夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第二.五章 夏休み編

第五話 ぼくのわがまま

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 逃げるようにサウナへ駆け込んだボクは、サウナ室内の熱を感じながらぼーっとテレビだけを見ていた。
先ほど影人さんに(無意識に)述べてしまった言葉に対し、ほんの僅かな照れや戸惑いを感じてしまっていたけれど。意識をテレビとサウナの熱に集中させることで、少しだけ和らいだようだった。

(誰かと離れるのが寂しいなんて、考えたのは初めてかもしれない)

 ―― 二度と会いたくない、どこまでも遠くまで行って離れたいと思う相手はかなりいたものだけれど。
生まれて十七年、離れるのを惜しむ相手は彼が初めてのように思う。

 今までぼっちだったボクだ、それだけ「 黒崎 影人ともだち」という存在が、ボクの中でも大きくなっていたのだろうけれど。
けれども、……ボクが彼に対して抱いている感情は、友達として信頼している、友達としてその存在を好いている、ただそれだけじゃない――そんなような気もしていて。

 だって、考えてしまっていたのだ。影人さんの生活ぶりや過去を見た時に。
心の奥底、普段は蓋をしていて気付かない、見て見ぬフリをしている場所で、確かに過ぎっていた。


≪ ――ボクを████してくれそうなのは、彼しかいない ≫


 ぼーっとしてきた中、ふと時計を見る。気がつけば、入った時間から10分はとうに過ぎていた。
サウナの滞在時間は10分~15分ほど、長時間の滞在は脱水症状を起こしてしまう。
そんな注意書きがサウナの扉に張ってあったことを思い出し、長居をする前にサウナを出た。


「遅かったね」
「もう少しゆっくり浸かってても良かったと思うんですけどね……」
「長湯する方じゃないからね」

 ……元いた浴槽に影人さんはおらず、脱衣所で見つけた時には既に準備万端だった。



◇ ◇ ◇



 その後温泉内の食堂で昼食を済ませ、ボクらは外へ。
午前中と違い、お昼過ぎの太陽はボクらの体を突き刺すような強い紫外線を放っていた。
幸いなのは、涼しい風が穏やかにボクらを撫でてくれていることだ。それでも、「暑い」という感情は離れてくれないのだけれど。

「そういえば、温泉街といえばアレですよね影人さん」
「アレ? ……湯けむり殺人?」
「すーーぐそうやってバイオレンスな方に行くんだから!! お土産ですよ! 温泉まんじゅうとか、おせんべいとか!」

 男子高校生の健全な夏休みに鮮血が流れてたまるか!! とノンブレスで突っ込みを入れる。
この人、もしかして思った以上に思考が過激なんだろうか。……分からないけれども。

 硫黄の香りが漂うこの温泉街にあるのは、開店準備中の札を下げた古めかしい居酒屋に小さなレストラン、そこかしこに立ち並ぶ土産屋。時々服屋や雑貨屋も見かけるけれど、店構えがレトロな商店街に並ぶ店の様で。
今時の建物が当たり前のようになっているボクにとっては、若干別世界のようにも感じる雰囲気だ。

「あ、この中のお土産屋さんなんか良さそうですね。ほら、中も広いですし種類もありそう」

 ボクが見つけたのは、この街の中で一番目立つであろう大きめの白い外壁のホテル。いくらか年季が入っているように見えたが、それでもこの温泉街の中ではかなりの存在感を放っている。
その一階、自動ドアをくぐってすぐ目の前に見える場所。数多くのお土産を取り揃えた土産売り場があった。

「温泉まんじゅう以外にも色々あるんですね。この地域限定の羊羹とか、ご当地のお菓子とか……影人さん、なんか買っていきます?」
「土産買う相手がいないからね……あぁ、でもこの辺り買ってこうかな」

 そう言って影人さんが手に取ったのは、駄菓子屋で売ってそうなものばかりだった。
たまごボーロにドロップ、ラムネ。全てご当地限定のものを選んでいるあたり、「せっかくだし」みたいな思考はあるのかもしれない。
そんな影人さんを横目に、ボクも目に付いたお土産を手に取ってカゴに入れていく。ご当地限定味のスナックに温泉まんじゅう、叔父さんや叔母さんが好きそうな味噌漬けや柴漬け。
……我ながらチョイスが渋い、気がする。まあいいか。

「坊やたち、ここには観光で?」

 レジでボクらの土産の会計をしてくれた高齢の女性が話しかける。まさかそんな風に声をかけられるとは思わなかったボクは少し戸惑ったが、「えぇ、日帰りで」と返した。
 多分、この女性は地元民なのだろう。観光で来たというボクらに目尻を下げて「まぁ」と言い、

「それなら、おすすめの場所があるの。ちょっと歩くのだけれど、すごく自然がいっぱいで目にも心にも優しい場所があってね。よく友達同士で写真を撮ってく子もいるから、暇があったら是非行ってみてちょうだいね」

 ……と、背後にキラキラとしたオーラが見えそうな勢いで話を続けた。女性の言葉と身振り手振りによる説明で大体の場所を聞いたボクは「なるほど、ご丁寧にありがとうございます」と言葉を返し、外へ出た。


「犀の河原っていうらしいですね。せっかくここまで来たんですし、行ってみましょう」
「えぇ、外暑いのに……」
「行ってすぐ帰れば大丈夫でしょう、そう遠くないみたいですから。窓雪さんが無料券当ててくれたからここに来れたんですし、満喫しなきゃ損ですよ」

 『来年になったら受験で忙しくなっちゃうんだから、今のうちに何か満喫しておいた方がいいぞ~!』……なんて、窓雪さんは言っていたっけ。
受験も何も、ボクらはまだどこの大学とも専門学校とも、就職とも決まっていない。
 けれど、いつか……ボクか影人さんのどちらかが、未来を歩むための選択肢を決めてしまったら――来年はそれに向かう準備を進めなければならないのだ。

(……そうしたら、こういうことができるのも今年限りかもしれない)

 未来のことはわからない。ボクも影人さんも、何かのきっかけがあれば、今年中か来年の春には決まってしまうかもしれない。
そんな考えが頭を過ぎれば、少し感傷的になってしまう。けれど、そうして立ち止まっている場合でもなかった。

ボクのわがままおもいでづくりにもう少しだけ付き合ってください、影人さん」

 そう言って手を引けば、「しょうがないなぁ……」なんて低い声で影人さんも歩いた。



◇ ◇ ◇



  ―― 温泉街から出たボクは、女性から聞いた案内とそこら辺に立つ案内板を見ながらひたすら歩いていた。
とはいえど、右折も左折もない、殆ど直進ばかりの緩やかな坂道で。時計を見る限りでは五分も経っていないのだけれど、時間の割には随分長い道を歩いたかのような疲労感をボクの体は訴えている。
土産売り場の女性が言う「自然いっぱい」のおかげで所々に木陰があったのが幸いだ。ほんの一瞬でも日差しを避けられるのは、とてもありがたい。

 道中で見かけた休憩所らしき小さな建物で瓶入りのラムネを買い、それを口にしながら坂道を上がっていた。普段は炭酸飲料なんて飲まないのだけれど、こういう暑い時期は少しだけ欲しくなる。
口の中で弾ける炭酸の感触、乾いた喉を一気に潤してくれる冷たさ、そして炭酸のシュワシュワ感の中味覚が捉えたスッキリとした味わい。どうしてだろうか、照りつける日差しの中で飲むと格別なものと思ってしまう。
これが夏の風物詩の魔力か……などと感じ入ったところで、影人さんが口を開いた。

「……ここじゃない? 看板もあるし、"犀の河原"……」

 すっ、と影人さんが前方を指さす。
一面の砂利と小さな川、ところどころに飾りのように置かれている大きな岩に視界を彩ろう大きな木々――まさに「自然いっぱい」の風景だった。
川はボクの住む街にも流れてはいるけれど、ここまで自然に囲まれた場所は見たことがない。こころなしか、空気も澄んでて美味しいと感じられる。

「目にも心にも優しい場所がある、って言ってましたけど……確かにそんな気がしますね。ここなら森林浴もできそうっていうか」
「……今にも小石を積み上げられそうにも見えるけどね。ほら、親より先に死んだ子どもが」
「無粋!!」

 河原を見下ろしながらぼそっと呟く影人さんの肩に、平手を一発。
確かに、昔教科書か何かで見た「賽の河原の石積み」――その絵の風景に、酷似してはいるが。しれっと怖い話をするな。

 呆れつつボクは河原に向かって歩き、しゃがみ込んで川に手を伸ばしす。
しかし、指先が水面に触れた瞬間、

「あつっ……!」

 ―― 思った以上の熱さに、思わず手を引っ込める。触れたら速攻で火傷、というほどではないが……川=冷たい水というイメージが強かっただけに、ボクの脳が「異様に熱い」と捉えてしまっていた。
ボクの横に来た影人さんもそれに続いてゆっくりと手を触れ、「あぁ……」とボクより遅いペースで引っ込める。

「天然温泉ってやつですかねぇ……」
「かもね」

 ここは温泉地だ、地図上には確か少し離れたところに火山もある。……人の手が加えられてない温泉とはこんなにも熱いものなのだろうか、これでは熱湯に入るようなものだ。

 もう少し何かないかと、砂利道を進んで前へと進む。けれどこの地にあるのはログハウスのような造りのトイレに、祠を囲う小さな鳥居だけだった。
風景と、この場の空気を楽しむだけの場所……なのかもしれない。
けれど、どちらかといえば都会に近い場所に住むボクにとっては新鮮で、瑞々しい空気に心が洗われていくようだった。

 街にあるような喧噪も、賑やかな音楽もない、川のせせらぎだけがこの場の空気を作り上げている。


「……何もないね」
「そうですね、本当。ボクらが住んでる場所からしたら、何もない。……けど、これはこれでいい思い出になるなぁって思いますよ」
「そう?」
「えぇ。いつもの日常から離れた場所に、友達と二人で来たんです。ボクにとっては、それだけでも特別ですよ」

 影人さんにとってのボクが、どこまでの存在かはわからない。そんなこと、怖くて尋ねることはできない。
けれど、なんだかんだでこうして一緒に来てくれる辺り、少しくらいは心のどこかにボクの存在を心に留めてくれてはいるだろう――と、信じている。

 大人になっても変わらず、こうして一緒にどこか出かけたりとかしたいけれど。その時は、どうなっているんだろうか。
……なんて、まだ見ぬ未来に少し思いを馳せてしまう。

「そういえば、ここは写真を撮っていく人が多いって言ってましたよね。影人さん、一枚撮りませんか?」
「え……写真? 事務所通してよ」
「なーにが事務所じゃ! 今まだモデルの卵ですらねーでしょうが!! 素質はあると思いますが、まあそれはさておき」

 影人さんの冗談(と思われる言葉)にツッコミを入れつつ、看板を指さして「あそこで撮りたいです!」と提案をする。
写真は好きじゃないのか、いまいちノリの悪い様子の影人さん。ボクが「一枚だけでいいですから!」と粘った結果、ため息をつきながら

「……。一枚だけならね。あと晒さないでよ、メルクシィとか」

 ……と、了承してくれたのだった。
影人さんのことを好きな女子であればきっと「ツーショット撮っちゃった☆」なんて晒したかっただろうが、残念ながらボクは同性だし友達だ。
友達が困るようなことをするつもりはないし、金を積まれたとしてもこれはあげられない。

「晒しませんよ、そもそもメルクシィやってませんし! それじゃあ影人さんこっち……で、ちょっと寄ってくださいね」
「うん……ここでいい?」
「はい、あとはカメラ目線で映ってくれればそれでいいので……よし、それじゃあ撮ります!」

 はい、チーズ――なんてお決まりのセリフとともに、カメラのシャッターを切った。ボクの隣でしれっとピースを決める影人さんに、少しだけ口角が上がる。
クラスの集合写真や学校行事での撮影じゃない――なんでもない日常の中で撮った、友達とのプライベート写真。
初めて入った「友達との思い出」に、自分でもニヤけが止まらない。

「……そんなに嬉しいの? お前」
「もちろんですよ。だって言ったじゃないですか、ボクにとっては特別だって」

 ニヤニヤして気持ち悪い、なんて言われるかもしれない。
けれど、もうそれでもいいや、なんて思えるくらい嬉しくて仕方がなかった。
間違えて消したりしないように……と、お気に入り登録をして厳重に。同じものは二枚と撮れないのだから。


「…………疲れた」
「帰ったらすぐお風呂入って、早めに寝ましょうかね」

 初めて出来た友達と、初めての二人旅。
記念すべき友達とのツーショット一枚目とともに、帰りの電車に揺られてのんびりと過ぎていくのだった……。
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