5 / 20
第05話 『接触 前編』
しおりを挟む
お待たせしました。
建国戦記の第5話になります。
誤字の指摘や意見、ご感想を心よりお待ちしております。
----------------------------------------
建国戦記 第05話 『接触 前編』
1538年8月16日
太陽の姿が頭上にきらめく10時頃。太平洋の洋上から志摩半島と渥美半島にある、伊良湖水道に1隻の帆船が航行していた。当時の水準からすれば大型と言ってよいものだろう。その帆船は扶桑連邦ものであり、峯風型をベースに外交交渉などを行うために設計が見直されたのが本艦の飛鳥である。同型艦が存在しない飛鳥は、従来の峯風型と比べて細部が異なる。大きな特徴としては峯風型の運用実績からスリップ・ウェイを艦尾に配置して、上陸が容易に行えるように複合艇を搭載していた。 先に竣工していた峯風型も次の整備時に改修工事を行う計画になっている。例を挙げるならアメリカ合衆国が採用したバーソルフ級カッターが近いだろう。複合艇は特殊部隊の長距離潜入や洋上臨検などで使われている特殊繊維で強化されたインフレータブルボートである。また、飛鳥の会議室は完全防音で最高機密に関わる会議でも安全に行えるように作られていた。
関東に橋頭堡を築く第二次計画を始める前に織田信秀かそれに近しい人物と接触するために送り込まれた船でもあった。
飛鳥には操縦要員、通信係、整備士、料理人に加えて、最高責任者である高野と副官のさゆりと、客室係、そして警備も同行していた。乗船している人数は合計28名になる。警備は特殊作戦群の12名の選りすぐりの精鋭だった。そして客室係は要人や来賓客などにお出迎えから食事の配膳のサービスを提供していく飛鳥だけの乗員だ。これは大鳳からのスタッフをそのまま活用している。
飛鳥内に設けられた執務室で高野は端末に表示されて居る計画の進捗状況を見ながら電話の受話器を握っていた。
「大変だと思うが津島湊まで20分の距離になるまで、
可能な限り他船との接触は避けて欲しい」
「了解です」
高野の相手は船橋で操舵輪を操る船長だった。
高野が居る執務室には2種の電話機が設置されている。白い電話は一般用で、茶色の電話は暗号化通信のものだ。共に船内、船外の両方に対応しており、扶桑連邦が活動する範囲内の通信網は遠距離であっても、大気の上層部にある電離層反射を用いての運用が可能になっていた。また、この世界で他勢力が通信傍受が行えるとは思えないが、あえて暗号化通信を残しているのは、念には念を入れた予防策だ。電子防御は今後とも研究を続けていくし、面倒であっても手順は遵守していく方針になっていた。ノウハウを失ってしまっては取り戻すのにより多くの労力が必要だったからだ。
そして、他船との接触を避けるのは、
高野は織田弾正忠家以外との接触を望んでいなかったのが理由である。
彼が望まなくても扶桑連邦の船舶はこの時代から逸脱した先進的なデザインと巨大(この時代の水準)なサイズから人目を引いてしまう。少しでも知恵が回るものなら、巨大な船には相応の技術が必要であると気が付くし、それらは日本にとって未知の技術といっても過言ではない。これらの要素だけでも巨万の価値を秘めていることを見抜くであろう。故に、望まない交渉から逃れるべく予防措置を採っていた。扶桑連邦は尾張国に於いては織田弾正忠家以外との接触に価値を見出していなかったのだ。
ただし、接触を避けるといっても陸上から見られる件に関しては例外としている。その理由は伊良湖水道は狭い航路なので志摩半島や、伊勢湾の入口にある神島の漁業関係者から見られてしまうだろうし、そもそも港を除けば陸上付近を航行するケースは稀であり、また遠距離のものを正確に見る道具がない時代だった事が挙げられる。
飛鳥の現在地は伊良湖水道を通り過ぎて、
目的地である津島湊まであと65kmの伊勢湾洋上に達していた。
伊勢湾は水域面積が日本最大の湾であり、商業や軍事の輸送などの流通分野で活用されている。しかし、飛鳥はレーダーを用いて他の船に避けるように航行していたので、港から離れた場所なら、他の船を避けて進むのは難しくない。飛鳥は他船が付近に居なければ峯風型と同じように動力推進で進む。
書類に目を通して的確に処理を進めていく高野は執務室に響くノックの音に、入れと返答する。失礼しますと言って入ってきたのはさゆりである。
「積荷の最終確認を終えました。
問題は一切ありません」
「ありがとう。
贈り物があれば交渉もスムーズに進むからね」
「貴重品ともなればなお更でしょう」
さゆりは織田信秀に渡す贈り物の最終確認を行っていた。厳重な保存状態に置かれていたが、万が一があると問題なので最終確認を行っている。また、本来ならば、政治、外交、軍事、各分野のスタッフも同席するのだが、関東方面の対応で手が一杯なので、共に乗船している法務官を除いて、さゆり一人が残るスタッフの役割を担っていたのだ。現在のところ、能力的にはさゆり一人で十分だったが、将来を見越してスタッフを育成することは必須だった。士官の中で希望者を中心に試験運用が始まっている。
また、高野は扶桑連邦の国家元首として出向かない。大名に対して国家元首に出向いてしまっては、多くの人々が扶桑連邦の格式が低いと思ってしまうだろう。面倒であっても代理人を建てなければならない。高野は現・国家元首の弟であり関東方面の総督として出向くのだ。無論、高野の兄は実際は存在しないが、最先端技術がそれらで発生するだろう問題を解決していく事になる。
上陸に備えて動く中、高野がさゆりの僅かな異変に気が付く。
高野は直ぐにその原因を察した。
「不安か?」
「はい。
もし信秀氏が我々との会談を望まなかったらと思うと・・・」
「その不安はもっともな意見だ。
だが、不安だからといって行わなければ、どのような計画も先に進まない。
決裂に終われば次の計画を粛々と進めればよいさ」
その言葉にさゆりは気持ちを切り替える。
高野は割り切っていた。
――理想は織田信秀が全面的に協力を確約し、
寺社勢力と室町幕府の影響力を除外した統一政権の樹立に全面的な賛同ですが…
まずは消極的な協力か双方の交流促進でも十分でしょう。
高野としては信秀が会談に応じてくれれば嬉しいが、それが駄目だったときは深入りせずに、まずは扶桑連邦の強化に努めて、後にマシュー・ペリー代将が行った黒船来航のような展開に持ち込むことも視野に入れている。扶桑連邦の勢力が目に見えて強大になれば、それだけでも説得力が増すからだ。
やがて時刻は11時半になる頃、
伊勢湾を進んで津島湊へと近づいていた。
「そろそろ港を視界に捉える頃だろうな」
「私たちも上陸の準備をしましょう」
飛鳥は直接港には着岸せずに複合艇を用いて上陸する計画になっている。湾岸設備の水深問題や移乗攻撃を警戒するというよりも許可を得て着岸した方が相手への心証が良いからだ。水深が浅くなって大型船が入港できなくなるのは江戸時代に尾張藩が水害防止の為に河川工事を行ってからなので、現在の津島湊は深水路が無くても飛鳥のような船であっても停泊に問題は無い。移乗攻撃に関しては此方から交渉を持ちかければ避けられる目算がある。物珍しさが抑止になると予想を立てていたし、行動分析官も高い確度で保障していた。
飛鳥は津島湊へと船首を向けて進んでいく。
織田家の経済を支えていた津島とその港である津島湊。木曽川一帯の水運、伊勢湾から外洋へと広がる交易・物流の拠点ともいえる津島湊は、信長の祖父である信定の時代に織田家が権益を獲得していた商業港であった。港の関税に加えて、灰や荏胡麻油などの交易で織田弾正忠家の経済を支えている。 津島湊は美濃の南西部から尾張の北西部と伊勢の一部北部にかけて広がる平野である濃尾平野で採れた特産物や米をはじめとした物資が集積され、伊勢湾沿岸の各地に運び込むために数多くの海運船が停泊している商業港でもあった。津島湊とその港町である津島は交易がもたらす繁栄のお陰もあって数多くの町屋が建ち並び多くの豪商を輩出していたのだ。
津島湊は信長の父である信秀が三奉行の一人という低い身分ながら尾張の中で、因幡守家や藤左衛門家を抜いて弾正忠家(織田信秀)が確固たる力を有することが出来た織田家の礎ともいえる港といえるだろう。
その津島湊に飛鳥が入港しようとすると、
反応は港の各所で顕著に出始める。
「なんだ、あれは!」
帆船の接近は織田信秀から高須城の城将(城を守る将)を命じられていた高津直幸(たかつ なおひで)も目撃する。高須城は長良・木曽両川を挟んで津島湊と津島を守る要衝だ。彼は城から出て津島の視察に来ていた。直幸の隣には津島の有力者の大橋重一(おおはし しげかず)も居たが、同じように絶句している。大橋氏は南朝の後裔と伝えられる土豪で、自治領時代の津島を統治していた商人たちの一人だったが、今では信秀の下に仕えていた。信秀は重一の嫡子である重長に娘を嫁がせており、その結びつきは強固と言えるものだろう。
「これまで見たことがない船だ」
「おいおい、信じられないほど大きいぞ!
何石あるんだ?」
「2500いや、3000石か?」
「もっと大きいかもしれない!」
津島湊の人々が目にするのは千石船を遥かに超える巨大な船。
未知の存在が色々な憶測を生んでいく。
彼らは知らなかったが、それは扶桑連邦の船舶だった。船体と上部構造物は灰色系、甲板は暗灰色などで塗られた自衛隊時代から続く色で塗装されている。木材のような細かい繋ぎ目がないので、塗装も相まって近くで見れば鉄板のようにも見えるかもしれない。灰色の船体に白の帆が際立っている。
「私は手勢を連れて港に向かう。
お前は殿に知らせよ!」
「はっ!」
直幸は配下の武士に異常を知らせる情報を早馬を使って信秀が居る那古野城(なごやじょう)に伝えるように命令を下す。津島から約16kmと離れており、早馬であっても直ぐには情報を伝えることは出来なかった。それでも当時の日本に於ける一般的な連絡手段としては、早いと言わざるを得ない。
敵による攻撃か侵攻かと思われたが、
どうやら様子からして違うようだ。
「重一殿、ここは危険かもしれないので、 下がっていた方が良いのでは?」
「津島代表の一人として下がってはいられない」
重一は商人として商機の到来を感じ取ったのか直幸の後に着いて来た。敵対の危険性よりも状況から安全を理解し、それよりも機会を優先したところが彼らしい有能さであるだろう。もっとも、そのくらいの機転がなければ、信秀は懐柔をしようとは思わないだろうが。
――戦いを目的としているわけではなさそうだ。 船の様式も我々のものとはかけ離れている。 外国船だろうな――
重一がそのような結論に至ったのは当然だろう。意外だが鎌倉時代から日本は民間の間で宋を相手に水銀、扇、刀剣などを輸出した代わりに陶器、絹織物、香料、医薬などを輸入していた。15世紀には日本でも航行技術は未熟だったが、それでも2500石クラスの航洋型大型船を建造すらしている。重一は過去の事例から推測していた。
港に近づくと港からの人々が見守る中、
帆船は帆を畳んで速度を落していき、停船に近い速度まで落ちたところで錨を下す。
「停船したことからどうやら攻撃の意図はないようだな」
道理である。
戦闘目的ならば港の目前で帆を畳んで停船したりはしない。
「あの旗は見た事はないが・・・何処のものだろう?」
「分からぬ。
だが目的が分からない」
彼らが見たのは扶桑連邦の飛鳥であったが、そのような事実は知らなかった。津島湊の混乱は、所属不明の勢力とのファーストコンタクトは往々にして後手に回ることが多い。好例であろう。
「小型船は艦尾から出てきたような気がするが、
どのような作りになっているのだ?」
彼らの疑問を他所に、
複合艇は要らぬ恐怖心を与えないように動力推進は使わずに櫂で漕いで進む。
直幸は周辺の足軽たちと共に小型船の接近を固唾を飲んで見守った。戦闘の意思は感じられなくても未知の存在が迫ってくるのは精神的な負荷が大きい。重一は船の巨大さもさることながら、未知の構造から、どのような構造になっているか興味津々であった。
複合艇には8名が乗船しており、それは手馴れた様子で着岸する。乗員の格好は見たことが無いものだったが、1名を除いてかなりの威圧感が感じられた。根拠は無いが非常に強そうに見える。直幸は小型船の材質が気になったが、それよりも大事な質問を行う。
「貴殿たちは何処の者だ?」
「我々は扶桑連邦の使者であり、
織田信秀氏との会談を希望している。
それに伴って津島への入港許可を頂きたい」
発言したのは法務官の今村慧(いまむら さとし)中佐である。今村を守るように配置に付くのが7名の特殊作戦群の兵士だ。彼らは万が一に備えて、交戦に至った際に備えた護衛である。法務官とは各級司令部に置かれて法務を掌る軍人の事だ。主な業務として艦隊に関わる提訴、損害賠償、損失補償に関する業務及び、重要な文書の審査に関することに携わり、それらの必要な研究を行うのが役目だった。今村も大鳳に乗船していたが、本作戦に備えて飛鳥へと移動している。 また、飛鳥に乗船している特殊作戦群の面々は新設されたばかりの首脳陣の警護を行う首相警備局へと所属変更となっていた。
「扶桑・・・連邦だと?」
「左様、説明すれば長くなるが手短に説明すると、
わが国は天武天皇の勅命が関係している」
今村は侮られないように堂々としていた。法務官としての経験から、交渉に関しては慣れたものだ。それに国防軍の上級将校や法務官ともなれば、行動分析学の基礎を学んでいるので、会話を通じて相手行動の「予測」と「制御」が行えるようになっているので、条件さえ満たせば交渉を優位に進めることは難しくない。 というか、人間の行動問題の分析と修正が行えない上級将校や法務官は害悪にしかならないだろう。対する織田勢は予想外の言葉に直幸と重一は驚きを通り越して、しばし呆然となっている。言葉の意味を理解すると驚きの感情が心を満たす。
「て、天武天皇だと!?」
「此方に詳細に書かれています」
今村は用意した扶桑連邦について書かれた冊子と上製本をこの場の上位者と思われる武士に渡した。冊子を受け取った直幸はその出来具合に驚いた。これまで見たことが無い紙の質に滑るような手触り、どうやって紙を綴じているか判らないが確りとした紙の固定、そして何より驚いたのが・・・
「色が付いておる!」
直幸は見入るように冊子(パンフレット)を読んでいく。書かれている内容は容易に信じがたい事であったが、巨大な船、未知の技術という存在が扶桑連邦という空想のものではなく、少なくとも侮って良い勢力でないことを理解させられる。こうして、武力衝突という最悪の展開は避けられ、扶桑連邦と織田家の交流が始まっていく事となったのだ。
建国戦記の第5話になります。
誤字の指摘や意見、ご感想を心よりお待ちしております。
----------------------------------------
建国戦記 第05話 『接触 前編』
1538年8月16日
太陽の姿が頭上にきらめく10時頃。太平洋の洋上から志摩半島と渥美半島にある、伊良湖水道に1隻の帆船が航行していた。当時の水準からすれば大型と言ってよいものだろう。その帆船は扶桑連邦ものであり、峯風型をベースに外交交渉などを行うために設計が見直されたのが本艦の飛鳥である。同型艦が存在しない飛鳥は、従来の峯風型と比べて細部が異なる。大きな特徴としては峯風型の運用実績からスリップ・ウェイを艦尾に配置して、上陸が容易に行えるように複合艇を搭載していた。 先に竣工していた峯風型も次の整備時に改修工事を行う計画になっている。例を挙げるならアメリカ合衆国が採用したバーソルフ級カッターが近いだろう。複合艇は特殊部隊の長距離潜入や洋上臨検などで使われている特殊繊維で強化されたインフレータブルボートである。また、飛鳥の会議室は完全防音で最高機密に関わる会議でも安全に行えるように作られていた。
関東に橋頭堡を築く第二次計画を始める前に織田信秀かそれに近しい人物と接触するために送り込まれた船でもあった。
飛鳥には操縦要員、通信係、整備士、料理人に加えて、最高責任者である高野と副官のさゆりと、客室係、そして警備も同行していた。乗船している人数は合計28名になる。警備は特殊作戦群の12名の選りすぐりの精鋭だった。そして客室係は要人や来賓客などにお出迎えから食事の配膳のサービスを提供していく飛鳥だけの乗員だ。これは大鳳からのスタッフをそのまま活用している。
飛鳥内に設けられた執務室で高野は端末に表示されて居る計画の進捗状況を見ながら電話の受話器を握っていた。
「大変だと思うが津島湊まで20分の距離になるまで、
可能な限り他船との接触は避けて欲しい」
「了解です」
高野の相手は船橋で操舵輪を操る船長だった。
高野が居る執務室には2種の電話機が設置されている。白い電話は一般用で、茶色の電話は暗号化通信のものだ。共に船内、船外の両方に対応しており、扶桑連邦が活動する範囲内の通信網は遠距離であっても、大気の上層部にある電離層反射を用いての運用が可能になっていた。また、この世界で他勢力が通信傍受が行えるとは思えないが、あえて暗号化通信を残しているのは、念には念を入れた予防策だ。電子防御は今後とも研究を続けていくし、面倒であっても手順は遵守していく方針になっていた。ノウハウを失ってしまっては取り戻すのにより多くの労力が必要だったからだ。
そして、他船との接触を避けるのは、
高野は織田弾正忠家以外との接触を望んでいなかったのが理由である。
彼が望まなくても扶桑連邦の船舶はこの時代から逸脱した先進的なデザインと巨大(この時代の水準)なサイズから人目を引いてしまう。少しでも知恵が回るものなら、巨大な船には相応の技術が必要であると気が付くし、それらは日本にとって未知の技術といっても過言ではない。これらの要素だけでも巨万の価値を秘めていることを見抜くであろう。故に、望まない交渉から逃れるべく予防措置を採っていた。扶桑連邦は尾張国に於いては織田弾正忠家以外との接触に価値を見出していなかったのだ。
ただし、接触を避けるといっても陸上から見られる件に関しては例外としている。その理由は伊良湖水道は狭い航路なので志摩半島や、伊勢湾の入口にある神島の漁業関係者から見られてしまうだろうし、そもそも港を除けば陸上付近を航行するケースは稀であり、また遠距離のものを正確に見る道具がない時代だった事が挙げられる。
飛鳥の現在地は伊良湖水道を通り過ぎて、
目的地である津島湊まであと65kmの伊勢湾洋上に達していた。
伊勢湾は水域面積が日本最大の湾であり、商業や軍事の輸送などの流通分野で活用されている。しかし、飛鳥はレーダーを用いて他の船に避けるように航行していたので、港から離れた場所なら、他の船を避けて進むのは難しくない。飛鳥は他船が付近に居なければ峯風型と同じように動力推進で進む。
書類に目を通して的確に処理を進めていく高野は執務室に響くノックの音に、入れと返答する。失礼しますと言って入ってきたのはさゆりである。
「積荷の最終確認を終えました。
問題は一切ありません」
「ありがとう。
贈り物があれば交渉もスムーズに進むからね」
「貴重品ともなればなお更でしょう」
さゆりは織田信秀に渡す贈り物の最終確認を行っていた。厳重な保存状態に置かれていたが、万が一があると問題なので最終確認を行っている。また、本来ならば、政治、外交、軍事、各分野のスタッフも同席するのだが、関東方面の対応で手が一杯なので、共に乗船している法務官を除いて、さゆり一人が残るスタッフの役割を担っていたのだ。現在のところ、能力的にはさゆり一人で十分だったが、将来を見越してスタッフを育成することは必須だった。士官の中で希望者を中心に試験運用が始まっている。
また、高野は扶桑連邦の国家元首として出向かない。大名に対して国家元首に出向いてしまっては、多くの人々が扶桑連邦の格式が低いと思ってしまうだろう。面倒であっても代理人を建てなければならない。高野は現・国家元首の弟であり関東方面の総督として出向くのだ。無論、高野の兄は実際は存在しないが、最先端技術がそれらで発生するだろう問題を解決していく事になる。
上陸に備えて動く中、高野がさゆりの僅かな異変に気が付く。
高野は直ぐにその原因を察した。
「不安か?」
「はい。
もし信秀氏が我々との会談を望まなかったらと思うと・・・」
「その不安はもっともな意見だ。
だが、不安だからといって行わなければ、どのような計画も先に進まない。
決裂に終われば次の計画を粛々と進めればよいさ」
その言葉にさゆりは気持ちを切り替える。
高野は割り切っていた。
――理想は織田信秀が全面的に協力を確約し、
寺社勢力と室町幕府の影響力を除外した統一政権の樹立に全面的な賛同ですが…
まずは消極的な協力か双方の交流促進でも十分でしょう。
高野としては信秀が会談に応じてくれれば嬉しいが、それが駄目だったときは深入りせずに、まずは扶桑連邦の強化に努めて、後にマシュー・ペリー代将が行った黒船来航のような展開に持ち込むことも視野に入れている。扶桑連邦の勢力が目に見えて強大になれば、それだけでも説得力が増すからだ。
やがて時刻は11時半になる頃、
伊勢湾を進んで津島湊へと近づいていた。
「そろそろ港を視界に捉える頃だろうな」
「私たちも上陸の準備をしましょう」
飛鳥は直接港には着岸せずに複合艇を用いて上陸する計画になっている。湾岸設備の水深問題や移乗攻撃を警戒するというよりも許可を得て着岸した方が相手への心証が良いからだ。水深が浅くなって大型船が入港できなくなるのは江戸時代に尾張藩が水害防止の為に河川工事を行ってからなので、現在の津島湊は深水路が無くても飛鳥のような船であっても停泊に問題は無い。移乗攻撃に関しては此方から交渉を持ちかければ避けられる目算がある。物珍しさが抑止になると予想を立てていたし、行動分析官も高い確度で保障していた。
飛鳥は津島湊へと船首を向けて進んでいく。
織田家の経済を支えていた津島とその港である津島湊。木曽川一帯の水運、伊勢湾から外洋へと広がる交易・物流の拠点ともいえる津島湊は、信長の祖父である信定の時代に織田家が権益を獲得していた商業港であった。港の関税に加えて、灰や荏胡麻油などの交易で織田弾正忠家の経済を支えている。 津島湊は美濃の南西部から尾張の北西部と伊勢の一部北部にかけて広がる平野である濃尾平野で採れた特産物や米をはじめとした物資が集積され、伊勢湾沿岸の各地に運び込むために数多くの海運船が停泊している商業港でもあった。津島湊とその港町である津島は交易がもたらす繁栄のお陰もあって数多くの町屋が建ち並び多くの豪商を輩出していたのだ。
津島湊は信長の父である信秀が三奉行の一人という低い身分ながら尾張の中で、因幡守家や藤左衛門家を抜いて弾正忠家(織田信秀)が確固たる力を有することが出来た織田家の礎ともいえる港といえるだろう。
その津島湊に飛鳥が入港しようとすると、
反応は港の各所で顕著に出始める。
「なんだ、あれは!」
帆船の接近は織田信秀から高須城の城将(城を守る将)を命じられていた高津直幸(たかつ なおひで)も目撃する。高須城は長良・木曽両川を挟んで津島湊と津島を守る要衝だ。彼は城から出て津島の視察に来ていた。直幸の隣には津島の有力者の大橋重一(おおはし しげかず)も居たが、同じように絶句している。大橋氏は南朝の後裔と伝えられる土豪で、自治領時代の津島を統治していた商人たちの一人だったが、今では信秀の下に仕えていた。信秀は重一の嫡子である重長に娘を嫁がせており、その結びつきは強固と言えるものだろう。
「これまで見たことがない船だ」
「おいおい、信じられないほど大きいぞ!
何石あるんだ?」
「2500いや、3000石か?」
「もっと大きいかもしれない!」
津島湊の人々が目にするのは千石船を遥かに超える巨大な船。
未知の存在が色々な憶測を生んでいく。
彼らは知らなかったが、それは扶桑連邦の船舶だった。船体と上部構造物は灰色系、甲板は暗灰色などで塗られた自衛隊時代から続く色で塗装されている。木材のような細かい繋ぎ目がないので、塗装も相まって近くで見れば鉄板のようにも見えるかもしれない。灰色の船体に白の帆が際立っている。
「私は手勢を連れて港に向かう。
お前は殿に知らせよ!」
「はっ!」
直幸は配下の武士に異常を知らせる情報を早馬を使って信秀が居る那古野城(なごやじょう)に伝えるように命令を下す。津島から約16kmと離れており、早馬であっても直ぐには情報を伝えることは出来なかった。それでも当時の日本に於ける一般的な連絡手段としては、早いと言わざるを得ない。
敵による攻撃か侵攻かと思われたが、
どうやら様子からして違うようだ。
「重一殿、ここは危険かもしれないので、 下がっていた方が良いのでは?」
「津島代表の一人として下がってはいられない」
重一は商人として商機の到来を感じ取ったのか直幸の後に着いて来た。敵対の危険性よりも状況から安全を理解し、それよりも機会を優先したところが彼らしい有能さであるだろう。もっとも、そのくらいの機転がなければ、信秀は懐柔をしようとは思わないだろうが。
――戦いを目的としているわけではなさそうだ。 船の様式も我々のものとはかけ離れている。 外国船だろうな――
重一がそのような結論に至ったのは当然だろう。意外だが鎌倉時代から日本は民間の間で宋を相手に水銀、扇、刀剣などを輸出した代わりに陶器、絹織物、香料、医薬などを輸入していた。15世紀には日本でも航行技術は未熟だったが、それでも2500石クラスの航洋型大型船を建造すらしている。重一は過去の事例から推測していた。
港に近づくと港からの人々が見守る中、
帆船は帆を畳んで速度を落していき、停船に近い速度まで落ちたところで錨を下す。
「停船したことからどうやら攻撃の意図はないようだな」
道理である。
戦闘目的ならば港の目前で帆を畳んで停船したりはしない。
「あの旗は見た事はないが・・・何処のものだろう?」
「分からぬ。
だが目的が分からない」
彼らが見たのは扶桑連邦の飛鳥であったが、そのような事実は知らなかった。津島湊の混乱は、所属不明の勢力とのファーストコンタクトは往々にして後手に回ることが多い。好例であろう。
「小型船は艦尾から出てきたような気がするが、
どのような作りになっているのだ?」
彼らの疑問を他所に、
複合艇は要らぬ恐怖心を与えないように動力推進は使わずに櫂で漕いで進む。
直幸は周辺の足軽たちと共に小型船の接近を固唾を飲んで見守った。戦闘の意思は感じられなくても未知の存在が迫ってくるのは精神的な負荷が大きい。重一は船の巨大さもさることながら、未知の構造から、どのような構造になっているか興味津々であった。
複合艇には8名が乗船しており、それは手馴れた様子で着岸する。乗員の格好は見たことが無いものだったが、1名を除いてかなりの威圧感が感じられた。根拠は無いが非常に強そうに見える。直幸は小型船の材質が気になったが、それよりも大事な質問を行う。
「貴殿たちは何処の者だ?」
「我々は扶桑連邦の使者であり、
織田信秀氏との会談を希望している。
それに伴って津島への入港許可を頂きたい」
発言したのは法務官の今村慧(いまむら さとし)中佐である。今村を守るように配置に付くのが7名の特殊作戦群の兵士だ。彼らは万が一に備えて、交戦に至った際に備えた護衛である。法務官とは各級司令部に置かれて法務を掌る軍人の事だ。主な業務として艦隊に関わる提訴、損害賠償、損失補償に関する業務及び、重要な文書の審査に関することに携わり、それらの必要な研究を行うのが役目だった。今村も大鳳に乗船していたが、本作戦に備えて飛鳥へと移動している。 また、飛鳥に乗船している特殊作戦群の面々は新設されたばかりの首脳陣の警護を行う首相警備局へと所属変更となっていた。
「扶桑・・・連邦だと?」
「左様、説明すれば長くなるが手短に説明すると、
わが国は天武天皇の勅命が関係している」
今村は侮られないように堂々としていた。法務官としての経験から、交渉に関しては慣れたものだ。それに国防軍の上級将校や法務官ともなれば、行動分析学の基礎を学んでいるので、会話を通じて相手行動の「予測」と「制御」が行えるようになっているので、条件さえ満たせば交渉を優位に進めることは難しくない。 というか、人間の行動問題の分析と修正が行えない上級将校や法務官は害悪にしかならないだろう。対する織田勢は予想外の言葉に直幸と重一は驚きを通り越して、しばし呆然となっている。言葉の意味を理解すると驚きの感情が心を満たす。
「て、天武天皇だと!?」
「此方に詳細に書かれています」
今村は用意した扶桑連邦について書かれた冊子と上製本をこの場の上位者と思われる武士に渡した。冊子を受け取った直幸はその出来具合に驚いた。これまで見たことが無い紙の質に滑るような手触り、どうやって紙を綴じているか判らないが確りとした紙の固定、そして何より驚いたのが・・・
「色が付いておる!」
直幸は見入るように冊子(パンフレット)を読んでいく。書かれている内容は容易に信じがたい事であったが、巨大な船、未知の技術という存在が扶桑連邦という空想のものではなく、少なくとも侮って良い勢力でないことを理解させられる。こうして、武力衝突という最悪の展開は避けられ、扶桑連邦と織田家の交流が始まっていく事となったのだ。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
大和型戦艦4番艦 帝国から棄てられた船~古(いにしえ)の愛へ~
花田 一劫
歴史・時代
東北大地震が発生した1週間後、小笠原清秀と言う青年と長岡与一郎と言う老人が道路巡回車で仕事のために東北自動車道を走っていた。
この1週間、長岡は震災による津波で行方不明となっている妻(玉)のことを捜していた。この日も疲労困憊の中、老人の身体に異変が生じてきた。徐々に動かなくなる神経機能の中で、老人はあることを思い出していた。
長岡が青年だった頃に出会った九鬼大佐と大和型戦艦4番艦桔梗丸のことを。
~1941年~大和型戦艦4番艦111号(仮称:紀伊)は呉海軍工廠のドックで船を組み立てている作業の途中に、軍本部より工事中止及び船の廃棄の命令がなされたが、青木、長瀬と言う青年将校と岩瀬少佐の働きにより、大和型戦艦4番艦は廃棄を免れ、戦艦ではなく輸送船として生まれる(竣工する)ことになった。
船の名前は桔梗丸(船頭の名前は九鬼大佐)と決まった。
輸送船でありながらその当時最新鋭の武器を持ち、癖があるが最高の技量を持った船員達が集まり桔梗丸は戦地を切り抜け輸送業務をこなしてきた。
その桔梗丸が修理のため横須賀軍港に入港し、その時、長岡与一郎と言う新人が桔梗丸の船員に入ったが、九鬼船頭は遠い遥か遠い昔に長岡に会ったような気がしてならなかった。もしかして前世で会ったのか…。
それから桔梗丸は、兄弟艦の武蔵、信濃、大和の哀しくも壮絶な最後を看取るようになってしまった。
~1945年8月~日本国の降伏後にも関わらずソビエト連邦が非道極まりなく、満洲、朝鮮、北海道へ攻め込んできた。桔梗丸は北海道へ向かい疎開船に乗っている民間人達を助けに行ったが、小笠原丸及び第二号新興丸は既にソ連の潜水艦の攻撃の餌食になり撃沈され、泰東丸も沈没しつつあった。桔梗丸はソ連の潜水艦2隻に対し最新鋭の怒りの主砲を発砲し、見事に撃沈した。
この行為が米国及びソ連国から(ソ連国は日本の民間船3隻を沈没させ民間人1.708名を殺戮した行為は棚に上げて)日本国が非難され国際問題となろうとしていた。桔梗丸は日本国から投降するように強硬な厳命があったが拒否した。しかし、桔梗丸は日本国には弓を引けず無抵抗のまま(一部、ソ連機への反撃あり)、日本国の戦闘機の爆撃を受け、最後は無念の自爆を遂げることになった。
桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。
日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
タイムワープ艦隊2024
山本 双六
SF
太平洋を横断する日本機動部隊。この日本があるのは、大東亜(太平洋)戦争に勝利したことである。そんな日本が勝った理由は、ある機動部隊が来たことであるらしい。人呼んで「神の機動部隊」である。
この世界では、太平洋戦争で日本が勝った世界戦で書いています。(毎回、太平洋戦争系が日本ばかり勝っ世界線ですいません)逆ファイナルカウントダウンと考えてもらえればいいかと思います。只今、続編も同時並行で書いています!お楽しみに!
幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話
島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。
俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。
偽典尼子軍記
卦位
歴史・時代
何故に滅んだ。また滅ぶのか。やるしかない、機会を与えられたのだから。
戦国時代、出雲の国を本拠に山陰山陽十一カ国のうち、八カ国の守護を兼任し、当時の中国地方随一の大大名となった尼子家。しかしその栄華は長続きせず尼子義久の代で毛利家に滅ぼされる。その義久に生まれ変わったある男の物語
日は沈まず
ミリタリー好きの人
歴史・時代
1929年世界恐慌により大日本帝國も含め世界は大恐慌に陥る。これに対し大日本帝國は満州事変で満州を勢力圏に置き、積極的に工場や造船所などを建造し、経済再建と大幅な軍備拡張に成功する。そして1937年大日本帝國は志那事変をきっかけに戦争の道に走っていくことになる。当初、帝國軍は順調に進撃していたが、英米の援蔣ルートによる援助と和平の断念により戦争は泥沼化していくことになった。さらに1941年には英米とも戦争は避けられなくなっていた・・・あくまでも趣味の範囲での制作です。なので文章がおかしい場合もあります。
また参考資料も乏しいので設定がおかしい場合がありますがご了承ください。また、おかしな部分を次々に直していくので最初見た時から内容がかなり変わっている場合がありますので何か前の話と一致していないところがあった場合前の話を見直して見てください。おかしなところがあったら感想でお伝えしてもらえると幸いです。表紙は自作です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる