夜空に星が流れるとき

浅黄幻影

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バルバラは出し抜けない

バルバラは出し抜けない(2)

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 バルバラは頭がいい。ただのメイドのはずなのに物知りだし、計算は得意だし、余所のメイドたちとは全然違う。余所のメイドたちも生活上の計算は得意だけど、「お得な話」をする店のおやじに騙されていることもあるのだとバルバラは話していた。その場にバルバラがいたときには、計算の嘘、間違いを指摘して、周りのメイドに喝采されているらしかった。
 頭のよさは、単なる日常的なものだけではない。ぼくが学校の課題に悩まされたときは、バルバラに聞くと解き方と答え合わせをしてくれた。もちろん、課題だということは内緒にして、ただ「この問題がわからないんだ」と聞く。バルバラはぼくが遊んでばっかりのときには怒るけれど、本当はとてもやさしいことをぼくは知っている。
 バルバラはメイドとしても優秀だ。料理はとても上手で家族はみんな笑顔になれるし、掃除も洗濯も針仕事も、時間があれば庭の手入れもしている。なのに、ぼくはバルバラがつらそうな顔をするのを見たことがない。もちろん、一息するときくらいは疲れた様子もする。それだって、どこか清々しく空を見上げたり、気持ちよさそうに伸びをするくらいだ。
 おやつの時間、ぼくはバルバラの作ったお菓子を食べることが多い。バルバラは本当に何でもできるのだ。前にいたカトレアばあやもいいメイドだったけど、干しイチジクとかクルミだとかそんなものばっかりで、おやつはいつも残念だった。
 バルバラの作る焼き菓子なら、安い紅茶でも余所とは全然違う。クッキーはサクサクだし、クリームもフワフワだ。
 でも、バルバラは自分では菓子に手をつけない。いつもお茶を飲むばかりだ。それでいてぼくには
「もっと食べていいですよ」
 と、微笑んで勧めてくる。いつものことなのでぼくは遠慮しないで食べるけれど、おやつの時間にはとりわけバルバラがやさしくなってくれて、ぼくはうれしい。
 あるとき、バルバラがタルトを焼いてくれた。生地の上に果実とクリームが乗った焼き菓子が出てくると、ぼくはつばを飲み込むのを我慢できない。きっと聞こえているんだろうなと思いながらも、ぼくは少し慌てて席についた。
 その日のバルバラはずいぶん機嫌がいいらしく、ずっとぼくを見て微笑んでいた。鼻歌交じりどころかときどき本当に歌を口ずさんでいる。
「ねえ、何かいいことでもあったの?」
 ぼくはバルバラに聞いてみた。
「ええ、あるんですよ、これから。これからです。ところで、今日はマリウスさんの好きなだけタルトを食べていいですよ、ご自分で切り分けてみてくださいな」
 ぼくが「本当に?」と聞き返すとバルバラも微笑んで返すので、ぼくは四分の一ほどの大きな一切れを手に入れようと、ナイフを手にして構えた。
 けれど、その直前でバルバラは言った。
「聞いたんですが、最近、数学の課題が出ていたんですね?」
 びくりとしたぼくは、全身が固まってその場で動けなくなった。さっきとは別の意味でつばを飲み込んだ。
「あの問題、私がやり方を教えたものですね?」
「……はい」
 ぼくが恐る恐るバルバラを見ると、まだ微笑んで黙っているのだけれど何かものを言いたそうな顔をしていた。そして、口許までそれが迫っているような気配が漂っていた。
 ぼくは持っていたナイフをゆっくりとお皿に戻した。
「……ちょっと、勉強して来ようかな」
 ぼくがそう言うと、バルバラは「そうですか」と静かに言った。
「では、タルトは夕食の後にしましょうね。いっぱい勉強してくれると私もうれしいですよ」
「うん」と言って階段を上ったぼくは、部屋に籠もって本気で勉強をした。
 バルバラは頭がいいのだ。でも、絶対に心や根性の悪い人ではない。夕食の後で食べたタルトは本当に美味しかったし、みんなが食べるのを見守るバルバラの笑顔は、今度こそ正真正銘のやさしさにあふれていた。


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