建国戦記

ひでかず

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第14話 『観戦武官 後編』

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建国戦記 第14話 『観戦武官 後編』


1540年4月19日

扶桑連邦領下総国。

演習場で上級戦闘訓練を受けていた兵士の中で達次(たつじ)という名の17歳の男性が居た。階級は二等兵である。彼は農民の三男であったが、連邦軍の勤務条件に惹かれて募集に応じていたのだ。未来のない農民の三男からの脱出を賭けた決断である。その決断は正しかったと満足していたが、厳しい訓練には汗と涙を無しにしては語れない。それでも上級戦闘訓練を受けるのは警備部隊ではなく第一線に出撃する強襲部隊への配属を目指しているからだ。彼と同じように一定以上の訓練成果を出して上級戦闘訓練を受けることが許された兵士達が並んでいる。その数は8名。一人の男性の教官が鋭い眼差しで訓練の様子を見ていた。

この訓練には勝家の連邦軍の戦術を身を持って学ぼうする達ての希望で勝家と秀隆が参加している。流石に訓練ともなれば二人は刀は所持していない。

演習場では近接格闘術の組み手が始まっていた。
小銃、短剣と連係した当身技、投げ技、絞め技、関節技からなる格闘技である。

達次は思う。

――格闘訓練は苦手だよ。
でもこれを克服しないと警備部隊から移動できない。
やるしかないんだ!――

達次は昇進と技能習得による昇給を獲たい為に頑張っていた。警備部隊の兵でも農民から見れば高給取りだったが、更なる目標のためである。実は、彼はイリナを見て一目惚れをしてしまったのだ。イリナが中心となって開放派が自らを題材にして売り出し始めた絵集を見て心を奪われていた。どうみても今の階級では近寄ることは難しい。要するに雲を掴むような話だったが、栄達を果たして憧れの女性にお近づきになりたかったのだ。欲望に塗れた動機だったが、連邦軍としては能力を発揮するなら法律を守る範囲ならば問題視していない。

むしろ開放派は現地募集兵の向上心を上げるために張り切りを見せてすらいる。
この時代では未知の衣装である水着を披露している程の大盤振る舞いだ。

ともあれ、その様子は第三者からの冷静な目で見れば、
人参に釣られた馬がなんとか食いつこうとして全力で走るような様だった。

同じように訓練を受けている勝家と秀隆は近接格闘術が持つ奥が深い仕組みに感嘆を受けたのだ。突発的な対応の必要性、隠密行動時に於ける敵の対処方法などを聞かされていた事もあって二人は十分に訓練された兵士の価値を更に理解する。

そして勝家は驚愕していた。

――彼らの半分が農民というのか…
農民であっても十分な訓練を施せば武士にも劣らぬ。
いや、戦い方は武士より洗練されてるやもしれん――

辛い訓練にも関わらず農民出身であっても必死に食いついていく兵士の存在に勝家は常備軍の設立だけでなく、家柄を考慮しない実力主義の部隊編成が必要だと痛感していたのだ。武士階級が少なければ家柄を考慮して戦場を選定する必要も無い。そして面倒な政治的要因が無い部隊は必要に応じて即座に展開できる利点があるカオリから言われていたこともあった事も大きいだろう。

もっとも農民を恒常的に兵士にするには農業以外の税収を得なければならないし、常備軍ともなれば相応の経済力が必要だったので難題が山済みだということにまだ勝家は気付いていない。後で目指す道の険しさに頭を抱えることになる。

やがて近接格闘術の訓練は終えて、
訓練内容は射撃へと移行した。

「狙いは素早く精密に行え。
 よし、構え」

教官の指示に各員が30式小銃を構えて200メートル先の鉄の固定板に留められた人型紙的(マンターゲット)に向かって撃つ。弾丸が標的に当たっていく。

勝家と秀隆は1発しか命中させていなかったが、これは技能の問題と言うより銃に慣れる時間が絶対的に足りていなかったのが原因だ。それでも1発とは命中させたのは流石と言うべきだろう。

――小銃は弓よりも強力で連発可能。
我らの軍も一日も早く装備しなければならない――

勝家と秀隆は寺社対策時や訓練を経て小銃の必要性を痛感させられていた。
弓よりも命中精度率、射程、威力が桁違いだ。
勝家と一緒に訓練に参加していた秀隆も小銃の威力に心打たれつつも思う。

――勝家殿は強引過ぎるっ
負けず嫌いにも程があるぞ!
貴重で獲難い経験で我らにも必要なのも判る。
しかしながら睡眠時間を削るのはやり過ぎではないか!――

連邦軍の強さの秘密を知るために勝家は秀隆を伴って訓練に参加していたのだが、訓練であっても他の者に後れを取るのが我慢なら無い勝家の猛烈な意向もあって、今回の訓練前に懇意になった連邦軍士官から訓練に備えたレクチャーを受けていたのだ。無論、勝家の意向もあって秀隆もそれに参加させられていた。そのお陰で少し睡眠不足に陥っているが若輩者である秀隆は立場的に否定することなど出来ずに現在に至っている。

訓練の必要性も理解できるし、他の者に負けるのも癪なのも理解できるが、物事には限度があった。秀隆は勝家よりも冷静に見ており、自分たちよりも長い訓練を受けてきた慣れている者たちに、付け焼刃の自分たちが優れた結果を出せるとは思っていなかったのだ。 身分の差もあって口には出せなかったし…今後も言えるような雰囲気ではない。

「装填は素早く行え」

勝家と秀隆も急いで装填していく。
二人は射撃と違って装填は問題なく進められていた。
暫く射撃を続けると、訓練内容が移動射撃へと移る。

「右の標的を2度攻撃、
 続いて左手の標的を二度狙え」

各員が小銃を構えながら前進を始める。部隊として連携して射撃ができるように二人一組の移動だ。勝家と秀隆は同じ組だった。各組の100メートル先には人型紙的(マンターゲット)が間を置いて2つ設置されている。

「射撃後に周辺の確認を忘れるな。
 待機(スタンバイ)…………撃て!」

教官の号令と共に兵士たちが射撃を開始した。右に2発、左に2発射撃の後に兵士たちは間隔をづらしつつ素早く左右を確認し合う。これは大規模戦を意識したものと言うよりも、市街地制圧か少数による拠点攻略を考慮した動きだった。移動して射撃を行い、周辺確認を行う動作を繰り返していく。単純に見えるだろうが、慣れない内は意外と難しい。

「次は全ての射撃体勢だ」

立って撃ち、屈んで撃ち、匍匐で射撃をする。
匍匐の際も体が土で汚れることを気にせずに色々な角度で射撃を行う。
汚れを気にしていては戦争など出来ない。
これらの動作を一通りのパターンを繰り返していく。

このような訓練を行うのは戦場では射撃を行う際に必ずしも理想の射撃体勢の確保が出来るとは限らないからだ。連邦軍は諸外国の軍勢と比べて数が少ないので、必然的に少数で多数の敵を相手しなければならない。戦況が優勢時は良いだろうが、膠着時には問題になってくるだろう。故に出来る限り損害を抑える戦い方を訓練を通じて叩き込んでいかなければならない。

「迅速かつ正確に撃つ。
 装填時は隙になるので手早く済ませ」

教官は兵士たちの動きを見逃さない。
少しでも問題があれば指摘する。
訓練での手抜きの代償は実戦で支払う事になるからだ。

この後も訓練は夕方になるまで行われ、やがて兵士たちの楽しみでもある夕食の時間となった。訓練を終えた体はクタクタだったが、これらの訓練を受けることが出来る者は、必要水準の身体能力に達している者に限定されているので疲労のあまり食事が喉を通らないような事は起こっていない。故に食事の美味さも連邦軍に現地採用された面々の士気を高めていた。訓練に慣れていないはずの勝家と秀隆も疲労困憊だったが、流石というべきか二人の食欲は残っている。史実では猛将勝家、黒母衣衆の筆頭秀隆として活躍した二人だけに資質は極めて高いといえるだろう。

訓練を終えた連絡を受けたカオリが勝家と秀隆に合流した。

「凄いわね…
 二人は訓練初参加なのに最後まで着いていけるなんて驚きよ」

連邦軍の訓練カリキュラムはこの時代の合わせて少し手緩くはなっていたがそれでも大変なものだ。時代に合わせたというのは、これまで取得してきた栄養事情である。義務教育に伴う給食という文化が無い時代だけに、人々の体を構成する骨と筋肉が頑強では無い者が多いのだ。どうやら勝家と秀隆のような例外は存在するらしいが。

「大変でしたが、
 乗り越えられない程のものではなかったですぞ」

勝家が豪快に言う。勝家は疲れてはいたがまだ余力があるように感じられた。秀隆は勝家ほどの元気は残っていなかったが歩けないほどではない。二人とも武士としての意地があったのだ。どのような意地であっても物事を貫けるなら信念と言ってよいだろう。

「これから兵士たちと一緒に食事でもどうかしら?
 もちろん私もご一緒しますわ」

カオリからの提案に一瞬考えて勝家は同意する。思考の理由は訓練を受けた兵士の中には農民出身者が含まれているからだ。同意したのは、農民出身者で含まれていても激しい訓練を切り抜けていく実力もあるし、何より家柄があっても実力がない人物よりは好ましい。よくよく考えれば、織田弾正忠家の惣領である信秀の娘も武家ではなく商家に嫁いでいた。

それに加えてカオリが笑顔で食事に参加していることが大きいだろう。

カオリは扶桑連邦の名家の生まれと紹介されており、それは即ち自分たちより高い位である証拠でもあった。古の権力者に仕えた有力者の末裔で、今も繁栄しているともなれば名家と言わずして何と呼ぶ。また勝家的には少佐という地位に就いているカオリを脇大将と見ていたのだ。厳密には違うのだが、勝家は連邦軍での部隊の単位で考えていた。そのような考えに至ったのは以下の理由だ。現在のところ少佐は最上位である連隊に於いて、司令部の構成要員にもなる事が出来たし、従属部隊である大隊指揮官を務めることも出来ていた。大雑把にまとめて、それで納得している。何より、巴御前(ともえごぜん)のように女性であっても武士として活躍していた事例もあった事も後押しになっている。何事も前例があれば認めやすいものだ。秀隆も概ね似たような考えだった。

また、脇大将とは総大将を補佐する職務で一門衆の中で能力と人柄に優れた熟練者が任じられる位である。

上級戦闘訓練を受けた者は特別に増加給食が支給される。激しい訓練を受けたものが食べられるものだ。また、今回は観戦武官との親睦の意味も含まれているので、食堂に専用のスペースが用意されていた。

もちろん兵や下士官は配膳係が付かないので自分自身で食事を取りに行く。

佐官のカオリや観戦武官の二人には配膳係が食事を運んできた。カオリは上級戦闘訓練を受けていなかったが、交流の際に上位者が他の者より少ない食事を食べては問題になると思われたので、同じ食事になっている。

配膳係によって運ばれてきた夕食は、一枚の皿プレートに6つに区分けされたものに載っている。金曜日の定番であるカレー系の食事だった。手前になる中央下側には白米とカレーが載っている。右側には鳥のから揚げ、左側にはみかんの切れ端が載り、右上にはデザートのカステラと中央上には野菜のサラダがあった。左上は豆腐とわかめの味噌汁が入ったお椀が載っている。

また、扶桑連邦では肉食禁止令を公布していた天武天皇の意向を受けているにも関わらず大々的に肉食を行っているのは、食べている肉は狩猟ではなく養鶏などで養殖した肉なので狩猟による肉食禁止令に反していないと解釈していたからだ。実際は養殖ではなく肉の培養だったが。

始めてカレーを見た勝家は驚く。

――なんだこれは!?
味噌…ではない、載っている汁は輝く黄金のようだ。
辛味が判る匂いだが…食欲が刺激される――

「それはカレーと言う食べ物ですね。
 この国より遠く西にあるムガル帝国の料理ですが、
 それを私たちに口に合う様に改良を加えたものになります」

カオリが説明する。全員が席に着いたのを確認すると頂きますの挨拶と共に食事が始まった。勝家は恐る恐るスプーンを手に取る。スプーンに関しては既に経験済みだったので使い方は理解していたのだ。ゆっくりとスプーンでカレーを口へと運び込む。

――凄いぞっ!
これがカレーと言うのか…
食べたことが無い味だが舌に馴染むし食が進むっ――

勝家はカレーを甚く気に入る。彼は調理素材の輸入手段を真剣に考えるようになる。カレーの料理手順を調べていくなど、カレーへの意欲は並々ならぬものになっていく。自分の領地である愛知郡下社村でカレーを生産できないかと思うようになるのだ。もっとも、後にそれを実現するまでに必要な障害を知って途方にくれることになる。

一緒に食事を行う兵たちの中には緊張する者も多い。

緊張の原因は観戦武官が参加していることではなかった。彼らはもちろん家柄や地位には敬意を払っていたが、カオリが参加している事に緊張を隠せない。カオリは戦場では恐るべき武威を放つ猛将であったが、知識や教養、立ち居振る舞いの美しさがぬきんでていた。戦国時代の水準からすれば婚期を逃している年齢だったが、兵士達からの人気は絶大なものだった。下士官や兵の中で水面下で行われている人気投票「俺嫁一覧」では常に上位に属するほどだ。要約すると憧れの存在に下手な姿を見せられない想いである。

「これがカレーか…美味いな」

「同感です」

勝家の呟きに秀隆が同意した。

美味しい食事と言うものは一度知ってしまえば、簡単に抜け出せない罠のようなものだろう。後の歴史家は尾張に於ける扶桑文化の浸透は蟹江での領事館の建設と、観戦武官の派遣が発端とするものが多いと書かれるほどに、この時期から劇的に進んでいく事になる。そして、勝家と秀隆は軍備の扶桑連邦化のみに留まらず、食事に於いても尾張で再現できるように進言してこうと心に誓うのだった。それは、まるで消えない炎のように心の中で煌いていくようになる。
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14話目になります。
軍隊と言えばカレーですね。
戦国時代の乏しい食糧事情を経験してきた農民たちにとって連邦軍の食事は信じられないほどの充実振りになっています。それがまた忠節の一翼を担っていたりw

誤字の指摘や意見、ご感想を心よりお待ちしております。 
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