建国戦記

ひでかず

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第05話 『接触 前編』

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建国戦記 第05話 『接触 前編』


1538年8月16日

太陽の姿が頭上にきらめく10時頃。太平洋の洋上から志摩半島と渥美半島にある、伊良湖水道に1隻の帆船が航行していた。当時の水準からすれば大型と言ってよいものだろう。その帆船は扶桑連邦ものであり、峯風型をベースに外交交渉などを行うために設計が見直されたのが本艦の飛鳥である。同型艦が存在しない飛鳥は、従来の峯風型と比べて細部が異なる。大きな特徴としては峯風型の運用実績からスリップ・ウェイを艦尾に配置して、上陸が容易に行えるように複合艇を搭載していた。 先に竣工していた峯風型も次の整備時に改修工事を行う計画になっている。例を挙げるならアメリカ合衆国が採用したバーソルフ級カッターが近いだろう。複合艇は特殊部隊の長距離潜入や洋上臨検などで使われている特殊繊維で強化されたインフレータブルボートである。また、飛鳥の会議室は完全防音で最高機密に関わる会議でも安全に行えるように作られていた。

関東に橋頭堡を築く第二次計画を始める前に織田信秀かそれに近しい人物と接触するために送り込まれた船でもあった。 

飛鳥には操縦要員、通信係、整備士、料理人に加えて、最高責任者である高野と副官のさゆりと、客室係、そして警備も同行していた。乗船している人数は合計28名になる。警備は特殊作戦群の12名の選りすぐりの精鋭だった。そして客室係は要人や来賓客などにお出迎えから食事の配膳のサービスを提供していく飛鳥だけの乗員だ。これは大鳳からのスタッフをそのまま活用している。

飛鳥内に設けられた執務室で高野は端末に表示されて居る計画の進捗状況を見ながら電話の受話器を握っていた。


「大変だと思うが津島湊まで20分の距離になるまで、
 可能な限り他船との接触は避けて欲しい」

「了解です」

高野の相手は船橋で操舵輪を操る船長だった。

高野が居る執務室には2種の電話機が設置されている。白い電話は一般用で、茶色の電話は暗号化通信のものだ。共に船内、船外の両方に対応しており、扶桑連邦が活動する範囲内の通信網は遠距離であっても、大気の上層部にある電離層反射を用いての運用が可能になっていた。また、この世界で他勢力が通信傍受が行えるとは思えないが、あえて暗号化通信を残しているのは、念には念を入れた予防策だ。電子防御は今後とも研究を続けていくし、面倒であっても手順は遵守していく方針になっていた。ノウハウを失ってしまっては取り戻すのにより多くの労力が必要だったからだ。

そして、他船との接触を避けるのは、
高野は織田弾正忠家以外との接触を望んでいなかったのが理由である。

彼が望まなくても扶桑連邦の船舶はこの時代から逸脱した先進的なデザインと巨大(この時代の水準)なサイズから人目を引いてしまう。少しでも知恵が回るものなら、巨大な船には相応の技術が必要であると気が付くし、それらは日本にとって未知の技術といっても過言ではない。これらの要素だけでも巨万の価値を秘めていることを見抜くであろう。故に、望まない交渉から逃れるべく予防措置を採っていた。扶桑連邦は尾張国に於いては織田弾正忠家以外との接触に価値を見出していなかったのだ。

ただし、接触を避けるといっても陸上から見られる件に関しては例外としている。その理由は伊良湖水道は狭い航路なので志摩半島や、伊勢湾の入口にある神島の漁業関係者から見られてしまうだろうし、そもそも港を除けば陸上付近を航行するケースは稀であり、また遠距離のものを正確に見る道具がない時代だった事が挙げられる。

飛鳥の現在地は伊良湖水道を通り過ぎて、
目的地である津島湊まであと65kmの伊勢湾洋上に達していた。

伊勢湾は水域面積が日本最大の湾であり、商業や軍事の輸送などの流通分野で活用されている。しかし、飛鳥はレーダーを用いて他の船に避けるように航行していたので、港から離れた場所なら、他の船を避けて進むのは難しくない。飛鳥は他船が付近に居なければ峯風型と同じように動力推進で進む。

書類に目を通して的確に処理を進めていく高野は執務室に響くノックの音に、入れと返答する。失礼しますと言って入ってきたのはさゆりである。

「積荷の最終確認を終えました。
 問題は一切ありません」

「ありがとう。
 贈り物があれば交渉もスムーズに進むからね」

「貴重品ともなればなお更でしょう」

さゆりは織田信秀に渡す贈り物の最終確認を行っていた。厳重な保存状態に置かれていたが、万が一があると問題なので最終確認を行っている。また、本来ならば、政治、外交、軍事、各分野のスタッフも同席するのだが、関東方面の対応で手が一杯なので、共に乗船している法務官を除いて、さゆり一人が残るスタッフの役割を担っていたのだ。現在のところ、能力的にはさゆり一人で十分だったが、将来を見越してスタッフを育成することは必須だった。士官の中で希望者を中心に試験運用が始まっている。

また、高野は扶桑連邦の国家元首として出向かない。大名に対して国家元首に出向いてしまっては、多くの人々が扶桑連邦の格式が低いと思ってしまうだろう。面倒であっても代理人を建てなければならない。高野は現・国家元首の弟であり関東方面の総督として出向くのだ。無論、高野の兄は実際は存在しないが、最先端技術がそれらで発生するだろう問題を解決していく事になる。

上陸に備えて動く中、高野がさゆりの僅かな異変に気が付く。
高野は直ぐにその原因を察した。

「不安か?」

「はい。
 もし信秀氏が我々との会談を望まなかったらと思うと・・・」

「その不安はもっともな意見だ。
 だが、不安だからといって行わなければ、どのような計画も先に進まない。
 決裂に終われば次の計画を粛々と進めればよいさ」

その言葉にさゆりは気持ちを切り替える。
高野は割り切っていた。

――理想は織田信秀が全面的に協力を確約し、
寺社勢力と室町幕府の影響力を除外した統一政権の樹立に全面的な賛同ですが…
まずは消極的な協力か双方の交流促進でも十分でしょう。

高野としては信秀が会談に応じてくれれば嬉しいが、それが駄目だったときは深入りせずに、まずは扶桑連邦の強化に努めて、後にマシュー・ペリー代将が行った黒船来航のような展開に持ち込むことも視野に入れている。扶桑連邦の勢力が目に見えて強大になれば、それだけでも説得力が増すからだ。

やがて時刻は11時半になる頃、
伊勢湾を進んで津島湊へと近づいていた。

「そろそろ港を視界に捉える頃だろうな」

「私たちも上陸の準備をしましょう」

飛鳥は直接港には着岸せずに複合艇を用いて上陸する計画になっている。湾岸設備の水深問題や移乗攻撃を警戒するというよりも許可を得て着岸した方が相手への心証が良いからだ。水深が浅くなって大型船が入港できなくなるのは江戸時代に尾張藩が水害防止の為に河川工事を行ってからなので、現在の津島湊は深水路が無くても飛鳥のような船であっても停泊に問題は無い。移乗攻撃に関しては此方から交渉を持ちかければ避けられる目算がある。物珍しさが抑止になると予想を立てていたし、行動分析官も高い確度で保障していた。

飛鳥は津島湊へと船首を向けて進んでいく。




織田家の経済を支えていた津島とその港である津島湊。木曽川一帯の水運、伊勢湾から外洋へと広がる交易・物流の拠点ともいえる津島湊は、信長の祖父である信定の時代に織田家が権益を獲得していた商業港であった。港の関税に加えて、灰や荏胡麻油などの交易で織田弾正忠家の経済を支えている。 津島湊は美濃の南西部から尾張の北西部と伊勢の一部北部にかけて広がる平野である濃尾平野で採れた特産物や米をはじめとした物資が集積され、伊勢湾沿岸の各地に運び込むために数多くの海運船が停泊している商業港でもあった。津島湊とその港町である津島は交易がもたらす繁栄のお陰もあって数多くの町屋が建ち並び多くの豪商を輩出していたのだ。

  津島湊は信長の父である信秀が三奉行の一人という低い身分ながら尾張の中で、因幡守家や藤左衛門家を抜いて弾正忠家(織田信秀)が確固たる力を有することが出来た織田家の礎ともいえる港といえるだろう。

その津島湊に飛鳥が入港しようとすると、
反応は港の各所で顕著に出始める。

「なんだ、あれは!」

帆船の接近は織田信秀から高須城の城将(城を守る将)を命じられていた高津直幸(たかつ なおひで)も目撃する。高須城は長良・木曽両川を挟んで津島湊と津島を守る要衝だ。彼は城から出て津島の視察に来ていた。直幸の隣には津島の有力者の大橋重一(おおはし しげかず)も居たが、同じように絶句している。大橋氏は南朝の後裔と伝えられる土豪で、自治領時代の津島を統治していた商人たちの一人だったが、今では信秀の下に仕えていた。信秀は重一の嫡子である重長に娘を嫁がせており、その結びつきは強固と言えるものだろう。

「これまで見たことがない船だ」

「おいおい、信じられないほど大きいぞ!
 何石あるんだ?」

「2500いや、3000石か?」

「もっと大きいかもしれない!」

津島湊の人々が目にするのは千石船を遥かに超える巨大な船。
未知の存在が色々な憶測を生んでいく。

彼らは知らなかったが、それは扶桑連邦の船舶だった。船体と上部構造物は灰色系、甲板は暗灰色などで塗られた自衛隊時代から続く色で塗装されている。木材のような細かい繋ぎ目がないので、塗装も相まって近くで見れば鉄板のようにも見えるかもしれない。灰色の船体に白の帆が際立っている。

「私は手勢を連れて港に向かう。
 お前は殿に知らせよ!」

「はっ!」

直幸は配下の武士に異常を知らせる情報を早馬を使って信秀が居る那古野城(なごやじょう)に伝えるように命令を下す。津島から約16kmと離れており、早馬であっても直ぐには情報を伝えることは出来なかった。それでも当時の日本に於ける一般的な連絡手段としては、早いと言わざるを得ない。

敵による攻撃か侵攻かと思われたが、
どうやら様子からして違うようだ。

「重一殿、ここは危険かもしれないので、  下がっていた方が良いのでは?」

「津島代表の一人として下がってはいられない」

重一は商人として商機の到来を感じ取ったのか直幸の後に着いて来た。敵対の危険性よりも状況から安全を理解し、それよりも機会を優先したところが彼らしい有能さであるだろう。もっとも、そのくらいの機転がなければ、信秀は懐柔をしようとは思わないだろうが。

――戦いを目的としているわけではなさそうだ。 船の様式も我々のものとはかけ離れている。 外国船だろうな――

重一がそのような結論に至ったのは当然だろう。意外だが鎌倉時代から日本は民間の間で宋を相手に水銀、扇、刀剣などを輸出した代わりに陶器、絹織物、香料、医薬などを輸入していた。15世紀には日本でも航行技術は未熟だったが、それでも2500石クラスの航洋型大型船を建造すらしている。重一は過去の事例から推測していた。

港に近づくと港からの人々が見守る中、
帆船は帆を畳んで速度を落していき、停船に近い速度まで落ちたところで錨を下す。

「停船したことからどうやら攻撃の意図はないようだな」

道理である。
戦闘目的ならば港の目前で帆を畳んで停船したりはしない。

「あの旗は見た事はないが・・・何処のものだろう?」

「分からぬ。
 だが目的が分からない」

彼らが見たのは扶桑連邦の飛鳥であったが、そのような事実は知らなかった。津島湊の混乱は、所属不明の勢力とのファーストコンタクトは往々にして後手に回ることが多い。好例であろう。

「小型船は艦尾から出てきたような気がするが、
 どのような作りになっているのだ?」

彼らの疑問を他所に、
複合艇は要らぬ恐怖心を与えないように動力推進は使わずに櫂で漕いで進む。

直幸は周辺の足軽たちと共に小型船の接近を固唾を飲んで見守った。戦闘の意思は感じられなくても未知の存在が迫ってくるのは精神的な負荷が大きい。重一は船の巨大さもさることながら、未知の構造から、どのような構造になっているか興味津々であった。

複合艇には8名が乗船しており、それは手馴れた様子で着岸する。乗員の格好は見たことが無いものだったが、1名を除いてかなりの威圧感が感じられた。根拠は無いが非常に強そうに見える。直幸は小型船の材質が気になったが、それよりも大事な質問を行う。

「貴殿たちは何処の者だ?」

「我々は扶桑連邦の使者であり、
 織田信秀氏との会談を希望している。
 それに伴って津島への入港許可を頂きたい」

発言したのは法務官の今村慧(いまむら さとし)中佐である。今村を守るように配置に付くのが7名の特殊作戦群の兵士だ。彼らは万が一に備えて、交戦に至った際に備えた護衛である。法務官とは各級司令部に置かれて法務を掌る軍人の事だ。主な業務として艦隊に関わる提訴、損害賠償、損失補償に関する業務及び、重要な文書の審査に関することに携わり、それらの必要な研究を行うのが役目だった。今村も大鳳に乗船していたが、本作戦に備えて飛鳥へと移動している。 また、飛鳥に乗船している特殊作戦群の面々は新設されたばかりの首脳陣の警護を行う首相警備局へと所属変更となっていた。

「扶桑・・・連邦だと?」

「左様、説明すれば長くなるが手短に説明すると、
 わが国は天武天皇の勅命が関係している」

今村は侮られないように堂々としていた。法務官としての経験から、交渉に関しては慣れたものだ。それに国防軍の上級将校や法務官ともなれば、行動分析学の基礎を学んでいるので、会話を通じて相手行動の「予測」と「制御」が行えるようになっているので、条件さえ満たせば交渉を優位に進めることは難しくない。 というか、人間の行動問題の分析と修正が行えない上級将校や法務官は害悪にしかならないだろう。対する織田勢は予想外の言葉に直幸と重一は驚きを通り越して、しばし呆然となっている。言葉の意味を理解すると驚きの感情が心を満たす。

「て、天武天皇だと!?」

「此方に詳細に書かれています」

今村は用意した扶桑連邦について書かれた冊子と上製本をこの場の上位者と思われる武士に渡した。冊子を受け取った直幸はその出来具合に驚いた。これまで見たことが無い紙の質に滑るような手触り、どうやって紙を綴じているか判らないが確りとした紙の固定、そして何より驚いたのが・・・

「色が付いておる!」

直幸は見入るように冊子(パンフレット)を読んでいく。書かれている内容は容易に信じがたい事であったが、巨大な船、未知の技術という存在が扶桑連邦という空想のものではなく、少なくとも侮って良い勢力でないことを理解させられる。こうして、武力衝突という最悪の展開は避けられ、扶桑連邦と織田家の交流が始まっていく事となったのだ。 
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