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第五章
第十一話 お返し
しおりを挟む── 一年の終わりも近くなってきた、ある日の昼下がり。
「ここが影人君のアパートか。最近建ったばかりなんだろう、外観もすごく綺麗だな」
「まぁ、はい……」
叔父さんからの言葉に、影人さんが少し控えめな声量で答えた。
影人さんのアパートの前には、ボク・影人さん・叔父さん・三栗谷先生が立っている。
なぜこの四人で、というと……とりあえず、部屋の片付けは早めにやっておこうという話だ。
影人さんの部屋は物自体は少ない。けれど、正月明け早々に引っ越ししたいとなると、今のうちに準備をするのが一番効率的なのだ。
「影人君の部屋は……」
「……あっちの角部屋です」
影人さんとしては叔父さんにまで来てもらうことは遠慮していたけれど、「大人に甘えなさい」という一言で押し切られ。
「……すいません」なんて、珍しく遠慮してるような、そんな調子で影人さんは承諾したのだった。
影人さんの案内でドアを開け、部屋に入る。
叔父さんと先生が部屋へ入っていく中、影人さんだけは周りをキョロキョロと見渡していた。
いつも通り、眉も目付きも平行線を描いてる……かと思いきや、なんだか不安そうな目をしている気もする。
多分、もしかしたら――自分の中でなんとなく予想がついたボクは影人さんの肩を軽く叩く。
「大丈夫ですよ、影人さん。あの人……お母様はいません」
そう告げると、影人さんは少し安堵した様子でゆっくりと頷いた。
見慣れた景色そのままの、物が少ないスッキリとした部屋。
タンスの前に服が積んであることを除けば、生活感をあまり感じられない部屋であるのも変わりない。
自分の家じゃないのに「帰ってきた」なんて感覚を一瞬感じてしまうほど、この体は影人さんの部屋に慣れ切っている。
「これ、もしかして洗濯物ですか?」
「……うん。今度洗いに行くつもりだった」
「なるほどな……良ければ、うちで一緒に洗おうか? 影人君の着替えも用意してなかったし」
「あ、いや……コインランドリーあるんで、大丈夫っす」
優に四日分は溜まっているであろう洗濯物の山。叔父さんの言葉に、影人さんが首を横に振る。
叔父さんは叔父さんで大人として影人さんを助けようとしているのだけれど、やはり影人さんは甘えようとしない。
ボクとしても、家で影人さんの服を洗濯するのには大賛成ではあるが……さすがにそこまでは気が引けるのかもしれない。
「そしたら、後で一緒にコインランドリー行きましょうか。ボクも畳むの手伝いますから」
「いいよ、洗った後も適当に詰めとけば」
「ダメです、ちゃんとしておかないと服がしわしわになっちゃいますよ。せっかく元がいいのに服がしわしわだなんて、高級米で炊いたご飯に泥水かけるようなもんですからね」
「出たよ、蛍節」
叔父さんや三栗谷先生がいても変わらない、ボクらの漫才のようなノリ。
どこが面白かったかは分からないが、洗濯物を袋に詰める叔父さんも、段ボールに物を詰める三栗谷先生も、小さく肩を震わせて笑っていた。
「……ん?」
影人さんに確認を取りながら家具や不用品の有無を整理する中、ある一つのものが目に入った。
「影人さん、これ……」
ファスナーが開いたままになっているバッグの中に、ラッピングされた小袋と紙袋らしきものが入っている。
見た感じ、誰かへのプレゼントだろうか。丁寧な包み方に、緑と赤中心のカラーリングに金色で縁取られたシール。
色合い的に、もしかしたらコレはクリスマスプレゼントかもしれない。
……決して覗いたわけじゃない。そこまで見えてしまっただけである。
「あー……忘れてた。クリスマスパーティーの時にもらったプレゼントのお返しだよ、それ」
淡々と呟きながら、影人さんがカバンの中に手を突っ込む。
「忘れてた」だなんて。なんて影人さんらしい発言だろう……。
黒葛原さんが聞けば怒りそうだし、窓雪さんが聞けば多分苦笑していたかもしれない。
「……コレあげる」
そんな淡々とした影人さんが取り出したのは、カワウソのイラストが入った小さな紙袋。
差し出されるままに受け取るも、突然の展開に戸惑ったボクは少しだけついていけてないようだ。
「……えぇと、ボクに?」
「うん」
「三栗谷先生には……」
「無いよ」
しれっと非情な答えを返す影人さんにツッコミつつ、ボクは「ありがとうございます」と礼を述べる。
まぁ、なんとなく予想はしていたが……三栗谷先生、傷つかないだろうか?
そういえば、影人さんからボク宛にプレゼントなんてそうそう無かった気がする。そんなことを思いながら、紙袋の中を覗いてみた。
そこには、袋と同じカワウソのイラストが入ったマグカップやハンカチ、フォークといった実用性のあるグッズが詰め込まれている。
女子ウケの良さそうな、水彩タッチの可愛らしいカワウソのイラスト。そんな絵を見たボクも和んだのか、気がつけば「可愛い」なんてぽそりと漏らしてしまっていた。
「……でも、なんでカワウソ?」
「お前みたいだなと思って……」
「え? ど、どの辺が?」
イラストのカワウソ、実際のカワウソ(想像)、そしてボク。
頭の中でそれらを見比べたり、共通点を探してみたり……その根拠を探し回る。
……しかし、何も見当たらない。
ボクは魚が大好きなわけでもないし、泳ぎは苦手……どころか、かなりのカナヅチだ。
一体、どこが似ているというんだろう。
「あいつらうるさいじゃん、キューキューキューキュー」
「ボクがうるせぇってか!」
思ってもみなかった理由に、思わず平手を入れる。もちろん、叩いたのは顔じゃなくて肩。
影人さんから告白された時に「口うるさい」という言葉は確かに出たことがあるが、ボクはそこまでうるさいだろうか……。
「まぁ、可愛いからっていうのもあるけど」
「今言われてもあんまり……いや、でもありがとうございます?」
取って付けたかのような褒め言葉? に、とりあえず礼を述べておく。
影人さんからの「可愛い」にはなんとなく嬉しさを感じるものはあるけれど、出来ればそれは先に聞きたかった。「うるさい」の前に。
しかし、何だかんだ言ってもこれは影人さんから頂いたプレゼントだ。それは素直に嬉しいし、一生大事にしたい。
自分でも分かりやすすぎるくらい、有頂天に近づいていた。
「あ、ボクからもあるんです。影人さんにプレゼント」
持ってきたカバンの中を探り、影人さんにプレゼントを手渡した。
緑色のリボンでラッピングされた、小さな小袋。それを受け取ると、影人さんはさっそくと言わんばかりに開封の儀を始めた。
「……ブレスレット?」
中から出てきたのは、緑色に輝くパワーストーンのブレスレット。
影人さんへのプレゼントは何にしようか……クリスマス後のボクが捻りに捻って考えた結果が、少しだけ特別感のあるアクセサリーだった。
パワーストーンなんてスピリチュアルな物は滅多に買わないが、影人さんが少しでも心安らぐ毎日が送れるようにだとか、不幸がなるべく降りかからないようにだとか。ボクからそんな願いを込めた物でもある。
「グリーンタイガーアイって言うんです。魔除けとか、精神の安定に効果があるらしくて」
「ふーん……」
「なんですか「ふーん」って……」
「いや、パワーストーンとかそういうのあんまり信じてないからなんとも……」
「コンチクショウ!!」
せっかく色々考えて選んだのにそれか! と一瞬がっくりと肩を落とす。捻りに捻った分、かなり地に落とされた……ような、そんな気分になりかけた。
しかし、彼は七夕の願い事すら書くこともしなかった人だ。「願い事をしたところで叶うわけじゃない」と言った夏休みの日を、今でも覚えている。
リアリストな彼の前では、少しお高めのパワーストーンも"ただのブレスレット"になるのだろう。
「……でも」
「はい?」
「ありがと、大事にするよ」
静かに言葉を返して、さっそく腕に通す。
白い肌を飾る緑の宝石は、いっそう強い輝きを放って見えた気がした。
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