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38 威厳ある領主様からの依頼……え?マジですか?

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 クリアできない幾つかの問題に私達が悩む中、領主様から突き付けられたのが申請していた土地の利用不可、という知らせだった。

 この世界では明確な郵便制度は存在しないらしい。
 基本的に街から街、領地から領地、職場から職場、それぞれの繋がりで行き来・出入りする人々がついでの形で請け負う事が基本なんだって。
 急ぎの場合は専用の送者――所謂飛脚のような存在――を使ったり、
 個人間であれば魔法・魔術によるメッセージのやりとり――鏡や水晶で文字を送る、メールのようなもの――が行われるとの事だ。

 今回はレートヴァ教が領主様からの確認書類の中の一つから私達宛の知らせを受け取り、
 私達を担当してくださっている神官さん達が急ぎそれを持ってきてくださったのです。

 御礼と共に開封した私達はただ『申請は却下した』という事を知らせる内容に困惑しかなかった。
 いや、もっと詳細な内容書いてくださいよー!
 端的過ぎて訳が分かりませんでした、ええ。
 
 なので、これはもっと詳しく話を聞くべきだと私達で結論付けた所、そこに状況を聞きつけたラルが直接やってきてくれた。
 
『今回の件については、流石に私も話を聞きたいので場を設けました』

 今回のラルは私への友人モードが鳴りを潜めたし、相当思う所があるっぽい。

 もう既に謁見の準備は整えているとして、
 代表者四人――つまり、私・八重垣やえがき紫苑しおん、クラスメートである堅砂かたすなはじめくん、守尋巧もりひろたくみくん、河久かわひさうしおくんを馬車に乗せた。

 そうして辿り着いたのが、今現在私達がいるレイラルド領を統括するレイラルド城の中にある執務室。

 そこで自己紹介を交わした後、改めて私達に領土は任せられないと領主様・ファージ・ローシュ・レイラルド様から告げられたのが今。
 執務室の奥、質素ながらも領主自身の一室に見合う確かな作りの机のその向こう、自身の席に堂々と座るその姿には威厳が感じられた。

「それは何故なのか、お教えいただけますか領主様」

 静かに告げられたその言葉に、クラス委員長たる河久《かわひさ》くんが私達を代表して問い掛ける。

 クラスの中心人物は守尋くん、色々と考えるのは堅砂くんだけど、こういう場面で正しく責任ある立ち振る舞いが出来るのは彼をおいていないと私を含め、皆が思っております。
 それが間違いないと思える、確かな立ち振る舞いに内心感動していると、領主様……ファージ様は、私達一人一人に視線を向けた。

 ううっ、目が合った瞬間、少し気圧されるような感覚がっ!

 領主としての威厳なのか、もっと別の何かなのかまでは分からないけど、私達のような子供にはまだ出せない凄みな気がしますね、ええ。

 ――ただ。
 その直後、私の顔を見てほんの少し眉を顰めたような、そんな気がした。

 なんだろう、陰気臭そう&鈍臭そうな私がここにいるのが場違い的ななにかかな?
 いや、そもそも何故ここに、と一番思っているのは私自身なんですよ、ええ。
 一応拠点組女子リーダーとしていかないといけないかなーみたいな空気になってたし、責任は果たさなきゃだしでいますけれど、本来はこういう場所に向かない陰キャなんですからね、ええ。

 それはさておき、そうして私達を値踏みしていたかもしれないファージ様は重々しい、渋い低音の声で疑問に答えて下さった。

「君達に土地を任せられない、というのは単純な信用の問題だ。
 君達はこの世界の危機に神に呼び出された神の使徒――そうレートヴァ教では定義付けられているが」

 ちらり、とラルを一瞥する。
 ちなみにラルは形式ばった挨拶と『今回の事、説明していただけますか?』という静かすぎて寒さが――怒りが伝わってくる状態で問い、以後はツンとした視線を領主様に向けていた。
 ――私達の為に怒ってくれるのはすごく嬉しいのだけど、ラルの立場が大丈夫なのか心配です。

『ラルさんは大人だ。自分の行動の判断や責任はご自分で取られるさ。
 君が心配しなくてもな』
『……! ありがとう、うん、そうだよね』

 私の表情から心情を察してか、堅砂くんが思考通話テレパシートークで声を掛けてくれた。
 ゴブリンとの戦いからなんだか、少し優しくしてくれてる気がする――多分、これは勘違い……じゃないよね、うん。
 ――正直、めちゃ嬉しいです、うふふふふ。

 ともあれ、心遣いに感謝しつつ、私は私になりに気を静めて、改めて動向を見守る事にした。

 そうして怒りを静かに纏うラルの様子を知ってか知らずか、領主たるファージ様は至極淡々と言葉を紡いでいく。
 なんというか、割と感情が出る息子さんとは逆だなぁ。

「領主の私にとって異世界人の大半はただの無頼の輩だ。
 君達もおそらくそれとなく聞いているだろう。君達以前の異世界人の蛮行を。
 彼らは膨大な魔力と神に与えられたという特別な力、レートヴァ教の後ろ盾の下で好き放題にこの地を乱していた。
 領民全体には君達の事を明かしてはいないゆえに、それが異世界人によるものだと知る者は若干限られてはいる」

 この世界、この街に住む一般的な領民は、私達の存在についての詳細は知らない。
 ただ私達と関わりのある部分――レートヴァ教の人達、冒険者協会や魔術師協会(というか図書館の人達)、一部のお店の方――に生きる人達は、嫌が応にでも知り、接する事になってるからねぇ。
 公然の秘密という表現が近いような遠いような感じです、はい。
 
 ちなみに冒険者の人達は冒険者同士では問題ないが、それ以外では私達の事をあまり吹聴しない、という立場になっていた。
 先日知り合った党団とうだん『酔い明けの日々』の団長さん――私に直接謝ってくれた方だ――によると、冒険者として知り得た情報を必要以上に広げるのは守秘の規律に反するとの事らしい。

『まぁ義務ってわけじゃないが、ペラペラお喋りし過ぎるのは信用を損なうからな。
 と言っても、どのぐらいまで話していいのかの幅は結構適当だけどな。
 とんでもない冒険譚なんかは思わず喋っちまうことも多いし。
 褒めてるんだからいいだろ的なノリで』

 と彼はおっしゃっていた。

 領主の息子・コーソムさんは自分の事を吹聴してもいいみたいな事を語っていたが、まぁあれは自主的なのでノーカンなのだろう。

 それはさておき。
 私達もそれとなく、私達より前に召喚された人達の事は伝わっていた。

 実際領主様が語ったとおり、あまり素行が良いとは言えなかったんだろうね、前の人達。
 『酔い明けの日々』の団長さんさんもそうだったように、一部の人は私達が異世界人だと知っていると露骨に警戒された事もあったし、街の方で動いてくれていたクラスメートからも同様だったと教えてもらっている。

「そんな輩を信用して土地を預けるなど出来るはずもない。
 ――だが、疑問や異を唱えるのが少し早過ぎだな」
「え?」

 思わず河久くんが訊き返す声を上げる。
 ラルも寝耳に水の展開なのか、眉をピクンと微妙に動かして、微かに驚いている様子だった。

「私は、今の君達、と言ったはずだ。
 さっきも言ったが、単純な信用の話だからな。そこの君」
「え? ひゃいっ! なんでしょウっ!?」

 いきなり話を振られたので私は思わず動揺を晒してしまう。

「な、ななな、なにか粗相をいたしましたでしょうか?!」

 気付かない内にまた変な顔になって御機嫌を損ねてしまったのだろうか……も、もしそうだとしたら、あわわわわ。

「ふ、ふふふ、不敬罪で処刑ですか?! もしそうなら私だけにしてください! どうかどうか!!」
「いきなり何土下座してるんだ君は!? 
 す、すみません領主様! 彼女はその、独特な思考形態をしておりまして……」
「や、八重垣さんらしいっちゃらしいけどね……」
「ハァ……」
「ふふふ、紫苑ってばかわいい」

 慌てた私のリアクションを慌ててフォローしてくれたのは河久くんだった。
 守尋くんは感心してるやら呆れてるやら……多分呆れだろうね、堅砂くんもそうだし。
 ラルは……何故そうなるのか、私には分かりません、はい。

 さておき領主様はそんな私を見ても冷静かつ平静なままだった。

「別に粗相はしていないから心配せずともいい。ただ、強いて言えばもう少し静かにしてくれたまえ」
「す、すすす、すみません」

 うう、恥ずかしい――私は普通に頭を下げつつ赤面する。
 ファージ様はそれに頷いた後、変わらない表情のままで淡々と言った。

「話を元に戻そう。
 八重垣紫苑。
 君が、我が領民を助ける為に未熟な腕を振るい、自身も危険に晒されながら戦ってくれた事は聞いている。
 それに、そこの少年……守尋巧も真面目に魔物を退治する他、接した人々の手助けをよくしている事も聞いている」

 え? それは初耳なんですが。
 それ思ってチラリと視線を送ると、守尋くんは照れ臭そうに苦笑していた。
 ……わざわざ話す事ではないと本人は思っていたんだろうなぁ。

 さ、流石守尋くん、ナチュラル主人公!
 眩しい……あまりに眩し過ぎる……領主様の前じゃなかったら、その輝きを拝んでたかもしれないですね、ええ。

「それに――私自身、異世界人全てが愚かな野蛮人だとは思っていない。
 君達のように一定以上の良識を持ち合わせている者も少数ながら存在している事も理解している。
 そして、そういう人間が為してきた、大きな成果も――」

 瞬間、ファージ様は遠くへと思いを馳せるような、そんな視線を天井――空へと送る。
 ずっと鋭かった眼が、その一瞬だけ僅かに緩んだような、そんな気がした。
 だけど、それは本当に一瞬で、直後再び私達に向けた視線は、最初からの威厳あるものと同一であった。

「異世界人もまた私達と同じ人間で、玉石混交なのだろう。
 ただ振るう力が大きいゆえに、警戒せねばならない立場は理解してもらいたい」
「それは勿論、重々に承知しております」

 河久くんが落ち着きのある声と引き締めた表情で、私達を代表して丁寧に肯定してくれた。

 本当に彼がいてくれてよかったー!!
 まあまずないけど、もし私だけだったらおっかなびっくりでロクに言葉に出来ないか、下手したら緊張のあまり気絶してたかもなので。

「そう言ってもらえると助かる。
 それを踏まえて私は、今回の召喚された君達の事は信じたいと考えている。
 だが、その点を他者に指摘されても問題がないほどの実績を君達は持っていない。
 その実績の為に――私から提案がある」

 そう言って、僅かに身を乗り出して、改めてそこに立つ私達一人一人に視線を向けてから、ファージ様は重々しく告げた。

「私がレートヴァ教に要請した新たな保護期間中。
 君達には、領民に全ての情報を開示したとしても納得し得る成果を上げてほしい。
 具体的には――現在封鎖している地域の安全の確認を、君達に依頼しようと思っている」

『――提案するのが好きな親子だな』

 瞬間思考通話テレパシートークで話しかけてくる堅砂くん。
 実は私もまったく同じことを考えていたので、ただただ内心で頷いた――現実でも頷きそうになって焦りました、はい。

「ファージ様、それは――」

 直後、ラルが声を上げた。
 その表情は驚きや困惑――今までラルが私達には見せた事のないものだった。
 ファージ様は、そんなラルを片手を上げて制した上で言葉を続けた。

「ラルエル、口出しは無用だ。私とて熟考した上での言葉だ。
 そしてこの提案を持って、君との約束――いや、領主として口にするのは憚られるが、賭けだな。
 それを果たす事にしよう」
「――ファージ様、具体的には、それは何を行えばよいのでしょう」

 これまで自己紹介以外は沈黙していた堅砂くんが声を上げた。――とても真剣な表情で。
 おそらく、この提案による危険性を計ろうとしてるんじゃないかな?

 そんな堅砂くんの言葉を全く動揺する事なく受け止めて、ファージ様は言った。
 ――それは、私達の想像を越える言葉だった。

「現在封鎖している地域。
 そこには危険な魔物を封じ込め弱体化、いずれは消滅させる結界領域となっている。
 そこに封じられた魔物の消滅を君達には確認してもらいたい。
 様々な種類の魔物がそこにはいたが――最大の存在は、ドラゴン」
『?!』

 思わず息を呑む私達――それに構わず、ファージ様は淡々と告げた。

「そう、ドラゴンが無事に消滅しているかの確認。
 そしてもしまだ生きているのであれば確実なる討伐を、君達には行ってもらいたい――」

 ど、どどど、ドラゴン――!?
 ファンタジーの定番にして王道にして絶対的な存在……その討伐だなんて、とんでもなさ過ぎでは?!
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