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間隙⑥ ファージ・ローシュ・レイラルドにとって

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「――久しぶりだな、所縁」
「あ、ファージくん……久しぶり」

 ファージが領主代行として開いた、レイラルド領が成り立った記念を祝う宴において、ファージと黒須くろす所縁ゆかりは再会した。

 二人が顔を合わせたのは、レイラルド家が所有するこうした宴の為に作られた城、そのバルコニー。
 ―――互いに、出会った所よりも少しやつれた、疲れの滲む顔をしていた事に二人は気付く。

「ドレス姿……似合っていると思う。綺麗だ」

 痩せたな――そう言おうとして躊躇われたのもある。
 だが、それ以上に思ったままの言葉として、それはファージの口から零れ落ちていた。

 実際、所縁の容姿は整っている。
 少なくとも自分でなくても恐らく――この世界での一般的な感覚を持つ人間ならそう思うだろう。
 自分達のいる世界の人間とは方向こそ違うが、所縁の容姿はそれを加味しても整っていると評価されるはずだ。
 彼らと自分達では美醜の価値観がそう離れていないから、なのだろう。

 ともあれ、薄紫色のドレスを纏った所縁は美しかった。
 作法としてじっくりと見る事は憚られるが、叶うなら……とそこまで考え、
 ファージは、そんな事をついつい思考した自分が分からなくなり、内心頭を抱えた。

「ホント? 
 嬉しいなぁ……ファージくんは社交辞令はちゃんとしてるけど、お世辞は言わないものね」

 一方、そんなファージの思考を知る由もない所縁は、
 そう言うと、本当に嬉しそうに表情をほころばせた。

 少し前、こちらに振り向きかけた瞬間の色のない表情や、
 夜空の下で一人で佇んでいた後ろ姿が辛そうに見えていたので、ファージは安堵する。

「……分かっていただけているようで何よりだ。
 ドレスは誰に準備してもらったんだ?」
「ラルがね、折角御呼ばれされたんだからちゃんと綺麗にしなくちゃって。
 すごい形相で引っ張りまわしてもらって――ふふ、楽しかった」

 そのラルエルはというと招待はしたのだが、この場にはいない。
 この場にいるのはレートヴァ教の聖導師長、この地におけるレートヴァ教の統括責任者だ。
 おそらく様々な人が集まるここで縁を――繋がりを作るべく代わってやってきたのだろう。

 ――挨拶された時、どこかこちらを侮っているかのような小馬鹿にしているような表情に苛立ちを覚えた事もあり、そう考える事に躊躇いはないファージであった。
 
 ちなみにスカードも呼んではいたが「柄じゃないのは分かり切ってるだろうが」と笑われてしまった。
 当然、今日ここにいる筈もない。

「でも、ラルには悪いけど私にはこんな綺麗なドレスは似合わないと思うんだよね。
 いつもの鎧の方が合ってるし、こういう場所で地道に挨拶して回るより冒険してた方が――」
「所縁?」

 そこまで言うと、所縁は言葉を止めて夜空を見上げた。
 その際の微かに目を細めた様子も相まって、思わずファージは声を掛ける。
 すると、所縁は小さく息を零してから再び視線をファージへと向けた。
 その顔に自嘲的な笑みを浮かべながら。

「こんな事言ってるからダメなのかもね、私は」
「何の事だ?」
「この一年間の事。
 私は、私なりに少しでも色々な状況を良くしようとしてきたつもりなんだけど――どうしてかなぁ。
 なんだか、全部空回ってる気がするんだ」
「――!」

 それは、この一年を通してファージも抱いている無力感と同じものだった。
 
「同じ世界の人達にたくさん呼び掛けてきたけど偽善者だって罵られてばかりだった。
 時々説得の為に、この世界の人に迷惑をかけるのを止める為に戦う度に、お前はどっちの味方なんだってよく言われちゃったよ」

 それもまた、この一年でファージが言われ続けた事だ。
 異世界人へと歩み寄る為の幾つかの政策を提案したものの、その殆どが通らなかった。
 敬愛する父にさえ完全な理解はしてもらえなかった。

「私は、どっちの世界の人も幸せになってほしかっただけ。
 だから、レートヴァ教の人とか冒険者協会、偉い人達の要望にも出来る限り応えてきた。
 自分の意見を通す為に、説得力を増す為に実績が必要だとも言われて……
 だけど――その度に、それ自体特別扱いされてるみたいにも言われちゃったなぁ」
「すまない。そのうちの幾つかは私も頼んでしまった事だ」
「ううん、気にしないで。
 大事なことだってちゃんと分かってるよ。
 ファージくんからの頼まれごとは特にね。
 でも、そうして色々とがんばってたつもりだけど――なんだかなぁ。
 一年前から何も変えられてない気がするんだ。
 エグザに合わせる顔がないよ」
「……私も、同じだよ」

 話を誰かに聞かれたくはなかったので、ファージはよりバルコニーの奥、欄干の側まで所縁の手を取って歩いていく。
 ――機密事項がどうとかではない、ただ、二人の話に立ち入ってほしくなかった。
 
 それに同意したかどうかは分からないが、所縁は何も言わずファージの手を軽く握り返してそれに従う。

「周囲を動かす為の結果を求めて足元を見ず、老人達の言いなりで――本当に寄り添うべき者達に寄り添えてなかった。
 だが、分かっていてもままならなかった。
 あの日――魔窟を攻略した時、私達は確かに大きな事を成し遂げた。
 だが、そうした事で為すべき事の量や質を大きく上げられてしまった――
 きっと今の状況は……本来の私達にはまだ分不相応なのだろう。
 ――すまない、所縁」
「え? どうしてファージくんが謝るの?」
「あの日、そもそも私達だけでどうにかしようと思ったのは、権力を握ったつもりの大人達の腐った世界をどうにかしたかったからだ。
 結果さえ出していけば、年若い私でもそれができると思ったからだ」

 だが、そうはならなかった。
 むしろそれを理由に無理難題――権力を握る大人達の後始末をさせられるばかりだった。
 その度に、心が蝕まれていくようだった。

 ファージ自分は、結果としてそれを所縁やラルエル、ファージにも強いてしまっている。

 結局、子供の背伸びにすぎなかった事を――ファージはこの一年で痛感していた。
 それは誰にも零すまいと思った思い……しかし、今は言わずにいられなかった。
 
「……そう過信して、君達を巻き込んだ結果が今だ。
 子供の背伸びに付き合わせてしまって、本当にすまな――」

 少し震えた声で言いかけた瞬間だった。
 歩み出た所縁が、ファージを抱きしめたのは。

「所縁――?!」
「違う、違うよ――ファージくんは、全然悪くない。
 悪いのは、私だよ――あの時、魔窟をぶっ飛ばそうなんて、私が言わなければよかった。
 私の方が、子供の背伸びだったんだよ――!」
 
 いつしか、所縁は涙を流していた。
 いつしか、抱きしめているのはファージとなっていた。

 そんな二人を星明りが静かに、そして優しく照らしていた――。

 
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