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第十二章 変化

三節 旅路

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 クシェルが歩けるようになったと言っても、まだまだ親の贔屓目でしかない。数歩歩けば疲れてしまってすぐこけてしまう。

「子供の成長はやっぱり早いねぇ」
「ええ、うれしい限りです」

 ルシフェルたちと合流したモニクは一人で、クルノフ皇国を出発して徒歩で旅路についている。

「座れば立て、立てば歩め、目を離すな、赤子はすぐいなくなる、なんてよく言ったものだよ。うちも初めての時は大変だったよ」
「どこもそんなものでしょう」
「あんたたちは双子がいるからまだいい方さね」
「そうなのでしょうね」

 その双子とクシェルはリールの背中の上で歌を歌って上機嫌である。

「っくしゅん!」

 クシェルの鼻に蝶が止まってくしゃみが出ている。
 くしゃみに驚いた蝶はどこかへ行ってしまった。鱗粉でも吸い込んでしまったのか、毒を持っている種類でもないので無視を決め込む。

「のどかだねぇ」
「リールとニクスのおかげで獣魔が寄ってきませんからね。おかげで移動中の収入がないのですが」
「安全と金は引き換えだからね。仕方ないよ。あんたたちがいると道中楽でいいんだよ。賊はともかく、獣魔が襲ってこないどころか近づいてこないから荷の心配が減って、ほんとに楽なんだよ」

 遠い目をしてモニクは言った。流通を担う彼女だからこそ、この言葉は重い。
 流通の被害は四割が盗賊で六割が獣魔だ。また、国を行き来する貴族の道中被害も大体同じくらいで、護衛に求められる経験はどちらも欲しいので、割高で相応実力がないと受けられない。
 その荷物について、今回は初めから心配する必要がない。
 空間魔法による荷物の収納は楽でいい。他人からは一切視認されず、触れることもできないので目を付けられない。また、商隊の護衛ではなくモニクの護衛で、そのモニクも最小限の荷物を背負っているだけで。
 ただ、空間魔法による荷物の収納は年々圧迫を続ける一方で、魔法を主体に戦うのでルシフェルやラジエラもきつくなっている。最近は双子に空間魔法を教えてはいるが、理論が理解できずに苦戦している。

「空間魔法が使える奴は国が囲うし、絶対数が少なくて私ら商人に回ってこないんだよなぁ」

 商人と国の財力では比べるまでもなくであろう。
 魔力量の問題で雇ってもらえない者もいるのだが、その程度では商人も雇わない。

「ぱーぱ、眠い」

 旅の時のお昼寝はルシフェルがよく抱くので、眠い時は必ずルシフェルを呼び、それ以外ではイネスを呼ぶ。
 クシェルを抱っこして背中を軽くたたいているとすぐに眠ってしまった。
 白金の認識票で賊まで寄ってこなくなり、道中何もなくスンツバル王国に入り、川沿いから南下、メルノカ島に定期船が出ている港町に着いた。
 約二十日の行程である。
 これで定期船に乗るのではなく、ギャロワ商会の商船に同乗して向かう。

「「船おっきー」」
「おっきー」

 商船を間近に目の当たりにして初めてその大きさを実感する双子の目は輝いている。その真似をするクシェルは意味が分かっているのか怪しい。
 公国の時もそうであったように、機械化の済んだ軍船を見ているルシフェルとラジエラにはあまり大きさと言う新鮮味はない。乾舷かんげんの高さはさすが商船で、荷物かが降りきると転覆しそうで怖い。
 元の世界の航空母艦といい勝負をしているだろう。

「帆はないんですね」
「こいつも最新式さね。蒸気機関で水中にある羽根を動かすのさ。それに、この辺りにはファイルフィッシュ|(矢魚:飛魚の一種)の群れがいてね。あいつら帆のある高さまで飛ぶし、口の上側がまっすぐ伸びていてね、すぐ穴をあけられるから早々に無くしたのさ」

 要があって急速に発展したわけだ。

「アナスタシウス公国の軍船は水車でしたよね?」
「あれは商船護衛用の古い奴さ。最新式は護衛しないから基本的に見れないよ」

 帆船が生き残っているのは、単純に最新式がべらぼうに高く維持費も馬鹿にならないからだ。各国に支部を持っているような商会でないと入手できない。入手できたとしても運用は難しい。
 また、ここ限定で使うのなら航行距離が短いから帆が外せると言う事情もある。船の持つ航続距離が短いことに各国、各商会悩まされており、それで帆船は生き残っている。

「荷物の積み込みにあと半日はかかるだが、どうするかい?」
「待つ?」
「「待つ!」」

 どうやら双子は見ていて飽きないらしい。モニクの質問を双子に振るとそう返ってきた。港には色とりどりの船がいるのも原因だろう。
 汽笛を鳴らして入出港する船、風も強くなく、遮るものがないので日差しが痛く感じる。
 近くの喫茶店で昼食を取り、港に戻っても双子の興味は尽きることなく結局乗り込むまで眺めていた。
 客室を一室与えられ、置いて置ける荷物を置くと後部甲板に出る。
 誰がいるわけでもないので、港に向かって手を振ることはしない。双子が落ちないよう抱いてあげて手すりに寄りかからせる。
 汽笛を鳴らして出航、徐々に速度が出てくるがあまり早いとは言えない。

「「風が気持ちいー」」
「もっと早い船もあるんだよ」
「「そうなの!」」

 元の世界の話ではあるが、時代が進み、研究が進めば船はどんどん早くなるのは間違いがない。船が動く原理と船の利点を双子に教えながら、暗くなろうかとする頃には目的のメルノカ島に着いた。
 時間が時間なのでモニクの案内で宿へ移動した。

「まだ揺れてる気がするー」

 そう言うのはセレである。イムはと言うと、寝具の上でぐったりとしている。船酔いである。同じようにラジエラもダウンしている。
 食欲がないと言う二人をさておき、夕食を取って戻ってくるとクシェルはお眠モードで早々に寝てしまった。珍しくそれに寄り添うようにセレが寝てしまう。
 予想もしてなかった二人の時間に驚きつつも、散歩をする為に宿を出た。

「こういうこともあるのですね」

 地上にいる間、クシェルがいない純粋な二人の時間など取れないものとばかり思っていたイネスは不思議そうに言った。

「稀だろうな」

 それ自体はルシフェルも同じように思っていた。
 ガス灯の揺らめく港で手をつないで歩く、こういう雰囲気のあるデートは初めだ。

「そこのお二人さん」

 そこに水を差すかのように鎧を着た三人組の男が声をかけてきた。声の方に振り返り、念の為にルシフェルはイネスを抱き寄せる。
 鎧にはメルノカ島の自治紋章が右に、アージェ教の紋章が左に刻まれているので騎士団だろう。
 ルシフェルは光魔法で白い光源を生み出して互いに顔を検められるようにした。

「ああ、明かりまでありがとうございます。水を差すようで非常に申し訳ないですが、この時間に外にいる人には全員声をかけているのでご容赦ください」
「構いませんよ」
「まずこれは私たちの身分証です」

 そう言って自治紋章とアージェ教の紋章が刻印された金属製の身分証を見せられた。イネスはルシフェルに間違いなく本物だと耳打ちした。

「何か身分証のようなものをご提示いただきたいのですが、よろしいでしょうか?」

 傭兵の認識票を外して差し出すと、鎖部分は握らされたまま検められた。

「ありがとうございます。もう大丈夫です。今回のように提示をされる際は必ず鎖は握ったままにしてくださいね。そのまま奪う輩がおりますので」

 普通はそうなのだろうが、ルシフェルの場合はすぐに取り返せるのでどうでもいい。

「白金級であらせられるのは分かっておりますが、一応よろしいでしょうか?」
「情報は武器です。お気になさらず」
「ありがとうございます。最近、外から良からぬ輩が入り込んでいます。ここ最近は盗難に窃盗がどうも組織的に行われているようです。拉致誘拐に失敗したと思われる殺し、暗殺と暗殺未遂も起こりました」

 これまでの異常気象が収まったことによる弊害であろう。
 何とかしのいだ者たちがいれば、しのぎ切れずに落ちた者たちもいる。そしてそれを利用する者たちも。

「二十六時間いつでも対応できるようにしておりますが、どうしても後手になってしまいます。こればかりはどうしようもありませんのでご容赦いただけると幸いです。それから何かあれば、我ら騎士団にも情報を頂けると嬉しいのですが」
「もちろんです」

 これは察してやるべきであろう。
 人と言うのは一人で生きているわけではない。相互に関係し合って初めて生きていられるのである。互いに思いやることがいつの時代も平和と治安を維持できるのである。

「明日、私たちに、で申し訳ないのですが、時間があれば詳しい話を聞きたいのです。どちらに伺えばこのような話は聞けるのでしょうか?何分、幼い息子と預かり子がおりますから」
「それでしたら、一度第二神殿にお越しください。第二神殿に常駐する騎士が複数おりますので、近くの詰め所に案内できるはずです。話を通しておきましょうか?」
「では、明日以降ということでお願いします」
「しかと伝えておきます。今回は大変申し訳ございませんでした」

 三人同時に頭を下げたので、きっちりと笑顔で返す。

「構いませんよ。お仕事大変でしょうが、頑張ってください」
「ありがとうございます。これで失礼いたします」

 三人ともペコペコしながら去っていった。
 光魔法を終わらせ、散歩の続きを再開する。

「丁寧な騎士様でしたね」
「ああいう人こそ報われてほしいものだな」
「ええ」

 手をつなぐどころか腕を組んで歩く。せっかくの時間を邪魔されたのだ。これぐらい許されたいものである。

「本当に伺われるのですか?」
「ああ、聞き捨てならない話を聞いてしまったからな」
「でしたら、どうでしょう。差し入れでも持っていきませんか?」
「俺も少し考えた。やはりお酒がいいのだろうか?」

 いないとは言わないが、どうせ男所帯だろう。下戸もいるのだろうが、多数には喜ばれるだろう。

「アージェ教はお酒を禁じておりません。過ぎるのは禁じておりますが、守っているのは修道師や上級の聖騎士です」
「じゃあ、ごく軽いものにするか。飲めない者は料理でいいな」
「それでいいと思います」

 港の先、灯台の下に着き、ちょうど設置してあるベンチの一つに腰を落ち着けた。

「寒くはないか?」
「いいえ、大丈夫です。海風が心地良いくらいです」
「そうか」

 天の形は丸々としてあたりを照らし、小波の音が二人を包む。

「イネス」
「はい」
「愛しているよ」
「わたくしも愛しております」

 イネスはルシフェルの肩に頭を預けた。
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