程の感情が詰まってるわけだ……
納得しながらも痛いものは痛いので、早く落ち着いてくれと祈りながらそのまま待つ。
温かいというより、ここまでくると熱い。
体温が僕より高いのかと思いかけたけど、それはおそらく僕がここにいるからだ。
僕を腕の中に収めているから……
そこに思い至ると、こっちも熱くなってしまう。
恥ずかしいくらいの愛に包まれているのだと自覚してしまう。
「……そろそろ大丈夫?」
「いえ、まだです」
「僕に触れる口実にしていない?」
「……そんなことは」
あるんだね。
無言の抗議を察して、彼がゆっくりと身体を離す。
見上げても大丈夫か、少し心配になりながらもその顔を覗き込むと。
「何て顔をしているの」
「どの、ような……」
目元を赤くして、瞳をわずかに潤ませて、気のぬけたようにほんの少しだけ口元を緩めた顔。
「なんていうか、多分今の君は〝きっとこの人は僕のことをとても好きなんだろうな〟ってわかる顔なんだと思う」
だって、そんな表情を向けてくる人を見たことがない。
そして僕はそれを見ることができて、嬉しい。
かわいいな、大切にしたいな――好きだなと、思う。
「ねぇ、シギ。恋をするのって、意外と簡単なんだね」
「は、い……?」
「僕にもっと恋を教えて。それが積もって愛になったら、ようやく君とお揃いだ」
もしかしたら君の気持ちが強くて負けてしまうかもしれないけど、こういうのは優劣をつけるものじゃないはずだ。
きっと僕は僕なりに君を愛する。
そんな予感がするんだ。
珍しく目を見開いてしまった彼の頬に手を添えてみる。
少し迷って、でもどうしてもしてみたくて。
思い切って、僕は彼にキスをした。
その後彼に〝無体〟を働かれたかは……まぁ、別の話で。
END
10
お気に入りに追加
391
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(2件)
あなたにおすすめの小説
【完結】王子の「妹」である私は弟にしか見えないと言ったのに、王女として正装した途端に求婚するなんてあんまりです〜まさか別人だと思ってる!?〜
桐野湊灯
恋愛
ローアル王国の王子は「天使」だと絶賛されている。人形のように整った顔立ちと、民衆に寄り添うような笑顔。
妹のシャロンは幼い頃から、そんな兄を見て育ってきた。
「王女」としての振る舞いを求められる一方で、兄が自由に馬に乗ったり、剣術を習っているのが羨ましいと思っていた。女性にしては背が高いこともコンプレックスだったシャロンは、いつも「弟」だったら良かったのにと思っていた。
そうすれば、あのお方ともっと親しくなれたかもしれないのに。
兄の婚約発表を兼ねた晩餐会、義姉の勧めもあって渋々ドレスアップすることになったシャロン。
いくらお酒が入っているからといって、あのお方が「君と結婚したい」なんて言うなんて。
少し前に私のことを"弟にしか見えない"と言ったくせに……!
挙句に「君はどこのお嬢さんかな? 」なんて聞く始末……もしかして、別人だと思ってる!?
※ 『その恋は解釈違いにつき、お断りします〜推しの王子が私に求婚!? 貴方にはもっと相応しいお方がいます!〜』の、登場人物のお話です。どちらかだけでもお楽しみいただけると思いますが、そちらも読んで頂けたら嬉しいです。
※小説家になろう、ツギクル、ベリーズカフェにも掲載しています。
※2021年9月21日 加筆修正しました。
英雄になった夫が妻子と帰還するそうです
白野佑奈
恋愛
初夜もなく戦場へ向かった夫。それから5年。
愛する彼の為に必死に留守を守ってきたけれど、戦場で『英雄』になった彼には、すでに妻子がいて、王命により離婚することに。
好きだからこそ王命に従うしかない。大人しく離縁して、実家の領地で暮らすことになったのに。
今、目の前にいる人は誰なのだろう?
ヤンデレ激愛系ヒーローと、周囲に翻弄される流され系ヒロインです。
珍しくもちょっとだけ切ない系を目指してみました(恥)
ざまぁが少々キツイので、※がついています。苦手な方はご注意下さい。
美醜逆転世界でお姫様は超絶美形な従者に目を付ける
朝比奈
恋愛
ある世界に『ティーラン』と言う、まだ、歴史の浅い小さな王国がありました。『ティーラン王国』には、王子様とお姫様がいました。
お姫様の名前はアリス・ラメ・ティーラン
絶世の美女を母に持つ、母親にの美しいお姫様でした。彼女は小国の姫でありながら多くの国の王子様や貴族様から求婚を受けていました。けれども、彼女は20歳になった今、婚約者もいない。浮いた話一つ無い、お姫様でした。
「ねぇ、ルイ。 私と駆け落ちしましょう?」
「えっ!? ええぇぇえええ!!!」
この話はそんなお姫様と従者である─ ルイ・ブリースの恋のお話。
「君の為の時間は取れない」と告げた旦那様の意図を私はちゃんと理解しています。
あおくん
恋愛
憧れの人であった旦那様は初夜が終わったあと私にこう告げた。
「君の為の時間は取れない」と。
それでも私は幸せだった。だから、旦那様を支えられるような妻になりたいと願った。
そして騎士団長でもある旦那様は次の日から家を空け、旦那様と入れ違いにやって来たのは旦那様の母親と見知らぬ女性。
旦那様の告げた「君の為の時間は取れない」という言葉はお二人には別の意味で伝わったようだ。
あなたは愛されていない。愛してもらうためには必要なことだと過度な労働を強いた結果、過労で倒れた私は記憶喪失になる。
そして帰ってきた旦那様は、全てを忘れていた私に困惑する。
※35〜37話くらいで終わります。
高熱を出して倒れてから天の声が聞こえるようになった悪役令嬢のお話
下菊みこと
恋愛
高熱を出して倒れてから天の声が聞こえるようになった悪役令嬢。誰とも知らぬ天の声に導かれて、いつのまにか小説に出てくる悪役全員を救いヒロイン枠になる。その後も本物のヒロインとは良好な関係のまま、みんなが幸せになる。
みたいなお話です。天の声さん若干うるさいかも知れません。
小説家になろう様でも投稿しています。
いつも婚約者に冷たい美貌の公爵令息の甘い企み
メカ喜楽直人
恋愛
年に一度、グランバートル王国を挙げて秋の豊作を祈る祈年祭の日。
王宮でも神への祈りを捧げる為に夜通し夜会が開かれる。
紫水晶の瞳とプラチナブロンドをもつ美貌の公爵令息オルロフは、婚約者の侯爵令嬢ロザリアを伴って、今年もその祭へと参加する。
ある企みをその胸に持って。
盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです
斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。
思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。
さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。
彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。
そんなの絶対に嫌!
というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい!
私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。
ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー
あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの?
ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ?
この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった?
なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。
なんか……幼馴染、ヤンデる…………?
「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
第三話読了。ヒーローさんと主人公さんの事を語らうって妹ちゃんもシスコンなのかwそうなのかw
伊予二名さま
こんばんは、矢島汐です。
2つ感想をいただいていたのでまとめてでの返信で失礼します。
主人公がそう育てられたのは語られない色々な思惑もあってですが……そう直球で言われてしまうとつらいですね;
おそらくヒーローと妹で主人公大好き同盟を組んでいると思われます~
感想ありがとうございました。
両親は悪人では無いけど、すこぶる馬鹿だな(๑╹ω╹๑)(ど直球