夜影の蛍火

黒野ユウマ

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第二章

第八話 報復

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(……こんなところで、何をするつもりなんだろう)

 ―― ボクの予想通り。小野田と影人さんは、体育館裏に来たところで足を止めた。
警戒してか、小野田が少し周りを見渡す。咄嗟に身を隠したボクには気付かなかったのか、まっすぐに影人さんと向き合った。
幸い、ボクから見た位置だと小野田はボクに背を向けている。よほどのことが無い限りは、ボクに気付くことはない……だろう。

「……てめぇだよなぁ? 黒崎影人、色んな女をタラシこんでるって奴はさぁ」
「………そうだよ、女をタラシこんでるって言い方は違うけど」
「あぁ!? すっとぼけてんじゃねぇぞ!?」

 壁に隠れながら、耳を澄ませる。
……女性関係による揉め事か、ボクには到底縁の無い話だ。
背を向けているため小野田の顔は見えないが、声色からして相当ブチ切れているのは容易に想像出来る。

「この間ミカを家に連れ込んでヤッたんだろ、ミカから聞いたぞ」
「ミカって誰」
「……こいつだよ、こいつ!! 見覚えねぇわけねぇよなぁ!?」

 小野田の背であまりよく見えないが……小野田が何かを突き出していて、影人さんがそれに視線を向けている。恐らく、そのミカという女性の写真を見せている、のかもしれない。
忘れていたのかなんなのか分からないが、影人さんは「あぁ、あいつ」としれっと返した。怒鳴られているというのに平然としていられる、あの神経は何なんだろうか。

「……確かに一緒にいた記憶ある。でも、その後風邪引いてずっと寝てたから忘れてた……」
「はぁ!? ふざけてんじゃねぇぞ!! てめぇがタラシこんだせいで、ミカに別れてくれって言われたんだぞ俺は! 今まで俺達は仲良く付き合えてたってのに……てめぇと寝てからあいつはまんまとてめぇに惚れこんで、しまいにゃ俺には飽きたってよ!! てめぇのせいで全部台無しだ!!」

(その後風邪を引いて……。……まさか、あの声に聞き覚えがあったのって)

 がっちりと、パズルが組み合わさったように。片隅でもやもやしていた疑問に決着がついた。
休憩中、踊り場で小野田が別れ話をしていた相手の女子は……恐らく、影人さんが休んだ初日に電話口から聞こえてきた声の主だ。
電話口で聞いた声と、小野田と喧嘩している時に聞いた声。思い出してみれば、そっくりだった。
……だから、何故か引っかかっていたのだ。「どこかで聞いたことがある」と。

 つまるところ、影人さんがあの時一緒にいた相手は……小野田のいう「ミカ」で。
あの時のミカの発言はきっと、「影人の方があんたより好みで狙いたいから別れてくれ」という意味だったのだろう。それはそれで、女の方も最低であるが。

「は……? だから言ってるじゃん、タラシこんでるって言い方は違うって……。勝手に近づいてきたのはあっちだし、金やるからヤらせてくれって言ったのもあっち……ついでに言えば彼氏がいるとも言ってなかったから、そんなの知らないよ……」

 ―― 俺だけのせいにしないでよ。
影人さんの口から出てきたその言葉は、聞いているだけのボクでも衝撃を受けるものだった。

 知らなかったとはいえ、恋人がいる方とああいうことをした……というのは、一般的にはよろしくないはずだ。もしボクが小野田の立場であれば、人の彼女を取りやがって!!なんて、今の小野田と同じようにキレたことだろう。
けれど、それに対しての影人さんの態度はというと、自分だけが悪いわけじゃないと……少々、開き直ったようにも見える態度だった。

 信じられない。まず思ったのが、その一言だ。ボクが何も知らない人間であれば、最低な男だと罵るだけ罵って、見捨てることだろう。
けれど、ボクは……何も知らない、わけではない。深いところまではまだ知らないけれど、そんじょそこらのクラスメイトよりは知っているつもりだ。

 影人さんが寄ってきた女とそういうことをするのは主に「金稼ぎ」だと思う。多分だけれど。

『……一回こういうことするだけで、ウン万は軽くもらえるんだよね。お互い気持ち良くなれるし、自分ちで出来るし……まぁ、面倒な女が相手になると後々面倒くさいけどさ、稼ぎには結構いいよ』

 ……どうして高校生なのに一人暮らしなのか、その詳しい理由は知らない。けれど、一人暮らしとなると何かとお金は必要になる。
店の壁に貼ってある求人とかを見ても、高校生は別枠で時給が提示されているくらい、バイト代などたかが知れている。普通のパートや正社員に比べて、酷く安いと感じた場所さえある。影人さんが学校以外の時間を全てバイトに当てたところで、きっと大した額は稼げない。
 ……俗に言う「仕送り」というものがあるのか無いのかでまた変わってくるだろうが、とにかく影人さんには金が必要だ。そのためにも、影人さんは女子を利用していた……の、かもしれない。

 どうにかこうにか影人さんの立場に立とうと努力して考えた結果がこれである。
ボクにはできない、想像もつかないようなことばかりだから、これくらいが限界だが。

(まぁ、それにしたって肯定しきれるもんじゃないですけど……)

 影人さんのそういった行いの結果が、コレだ。相手を間違えれば、いつか誰かがこうして彼に突っかかってくる。
影人さんが一緒に過ごした女子の恋人であれば、彼女を取られたと思っても仕方のない事案だ。こればかりは友達といえど、庇いきれない部分はある。

(ああして責められても開き直って、相手が怒ってても平然としていて。……最悪だし、最低だ)

 ―― 普通なら、そう考えるものだろう。
けど、ボクの影人さんへの気持ちはそれだけでは終わらなかった。

そんな二言三言で彼の存在を全否定するには――彼のことを、知りすぎたのかもしれない。

「ッ、……人の女を寝取っておいて、何が「俺だけのせいにしないで」だ!! ふざけてんじゃねぇぞ!!」

 小野田が思いきり拳を振り上げ、影人さんの頬を殴った。
避けることも防ぐこともせず……否、出来なかったのだろうか。微動だにしないまま小野田の拳を真正面から受けてしまった影人さんは、そのまま後ろへふらついてしまう。 
小野田は手を止めず、今度は影人さんの下腹部に蹴りを入れる。かなり強い力で蹴られたのだろう、影人さんは下腹部を抑えてその場にうずくまった。

 影人さんがどれだけ苦しそうにしていても、小野田はお構いなしに攻撃を止めなかった。影人さんも影人さんで、何故だかガードもしないまま小野田の攻撃を受け入れている。
 ……同級生とよく喧嘩をしていたのなら、多少は喧嘩慣れをしていてもおかしくないだろうに。それにしては、あまりに動きがなさすぎる。
それに、自分だけが悪いわけじゃないと言うのなら、少しくらい抵抗してもいいだろうに――何故、何もしようとしないのだろう。

(……いや。そんなことを考えるのは後だ)


 このままじゃ、影人さんが――そう思った瞬間、ボクの体は勝手に動き出していた。


「なぁぁあああにしとくれてんですかこんにゃろおおぉぉおお!!!!」

 ――雨が上がってお邪魔虫になっていた傘を片手に、特攻。
そのまま持ち手の方を向け、小野田の背を思いきり突く。小野田が一瞬ふらついた隙を狙い、小野田の脇の下から両腕を入れ、羽交い締めをして動きを止めた。
……小野田の方が若干身長が高く、筋肉もボクより良くついている。体格の差でいえば相手が勝っている、長いこと動きを止めるのは難しいかもしれない。

「なっ、……てめぇ!! 何すんだ、離せコラァ!!」
「嫌です!! だって、放っておいたら影人さんを殺すつもりでしょう!!」
「そうだなぁ! このままブッ殺してもいいくらいだ!! こいつは、人の女を寝取っておいて平然としてられる最低野郎だからなァ!!」

 怒り、憎悪、殺意。攻撃的な感情一色の声色でボクにそう叫びながら、小野田はボクを振り払おうと暴れる。少しでも気を緩めれば、力で圧倒されて振りほどかれそうだ。
 全身全霊をささげるとは、このことかもしれない。小野田の動きを止める、ただそれだけに持ちうる筋力を集中させていた。

「えぇ、そうでしょう! アナタからしたら、いえ、一般的に見たら影人さんは最低男かもしれません! 平気で待ち合わせには遅れるわ、人のことはおちょくるわ、女の子からのラブレターは読まずに破るわ、なんか知らんけどいきなり「AV」とやら見せてくるわ、挙げ句の果てに彼氏持ちの女の子とも平気で「ああいうこと」をするわ! そりゃあそんな風に言われてもおかしくねえわと思うとこ結構ありますよ! えぇ!」
「いやそこまで知らねぇしお前俺を止めてる割にはコイツのことボロクソ言いすぎねぇか!? つかそれだったら何で止めるんだよ!?」

 ごもっともな突っ込みを入れながらも、小野田がボクに叫ぶ。いやまぁ、そうも言いたくなるだろう、それは分かる。
他の人からしたら、ここまでされるようなことをする人を庇う意味が、分からないだろう。

「つか、そもそもてめぇは誰なんだ!! こいつの何なんだよ!!」

 けれど、もうそんなのは構わない。ボクはボクで、影人さんを守りたい。

「ボクは――影人さんの友達の、不破 蛍です!」



 ―― 友達になったきっかけは、「クラスであぶれた者同士だったから」……なんて、些細なものだったけれど。
それでも、彼と過ごす日々はなんだかんだで楽しくて、……ボクにとっては、影人さんと過ごすこの学校生活が、今が、一番楽しい。

 援助交際だの女性関係だのに関しては、本当に驚かされてばかりで、そりゃあ……最低だと、評せるところもあるけれど。
ただ、それよりも。……それよりも、もっと強く根付いている感情が、ボクにはある。


『―― 俺に寄ってくる女が全員、ちゃんと俺のこと見てると思う?』
『あいつらからしたら、ただの「アクセサリー」だからね、俺。』
『俺に飽きたら、次に興味持ったやつのとこにあっさり行くよ。ああいうのは』

 ……上辺だけで、本当の自分を見てくれる人が、誰もいなくて。

『―― 一人だよ。ずっとね』

 たとえ苦しい思いをしていても、誰も傍にいてくれなくて。

『いいよ……面白そうだし。友達になってあげる……』
『俺に対する腹いせだとしても、……俺のいないところで蛍に変な絡み方するなら殺す』

 ……ずっと、ボクと一緒にいてくれている。

 色々思い返せば、ボクにとっては大きな存在になっていたのだ。


「まだたった一年しか一緒にいなくて、知らないことも多くて……今回みたいな事だって、今後もっと出てくるかもしれません。けど、それでもいいんです! 友達としてずっと傍にいて、誰も知ろうとしない彼の姿を見つけたい!! アナタや他の人からしたら悪い人だとしても、ボクにとってはそれくらい大事な人なんです!!」

 彼のことは、深くは知らない。
けど、もしかしたら……あるのかもしれない。彼自身が、本当は誰かに見つけてほしいと願う「自分の姿」が。

 もしあるのならば、ボクはそれを見つけたい。

「だから……これ以上傷つけるのは許しません!! だから、この手だって離さないです!!」
「……だったら、てめぇもこいつと同じようにボコしてやるよ!! お友達だってんなら、二人まとめてあの世に送ってやらぁ!!」

 ボクの言葉で、尚のこと激昂したのだろう。暴れる動きが更に激しくなり、ボク一人の腕力ではそろそろ限界だ。
ただ、ここで少しでも手を離したら……ボクも影人さんも、本当に殺されるかもしれない。何がなんでも、それだけは阻止せねばならない。
 倒れている影人さんを抱えて逃げる力も、ボクには残っておらず……誰かが気付いて割って入ってこない限りは、現状を維持するしかない。

 歯を食いしばり、残された力を振り絞って小野田の動きを止め続けていた――その時。


「不破君、黒崎君!!」

 聞き覚えのある高い声……女子の声が、耳に入る。
ボクと小野田が動きを止め、後ろを振り返ると――そこに立っていたのは、窓雪さんと三栗谷先生だった。
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