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第16話 『第四次計画 前編』
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建国戦記 第16話 『第四次計画 前編』
1540年4月24日
扶桑連邦が掲げている戦略目標は大きく分けて3つあった。
最優先なのが扶桑大陸(旧オーストラリア大陸)の開発である。当然であろう。小笠原諸島だけでは扶桑連邦がこれまで発展してきた歴史などに不備が出てしまうからだ。技術発展には試行錯誤を繰り返せるそれ相応の土地、資源が必要である。扶桑連邦の領土が小笠原諸島だけでは、現在の扶桑連邦に至る文明の発展を説明することはできない。日本や諸外国の文明が発達すれば必ず疑問に思われてくるだろう。何しろ、あの諸島では小銃どころか、火縄銃の開発に漕ぎつけるまでのリソースを生み出すことすら出来ない。試行錯誤のための鉄を精製する燃料も必要だった。生活資源と開発資源をあの諸島で補えば、環境への負荷が絶望的になってしまう。 天文学的な奇跡と偶然の連続で小銃まで開発できたとしても、発電機や自動車は無理がありすぎる。故に高野達の発展の流れを証明する土地が必要だったが、何処でもよい訳ではない。中国大陸や日本列島からある程度離れつつ、当時の航海技術で辛うじて行ける範囲に限られている。辛うじて行ける範囲ならば幸運で処理が可能だったからだ。そして太平洋で適度な面積があって必要な資源が有しており、加えて過疎地域なのはオーストラリア大陸だけだった。
次に優先度が高かったのが信秀率いる織田家の後押しである。織田家を中心に日本側の技術力・生産力の向上を進めつつ、北方4島含む北海道、沖縄の織田勢力による殖民の推進を進めていくのだ。
最後は特別に選別した特別委民者の冷凍睡眠装置を搭載した殖民船団を形成し、外宇宙移民を行うことだ。環境破壊、資源枯渇、人口爆発によって滅び行く地球から逃れるための計画だ。流石にいきなりの外宇宙進出は技術的にも無理があるので、最初は火星への移民になる。
そして、第三次計画が終わりを迎えた今、次の計画に向けての会議が須賀湾岸基地の会議室で行われていた。内容だけに主要メンバーの全員参加で行われている。会議の内容は最初は生産力や拠点開発の話へと進み、今は全ての計画に於いてネックになった人的資源に関する内容へと移っている。
「現地募集の兵は特殊任務を行うにはまだまだ技量不足ですが、
拠点防衛及び限定的な攻勢なら及第点を与えても良いでしょう」
黒江が資料を基に的確に応じていた。連邦軍の理想としては日本列島に配備している兵は出来る限り現地募集の兵力で補いたかったのだ。もっとも現状では不可能といっているに等しい。国防軍時代からの人員が抜けてしまえば、精鋭としての体面を保てなくなるだろう。
「工兵の技術兵として技量は?」
高野の質問に対して黒江は最低限の土木工事は可能だが、高度な工事は現状では不可能との返答を行う。短期間で現地募集の人員を正規軍に匹敵する錬度まで高めたが、あくまでもこの時代の平均水準を超えたに過ぎない。装備と後方支援の力に頼っている部分が大きく、困難な任務を踏破するようなレベルには達していなかったのだ。
ある程度話が進むと真田が意を決したように口を開く。
「人的資源に関して腹案があるぞ」
「伺いましょう」
高野は真田が発する緊張した雰囲気を察した。長い付き合いだけに真田が何か重大な発言をするのが判る。真田が会議室のテーブルに埋め込まれている制御卓を操作すると、中央に大型モニターに情報が表示された。
「関東の住民を教育しても時間がかかる。
連邦内の資源採掘は機械に任せられるが文化や国家を育てるとなると話は違う。
それには多くの知恵が必要になる。
睡眠学習で補うにしても同時に多数の人員を教育できないし、
現状では労働力は足りていないだろう。
初期の国民は成体クローンで補うべきだと思うのだ。
現状であっても再生医療の機材を弄れば少数ならば生み出せる。
何より空白の脳ならば睡眠学習を施しやすいしので処理を終える時間が桁違いに早い」
確かに真田が言うように睡眠学習では知識習得に至った経緯を覚えていなければ、どのような記憶障害が発生するかが判らない。活動電位が軸索伝導中に変形されシナプス出力が調整されるのだが、その調節機構の設定が面倒だったのだ。人格を塗りつぶすほどの上書きならば簡単だが、無実の民にそのような事は行えない。しかし、成体クローンとして均一化した人員を作成するなら、その手間は大きく減る。最初は個性に関しては均一に近いが、環境や経験で差が出てくるので最終的には個人人格として問題のないものになるだろう。これは準高度AIが自我を形成した状態と同じである。
会議の場に沈黙が広がった。
彼の発言は社会の慣習として成立している行為規範を大きく逸脱する内容だった。もちろん真田は科学者としての倫理は忘れていない。ただ、地球にあまり時間が残されていないことを知っていたからこその発言である。 発展による環境への負荷によって生じる自然破壊や、経済活動の拡大に伴う資源不足は避けられない。高野たちがかつて住んでいた世界の情勢と環境状況は未来の希望が持てないレベルのものだっただけに心に重く圧し掛かる。この世界で日本や扶桑連邦がリサイクルを重視し、環境に配慮した文明を作り上げても、他の国々が追従しなければ意味が無かった。必ず地球環境に大きな負荷を掛ける大量消費社会へと突き進むだろう。結果として、拭いがたい各国の身勝手な環境破壊が同じように繰り返されていく。
他国に自然環境への負荷を減らす技術援助を行うにしても、そう簡単ではない。
自然環境への負荷を減らす技術は何処かしら軍事技術に紐付いてしまうし、その転用した軍事技術が自分たちに向けられては本末転倒だった。小規模の技術支援を行っても付け焼刃だ。また、歴史を見ても判るように条約で環境保護を掲げても経済発展を理由に簡単に脱却されてしまう。そして、大量消費社会にならないように発展を妨害していくにしても限界がある。露骨に行えば当然ながら、抑制された方は恨むだろう。中世の社会ですらも船舶資材や薪燃料の確保の為に森林破壊が進んでいた。環境破壊は別に近年の専売特許ではない。
――コーヒーが高額な嗜好品になってしまった、
あの世界が残念でならぬ――
真田が残念がっていたように2062年ではコーヒー豆は超高額の趣向品になっていた。コーヒーは2019年の段階で野生種の6割が絶滅の危機に瀕していたが、2062年では野生種は希少な例を除いて絶滅していた。天然のコーヒーは特権階級のみが許される飲み物へとなっていたのだ。海水の温度上昇に伴う気候変動は致命的であり、それだけでも野生生物や野生種は壊滅的な被害になっていたのが原因である。被害はコーヒーに留まらず、多種にも及んでいた。真田は個人的な欲望と生物学的な保護の考えから、それらの種子の採取作戦を進めつつあったのだ。コーヒーが優先されていたのは公私混同だったが。
ともあれ、気候変動も致命的だが、最大の問題が地磁気や北磁極が20世紀後半から21世紀にかけて100年で6%ほどの割合で弱まり続けており、21世紀には行ってから減退率が更に増している点であろう。永年変化か地磁気逆転のどちらかを迎える予兆が出ていたので、問題としては此方のほうが大きい。地磁気が弱まれば、それによって大気圏内への進入を大きく阻んでいた宇宙線の入射量が増大し、環境と生物への影響が懸念される。 若者の言葉で言うならば「地球ヤバイ」であろうか。
「真田准将の懸念は理解しています。
他国による環境破壊、人口爆発、
そして地磁気への懸念からの判断でしょう」
無言のまま真田が頷く。
誰もが危険性を理解していたので口を挟む者は居なかった。
「成体クローンであっても人権の保障は絶対です。
それと老化抑制も最低限は必要ですね」
「それは勿論じゃ」
高野の言葉は当然だった。成体クローンと言えども人権は必要だったし、彼らが短命であってはコストに見合わない。高野が賛成の意を示すと、少しづつだが賛成へと回っていった。扶桑連邦の民は優秀性の他に成人してから老化が著しく遅くなる不老長寿体質として生まれることになる。
無論、成体クローンであっても、人工的に作られた情報は最高機密として隠すのが絶対である。そして作られた記憶で幼少期を補うついでに、高野たちと同じように法律遵守の暗示を盛り込んでいく。こうして、初期の扶桑大陸や太平洋の諸島に定住する扶桑連邦国民は成体クローンの生産で補っていく事が決定した。才能と資質に恵まれた彼らは扶桑連邦内の名家として存在していくことになるのだ。
彼らの会議では重要な案件は過半数の一致で進めていくのが決まりになっている。
以外だが最後まで悩んでいたのが"さゆり"だったが、
結局は賛成へと回った。
「満場一致によって成体クローンの件は可決となります。
それと真田さんには最優先に男性の幼少クローンを1体用意して下さい。
現地有力者の嫡男と親友になれるような高い知性を有しつつも、
精神、肉体ともに頑強な少年が好ましいです」
「ほほう、信長の親友にするのじゃな。
心が躍るのう」
高野は頷いて肯定の意思を示す。
流石は真田と言うべきか、高野の言葉を誰よりも理解していた。高野はそれを自分の子供として扶桑領事館へと送り込んで、吉法師と交流をさせていくの計画である。よき理解者になるように吉法師の性格に合うような少年を用意し、吉法師にさり気なく知識を与えたり精神的な余裕を得られるように計らっていく。
「それと扶桑大陸のほうが落ち着いたら、
重犯罪者の確保も少しづつ進めていきましょう」
「おお、いよいよか!」
重犯罪者とは凶悪な野盗などや殺人を娯楽にしているような危険極まりない人材を指す。その中で28歳未満の重犯罪者を1000人ほど確保するのだ。目的は睡眠学習を用いて熱狂的な愛国者でかつ宇宙移民主義者へと思考を塗り替えてから時が来るまで施設で冷凍保存していく事だった。当分先の計画だが火星に向けた宇宙船の準備が出来次第、冷凍保存していた彼らを取り出して火星に送り込む。高野曰く、「重犯罪人に対する刑罰として死刑や、まして地球上での島流し程度では温すぎる」とのこと。ただ、移民初期の苦悩も調整を受けた彼らにとっては"試練"であり"祖国に貢献できる喜び"に昇華されてしまうので、罰になるかは謎であるが。その時は人格すらも変わっているので、ある意味精神的な死刑済みとも言えるだろう。また、重犯罪者の確保の際には冷凍施設の準備が整い次第、与作シリーズの重犯罪人に対する処置が処理モードからマンハントモードへと切り替えられて人員確保が始まる計画になっている。これは与作が実戦投入する前から決まっていた計画だった。
「自立型戦術人型ユニット4型は処理だけなら今のままで十分だが、
確保となると心もとないな。
もう一体製造しておくかのう」
「悪党たちの受難が増しますね」
さゆりの言葉に高野と黒江は苦笑いを浮かべる。
与作として犯罪者の物理的撲滅に大活躍している自立型戦術人型ユニット4型だが、真田の意向もあって後にすでにロールアウトを終えている与作、浜作、ヴィアに加えて新たにヘルが加わる事になる。また、与作たちの偽りの家計図もあるのだが、与作は長男、浜作は次男で、ヴィア、ヘルは白人系の愛人に生ませた兄弟になっている。日本人系で占めなかったのは、後に海外で活動する際の利便性を考慮した結果だ。ともあれ、男4人兄弟からなる彼らは後に国外へと活動拠点を移すのだが、その際の振るう猛威は各地の伝承に残る程で、約5世紀後のサブカルチャー分野では彼らの神がかった能力が大きく取りざたされ、彼らの頭文字をとってY・H・V・H(全能の神)を体言化した人物として書かれていたりするのだ。 もっとも、そのような言い方をするのは後の将来に於いて基本的に宗教に対して大らかな日本人に限定されていたが。
また扶桑大陸方面に関しては工兵隊が上陸を果たしており、西オーストラリア州北西沖、バカーニア諸島に位置する高品質でかつ露天掘りが可能な鉄鉱石の鉱床があるクーラン島で採掘用ユニットの展開を開始している。それらの鉄は関東と尾張に向けての開発資材と言うよりも、連邦軍用の資材や扶桑大陸の開発に向けた資材へと向けられている。
それらの重点的な資材投資もあって、
扶桑大陸では簡易的な農業工場の建設も進んでいた。
農業工場は土ではなく液体肥料を用いた水耕栽培でトマトやジャガイモ等だけでなくイチゴなどの趣向品を含めたものを生産している。多段水平置きのパイプの各所に穴を開けて栽培している簡単なものだったので建設に大きな時間は掛からなかったが、それでも生育の速度は土栽培の1.5倍~2倍を誇り、収穫量は3倍~4倍に上る優秀なものだ。技術としては2018年後半のものであるが、それでも扶桑連邦の豊かな食事事情を支える重要施設である。高度な施設でないだけに資材の用意も簡単だったのが大きい。 第三次計画の目標値は達成した今の扶桑連邦にとっては食料系の生産設備充実こそが急務と言えるだろう。
「さて、人的資源を増やす為に進めていた食料計画ですが、
計画の変更が必要かと思われます」
高野の言葉に全員が同意を示す。
本来の計画は関東一帯で身寄りの無い孤児を集めて、それらを教育して扶桑大陸の国民へと定住させていき人口を増やしていく。加えて扶桑大陸から関東に食料を運び込んで、そこで増えた人口の一部を移民者として募って増やす息の長い計画だった。扶桑大陸方面の人的資源は成体クローンで補う計画転換によって計画は大幅に短縮する事となったので計画の変更を行うべきであろう。
「それにつきましては、一つ案があります。
身寄りの無い孤児を集める案は継続して扶桑大陸側の準備が終わり次第、
ある程度の教育を終えた者達から送り込むのはどうでしょうか?」
さゆりが発言した内容は妙案であった。さゆりとしては孤児を何とかしたい慈悲の心だったが、それがもたらす利益も大きい。移民者と定住者が結ばれるケースは往々にして発生するだろう。即ち戦国時代の住民と、優れたい遺伝子を有する成体クローンとの子供は優れた資質を有する人材になる可能性が高いからだ。
「その方向で進める事に賛成の者は挙手を」
高野の言葉に全員が挙手を行う。
反対意見はなく、次の方針が纏まった。
「第三次計画の目標値を達成した今、
次は扶桑大陸西部に町の建設を前倒しに進めていくべきでしょう。
それと平行して少しづつ余剰食料を関東と尾張に運び込んで、
人口が増えるように調整いていきましょう」
第三次計画として旧オーストラリア大陸西部に上陸していた連邦軍工兵隊の一部は、スワン川河口部に桟橋を構築して開発基地を建設を行っている。イギリスやフランスによる入植計画に先んじた行動だった。着岸水深は既に調整済みであり、スワン川河口部を直線化してドックの建設も終えている。そこを基点に町の建設を行っていたが、更にリソースを注いで町の建設を後押ししていく事になる。これが、第四次計画として扶桑連邦で進められる計画の始まりであった。
-------------------------------------------------------------------------
16話目になります。
建国戦記では重犯罪者を確保した後、宇宙大好き思想に塗り替えてから冷凍睡眠で保管してやがて時期が訪れたら宇宙へと送り込みますw
誤字の指摘や意見、ご感想を心よりお待ちしております。
1540年4月24日
扶桑連邦が掲げている戦略目標は大きく分けて3つあった。
最優先なのが扶桑大陸(旧オーストラリア大陸)の開発である。当然であろう。小笠原諸島だけでは扶桑連邦がこれまで発展してきた歴史などに不備が出てしまうからだ。技術発展には試行錯誤を繰り返せるそれ相応の土地、資源が必要である。扶桑連邦の領土が小笠原諸島だけでは、現在の扶桑連邦に至る文明の発展を説明することはできない。日本や諸外国の文明が発達すれば必ず疑問に思われてくるだろう。何しろ、あの諸島では小銃どころか、火縄銃の開発に漕ぎつけるまでのリソースを生み出すことすら出来ない。試行錯誤のための鉄を精製する燃料も必要だった。生活資源と開発資源をあの諸島で補えば、環境への負荷が絶望的になってしまう。 天文学的な奇跡と偶然の連続で小銃まで開発できたとしても、発電機や自動車は無理がありすぎる。故に高野達の発展の流れを証明する土地が必要だったが、何処でもよい訳ではない。中国大陸や日本列島からある程度離れつつ、当時の航海技術で辛うじて行ける範囲に限られている。辛うじて行ける範囲ならば幸運で処理が可能だったからだ。そして太平洋で適度な面積があって必要な資源が有しており、加えて過疎地域なのはオーストラリア大陸だけだった。
次に優先度が高かったのが信秀率いる織田家の後押しである。織田家を中心に日本側の技術力・生産力の向上を進めつつ、北方4島含む北海道、沖縄の織田勢力による殖民の推進を進めていくのだ。
最後は特別に選別した特別委民者の冷凍睡眠装置を搭載した殖民船団を形成し、外宇宙移民を行うことだ。環境破壊、資源枯渇、人口爆発によって滅び行く地球から逃れるための計画だ。流石にいきなりの外宇宙進出は技術的にも無理があるので、最初は火星への移民になる。
そして、第三次計画が終わりを迎えた今、次の計画に向けての会議が須賀湾岸基地の会議室で行われていた。内容だけに主要メンバーの全員参加で行われている。会議の内容は最初は生産力や拠点開発の話へと進み、今は全ての計画に於いてネックになった人的資源に関する内容へと移っている。
「現地募集の兵は特殊任務を行うにはまだまだ技量不足ですが、
拠点防衛及び限定的な攻勢なら及第点を与えても良いでしょう」
黒江が資料を基に的確に応じていた。連邦軍の理想としては日本列島に配備している兵は出来る限り現地募集の兵力で補いたかったのだ。もっとも現状では不可能といっているに等しい。国防軍時代からの人員が抜けてしまえば、精鋭としての体面を保てなくなるだろう。
「工兵の技術兵として技量は?」
高野の質問に対して黒江は最低限の土木工事は可能だが、高度な工事は現状では不可能との返答を行う。短期間で現地募集の人員を正規軍に匹敵する錬度まで高めたが、あくまでもこの時代の平均水準を超えたに過ぎない。装備と後方支援の力に頼っている部分が大きく、困難な任務を踏破するようなレベルには達していなかったのだ。
ある程度話が進むと真田が意を決したように口を開く。
「人的資源に関して腹案があるぞ」
「伺いましょう」
高野は真田が発する緊張した雰囲気を察した。長い付き合いだけに真田が何か重大な発言をするのが判る。真田が会議室のテーブルに埋め込まれている制御卓を操作すると、中央に大型モニターに情報が表示された。
「関東の住民を教育しても時間がかかる。
連邦内の資源採掘は機械に任せられるが文化や国家を育てるとなると話は違う。
それには多くの知恵が必要になる。
睡眠学習で補うにしても同時に多数の人員を教育できないし、
現状では労働力は足りていないだろう。
初期の国民は成体クローンで補うべきだと思うのだ。
現状であっても再生医療の機材を弄れば少数ならば生み出せる。
何より空白の脳ならば睡眠学習を施しやすいしので処理を終える時間が桁違いに早い」
確かに真田が言うように睡眠学習では知識習得に至った経緯を覚えていなければ、どのような記憶障害が発生するかが判らない。活動電位が軸索伝導中に変形されシナプス出力が調整されるのだが、その調節機構の設定が面倒だったのだ。人格を塗りつぶすほどの上書きならば簡単だが、無実の民にそのような事は行えない。しかし、成体クローンとして均一化した人員を作成するなら、その手間は大きく減る。最初は個性に関しては均一に近いが、環境や経験で差が出てくるので最終的には個人人格として問題のないものになるだろう。これは準高度AIが自我を形成した状態と同じである。
会議の場に沈黙が広がった。
彼の発言は社会の慣習として成立している行為規範を大きく逸脱する内容だった。もちろん真田は科学者としての倫理は忘れていない。ただ、地球にあまり時間が残されていないことを知っていたからこその発言である。 発展による環境への負荷によって生じる自然破壊や、経済活動の拡大に伴う資源不足は避けられない。高野たちがかつて住んでいた世界の情勢と環境状況は未来の希望が持てないレベルのものだっただけに心に重く圧し掛かる。この世界で日本や扶桑連邦がリサイクルを重視し、環境に配慮した文明を作り上げても、他の国々が追従しなければ意味が無かった。必ず地球環境に大きな負荷を掛ける大量消費社会へと突き進むだろう。結果として、拭いがたい各国の身勝手な環境破壊が同じように繰り返されていく。
他国に自然環境への負荷を減らす技術援助を行うにしても、そう簡単ではない。
自然環境への負荷を減らす技術は何処かしら軍事技術に紐付いてしまうし、その転用した軍事技術が自分たちに向けられては本末転倒だった。小規模の技術支援を行っても付け焼刃だ。また、歴史を見ても判るように条約で環境保護を掲げても経済発展を理由に簡単に脱却されてしまう。そして、大量消費社会にならないように発展を妨害していくにしても限界がある。露骨に行えば当然ながら、抑制された方は恨むだろう。中世の社会ですらも船舶資材や薪燃料の確保の為に森林破壊が進んでいた。環境破壊は別に近年の専売特許ではない。
――コーヒーが高額な嗜好品になってしまった、
あの世界が残念でならぬ――
真田が残念がっていたように2062年ではコーヒー豆は超高額の趣向品になっていた。コーヒーは2019年の段階で野生種の6割が絶滅の危機に瀕していたが、2062年では野生種は希少な例を除いて絶滅していた。天然のコーヒーは特権階級のみが許される飲み物へとなっていたのだ。海水の温度上昇に伴う気候変動は致命的であり、それだけでも野生生物や野生種は壊滅的な被害になっていたのが原因である。被害はコーヒーに留まらず、多種にも及んでいた。真田は個人的な欲望と生物学的な保護の考えから、それらの種子の採取作戦を進めつつあったのだ。コーヒーが優先されていたのは公私混同だったが。
ともあれ、気候変動も致命的だが、最大の問題が地磁気や北磁極が20世紀後半から21世紀にかけて100年で6%ほどの割合で弱まり続けており、21世紀には行ってから減退率が更に増している点であろう。永年変化か地磁気逆転のどちらかを迎える予兆が出ていたので、問題としては此方のほうが大きい。地磁気が弱まれば、それによって大気圏内への進入を大きく阻んでいた宇宙線の入射量が増大し、環境と生物への影響が懸念される。 若者の言葉で言うならば「地球ヤバイ」であろうか。
「真田准将の懸念は理解しています。
他国による環境破壊、人口爆発、
そして地磁気への懸念からの判断でしょう」
無言のまま真田が頷く。
誰もが危険性を理解していたので口を挟む者は居なかった。
「成体クローンであっても人権の保障は絶対です。
それと老化抑制も最低限は必要ですね」
「それは勿論じゃ」
高野の言葉は当然だった。成体クローンと言えども人権は必要だったし、彼らが短命であってはコストに見合わない。高野が賛成の意を示すと、少しづつだが賛成へと回っていった。扶桑連邦の民は優秀性の他に成人してから老化が著しく遅くなる不老長寿体質として生まれることになる。
無論、成体クローンであっても、人工的に作られた情報は最高機密として隠すのが絶対である。そして作られた記憶で幼少期を補うついでに、高野たちと同じように法律遵守の暗示を盛り込んでいく。こうして、初期の扶桑大陸や太平洋の諸島に定住する扶桑連邦国民は成体クローンの生産で補っていく事が決定した。才能と資質に恵まれた彼らは扶桑連邦内の名家として存在していくことになるのだ。
彼らの会議では重要な案件は過半数の一致で進めていくのが決まりになっている。
以外だが最後まで悩んでいたのが"さゆり"だったが、
結局は賛成へと回った。
「満場一致によって成体クローンの件は可決となります。
それと真田さんには最優先に男性の幼少クローンを1体用意して下さい。
現地有力者の嫡男と親友になれるような高い知性を有しつつも、
精神、肉体ともに頑強な少年が好ましいです」
「ほほう、信長の親友にするのじゃな。
心が躍るのう」
高野は頷いて肯定の意思を示す。
流石は真田と言うべきか、高野の言葉を誰よりも理解していた。高野はそれを自分の子供として扶桑領事館へと送り込んで、吉法師と交流をさせていくの計画である。よき理解者になるように吉法師の性格に合うような少年を用意し、吉法師にさり気なく知識を与えたり精神的な余裕を得られるように計らっていく。
「それと扶桑大陸のほうが落ち着いたら、
重犯罪者の確保も少しづつ進めていきましょう」
「おお、いよいよか!」
重犯罪者とは凶悪な野盗などや殺人を娯楽にしているような危険極まりない人材を指す。その中で28歳未満の重犯罪者を1000人ほど確保するのだ。目的は睡眠学習を用いて熱狂的な愛国者でかつ宇宙移民主義者へと思考を塗り替えてから時が来るまで施設で冷凍保存していく事だった。当分先の計画だが火星に向けた宇宙船の準備が出来次第、冷凍保存していた彼らを取り出して火星に送り込む。高野曰く、「重犯罪人に対する刑罰として死刑や、まして地球上での島流し程度では温すぎる」とのこと。ただ、移民初期の苦悩も調整を受けた彼らにとっては"試練"であり"祖国に貢献できる喜び"に昇華されてしまうので、罰になるかは謎であるが。その時は人格すらも変わっているので、ある意味精神的な死刑済みとも言えるだろう。また、重犯罪者の確保の際には冷凍施設の準備が整い次第、与作シリーズの重犯罪人に対する処置が処理モードからマンハントモードへと切り替えられて人員確保が始まる計画になっている。これは与作が実戦投入する前から決まっていた計画だった。
「自立型戦術人型ユニット4型は処理だけなら今のままで十分だが、
確保となると心もとないな。
もう一体製造しておくかのう」
「悪党たちの受難が増しますね」
さゆりの言葉に高野と黒江は苦笑いを浮かべる。
与作として犯罪者の物理的撲滅に大活躍している自立型戦術人型ユニット4型だが、真田の意向もあって後にすでにロールアウトを終えている与作、浜作、ヴィアに加えて新たにヘルが加わる事になる。また、与作たちの偽りの家計図もあるのだが、与作は長男、浜作は次男で、ヴィア、ヘルは白人系の愛人に生ませた兄弟になっている。日本人系で占めなかったのは、後に海外で活動する際の利便性を考慮した結果だ。ともあれ、男4人兄弟からなる彼らは後に国外へと活動拠点を移すのだが、その際の振るう猛威は各地の伝承に残る程で、約5世紀後のサブカルチャー分野では彼らの神がかった能力が大きく取りざたされ、彼らの頭文字をとってY・H・V・H(全能の神)を体言化した人物として書かれていたりするのだ。 もっとも、そのような言い方をするのは後の将来に於いて基本的に宗教に対して大らかな日本人に限定されていたが。
また扶桑大陸方面に関しては工兵隊が上陸を果たしており、西オーストラリア州北西沖、バカーニア諸島に位置する高品質でかつ露天掘りが可能な鉄鉱石の鉱床があるクーラン島で採掘用ユニットの展開を開始している。それらの鉄は関東と尾張に向けての開発資材と言うよりも、連邦軍用の資材や扶桑大陸の開発に向けた資材へと向けられている。
それらの重点的な資材投資もあって、
扶桑大陸では簡易的な農業工場の建設も進んでいた。
農業工場は土ではなく液体肥料を用いた水耕栽培でトマトやジャガイモ等だけでなくイチゴなどの趣向品を含めたものを生産している。多段水平置きのパイプの各所に穴を開けて栽培している簡単なものだったので建設に大きな時間は掛からなかったが、それでも生育の速度は土栽培の1.5倍~2倍を誇り、収穫量は3倍~4倍に上る優秀なものだ。技術としては2018年後半のものであるが、それでも扶桑連邦の豊かな食事事情を支える重要施設である。高度な施設でないだけに資材の用意も簡単だったのが大きい。 第三次計画の目標値は達成した今の扶桑連邦にとっては食料系の生産設備充実こそが急務と言えるだろう。
「さて、人的資源を増やす為に進めていた食料計画ですが、
計画の変更が必要かと思われます」
高野の言葉に全員が同意を示す。
本来の計画は関東一帯で身寄りの無い孤児を集めて、それらを教育して扶桑大陸の国民へと定住させていき人口を増やしていく。加えて扶桑大陸から関東に食料を運び込んで、そこで増えた人口の一部を移民者として募って増やす息の長い計画だった。扶桑大陸方面の人的資源は成体クローンで補う計画転換によって計画は大幅に短縮する事となったので計画の変更を行うべきであろう。
「それにつきましては、一つ案があります。
身寄りの無い孤児を集める案は継続して扶桑大陸側の準備が終わり次第、
ある程度の教育を終えた者達から送り込むのはどうでしょうか?」
さゆりが発言した内容は妙案であった。さゆりとしては孤児を何とかしたい慈悲の心だったが、それがもたらす利益も大きい。移民者と定住者が結ばれるケースは往々にして発生するだろう。即ち戦国時代の住民と、優れたい遺伝子を有する成体クローンとの子供は優れた資質を有する人材になる可能性が高いからだ。
「その方向で進める事に賛成の者は挙手を」
高野の言葉に全員が挙手を行う。
反対意見はなく、次の方針が纏まった。
「第三次計画の目標値を達成した今、
次は扶桑大陸西部に町の建設を前倒しに進めていくべきでしょう。
それと平行して少しづつ余剰食料を関東と尾張に運び込んで、
人口が増えるように調整いていきましょう」
第三次計画として旧オーストラリア大陸西部に上陸していた連邦軍工兵隊の一部は、スワン川河口部に桟橋を構築して開発基地を建設を行っている。イギリスやフランスによる入植計画に先んじた行動だった。着岸水深は既に調整済みであり、スワン川河口部を直線化してドックの建設も終えている。そこを基点に町の建設を行っていたが、更にリソースを注いで町の建設を後押ししていく事になる。これが、第四次計画として扶桑連邦で進められる計画の始まりであった。
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16話目になります。
建国戦記では重犯罪者を確保した後、宇宙大好き思想に塗り替えてから冷凍睡眠で保管してやがて時期が訪れたら宇宙へと送り込みますw
誤字の指摘や意見、ご感想を心よりお待ちしております。
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~1941年~大和型戦艦4番艦111号(仮称:紀伊)は呉海軍工廠のドックで船を組み立てている作業の途中に、軍本部より工事中止及び船の廃棄の命令がなされたが、青木、長瀬と言う青年将校と岩瀬少佐の働きにより、大和型戦艦4番艦は廃棄を免れ、戦艦ではなく輸送船として生まれる(竣工する)ことになった。
船の名前は桔梗丸(船頭の名前は九鬼大佐)と決まった。
輸送船でありながらその当時最新鋭の武器を持ち、癖があるが最高の技量を持った船員達が集まり桔梗丸は戦地を切り抜け輸送業務をこなしてきた。
その桔梗丸が修理のため横須賀軍港に入港し、その時、長岡与一郎と言う新人が桔梗丸の船員に入ったが、九鬼船頭は遠い遥か遠い昔に長岡に会ったような気がしてならなかった。もしかして前世で会ったのか…。
それから桔梗丸は、兄弟艦の武蔵、信濃、大和の哀しくも壮絶な最後を看取るようになってしまった。
~1945年8月~日本国の降伏後にも関わらずソビエト連邦が非道極まりなく、満洲、朝鮮、北海道へ攻め込んできた。桔梗丸は北海道へ向かい疎開船に乗っている民間人達を助けに行ったが、小笠原丸及び第二号新興丸は既にソ連の潜水艦の攻撃の餌食になり撃沈され、泰東丸も沈没しつつあった。桔梗丸はソ連の潜水艦2隻に対し最新鋭の怒りの主砲を発砲し、見事に撃沈した。
この行為が米国及びソ連国から(ソ連国は日本の民間船3隻を沈没させ民間人1.708名を殺戮した行為は棚に上げて)日本国が非難され国際問題となろうとしていた。桔梗丸は日本国から投降するように強硬な厳命があったが拒否した。しかし、桔梗丸は日本国には弓を引けず無抵抗のまま(一部、ソ連機への反撃あり)、日本国の戦闘機の爆撃を受け、最後は無念の自爆を遂げることになった。
桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。
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また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。
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