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47 今は何を言われても我慢我慢――いずれ勝つその日の為に
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「いやー、大した『贈り物』持ってない奴らはやっぱり弱いな。
めちゃ強い『贈り物』を持つ俺達の足元にも及ばないってやつだ。
それとも、冒険者として修羅場をくぐった経験の違いってやつか? はははは!!」
現在は敵対しているけど、クラスメートの寺虎狩晴くんの言葉が頭上から響く。
うぐぐ、分かっていたけど、ちょっとだけ悔しい。
私・八重垣紫苑は全身ボロボロな上、汗まみれで跪く状態になっていて。
そんな私を庇う形で堅砂一くんが前に立ってくれているけど、ボロボロ具合では彼も変わらない。
周囲には私達が倒した魔物達の死体――正確には既に死体だったものが再度死体に戻っただけとも言えるけど――が十数体程倒れて、転がっていた。
ただ、実際にはもっと多くの魔物が倒されてるんだよね。
消滅し、あるいは凍り付き砕けて、ハッキリとした形であまり残されていないだけで。
それを為したのは堅砂くんの魔術……だけじゃない。
むしろそれ以上に寺虎くんの『贈り物』――【ファイヤーバーンノヴァ】がめちゃ吹っ飛ばし過ぎというか。
寺虎くんの放った『贈り物』の威力はまさに高熱・超火力の嵐。
本来ならこの威力であればこの辺り一帯が火の海になっていてもおかしくないんだけど――その前に《対象を完全に燃え尽きさせている》。
あるいは『贈り物』だからなのか、熱気そのものは残っていたが残り火からの延焼などは起こっていないのは幸いだった。
まあ同じような事長々やり続けたら流石に延焼するだろうけど、そうなってなくってホントよかった。
だが、それでも周囲は酷い有様だ。
正直、申し訳ないことこの上ないです、はい。
私は木々や草花一本一本に愛情を持てるほどに愛情や優しさがあるではないけれど、それでも、こうして無暗矢鱈に踏み躙りたいわけでもない。
自然破壊はマジで良くないと思います。
そんな想いで唇を噛み締めたのを、自分の煽りによるものと思ったのか、寺虎くんはより嬉しそうに声を上げた。
「勿体ない事をしたよなぁ八重垣ぃ?
お前、実際結構動き回ってて厄介だったぜ。
お前がちゃんとした『贈り物』を持ってたら、俺達勝てなかったかもな」
「いやいや、それはないですね」
そう言ってきたのは、後方から自身の『贈り物』で魔物を操り続けていた阿久夜澪さん。
彼女もまた自慢げに優雅に笑みを浮かべて――魔物の動きは一時止めている――言葉を続けていく。
「どれだけ動けようともいずれは疲れ果てわたくしの操る下僕には手も足も出なくなる……であれば『贈り物』を持っていた所で大差ないですね。
でも実際――ガッカリです。
貴方達はもっと強いものだとばかり思っておりました」
私達がまともに戦えた瞬間は、正直殆どなかったんじゃないかな。
寺虎くんの『贈り物』は当たれば敗北必至なので、彼からの攻撃は回避に専念せざるを得なかった。
隙を見て彼に攻撃しようにも、彼を守る二人――永近将くん、様臣昴くんの動きでままならなかったし。
永近くんの『贈り物』は【疾風の如く】。
シンプルに超高速で駆け抜ける力で、その速さによって、こちらからの攻撃、接近は全て迎撃された。
彼自身の攻撃力が低い――少し大きめのナイフのみ――事や周囲の魔物の数もあって彼からの攻撃は殆どなかったが、もし攻撃があったなら対応はほぼ不可能だっただろう。
意識できる前に接近されて急所攻撃されたらそれで終了だからだ。
私の憧れる正義の味方の中には超スピード系のヒーローが結構いるけど、現実にいるととんでもないと思い知らされましたね、ええ。
様臣くんの『贈り物』は【堅城鉄壁】。
文字どおり防御力を圧倒的に強化する力で、彼には魔法、魔術、打撃、斬撃――全てが通じなかった。
ただ身体を固くする……そう意識するだけで、彼の身体は全てに勝る強度を得る。
そして、その硬さを持って彼の巨躯で攻撃を行えば、砕けないものはそうそうないだろう。
実際、堅砂くんの魔術による氷の壁も、私の魔法の光壁も放つ拳で簡単に砕かれた。
所持している斧槍よりも、そちらの攻撃の方が多分強いんじゃないだろうか。
動きがそう早くないのがせめてもの救いだったなぁ。
いろいろなゲームのタンク役……敵の攻撃を引き受ける役割があるけど、実際それを相手取るとこんなにも厄介なんだなぁ。
彼ら二人による寺虎くんへの守りは完璧で、彼ら自身も簡単には倒せない。
私達に出来たのは魔物を倒しながら、隙を窺う事くらいで、そうしている間に疲弊――
最終的にドラゴンの息吹……黒い炎の一撃を受けた。
かろうじて防壁などで直撃は避けたものの、ほぼ余波だけで私達は現在の満身創痍ぶりだ。
そうでなくても疲労困憊だった事もあり、さらには他の面々も状況を眺めており――特に正代さんがきっちり木刀を構えていた――彼らが勝利を確信するのも当然の事だろうね。
「そうだよなぁ! しょぼ過ぎて笑っちまうぜ、なぁ?」
「――あ、あはは、そうだね」
「脆い」
寺虎くんの言葉に永近くん、様臣が同意する。
彼らはこちらを眺めて――薄く笑っていた。
元の世界にいた頃から、2人は寺虎くんと仲が良くて、彼の行動を擁護したり手助けしたりしている。
だけど、寺虎くんが絡まない時の彼らが騒いだ事はなかった。
普通に暮らす行事に参加してくれたり協力してくれたりで、私は寺虎くんは少し苦手だったけれど、2人はそうでもなかった。
体育大会での勝利に一緒になって笑い合ったりした事もあった。
――今浮かべている笑顔は、その時から遠く離れていて……正直ちょっと悲しい。
そして寺虎くんも、かつてはここまで感情を剥き出しにしていなかった気がする。
言葉こそ大差ないかもしれないが表情が少し――こう表現するのは気が進まないが――歪んで見えるなぁ。
そんな歪んだ笑みのままで、寺虎くんは堅砂くんに見下ろすような視線を送る。
「堅砂ぁ、大層なのは口だけだったな。
使ってた魔法も俺のファイヤーバーンノヴァに比べればどうってことなかったし」
「――魔術だ。訂正して記憶しておけ」
「ハッ!
どうでもいいだろうが。お前の負けには変わりないんだからよ。
で、どうするよこいつら? 阿久夜の力で洗脳するのか?」
「洗脳なんて失礼な――ただわたくしの魅力に溺れてもらうだけの……」
「持って回った言い回しするなよ、分かり辛ぇな。で、どうすんだよ、洗脳?」
「――あなたねぇ」
あ、ピキッって音が聞こえそうな顔になってる。
寺虎くんの無遠慮な言葉に腹が立ったのか、阿久夜さんが声を上げ――二人の口論が始まった。
『――八重垣、無事だな。行けるか?』
その隙を突いて、堅砂くんの思考通話による声が脳裏に響いてくる。
ずっと変わらない冷静なその声にホッとさせられる。
『うん、なんとか。堅砂くん的に、どうだったの?』
『ああ、あれなら勝てる。八重垣はどう感じた?
『……そう、だね、皆相当に強いけど――多分、あの4人に関してはなんとかできると思う』
私達がここに残ったのは、守尋くんやラル達皆を逃がす為のしんがりの役目を果たす為だ。
でも、同時に寺虎くん達の手の内を可能な限り把握する為でもあったんだよね。
今回は負けるとしても、次に勝つ為の材料を少しでも多く集めたかったんで。
実際、確かに皆強かった。強かったけれど――私達は本当の意味で別次元に強い人を知っている。
そういう、肌で感じる強さは……申し訳ないけど、寺虎くん達にはなかったかな。
『基本ネガティブな君がそう感じたんなら公算は高いな。
他3人の情報が得られなかったのは痛いが――』
『うーん、多分だけど、麻邑さんは大丈夫な気がする。
あと正代さんは、多分望んで協力してるわけじゃないと思う』
多分、私の予想が正しかったら麻邑さんは――あえて寺虎くん達と一緒にいるのだろう。
正代《ただしろ》さんに関しては彼らと一緒に行動しながらも消極的な所もそうだけど、
一方的かもしれないがある事情を知っているので、多分阿久夜さんに強制されてるんじゃないかと思う。
確信は持てないんだけど。
『確かに表情も行動も乗り気じゃなさそうだからな。説得できれば御の字、という所か。
今一つ乗れてない翼も餌をちらつかせれば、どうにかできるかもな』
ボロボロにはなったけど、どうにか次に繋ぐ事は出来そうだね。
――だとすれば、いつまでも結界領域にいる理由はない。
『じゃあ、そろそろ戻らないと』
『ああ。帰りが遅いとレーラに心配をかけるぞ。俺は別にいいが』
『うん、そうだね』
ぶっきらぼうな言葉の内容の優しさに、私は思わずほっこりして笑みを浮かべていた。
――もう私は、彼が優しい人である事を微塵も疑ってない。
寺虎くん達のこと含めて、異世界に来て変わってしまった事は確かにあるのだと思う。
だけど――こうして、ここに来なければ分からなかった事もあった。
ここに来てよかったとは正直な所まだ言い切れないけど、少なくとも後悔しないようにしたいね。
ここに来てよかったと思える事を、打ち消してしまわないように。
だからこそ、このまま負けたままでいるわけにはいかないよね、うん。
「だから八重垣は念入りに洗脳して――って何笑ってやがる。
しかも珍しく普通に笑いやがって……ちょっとドキッとしちまったじゃねえか」
そんな私の表情を見咎めて、寺虎くんが声を掛けてきた。
「もしかしてクラスメートだから優しく見逃してもらえるかも、なんて思ってんのか?
だと思ってんなら甘いぜ、八重垣。
俺達は党団『選ばれし7人』、冒険者なんだよ。
あのバカ息子からだろうと依頼はきっちりこなすぜ」
「あ、馬鹿。存在を漏らすのは……ハァ。どうせ貴方達は分かってるでしょうけどね。
それに、あれも知らぬ存ぜぬでいくでしょうから別に構わないでしょう。
ただなんにせよ、貴方達が甘い、という事と、依頼をこなす、という事には同意ですね」
阿久夜さんはそう言うと、心底楽しげに妖しげに笑った。
うわぁ、背筋がゾクゾクするぅ――クラスメートを悪し様に言いたくはないけど、もしこのまま捕まったら絶対ロクな事にならないね、うん。
「わたくし達の依頼は、貴方達が領主様からの依頼を達成できないようにする事――。
その為なら手段を問うつもりはありませんよ?
例えば――貴方達のどちらかを、諦めさせる為の見せしめとして、無残に壊すとか。
ああ、楽しみです――かつての世界ではそんなこと大っぴらにできませんでしたから」
「だよなー!!
さっきは偉そうなことを言ってくれたが、俺達は別に世界で生き方を変えたんじゃねーんだよ。
ここが俺達の持ち味を活かせる、望むままに生きられる世界だったってそんだけのこった。
お前らはどこででも変わらず生きられる程度の器の小ささしかなかったって事なんだよ。
実際、お前達はボロ負けで俺らの勝ちだし」
「そうそう、いくら小さなものを地道に積み重ねても、最初からとてつもなく大きなものには勝てない、それが現実です」
「――中身のない自信過剰もそこまでいくと大したもんだな」
ただただ呆れたとばかりに堅砂くんが溜息を吐く。
元の世界では想像すらできなかった程に彼は泥や血に塗れているけど――真っ直ぐ何かに挑むような、強い眼差しは全くブレていなかった。
「百万歩譲ってお前達の器が大きいと仮定しても、その中身がないんじゃな。
重要なのは器の大きさじゃなく、その中に詰め込んだもので何が出来るかだろうにな。
精々今はそのガワだけを誇ればいい」
「負けた奴が何を偉そうに言ってやがる――!」
いつまでたっても冷静なままの堅砂くんに苛立ったのか、寺虎くんは半ば叫んでいた。
だけど、堅砂くんは変わらず冷静なままだった。
「俺は負けてない。
言っただろう。必要があれば戦い、勝つために手を尽くす、と。
今回はその前準備――手を尽くす段階だったってだけだ。
で、それも終わったからそろそろ帰る。
そして、そうだな――もし仮に負けていたのだとしても。
地道に頑張って――いつかは勝つさ。
……光累乗」
堅砂くんが言葉の最後に解き放ったのは、強い光を放つ――ただそれだけの魔術。
光源の魔術・光の強化版で、広い空間に光を満たす為の魔術、それを堅砂くんは目晦ましとして使った――だけど。
「悪いね、無効」
それまで黙していた麻邑さんが、それを待ち侘びていたかのように魔術を放つ。
それは堅砂くんの魔術が光を展開させるよりも速く、その効果を打ち消していた。
そんなすごい魔術を使えるとは……大いにビックリ。
「ごめんね八重垣、堅砂。
うちもそろそろ仕事しないと怒られそうだからさ。ってあれ?」
麻邑さんが謝ってくれたけど、そうして誰かが対応の為に動く事も堅砂くんは織り込んでいた。
だから、私が同時に魔法を発動させている。
「「「なっ!?」」」
「おおー流石紫苑ちゃん」
「そうきたか。あの魔法、便利だな」
寺虎くんたち三人が驚き、翼くんと正代さんが感心の声を上げる。
私が作り上げたのは魔力で構成された光の柱。
それを私達のいた真下から急速形成、私達を十数メートル上空へと運び出したのだ。
「さらに、カーブっ!!」
手が届かない高さに来た段階で私は魔力の柱を変形、私達が載っている部分だけをスライドさせて一気に結界領域の出入り口の方向へと進ませる――!
うふふ、この、カタチ自由自在の魔法の便利さだけは自慢できるかもしれないと思わない事もないかもしれないですね、ええ(定期的ネガティブ含む)。
「やってもらっててなんだが、これカーブって言うか?」
「な、なんとなくだから……」
抗弁しつつ、チラリと下の方を見る。
光柱の下の辺りを正代さんの振るう黒い木刀で断ち切られたようだけど、すでに今移動している部分を魔力放出のメインにしているので問題はないんだよねぇ。
このまま一気に脱出して、皆と合流を――そう思っていた時だった。
「小癪なっ!! ドラ――え?」
阿久夜さんが呼び掛けたドラゴンが飛翔、あっという間に追い付かれてしまった――!
いやぁ流石ドラゴンだなぁ――って、そんなこと言ってる場合じゃないぃぃ!?
めちゃ強い『贈り物』を持つ俺達の足元にも及ばないってやつだ。
それとも、冒険者として修羅場をくぐった経験の違いってやつか? はははは!!」
現在は敵対しているけど、クラスメートの寺虎狩晴くんの言葉が頭上から響く。
うぐぐ、分かっていたけど、ちょっとだけ悔しい。
私・八重垣紫苑は全身ボロボロな上、汗まみれで跪く状態になっていて。
そんな私を庇う形で堅砂一くんが前に立ってくれているけど、ボロボロ具合では彼も変わらない。
周囲には私達が倒した魔物達の死体――正確には既に死体だったものが再度死体に戻っただけとも言えるけど――が十数体程倒れて、転がっていた。
ただ、実際にはもっと多くの魔物が倒されてるんだよね。
消滅し、あるいは凍り付き砕けて、ハッキリとした形であまり残されていないだけで。
それを為したのは堅砂くんの魔術……だけじゃない。
むしろそれ以上に寺虎くんの『贈り物』――【ファイヤーバーンノヴァ】がめちゃ吹っ飛ばし過ぎというか。
寺虎くんの放った『贈り物』の威力はまさに高熱・超火力の嵐。
本来ならこの威力であればこの辺り一帯が火の海になっていてもおかしくないんだけど――その前に《対象を完全に燃え尽きさせている》。
あるいは『贈り物』だからなのか、熱気そのものは残っていたが残り火からの延焼などは起こっていないのは幸いだった。
まあ同じような事長々やり続けたら流石に延焼するだろうけど、そうなってなくってホントよかった。
だが、それでも周囲は酷い有様だ。
正直、申し訳ないことこの上ないです、はい。
私は木々や草花一本一本に愛情を持てるほどに愛情や優しさがあるではないけれど、それでも、こうして無暗矢鱈に踏み躙りたいわけでもない。
自然破壊はマジで良くないと思います。
そんな想いで唇を噛み締めたのを、自分の煽りによるものと思ったのか、寺虎くんはより嬉しそうに声を上げた。
「勿体ない事をしたよなぁ八重垣ぃ?
お前、実際結構動き回ってて厄介だったぜ。
お前がちゃんとした『贈り物』を持ってたら、俺達勝てなかったかもな」
「いやいや、それはないですね」
そう言ってきたのは、後方から自身の『贈り物』で魔物を操り続けていた阿久夜澪さん。
彼女もまた自慢げに優雅に笑みを浮かべて――魔物の動きは一時止めている――言葉を続けていく。
「どれだけ動けようともいずれは疲れ果てわたくしの操る下僕には手も足も出なくなる……であれば『贈り物』を持っていた所で大差ないですね。
でも実際――ガッカリです。
貴方達はもっと強いものだとばかり思っておりました」
私達がまともに戦えた瞬間は、正直殆どなかったんじゃないかな。
寺虎くんの『贈り物』は当たれば敗北必至なので、彼からの攻撃は回避に専念せざるを得なかった。
隙を見て彼に攻撃しようにも、彼を守る二人――永近将くん、様臣昴くんの動きでままならなかったし。
永近くんの『贈り物』は【疾風の如く】。
シンプルに超高速で駆け抜ける力で、その速さによって、こちらからの攻撃、接近は全て迎撃された。
彼自身の攻撃力が低い――少し大きめのナイフのみ――事や周囲の魔物の数もあって彼からの攻撃は殆どなかったが、もし攻撃があったなら対応はほぼ不可能だっただろう。
意識できる前に接近されて急所攻撃されたらそれで終了だからだ。
私の憧れる正義の味方の中には超スピード系のヒーローが結構いるけど、現実にいるととんでもないと思い知らされましたね、ええ。
様臣くんの『贈り物』は【堅城鉄壁】。
文字どおり防御力を圧倒的に強化する力で、彼には魔法、魔術、打撃、斬撃――全てが通じなかった。
ただ身体を固くする……そう意識するだけで、彼の身体は全てに勝る強度を得る。
そして、その硬さを持って彼の巨躯で攻撃を行えば、砕けないものはそうそうないだろう。
実際、堅砂くんの魔術による氷の壁も、私の魔法の光壁も放つ拳で簡単に砕かれた。
所持している斧槍よりも、そちらの攻撃の方が多分強いんじゃないだろうか。
動きがそう早くないのがせめてもの救いだったなぁ。
いろいろなゲームのタンク役……敵の攻撃を引き受ける役割があるけど、実際それを相手取るとこんなにも厄介なんだなぁ。
彼ら二人による寺虎くんへの守りは完璧で、彼ら自身も簡単には倒せない。
私達に出来たのは魔物を倒しながら、隙を窺う事くらいで、そうしている間に疲弊――
最終的にドラゴンの息吹……黒い炎の一撃を受けた。
かろうじて防壁などで直撃は避けたものの、ほぼ余波だけで私達は現在の満身創痍ぶりだ。
そうでなくても疲労困憊だった事もあり、さらには他の面々も状況を眺めており――特に正代さんがきっちり木刀を構えていた――彼らが勝利を確信するのも当然の事だろうね。
「そうだよなぁ! しょぼ過ぎて笑っちまうぜ、なぁ?」
「――あ、あはは、そうだね」
「脆い」
寺虎くんの言葉に永近くん、様臣が同意する。
彼らはこちらを眺めて――薄く笑っていた。
元の世界にいた頃から、2人は寺虎くんと仲が良くて、彼の行動を擁護したり手助けしたりしている。
だけど、寺虎くんが絡まない時の彼らが騒いだ事はなかった。
普通に暮らす行事に参加してくれたり協力してくれたりで、私は寺虎くんは少し苦手だったけれど、2人はそうでもなかった。
体育大会での勝利に一緒になって笑い合ったりした事もあった。
――今浮かべている笑顔は、その時から遠く離れていて……正直ちょっと悲しい。
そして寺虎くんも、かつてはここまで感情を剥き出しにしていなかった気がする。
言葉こそ大差ないかもしれないが表情が少し――こう表現するのは気が進まないが――歪んで見えるなぁ。
そんな歪んだ笑みのままで、寺虎くんは堅砂くんに見下ろすような視線を送る。
「堅砂ぁ、大層なのは口だけだったな。
使ってた魔法も俺のファイヤーバーンノヴァに比べればどうってことなかったし」
「――魔術だ。訂正して記憶しておけ」
「ハッ!
どうでもいいだろうが。お前の負けには変わりないんだからよ。
で、どうするよこいつら? 阿久夜の力で洗脳するのか?」
「洗脳なんて失礼な――ただわたくしの魅力に溺れてもらうだけの……」
「持って回った言い回しするなよ、分かり辛ぇな。で、どうすんだよ、洗脳?」
「――あなたねぇ」
あ、ピキッって音が聞こえそうな顔になってる。
寺虎くんの無遠慮な言葉に腹が立ったのか、阿久夜さんが声を上げ――二人の口論が始まった。
『――八重垣、無事だな。行けるか?』
その隙を突いて、堅砂くんの思考通話による声が脳裏に響いてくる。
ずっと変わらない冷静なその声にホッとさせられる。
『うん、なんとか。堅砂くん的に、どうだったの?』
『ああ、あれなら勝てる。八重垣はどう感じた?
『……そう、だね、皆相当に強いけど――多分、あの4人に関してはなんとかできると思う』
私達がここに残ったのは、守尋くんやラル達皆を逃がす為のしんがりの役目を果たす為だ。
でも、同時に寺虎くん達の手の内を可能な限り把握する為でもあったんだよね。
今回は負けるとしても、次に勝つ為の材料を少しでも多く集めたかったんで。
実際、確かに皆強かった。強かったけれど――私達は本当の意味で別次元に強い人を知っている。
そういう、肌で感じる強さは……申し訳ないけど、寺虎くん達にはなかったかな。
『基本ネガティブな君がそう感じたんなら公算は高いな。
他3人の情報が得られなかったのは痛いが――』
『うーん、多分だけど、麻邑さんは大丈夫な気がする。
あと正代さんは、多分望んで協力してるわけじゃないと思う』
多分、私の予想が正しかったら麻邑さんは――あえて寺虎くん達と一緒にいるのだろう。
正代《ただしろ》さんに関しては彼らと一緒に行動しながらも消極的な所もそうだけど、
一方的かもしれないがある事情を知っているので、多分阿久夜さんに強制されてるんじゃないかと思う。
確信は持てないんだけど。
『確かに表情も行動も乗り気じゃなさそうだからな。説得できれば御の字、という所か。
今一つ乗れてない翼も餌をちらつかせれば、どうにかできるかもな』
ボロボロにはなったけど、どうにか次に繋ぐ事は出来そうだね。
――だとすれば、いつまでも結界領域にいる理由はない。
『じゃあ、そろそろ戻らないと』
『ああ。帰りが遅いとレーラに心配をかけるぞ。俺は別にいいが』
『うん、そうだね』
ぶっきらぼうな言葉の内容の優しさに、私は思わずほっこりして笑みを浮かべていた。
――もう私は、彼が優しい人である事を微塵も疑ってない。
寺虎くん達のこと含めて、異世界に来て変わってしまった事は確かにあるのだと思う。
だけど――こうして、ここに来なければ分からなかった事もあった。
ここに来てよかったとは正直な所まだ言い切れないけど、少なくとも後悔しないようにしたいね。
ここに来てよかったと思える事を、打ち消してしまわないように。
だからこそ、このまま負けたままでいるわけにはいかないよね、うん。
「だから八重垣は念入りに洗脳して――って何笑ってやがる。
しかも珍しく普通に笑いやがって……ちょっとドキッとしちまったじゃねえか」
そんな私の表情を見咎めて、寺虎くんが声を掛けてきた。
「もしかしてクラスメートだから優しく見逃してもらえるかも、なんて思ってんのか?
だと思ってんなら甘いぜ、八重垣。
俺達は党団『選ばれし7人』、冒険者なんだよ。
あのバカ息子からだろうと依頼はきっちりこなすぜ」
「あ、馬鹿。存在を漏らすのは……ハァ。どうせ貴方達は分かってるでしょうけどね。
それに、あれも知らぬ存ぜぬでいくでしょうから別に構わないでしょう。
ただなんにせよ、貴方達が甘い、という事と、依頼をこなす、という事には同意ですね」
阿久夜さんはそう言うと、心底楽しげに妖しげに笑った。
うわぁ、背筋がゾクゾクするぅ――クラスメートを悪し様に言いたくはないけど、もしこのまま捕まったら絶対ロクな事にならないね、うん。
「わたくし達の依頼は、貴方達が領主様からの依頼を達成できないようにする事――。
その為なら手段を問うつもりはありませんよ?
例えば――貴方達のどちらかを、諦めさせる為の見せしめとして、無残に壊すとか。
ああ、楽しみです――かつての世界ではそんなこと大っぴらにできませんでしたから」
「だよなー!!
さっきは偉そうなことを言ってくれたが、俺達は別に世界で生き方を変えたんじゃねーんだよ。
ここが俺達の持ち味を活かせる、望むままに生きられる世界だったってそんだけのこった。
お前らはどこででも変わらず生きられる程度の器の小ささしかなかったって事なんだよ。
実際、お前達はボロ負けで俺らの勝ちだし」
「そうそう、いくら小さなものを地道に積み重ねても、最初からとてつもなく大きなものには勝てない、それが現実です」
「――中身のない自信過剰もそこまでいくと大したもんだな」
ただただ呆れたとばかりに堅砂くんが溜息を吐く。
元の世界では想像すらできなかった程に彼は泥や血に塗れているけど――真っ直ぐ何かに挑むような、強い眼差しは全くブレていなかった。
「百万歩譲ってお前達の器が大きいと仮定しても、その中身がないんじゃな。
重要なのは器の大きさじゃなく、その中に詰め込んだもので何が出来るかだろうにな。
精々今はそのガワだけを誇ればいい」
「負けた奴が何を偉そうに言ってやがる――!」
いつまでたっても冷静なままの堅砂くんに苛立ったのか、寺虎くんは半ば叫んでいた。
だけど、堅砂くんは変わらず冷静なままだった。
「俺は負けてない。
言っただろう。必要があれば戦い、勝つために手を尽くす、と。
今回はその前準備――手を尽くす段階だったってだけだ。
で、それも終わったからそろそろ帰る。
そして、そうだな――もし仮に負けていたのだとしても。
地道に頑張って――いつかは勝つさ。
……光累乗」
堅砂くんが言葉の最後に解き放ったのは、強い光を放つ――ただそれだけの魔術。
光源の魔術・光の強化版で、広い空間に光を満たす為の魔術、それを堅砂くんは目晦ましとして使った――だけど。
「悪いね、無効」
それまで黙していた麻邑さんが、それを待ち侘びていたかのように魔術を放つ。
それは堅砂くんの魔術が光を展開させるよりも速く、その効果を打ち消していた。
そんなすごい魔術を使えるとは……大いにビックリ。
「ごめんね八重垣、堅砂。
うちもそろそろ仕事しないと怒られそうだからさ。ってあれ?」
麻邑さんが謝ってくれたけど、そうして誰かが対応の為に動く事も堅砂くんは織り込んでいた。
だから、私が同時に魔法を発動させている。
「「「なっ!?」」」
「おおー流石紫苑ちゃん」
「そうきたか。あの魔法、便利だな」
寺虎くんたち三人が驚き、翼くんと正代さんが感心の声を上げる。
私が作り上げたのは魔力で構成された光の柱。
それを私達のいた真下から急速形成、私達を十数メートル上空へと運び出したのだ。
「さらに、カーブっ!!」
手が届かない高さに来た段階で私は魔力の柱を変形、私達が載っている部分だけをスライドさせて一気に結界領域の出入り口の方向へと進ませる――!
うふふ、この、カタチ自由自在の魔法の便利さだけは自慢できるかもしれないと思わない事もないかもしれないですね、ええ(定期的ネガティブ含む)。
「やってもらっててなんだが、これカーブって言うか?」
「な、なんとなくだから……」
抗弁しつつ、チラリと下の方を見る。
光柱の下の辺りを正代さんの振るう黒い木刀で断ち切られたようだけど、すでに今移動している部分を魔力放出のメインにしているので問題はないんだよねぇ。
このまま一気に脱出して、皆と合流を――そう思っていた時だった。
「小癪なっ!! ドラ――え?」
阿久夜さんが呼び掛けたドラゴンが飛翔、あっという間に追い付かれてしまった――!
いやぁ流石ドラゴンだなぁ――って、そんなこと言ってる場合じゃないぃぃ!?
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