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76 決戦の日――冒険者として、クラスメートとして、ヒトとして
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領主様からの依頼である神域結晶球回収が為された後に現れた、今は対立の立場にある寺虎くん達7人。
彼らは私達の成果を自分達がいたからこそ為し得たとして、
私達のこれまで重ねてきた独立へとの準備やその他も総取り――横取りすると主張してきた。
彼らを表向きまとめている寺虎くんは、そうすればクラスみんなで楽しく冒険できるというけどねぇ。
まあ――確かにそうかもしれない、そう思える部分はちょっとある。
ずっと対立を続けるよりは、ここで互いに妥協点を探って、穏やかに解決をすべきなのかもしれない。
だけど。
「あ、あの、いいかな」
思う所があって、私・八重垣紫苑は静かに手を上げた。
すると寺虎くんは、楽しげに笑って言った。
「おう、なんだ八重垣。
俺達の下についた後の対応については応相談だぞ? 俺らに媚びたら相応に……」
うう、その言葉に思わずあれやこれやネガティブな思考が頭を過ぎっちゃう私。
で、でも、今はそれに負けてる場合じゃないよね、うん。
……変な顔してたら一くんに破廉恥云々って突っ込まれそうだし、気を引き締めます、はい。
「――――。
わ、悪いんだけど、こっちの質問を先にさせてもらうね。
まず、コーソムさんはどうやって連れてきたの?
領主様の……ファージ様の邸宅にいらっしゃったと思うんだけど」
「ああ? そりゃあもちろん丁重に迎えに行ったんだよ、なぁ?」
「……違うでしょう。
彼が、私達を脅迫して強奪するように指示した、でしょ。l
間違えないでいただけます?」
「っと、そうだったそうだった」
寺虎くんの言葉を、彼の仲間である阿久夜澪さんが訂正する。
私達が知る限り、コーソムさんは以前の事を反省してファージ様に連れていかれる時から抵抗らしい抵抗もせず、暴れるような真似はせず、静かだった。
強奪を指示するとは思えないし、そんな手段もなかったんじゃないかな。
そして、こう考えるのは酷だけど、彼らに対して見返りが提示できない今のコーソムさんの指示を彼らが――特にリーダー格の二人が素直に応じるとは思えないんだよね。
つまり、阿久夜さんの言葉は『事実とは違うが、自分達の都合の為にそうしておく』以外の何者でもないんだと思う。
コーソムさんに視線を送るも、彼は何も語らない。
何故否定の声を上げないのかは分からないけど、何かしら理由があるんじゃないかな、うん。
だとしても――。
「……誰かを怪我させたりしたの?」
怒りを噛み殺しながら質問を続けると、私の様子を知ってか知らずか変わらない調子で寺虎くんは答える。
「出来る限り少なくしといていやったぜ? この馬鹿息子もその辺りうるさかったからな。
でも殺しはしてないんだからありがたく思ってほしいよな。
どうせ生き返るんだしさ、お前や依頼でぶっ殺した悪党魔術師とかみたいに」
「っ――」
寺虎くんの発言に私は、いや私達は思わず息を吞んだ。
「もしかして、寺虎くん達は人を――」
「ああ、何度かぶっ殺してるぞ。でも、依頼なんだからそういうものだろ?
悪党なんだからいいじゃねえか。それにさっきも言ったが生き返れるんだしな」
「それにRPGだって道端に現れる雑魚の生き死になんて語られないでしょう?
せめてわたくし達の目を引く存在になってからにしてほしいですね。
まぁそれを言えば、こちらの何人かはまだそういう存在とは言えないかもですけど。
誰とは言いませんが、盗賊を迷いなく殺すくらい躊躇わないでほしいですね」
「そう言ってやるなよ、慣れたらできるようになるだろうからさ」
「だと良いですね」
……なんとなく。
以前、冒険者協会で再会したから感じていた、彼らの様子の変化、その根本が分かったような。
彼らのタガはとっくの昔に外れてしまっていた、のかもしれない。
ゲーム感覚……そう表現したくないんだけど、それに限りなく近いものになっているような気がする。
殺した人が実際に生き返れる事を知った結果、取り返しがつくと勘違いしてるんじゃないだろうか。
生き返る事が出来るとしても、心の傷が消える訳じゃないのに。
ただ、そうなるに至った全てが悪いとは言い切れない。いや、言えないと思う。
悪党の魔術師がいて、その行動で苦しんでいる人がいて、その人物を討つ必要があった。
依頼があったというのは、そういう事だろうしね。
依頼を受理した以上、冒険者協会もその認識に間違いがないと判断しているという事だし。
そして、その魔術師の攻撃で殺されそうになって反撃するのは間違っていないと思う。
殺されそうな状況の中、生き残る為に相手を殺しうる攻撃を返すのは仕方のない状況だし。
自分が死にそうなのに相手を生かす事を考慮するなんて事は、現実においては無茶な事だからね。
依頼として、必要があって、相手を殺す――それは、私達もそうしていたかもしれない事で、今後そうする可能性のある状況だ。
冒険者という職業は、そういう誰か何かをを殺す事から切り離せない仕事だ。
冒険者になる以上、冒険者である以上、それを知らぬ存ぜぬ出来ないでは通らないと思う。
少なくとも、如何なる理由があれど、私達のように冒険者になった人には詳しい状況も分からずに彼らを責める事は出来ない。
それが分かってるから、皆動揺はしていても責める声は上げられないし、上げちゃいけないと思ってるんだと思う。
――だけど。
「慣れたらできるように――?! お前らいった……八重垣さん――?」
それでも言うべき事があると前に進み出ようとした守尋くんを私は手で制した。
言いたい事はきっと同じなんだと思う。
でもそれは聞くべき事を全部聞いてからがいいんじゃないかと思ったんだよね、うん。
だから、申し訳なさを堪えながら守尋くんに一度視線を送ってから、改めて私は寺虎くんたちに尋ねた。
「えと、最後にもう一つ訊かせてもらうね……仮に貴方達の要求を私達が拒否したらどうするつもりなの?」
「そんなの決まってるだろ?
要求を呑むしかなくなるように、きっちり上下関係を教え込むだけだ。
勿論圧倒的な力の差を見せつけた上でな」
「……そう。なら―― 一くん、お願い」
「ああ、するまでもないと思うが」
「あん?」
寺虎くん達が怪訝な顔をしている内に――一くんの【思考通話】での意見交換が終わる。
一くんの言うとおり、するまでもない事だったかもしれないけれど――ちゃんと意見を交わす事は大切だからね、うん。
それが出来なかったから寺虎くん達は出て行ったのか、出来たとしても結果は変わらなかったのか。
今となっては分からない――だけど、出来なかった後悔を二度としないために、今は今の最善を尽くしたかった。
私は意見交換を一瞬で終えた皆に視線を送ってから大きく頷き、その上で改めて寺虎くん達に向きなおった。
「じゃ、じゃあ、私が話してた途中だったから、私が代表して言わせてもらうね。
寺虎くん、阿久夜さん、私達は貴方達の要求には応えられない」
「――そうかよ」
「予想出来た事ですね。
一応訊いておきますが、理由は何ですか? まさか人殺しになったクラスメートなんかもう敵だとでも?」
「そ、そういう理由じゃないよ。
私達だって冒険者だから、戦ったりの中で相手を殺してしまう事があるのは重々承知してる。
だから、それを理由に寺虎くん達を責める資格はないと私もそうだし、皆も思ってる。
でもね。
冒険者だからこそ、冒険者じゃない所で人を無用に傷つけるのは違うんじゃないかな」
「――!」
その言葉には思う所があったのか、寺虎くんは眉を顰め、阿久夜さんは僅かに目を細めていた。
「ぼ、冒険者として人を傷つけたり殺したりする事は避けられない。
それはきっと覚悟しなくちゃいけない事だと私は思う。
だけどだからって人を傷つけたり殺したりに慣れる必要なんかないんじゃないかな。
ましてそれを慣れるよう強要するのはなにか違うと思うな、私。
冒険者と関係ない所……今みたいな状況なら尚更に、そ、そう思うよ」
「ハッ、覚悟と慣れになんの違いがあるってんだよ。
結局同じ事やってんなら、批判する権利なんか――」
「馬鹿か、お前」
権利なんかない、そう言おうとしたのだろう寺虎くんの言葉を遮って、切って捨てたのは一くんだった。
私の横に立ったまま、一くんは不機嫌さを隠さない表情で言葉を続けた。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、まさかここまでとは……ハァァ」
「んだとぉ!?」
「元の世界に帰ったら国語辞典を引け。
慣れと覚悟は全く違う言葉だと頭が悪いお前でも辞書が読める程度の知能があるならすぐに分かる。
そして批判する権利ならあるに決まってるだろうが。
冒険者としてじゃないお前らの今日の行動は――ただの暴力行為で、犯罪だ。
それを間違ってるという事に、なんの権利が必要なんだ?」
「そうだよ……単純にやっちゃいけない事があるってそれだけの事だろうが。
寺虎お前、自分が筋も通せない、我が儘を通すだけのただのダサい奴になってるって分からないのかよ?」
「それが分かってないってんだよ、守尋。
俺は今まさにその筋を、俺の俺らしさを通そうとしてるってのによ。
てめぇらが屁理屈でそれを邪魔してるだけだっての。
だから、今から俺がお前らを叩きのめして筋を通す――それだけのこった」
「――ごめんね。
そんな考えだから、わ、私達は受け入れられないんだよ、寺虎くん」
誰かの考えを否定するのは好きじゃないんだよね、私。
嫌われるのが嫌だからでもあるけど、それ以上に、価値観は人それぞれだからというのが理由としては大きい。
皆それぞれの人生を生きていて、それぞれに培った考え方があって、それを元に言葉を発して、行動している。
それを頭ごなしに否定するのは、どうかなって、私は思う。
誰だって、自分を否定されたら傷つくし反発したくなるよ、うん。
そういうのは、自分であっても誰であっても好きじゃないなぁ、うん。
だけど――だとしても、それを理由に放置しちゃいけない事はある……んじゃないかな。
そして、理由があれば人を傷つけていいなんて、私には到底思えない。
そんなの、誰も笑顔にしない屁理屈だよ。
「ああ?」
だから凄めた表情で私を見据える寺虎くんを、私は真っ直ぐに見据え返した。
いや、ホントはこういうの嫌だから『ひぃぃぃっ!?やだなぁー!こういうのぉ!?』って思ってるし、めちゃ内心わたわたしまくってますけどね。
それでも――今の寺虎くんたちの行動は……きっと『違う』と思うから。
「えっと、その、今、私達が貴方達の思いどおりになったら、次はどうするの?」
「次……?」
「お、思いどおりにならない誰かが現れたら、今私達にしようとしているように叩きのめそうとしたりしない?」
「そういうことか。ああ、そりゃ当然そうするさ。俺は平等だからな」
「――う、うん、そういうのを、私達は……放っておけない、んだよね、うん」
「あん?」
「人様に迷惑をかけるなって話だっての。
お前らは同胞だからな――これ以上馬鹿やらかすのを放置できるわけないだろ」
「俺は別にどうでもいい――と言いたいんだがな。
お前らの馬鹿の所為でこっちの行動に差し障る事態になるのは非常に面倒臭いし困る」
「右に同じくね」
「同意見だ」
「微妙に違うけど9割同じかな」
「うん、多分同じ考え」
私の言葉の後に、守尋くんが、一くんが、伊馬さんが、津朝くんが、志基くんが、結さんが意見を表明し、その後も皆が「俺も俺も」「私も同じ」などなど同意の言葉を重ねていく。
それを見届けて阿久夜さんは笑った。……その表情は、何故か実に楽しそうだった。
「交渉決裂ですね。ならどうするんです? 話し合いで解決するんですか?」
「可能ならそうしたいって奴もいたがな――」
そう言って私に視線を送る一くんに、私は小さく首を横に振った。
事ここに至ってそれが不可能なのは明らかだよね、うん。
「こっちを叩きのめすって殴り掛かってくる奴相手に話し合いを続けられるほど、今の俺達に余裕はないし、いい加減お前らの馬鹿っぷりには腹が立ってるんでな」
「ホントそうよ。アンタらの考え聴いて完全にキレたわよ、私」
「ああ、巧や八重垣ほど俺らは優しくないからな」
一くんの意見に全力同意しているのは伊馬さんと津朝くんだった。
ガルルル……と聞こえてきそうな表情で寺虎くん達に拳を構えていた。
――津朝くんはそう言ってくれたけど、今は私も吼えたい……ガルルな気持ちです、はい。
「ふん、結局腕づくなんじゃないですか。わたくし達と同じ穴の狢ですね」
「お前も大概馬鹿だな阿久夜」
「なんですって?」
「最初から腕力思考で物事を押し通す連中の暴力と、それを止める為の暴力を一緒にするとはな。
結局お前も寺虎と大して変わらないって事か」
一くんの発言が余程癇に障ったのか、阿久夜さんはそれまでの笑顔から一転、怒りを露わにして半ば叫んでいた。
「な、な、なんという侮辱っ!!」
「なぁ、一番侮辱されてるの俺じゃね?」
「黙ってなさい、その辺りはこの状況を片付けてから話してあげますから……」
言いながら阿久夜さんは左手の中指と親指を重ねて指を鳴らす構えを取った。
おそらく『贈り物』を使って魔物を操ろうとしているのだろう……ならば、と私も声を上げようとした時だった。
他ならぬ寺虎くんがそんな彼女を制止したのは。
「ちょっと待てって。俺も結構苛々してるんでな。
ここは連中をぐうの音も出ないほどに叩きのめして黙らせてやろうぜ」
「――と言いますと?」
「まずは、俺と将と昴だけであいつらをボコってやるよ。
そうしたら、あいつらも身の程を知ろうってもんだぜ。
それでもガタガタ抜かした時は阿久夜ご自慢の兵隊でボコってやればいい。
どうだ?」
「ふん、あなたが先に暴れたいだけでしょうに。
でもまぁ、いいでしょう。
確かにその方が面白い画を見られそうですし」
「さっきの侮辱の分、礼は言わないでおくぜ。
……てなわけで、勝負しようぜ? そっちは何人でも構わねえからな」
それは寺虎くんの広域の攻撃が可能な『贈り物』あっての提案なんだろうなぁ。
彼の表情は自信に満ちていた――のだけど、それは次の瞬間、一くんの言葉で困惑に染まっていった。
「ああ。いいだろう。
ただしこっちは――俺と八重垣紫苑だけで十分だ」
ええ、私達2人で十分ですとも……うん、きっと―― 一くんはともかく、私はちょっと心配だなぁ……ううう。
彼らは私達の成果を自分達がいたからこそ為し得たとして、
私達のこれまで重ねてきた独立へとの準備やその他も総取り――横取りすると主張してきた。
彼らを表向きまとめている寺虎くんは、そうすればクラスみんなで楽しく冒険できるというけどねぇ。
まあ――確かにそうかもしれない、そう思える部分はちょっとある。
ずっと対立を続けるよりは、ここで互いに妥協点を探って、穏やかに解決をすべきなのかもしれない。
だけど。
「あ、あの、いいかな」
思う所があって、私・八重垣紫苑は静かに手を上げた。
すると寺虎くんは、楽しげに笑って言った。
「おう、なんだ八重垣。
俺達の下についた後の対応については応相談だぞ? 俺らに媚びたら相応に……」
うう、その言葉に思わずあれやこれやネガティブな思考が頭を過ぎっちゃう私。
で、でも、今はそれに負けてる場合じゃないよね、うん。
……変な顔してたら一くんに破廉恥云々って突っ込まれそうだし、気を引き締めます、はい。
「――――。
わ、悪いんだけど、こっちの質問を先にさせてもらうね。
まず、コーソムさんはどうやって連れてきたの?
領主様の……ファージ様の邸宅にいらっしゃったと思うんだけど」
「ああ? そりゃあもちろん丁重に迎えに行ったんだよ、なぁ?」
「……違うでしょう。
彼が、私達を脅迫して強奪するように指示した、でしょ。l
間違えないでいただけます?」
「っと、そうだったそうだった」
寺虎くんの言葉を、彼の仲間である阿久夜澪さんが訂正する。
私達が知る限り、コーソムさんは以前の事を反省してファージ様に連れていかれる時から抵抗らしい抵抗もせず、暴れるような真似はせず、静かだった。
強奪を指示するとは思えないし、そんな手段もなかったんじゃないかな。
そして、こう考えるのは酷だけど、彼らに対して見返りが提示できない今のコーソムさんの指示を彼らが――特にリーダー格の二人が素直に応じるとは思えないんだよね。
つまり、阿久夜さんの言葉は『事実とは違うが、自分達の都合の為にそうしておく』以外の何者でもないんだと思う。
コーソムさんに視線を送るも、彼は何も語らない。
何故否定の声を上げないのかは分からないけど、何かしら理由があるんじゃないかな、うん。
だとしても――。
「……誰かを怪我させたりしたの?」
怒りを噛み殺しながら質問を続けると、私の様子を知ってか知らずか変わらない調子で寺虎くんは答える。
「出来る限り少なくしといていやったぜ? この馬鹿息子もその辺りうるさかったからな。
でも殺しはしてないんだからありがたく思ってほしいよな。
どうせ生き返るんだしさ、お前や依頼でぶっ殺した悪党魔術師とかみたいに」
「っ――」
寺虎くんの発言に私は、いや私達は思わず息を吞んだ。
「もしかして、寺虎くん達は人を――」
「ああ、何度かぶっ殺してるぞ。でも、依頼なんだからそういうものだろ?
悪党なんだからいいじゃねえか。それにさっきも言ったが生き返れるんだしな」
「それにRPGだって道端に現れる雑魚の生き死になんて語られないでしょう?
せめてわたくし達の目を引く存在になってからにしてほしいですね。
まぁそれを言えば、こちらの何人かはまだそういう存在とは言えないかもですけど。
誰とは言いませんが、盗賊を迷いなく殺すくらい躊躇わないでほしいですね」
「そう言ってやるなよ、慣れたらできるようになるだろうからさ」
「だと良いですね」
……なんとなく。
以前、冒険者協会で再会したから感じていた、彼らの様子の変化、その根本が分かったような。
彼らのタガはとっくの昔に外れてしまっていた、のかもしれない。
ゲーム感覚……そう表現したくないんだけど、それに限りなく近いものになっているような気がする。
殺した人が実際に生き返れる事を知った結果、取り返しがつくと勘違いしてるんじゃないだろうか。
生き返る事が出来るとしても、心の傷が消える訳じゃないのに。
ただ、そうなるに至った全てが悪いとは言い切れない。いや、言えないと思う。
悪党の魔術師がいて、その行動で苦しんでいる人がいて、その人物を討つ必要があった。
依頼があったというのは、そういう事だろうしね。
依頼を受理した以上、冒険者協会もその認識に間違いがないと判断しているという事だし。
そして、その魔術師の攻撃で殺されそうになって反撃するのは間違っていないと思う。
殺されそうな状況の中、生き残る為に相手を殺しうる攻撃を返すのは仕方のない状況だし。
自分が死にそうなのに相手を生かす事を考慮するなんて事は、現実においては無茶な事だからね。
依頼として、必要があって、相手を殺す――それは、私達もそうしていたかもしれない事で、今後そうする可能性のある状況だ。
冒険者という職業は、そういう誰か何かをを殺す事から切り離せない仕事だ。
冒険者になる以上、冒険者である以上、それを知らぬ存ぜぬ出来ないでは通らないと思う。
少なくとも、如何なる理由があれど、私達のように冒険者になった人には詳しい状況も分からずに彼らを責める事は出来ない。
それが分かってるから、皆動揺はしていても責める声は上げられないし、上げちゃいけないと思ってるんだと思う。
――だけど。
「慣れたらできるように――?! お前らいった……八重垣さん――?」
それでも言うべき事があると前に進み出ようとした守尋くんを私は手で制した。
言いたい事はきっと同じなんだと思う。
でもそれは聞くべき事を全部聞いてからがいいんじゃないかと思ったんだよね、うん。
だから、申し訳なさを堪えながら守尋くんに一度視線を送ってから、改めて私は寺虎くんたちに尋ねた。
「えと、最後にもう一つ訊かせてもらうね……仮に貴方達の要求を私達が拒否したらどうするつもりなの?」
「そんなの決まってるだろ?
要求を呑むしかなくなるように、きっちり上下関係を教え込むだけだ。
勿論圧倒的な力の差を見せつけた上でな」
「……そう。なら―― 一くん、お願い」
「ああ、するまでもないと思うが」
「あん?」
寺虎くん達が怪訝な顔をしている内に――一くんの【思考通話】での意見交換が終わる。
一くんの言うとおり、するまでもない事だったかもしれないけれど――ちゃんと意見を交わす事は大切だからね、うん。
それが出来なかったから寺虎くん達は出て行ったのか、出来たとしても結果は変わらなかったのか。
今となっては分からない――だけど、出来なかった後悔を二度としないために、今は今の最善を尽くしたかった。
私は意見交換を一瞬で終えた皆に視線を送ってから大きく頷き、その上で改めて寺虎くん達に向きなおった。
「じゃ、じゃあ、私が話してた途中だったから、私が代表して言わせてもらうね。
寺虎くん、阿久夜さん、私達は貴方達の要求には応えられない」
「――そうかよ」
「予想出来た事ですね。
一応訊いておきますが、理由は何ですか? まさか人殺しになったクラスメートなんかもう敵だとでも?」
「そ、そういう理由じゃないよ。
私達だって冒険者だから、戦ったりの中で相手を殺してしまう事があるのは重々承知してる。
だから、それを理由に寺虎くん達を責める資格はないと私もそうだし、皆も思ってる。
でもね。
冒険者だからこそ、冒険者じゃない所で人を無用に傷つけるのは違うんじゃないかな」
「――!」
その言葉には思う所があったのか、寺虎くんは眉を顰め、阿久夜さんは僅かに目を細めていた。
「ぼ、冒険者として人を傷つけたり殺したりする事は避けられない。
それはきっと覚悟しなくちゃいけない事だと私は思う。
だけどだからって人を傷つけたり殺したりに慣れる必要なんかないんじゃないかな。
ましてそれを慣れるよう強要するのはなにか違うと思うな、私。
冒険者と関係ない所……今みたいな状況なら尚更に、そ、そう思うよ」
「ハッ、覚悟と慣れになんの違いがあるってんだよ。
結局同じ事やってんなら、批判する権利なんか――」
「馬鹿か、お前」
権利なんかない、そう言おうとしたのだろう寺虎くんの言葉を遮って、切って捨てたのは一くんだった。
私の横に立ったまま、一くんは不機嫌さを隠さない表情で言葉を続けた。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたが、まさかここまでとは……ハァァ」
「んだとぉ!?」
「元の世界に帰ったら国語辞典を引け。
慣れと覚悟は全く違う言葉だと頭が悪いお前でも辞書が読める程度の知能があるならすぐに分かる。
そして批判する権利ならあるに決まってるだろうが。
冒険者としてじゃないお前らの今日の行動は――ただの暴力行為で、犯罪だ。
それを間違ってるという事に、なんの権利が必要なんだ?」
「そうだよ……単純にやっちゃいけない事があるってそれだけの事だろうが。
寺虎お前、自分が筋も通せない、我が儘を通すだけのただのダサい奴になってるって分からないのかよ?」
「それが分かってないってんだよ、守尋。
俺は今まさにその筋を、俺の俺らしさを通そうとしてるってのによ。
てめぇらが屁理屈でそれを邪魔してるだけだっての。
だから、今から俺がお前らを叩きのめして筋を通す――それだけのこった」
「――ごめんね。
そんな考えだから、わ、私達は受け入れられないんだよ、寺虎くん」
誰かの考えを否定するのは好きじゃないんだよね、私。
嫌われるのが嫌だからでもあるけど、それ以上に、価値観は人それぞれだからというのが理由としては大きい。
皆それぞれの人生を生きていて、それぞれに培った考え方があって、それを元に言葉を発して、行動している。
それを頭ごなしに否定するのは、どうかなって、私は思う。
誰だって、自分を否定されたら傷つくし反発したくなるよ、うん。
そういうのは、自分であっても誰であっても好きじゃないなぁ、うん。
だけど――だとしても、それを理由に放置しちゃいけない事はある……んじゃないかな。
そして、理由があれば人を傷つけていいなんて、私には到底思えない。
そんなの、誰も笑顔にしない屁理屈だよ。
「ああ?」
だから凄めた表情で私を見据える寺虎くんを、私は真っ直ぐに見据え返した。
いや、ホントはこういうの嫌だから『ひぃぃぃっ!?やだなぁー!こういうのぉ!?』って思ってるし、めちゃ内心わたわたしまくってますけどね。
それでも――今の寺虎くんたちの行動は……きっと『違う』と思うから。
「えっと、その、今、私達が貴方達の思いどおりになったら、次はどうするの?」
「次……?」
「お、思いどおりにならない誰かが現れたら、今私達にしようとしているように叩きのめそうとしたりしない?」
「そういうことか。ああ、そりゃ当然そうするさ。俺は平等だからな」
「――う、うん、そういうのを、私達は……放っておけない、んだよね、うん」
「あん?」
「人様に迷惑をかけるなって話だっての。
お前らは同胞だからな――これ以上馬鹿やらかすのを放置できるわけないだろ」
「俺は別にどうでもいい――と言いたいんだがな。
お前らの馬鹿の所為でこっちの行動に差し障る事態になるのは非常に面倒臭いし困る」
「右に同じくね」
「同意見だ」
「微妙に違うけど9割同じかな」
「うん、多分同じ考え」
私の言葉の後に、守尋くんが、一くんが、伊馬さんが、津朝くんが、志基くんが、結さんが意見を表明し、その後も皆が「俺も俺も」「私も同じ」などなど同意の言葉を重ねていく。
それを見届けて阿久夜さんは笑った。……その表情は、何故か実に楽しそうだった。
「交渉決裂ですね。ならどうするんです? 話し合いで解決するんですか?」
「可能ならそうしたいって奴もいたがな――」
そう言って私に視線を送る一くんに、私は小さく首を横に振った。
事ここに至ってそれが不可能なのは明らかだよね、うん。
「こっちを叩きのめすって殴り掛かってくる奴相手に話し合いを続けられるほど、今の俺達に余裕はないし、いい加減お前らの馬鹿っぷりには腹が立ってるんでな」
「ホントそうよ。アンタらの考え聴いて完全にキレたわよ、私」
「ああ、巧や八重垣ほど俺らは優しくないからな」
一くんの意見に全力同意しているのは伊馬さんと津朝くんだった。
ガルルル……と聞こえてきそうな表情で寺虎くん達に拳を構えていた。
――津朝くんはそう言ってくれたけど、今は私も吼えたい……ガルルな気持ちです、はい。
「ふん、結局腕づくなんじゃないですか。わたくし達と同じ穴の狢ですね」
「お前も大概馬鹿だな阿久夜」
「なんですって?」
「最初から腕力思考で物事を押し通す連中の暴力と、それを止める為の暴力を一緒にするとはな。
結局お前も寺虎と大して変わらないって事か」
一くんの発言が余程癇に障ったのか、阿久夜さんはそれまでの笑顔から一転、怒りを露わにして半ば叫んでいた。
「な、な、なんという侮辱っ!!」
「なぁ、一番侮辱されてるの俺じゃね?」
「黙ってなさい、その辺りはこの状況を片付けてから話してあげますから……」
言いながら阿久夜さんは左手の中指と親指を重ねて指を鳴らす構えを取った。
おそらく『贈り物』を使って魔物を操ろうとしているのだろう……ならば、と私も声を上げようとした時だった。
他ならぬ寺虎くんがそんな彼女を制止したのは。
「ちょっと待てって。俺も結構苛々してるんでな。
ここは連中をぐうの音も出ないほどに叩きのめして黙らせてやろうぜ」
「――と言いますと?」
「まずは、俺と将と昴だけであいつらをボコってやるよ。
そうしたら、あいつらも身の程を知ろうってもんだぜ。
それでもガタガタ抜かした時は阿久夜ご自慢の兵隊でボコってやればいい。
どうだ?」
「ふん、あなたが先に暴れたいだけでしょうに。
でもまぁ、いいでしょう。
確かにその方が面白い画を見られそうですし」
「さっきの侮辱の分、礼は言わないでおくぜ。
……てなわけで、勝負しようぜ? そっちは何人でも構わねえからな」
それは寺虎くんの広域の攻撃が可能な『贈り物』あっての提案なんだろうなぁ。
彼の表情は自信に満ちていた――のだけど、それは次の瞬間、一くんの言葉で困惑に染まっていった。
「ああ。いいだろう。
ただしこっちは――俺と八重垣紫苑だけで十分だ」
ええ、私達2人で十分ですとも……うん、きっと―― 一くんはともかく、私はちょっと心配だなぁ……ううう。
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しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。
そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。
この死亡は神様の手違いによるものだった!?
神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。
せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!!
※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中
神様との賭けに勝ったので、スキルを沢山貰えた件。
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そこで彼は思った――もっと欲しい!
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神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――
※過去に投稿していたものを大きく加筆修正したものになります。
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