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117 後片付けまでが冒険です・6
しおりを挟む「――赤竜王様、そろそろ本題に戻っていただいてよろしいでしょうか」
赤竜王・エグザレドラ・オーヴァラーグ様にそう問い掛けたのは、この辺り一帯の領主であるファージ様でした。
そう言えばエグザ様の登場は、元々ファージ様に声を掛けながらのものだったので、ファージ様的には待たされた状態で、落ち着かなかったんじゃないかなぁ。
私だったら緊張待機状態が続き過ぎて気絶してたかも、というかしてましたね(ドヤァ。
もっとも、ファージ様のその堂々とした佇まいからは緊張が感じられないので、あくまで私・八重垣紫苑の想像の話でございます。
そんなファージ様の呼びかけに自分の本来の身体――先程まで屍赤竜だった存在の頭に座るエグザ様(レーラちゃん)は、小さく笑った。
――ドラゴンではなくなっているため、表情の動きがすごく分かり易くなってるよね。
というかレーラちゃんの姿で出力されてるからめちゃ可愛いんですが。
『そうだったな。待たせてすまぬ。
では本題に戻るとしよう。
ファージ、汝は神域結晶球を異世界人達が破壊したがゆえに捕えようとしていたな?』
「お言葉に間違いありません。
何せ神域結晶球は貴方様から人へと託された、この世界を守る為の神具。
それを託された存在の末裔としてそれを壊したものを無罪放免という訳にはいきません」
『汝の役目への責任感は素晴らしい。
だがファージよ。物事には時として理から外れる事もある。
平時では許されぬ事も、特殊な状況、事情が重なれば、為される事、為さねばならぬ時もある。
今回の異世界人の行動はまさにそれに当たる。
彼らが破壊を恐れて二の足を踏んでいれば、レイラルド領そのものが灰燼と化していただろう。
時に理を越えねばならぬ事がある――為政者たる汝だからこそ理解出来よう?』
そう投げかけられた言葉に、ファージ様は表情を険しくする。
「為政者だからこそ例外を許してはならないのです、赤竜王よ。
自らが敷いた理を自ら壊す長を誰が長として認めるものでしょう?
ゆえに私は彼らの罪を問わねばならないのです。
例え法を犯す事が必要であったとしても、その上で罰を与えねばならないのです」
ファージ様のお言葉は、確かに正しいと思う。
法を無視して自由に振舞う存在が他者には「法を守れ」と口にしたところで説得力は皆無だからね、うん。
法を破ってでも為さなければならない事があったとしても、法を破った事自体は追及されなければならない。
法律、ルールというのは、多くの人が共に暮らす為に必要な基準だ。
その基準を守るからこそ共に生きる事が出来、そこから逸脱すれば共に生きる資格を疑われる。
だからこその順守であり、だからこその罰。
そう考えると、確かに神域結晶球を破壊した事は罰せられなくちゃならないわけで。
うう、分かってるけど複雑な気持ちというかなんというか……。
『汝は相変わらずの頭の固さだな。
だが、それゆえに領主たる存在として相応しいと言える。
汝の頑迷さを我は許す。愛すと言い換えても良いかもしれぬな。
そして、それゆえに理から逸脱できない汝の代わりに、我が彼らを許さねばなるまい。
恐れを越えた勇気ある行動をただ罰する事は、人の貴さ、尊厳を疑う事に繋がっていくゆえな』
「――御心遣いには感謝します。
ですが、畏れ多くも貴方に人の世の理に介入する権利があるとは……」
『その権利、此度においてはあるはずだ。
何せ元々神域結晶球は我のものなのだからな。
本来の所持者たる我が破壊を許すと言っているのだ――であれば、彼らは許されるべきであろう。
人の世の法に照らし合わせても無理はないと思うが』
な、なるほどー!
元々エグザ様のものとするのであれば、その破壊が罪か否かはエグザ様の判断に因りますね、ええ。
ただ、細かい事を言えば、この場合神域結晶球の所有権がどうなっていたのか、という部分も無視できないかもしれないですけどね。
「……。
主張は理解いたしました。
ですが、貴方様から神域結晶球を賜って数百年、人の法で考えれば所有権はこちらに移っているかと思われます」
『ふむ。
だが、それはあくまで我が汝らに明確に所有権とやらを移譲した場合に限るのではないか?
確かに我は汝らに神域結晶球を託しはしたが所有権の放棄をした覚えはない』
「――――言葉遊びとはお戯れを」
『我に人の法を強いる方が戯れめいていると思うが――まぁよい。
しかし、人の法という観点から見れば平行線になるようだな。
であるならば――根本的な解決をする他あるまい』
その言葉の直後だった。
私がヴァレドリオンによって破壊した神域結晶球を構成する破片の全てが、突然に宙に浮かび上がったのは。
それを目の当たりにした人々が驚きの声を上げる中、結晶球の破片は巨大なドラゴンの顔面で静止した。
次の瞬間、ドラゴンが結晶球の破片全てに噛み付いた――いや、食べた?!
更にドラゴンはそれをバリボリとよく噛んだ上で一気に飲み干した……これにはファージ様も驚きを隠せなかったようで思わず声を上げていた。
勿論私達も驚いて「ええー!?」「食べたぁー!?」とか叫んでおります。
「――! 一体何を……?」
『言ったであろう。根本的な解決だ。――――フゥゥッ!』
ドラゴンの頭に乗ったままのエグザ様は、暫し瞑目した後、突然に目を開きパン!と手を叩いた。
その眼が赤く光を帯びて輝いた後、エグザ様が乗るドラゴンに異変が起こった。
体勢を大きく変えてないままドラゴンが全身に力を入れる――すると、その胸部に周囲から発生した赤い光が収束していった。
屍赤竜が神域結晶球を爆弾にしようとしていた時を思い起こさせるけど、その時とは違い嫌な予感は全くしない。
むしろ神々しくて拝みたくなる位――と思っているうちに収束が完了、
その胸部から光り輝く結晶が――――再生したと思しき神域結晶体がせり出してきた……!
『――ええっ?!!!』
皆が驚きの声を上げる中、神域結晶球は徐々にその姿を現していく。
その際、ドラゴンの胸部を割くような事はなかった。
傷つける事なく肉体を透過し―――ついに、ドラゴンの身体から完全に抜け出して現れた神域結晶球は、皹一つない完全な形で再生復活を果たしていた――!!
『……ふう。マナが足りるか心配だったが、どうにか上手くいったようだ。
異世界人達が心魂込めて戦闘してくれた賜物だな。
どうだ、ファージ。
これでもまだ彼らの責任を問うか?』
た、確かに争点の神域結晶球が完全修復されたら、問題はなくなるよね。
うーん、ある意味すごい力技の解決方法だなぁ……。
「――――必要はなくなった、のは分かります。ですが、しかし……」
宙に浮かぶ神域結晶球を困惑と驚きの中見上げながら、言い淀むファージ様。
そんなファージ様に、エグザ様は言った―――穏やかな笑みを浮かべながら。
『もう良い、ファージ。
汝が異世界人に厳しく当たらざるを得なかった心情は我なりに理解する。
我だけでなく、ラルエルやスカードもそれは理解している。
だが、もう良いのだ。
本来の優しい汝の心に従って許すがよい。
汝が公私混同をするような存在でない事は、誰もが知る所であろう。
それこそ、知り合って僅かな時間の異世界人ですらな』
「ええ、よく理解しております。
ファージ様は正しい厳しさで、私達に向き合ってくださいました」
声を上げたのは一くんだったけど、私達は皆一様に頷いてますともっ!
ファージ様が筋を通し、偏見を持つまいとされる方である事をみんな知っていたからです、ええ。
――異世界人である私達にも礼儀を尽くし、息子であるコーソムさんの過ちにさえ容赦するまいとした方だからね。
少し前、そんな厳しさに不満を零した事がある網家さんも、この時はただただ頷いていた。
許してもらった方が都合が良いからだと言われたら否定はできないかな、うん。
でも、私もそうだけど、皆も多分それだけで頷いたわけじゃないと思う。
「父上は――! 父上は立派な方です。私も知っております――!! 間違いなく紛れもなく……!
今は不甲斐無い私などと違って、誰よりも素晴らしい領主でございます……!!」
コーソムさんも、エグザ様に跪いた体勢のまま大きく声を上げた。
そして、それにこの場に居合わせた騎士や兵士さん達も次々とそれに同意と肯定の言葉を呟き、叫び、頷いていく。
「ファージくん、前から言ってるでしょう?
貴方はもっと信じるべきなの。領民ではなく――これまで領民を守ってきた貴方自身の事を」
そしてラルもまた、普段のレートヴァ教・聖導師長としてではない言葉で静かに微笑んでいた。
それらを目の当たりにして、ファージ様は僅かに感情を滲ませた声で呟いた。
「コーソム……ラルエル―――そなたらも――――」
『見るが良い、ファージ。
汝の積み上げてきた時間に嘘や偽りはない。ならばこその今の時の肯定だ。
この事柄に限らず、汝が誠意を込めて語るのであれば、領民達は皆快く受け入れるであろう。
汝の愛した女の事もな。
――――もう少し己の事を信じ、許し、甘やかすべきだ、汝は』
そんな優しい言葉に対して、ファージ様は静かに、そして恭しく威厳に満ちた動きでエグザ様に頭を下げた。
「勿体ないお言葉でございます、赤竜王。
そしてこの場に居合わせた皆にも心から感謝を。
信じる事については改善いたしましょう。
ですが、私に甘えや許しは必要ございません。
――――それはもう、既に十二分にもらっているので」
「頑固ね、ホント」
「それが、私だからな」
ラルの呟きに、ファージ様は小さく――――それこそよく見なければわからないほど小さく笑みを零した。
ファージ様の今に至るまでの想いや苦悩、努力は、きっと並ならぬ、いや並外れたものなんだろうな。
私では想像すら及ばない位に。
だから、せめてこの瞬間――それがささやかにでも軽くなっている事を、私は願ってやまなかった。
「――何故泣いてるんだ?」
「え? あれ?」
一くんの指摘で、私は自分が涙を流している事に気付いた。
不思議だった――確かに感情を揺さぶられてはいたけれど、どうして涙が零れていたんだろうね?
「多分、こうグッときちゃったんだよ、うん。私が思ってる以上に」
「……まぁ、そういうものか」
きっとそうだろうと浮かんだままの言葉を口にすると、一くんは納得したようでそれ以上は何も言わなかった。
――その直後、ファージ様と視線が合った。
それはほんの一瞬で、ファージ様はすぐさまエグザ様に向き合っていたから、どんな顔をしていたのかまでははっきりと分からなかった。
ただ――――どうしてだろう。
私の中で、安堵めいた感情が強く浮かび上がり、やがて消えていった。
うーん、良くは分からないけど……結果良ければすべてよし、という事にしておきます、ええ。
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