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第三章 学園編
1 帝国の将軍
しおりを挟む無人の玉座の前に、イギリア帝国の七魔将が一堂に会していた。
イギリア帝国の七魔将と言えば、百万を数え世界最強と言われる帝国軍の中にあってもエリート中のエリートだ。超実力主義で選ばれた至高の七人とされている。
魔法による戦争が当たり前の世界では文字通りの一騎当千の力を持っていた。
その彼らが一堂に会すことは多くない。それぞれが一軍を率いて世界中を遠征していることが多いためだ。
だが彼らが集まると決まって話題に登るのはこの話だった。
「やはり三万の将兵が一瞬にして殺られるなど、人間の力ではあり得ない」
「死体が消えたわけではない。神の御業ではないだろう。誰かがやったんだ」
グマンの森付近で帝国兵三万が一瞬にして殺された裁きの日の話だ。
七魔将は別に仲が悪いということもないが、お互いが功績を競う将軍でもある。
裁きの日の話は七魔将の誰もが興味を持っていて、一堂に会した場合に話題にしても当り障りがなかった。
本来であれば、帝国軍の三万が消えたというようなことは気分の良い話ではない。しかし、裁きの日の話は別だった。敵に敗北した結果かどうかすらわからないのだ。
文字通り、三万の将兵が消えた。
こうなると一種の帝国のミステリー、あるいは浮世離れした神話になっている。
だからこうやって皇帝に呼びだされて、ライバル達と顔を突き合わせた時に話す話題として最適だった。
もしその三万が七魔将の子飼いの部隊などだったら話は別だったかもしれないが、攻め滅ぼしたローレアの遺民が主体の部隊だったので彼らは何の感情も持っていなかった。
「しかし、陛下は遅いな。時間には厳しい方なのだが」
七魔将のなかでも生真面目なオフィーリアという女将軍が苛立った声を出した。
帝国の第五軍を指揮しているがもっとも軍規が厳しいことで知られている。戦いでの戦死者よりも軍規違反の処刑で死ぬ確率のほうが高いとも噂をされていた。
もっともそれは名誉半分、不名誉半分だ。
オフィーリアの第五軍は厳しい軍事訓練によって非常に優れた集団行動を見せる。そのため兵士の死傷率が極端に少ないのだ。
「陛下はいらっしゃらない」
鈴の音のような軽い声が空の玉座の間に響いた。
顔をマスクで隠している裁きの日より後に魔将になったソシンの声だった。オフィーリアは他の七魔将についてはそれなりに敬っていたが、この男だけはどうも好きになれなかった。
ソシンは中年の男性だったはずだ。それに元々外交官出身の臣だったはずだ。それがいつのまにやら超魔力を身につけて七魔将となった。顔を隠してマスクを被るなども気色が悪いにもほどがあった。
しかも声も女のように軽い。
「ソシン殿。どういうことだ?」
「今日、貴公達を集めたのは私だ」
七魔将がどよめく。
「我は陛下の勅命で馳せ参じたのだ。ソシン殿に呼び出されたわけではない!」
こう反論したのは第二軍の魔将フーバーだった。フーバーはまだ理性的に答えていたほうだった。
「ふざけるなよ。なぜ新参のお前に呼び出されなくてはならない」
こう激昂したのが誰かはオフィーリアには気にならなかった。同じ気持を共有しただけだ。
七魔将は功を競っているが対等の関係。彼らより上は皇帝しかいないのだ。名目上は皇族ですら呼びつけることなどできない。
もちろんお互いがお互いを呼び出すことなどできない。
しかし、ソシンは冷静だった。
「私が陛下に奏上して貴公達に集まってもらったのだ」
また一触即発の空気が流れたが、それをオフィーリアが止めた。
「それは陛下が集めたというのだ。貴公が集めたわけではない。ところでどんな用でそれぞれの外征に忙しい我々を呼んだのだ」
ソシンは一拍置いて話しはじめた。
「裁きの日の秘密がある程度わかった。陛下はその力を欲している」
「は、はあ?」
オフィーリアが気の抜けた返事をするのも意味は無い。
裁きの日は世界の人間にとって、船員が消えた幽霊船とか、忽然と消えた軍隊とか、そういった話になっているのだ。
七魔将にとっては特にそうだった。彼らは自らそれぞれが裁きの日について調査しているのだ。結論はわからないというものだった。
当然だ。十数キロにも展開された三万の軍隊を一瞬にして一人残らず壊滅することを可能にする方法など、至高の七人と讃えられている彼らにすらない。
もし彼らに知らない方法が存在し得たとしても、目撃者を一人残さず消すのは人間技とは思えなかった。
「裁きの日の秘密だと?」
「そうだ」
オフィーリアがソシンに突っかかるように問いかけた。
「秘密とは?」
「神でも災厄でもない。人の手によるものだということだ」
オフィーリアが呆れた声を出した。
「なにを言っている。我ら七魔将が魔導部隊を率いてもそのようなことは不可能だ。確かに頭を貫かれた死体や魔法のような爆発の後があったが……どうやって三万の軍を一人残らず葬れる?」
魔法戦は遠距離からの打ち合いになる。被害は大きいが、全滅と言われる戦いでも一人残らず死ぬなどということはない。実際の死人は5割行けば、多いほうなのだ。その前に隊が瓦解して機能しなくなり全滅となる。
「どこから攻撃されたかが重要だ」
「はあ? ソシン殿はどこから攻撃されたというのだ?」
オフィーリアに問われたソシンは天を指差した。
「どういうことだ」
「兵士の傷。大地の損傷。それから考えて天からの魔法攻撃を受けたとかしか考えられない」
「はあ? まさか天の御遣いが一斉に我が帝国の兵を攻撃したとでもいうのか」
オフィーリアがそう問うとソシンはマスクのしたでわずかに笑った。
オフィーリアが癇に障ってなにかを反論しようとする。しかしソシンがそれを遮った。
「天使達の一斉攻撃か。なるほど……さすがはオフィーリア殿。その通りです」
「な? 馬鹿にしているのか?」
「いえ。天使ではありませんが……我が帝国の兵はあの日、上空から魔法による一斉攻撃を受けたのでしょう」
「話にならない。敵は帝国の領土のなかで数万の兵を以って、帝国兵三万を葬ったのか? 敵は一兵も損失した形跡もないぞ。地域の民間人の目撃情報すらない」
「一人だ。もしくは数名」
「一人だと? あんなことは我々、七魔将ですらできんことをできるわけがない。ソシン殿、戯れもいい加減になされよ」
ソシンはやはり冷静だった。
「グマンの森の近くに村があっただろう。裁きの日に居を移した民間人の家族がいた」
家族? オフィーリアはそのようなことは知らなかった。グマンの森の近くに村があったことは知っている。
だが三万の軍隊が一人残らず葬られた状況下では、民間人の一家族が引っ越しをしたぐらいでどう思うこともなかった。
「その民間人の主人はルドルフとも呼ばれていたそうだ」
ルドルフは別に珍しい名前ではない。この異世界では一般的な名前である。
「そのルドルフがどうしたのだ?」
オフィーリアが苛ついた感情も隠さない声でソシンに問い詰めた。
「そのルドルフはフランシス王国を追われた、ルドルフ・コートネイではなかったのかと私は考えている」
七魔将の顔つきが一斉に変わった。
「あのルドルフか? ジェームズ・コートネイの息子の?」
「そうだ」
「なるほど。それならあり得なくもないか」
七魔将が各々に話しだす。
「フランシス王国は我が帝国に弓を引いたということだ」
「いや、ルドルフは出奔していると聞いている」
「そう見せかけて繋がっているのかもしれない」
「あのローレアの遺民の軍団だけを攻撃した理由はなんだ?」
「理由などどうでもいい、とにかくルドルフを殺す」
七魔将は結論を求めるようにソシン見た。
「ルドルフを殺してはならない。陛下は力を欲しているのだ」
「裁きの日の秘密と力さえ手に入れれば、後はどうしようと自由だろう? 早い者勝ちという紳士協定でどうだ?」
帝国最強の七人は同時に頷いた。
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賢者の転生実験の第二巻が3月25日頃
異世界料理バトルの第二巻が4月末に発売されます。
よろしくお願いします。
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