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第十章 産休
第三節 新たな加入者
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双子の勉強は、何もルシフェルだけが見ているわけではない。
地理に関してはミカエラが、法に関してはラファエルが、と仕事の分野で別れて教えている。
ラジエラは得意の裁縫と料理で、アズラエラの仮の部下として勉強中である。
その為、地上にいる時よりも二人の時間を取れるようになったルシフェルとイネスは、天園を散歩したり、寄り添って読書をしたりと、充実した毎日を送っている。
食事に関しては、厨房があれば食堂があるので、天使が集まって取るので一緒に作るようなことはない。だから部屋にあるのはあくまでも簡易なのであるが。
そんな日々を過ごしているある日、ラジエラがふと疑問を口にした。
「名前どうするの?」
天使名はミカエラから贈られるので、彼女が真名を考えることはない。ラジエラよりも先にミカエラが名前のことは口にしており、付けられる天使名も知っている。
この日は双子とラジエラがルシフェルの部屋に遊びに来ていた。因みに、天で過ごす間のリールとニクスは里帰りと言う名の異常気象対応である。
「名前?」
「なんの?」
リールとニクスの名付けは双子そっちのけ、親しい人を作らなかったので圧倒的な経験不足で分からないのだ。その為に名前がついているのが当たり前だったのでいまいちピンと来ていない。
「生まれてくる赤ちゃんの名前ですよ」
そう言われても首をかしげている。
「人族は赤ちゃんが生まれると名付けをするんだ。基本的には親、思いつかない時は親しい人に付けてもらうの」
「それが真名になるの?」
「そう、よく覚えてたね」
褒められたセレは嬉しそうにしている。
イムはと言うと褒められたことに興味がないようで、ルシフェルの膝の上で大人しくしている。と言うか、その所為でセレを撫でてあげられないので、独り占めの優越感でもあるのかもしれない。
最近のイムは覚えているのが当然と思っている節があり、セレに対してそういうところで強く出る。逆に、運動では負かされてばかりで強く出られている。
理解力にも差が出始めており、基本的にセレの方が、質問が多い。分かるまで聞いてくれるので問題にはしていない。
そのセレはラジエラの膝の上で大人しくしている。活発な彼女らしからぬ様子ではあるが、今日の勉強がそもそも体を動かすことだったので疲れているのだ。その証拠に、イムはルシフェルに体を預けてだらんとしている。
「もう決めたの?」
イムの関心事は名前の方にあるようでルシフェルを見上げて聞いてきた。
「俺は決めたよ」
「お兄ちゃんは?」
「別々に考えてるってこと?」
ミカエラが天使名の話をした時から話し合っていたことである。
「男の子なら俺が、女の子ならイネスが付けることにしてるよ」
「そうなんだー」
「イネスお姉ちゃんはもう決めたの?」
「ええ、決めています」
医療部の天使は既に性別まで分かっているのだが、あえて聞いていない。その為、用意されている天使名も二つある。エラかエルかの違いでしかないが。
「それで、男の子だったらどうするの?」
「クシェル、だ」
「優しき抱擁かぁ、お兄ちゃんらしいなぁ」
ルシフェルの母国語の古語で、人名としては有名である。そもそも、男の子向けは優しいを意味する言葉が少ないから有名と言う側面もある。
「奇遇ですね。私はアンナ、優しい、親切と言う意味です」
「「意味が一緒」」
「奇遇ねぇ」
双子はそういうこともあるんだ、と言う面持ちだが、ラジエラはのろけに聞こえて半ば疑心暗鬼で半ばお腹一杯と言ったところだ。
祝福によって魔力の同質性が高くなり、一緒にいるようになって考え方が似てきているのである。
「気が早い気がするけど、二人目はどうするの」
そう言われたイネスは少し顔を赤くし、ルシフェルはあっけらかんと返した。
「早すぎだ。どこまで行っても『大河に抗わず』だな」
なるようにしかならないのだから流されておけ、と言うことわざだ。軍でよく使われることわざではあるが、山脈、大地、海、大河として生命の流れと営みを投影し、結婚や出産関係でもよく使われることわざだ。
意味が分からない双子に教えても伝わるはずがなく、詳細に説明する羽目になった。
「赤ちゃんって必ずできるわけじゃないんだよ。どんなに健康でも、世の中には欲しくてもできない人もいるからね。だから、固執したりせずに、ゆったりと構えていた方が、心の健康にはいいよねってこと」
「「ふーん」」
そうして破局を迎えることも少なくはなく、自我の崩壊、鬱を招く恐れもある。
ルシフェルやラジエラからすると、結婚は必ずしも子供が欲しいからするわけではないと言う考え方を持っている。
イネスにしてみると、恥ずかしくはあるが何人でも産む覚悟は持っており、結婚は家を繋ぐためと言う意識の方が高い。
この辺りは時代背景の違いから差異が生まれている。
「イネスはどう思っているの?」
「できればあと二人は欲しいかなと、その方がこの子も寂しくないでしょう」
このまま順調に行けば、生まれてきた子が四つになる頃に双子は親元へ帰る。また、年代の近い子がいないので、いくら周りがかわいがってくれたとしても、寂しい思いはさせるだろう。
「赤ちゃんは授かりものと言う考え方がありますから、頑張りはしますが、この子の為にも固執はよくありませんね」
双子はルシフェルとラジエラがちょうど来たから、親代わりができてよかったと言う面がある。
それでも実父になかなか会えない寂しそうな顔を見ていると、生まれてくる子供にそんな思いをさせていいのかと思うわけだ。
「まぁ、幸せそうで何よりだね」
「「なによりー」」
そんなことを言われてルシフェルとイネスは顔を合わせて微笑みあった。
その笑顔が、ラジエラを見た瞬間、暗い笑みに変わった。
「それで、お前の方はどうなんだ」
「え」
「ソフィエルだったか?」
「え、え?」
急につつかれてしどろもどろになったラジエラ、このことを双子が知らないので追求が怖いのだ。
「マリお姉ちゃん?」
「好きな人がいるの?」
逃がしてもらえるわけもなく、寝るまで双子に追求を受けるのだった。
そんな日が続いて三ヶ月程、その日は来た。
陣痛が始まってすぐ、医務室で智天使アルミサエラと主天使ライエラが主導し分娩が行われた。
アルミサエラとライエラは熾天使ラビエルの部下で、医療部の所属である。
ラビエルは治癒の権能を持ち、あらゆる病気が見ただけで分かる。初老を迎えたばかりで白髪と白衣が眩しく見える天使だ。
アルミサエラとライエラは受胎の権能を持ち、見ただけで妊娠しているかどうか、どれだけ経過しているか、更には性別まで分かる。どちらも白衣が似合うキャリアウーマンの見た目だが、ライエラの方は優しい印象で、アルミサエラは気難しい印象がある。
どちらも優しいことに変わりがない。
イネスの希望でルシフェルは立ち会っている。元々話していたことで、急遽決まったことでもなければ、ルシフェルが希望していたことでもない。
陣痛が始まって四時間ほど、普通分娩で産声を上げたのは男の子だ。
「クシェル、よく頑張りましたね」
イネスはルシフェルの手を離すとクシェルを抱きとめる。
「二人ともよく頑張ったね」
ルシフェルは二人の頬にキスをして、出産を手伝った二人に頭を下げた。
これはイネスに対する配慮だ。いっぱいいっぱいになっている彼女をこれ以上刺激しない為の物である。
無論、その二人も無言の笑顔で返した。
経過観察と世話の指導の為、六日ほど病室で過ごし、双子とラジエラが会ったのはその最終日だった。
赤ちゃんを眺める二人が突然の泣き声に驚いて飛び上がった。
「おなかが空いたんですよ」
と言ってルシフェルに目もくれず授乳を始めた。今度はラジエラが驚いてその口は開いたままになっている。
「貴方たちも、生まれた時はこうやってお母さんからお乳をもらってたんですよ」
双子の母親の死の原因は、双子を生んだことではなく、大精霊の持つ強力なエネルギーと変異魔素を、二人分もさらされたことで癌を発病したのだ。
しかも、恐ろしい程に進行が早く、ラビエルに泣き着かれた時にはもう遅かった。なので、危うくはあるが、残酷な言葉にはならなかった。
イネスの母親の話で夢中になった双子は、イネスを挟むように寝具に乗って座っている。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「何で出て行かないの?」
「イネスに止められた」
初めは出て行こうとしたのだが、その初めてで引き止められたのだ。
これにはライエラも驚いたのだが、よく考えてみると、彼女が本当に頼りにしているのはルシフェルだけなのである。しかも、ルシフェルが傍にいる時の方が、胸が張って乳の出がいいのだと言う。
これに対してライエラは、精神的にいてもらった方がよいのかもしれないと言った。イネスにとって天は安心できる場所にはなっていないのだろうとも。
これは妊娠中から出ていたということでもあり、元々の体質もあるが、ルシフェルに対する信頼がどれほど絶対的か分かることでもある。
「んー、いない時の方が出ないのか・・・」
「らしいな。顔を背けたり、背を向けたりされるのもだめらしい。今更ですよ、って言われて、あーそうかと納得するしかなかった」
ラジエラは何か思うところがあるのか、少し間を開けてから口を開いた。
「ねぇ、二ヶ月くらい前に、一緒にお風呂入ったりした?」
「したな。初めての時は押しかけられた」
「あー・・・ごめん」
「は?」
ちょうど二ヶ月前、ラジエラはイネスを嗾けているのだ。何気ない女の子同士の話がその場の雰囲気でそうなった。
嗾けられたイネスもイネスで、悪くないかもと続けている上に、一ヶ月前には早くにやればよかったと漏らしている。
と言うのも、妊娠で自分の重心が変わって転んでしまうのが怖いのだ。
一緒に入った時に転んで受け止められた時には、心底恥じらいは捨ててしまえばよかったとまで思う程だ。それで怖くなったルシフェルは、それからは毎日一緒に入っている。
話を聞いたルシフェルはラジエラを病室の外に連れ出した。
「お前さぁ」
「ごめんって」
「よくやってくれたと思うこともあったけど、相手と相手の環境、自分の立場を考えろ」
イネスは元々ドジっ子で、それを自覚して直しているが故に、気が抜けるとその素が出てきてしまう。お風呂場で転びそうになった一件を見るのなら、よくやってくれたと褒めるところではある。
しかし、恋人でも、許婚でも、婚約者でも、まして夫婦でも時代背景的にお風呂を共にすることはないのである。嗾けられて乗ってしまうイネスもどうかと思うのだが、嗾けたラジエラは何がしたかったのが分からない。
イネスに関しては相手が天使なので仕方がない。問題はラジエラで、無意識に天使である立場を利用しているのだ。
移動しなければならないので、一旦はこれで終わった。
ラジエラはこの日の夜に正座をさせられて、ルシフェルだけでなく、お祝いにちょうど来たミカエラにまでみっちり絞られたのだった。
地理に関してはミカエラが、法に関してはラファエルが、と仕事の分野で別れて教えている。
ラジエラは得意の裁縫と料理で、アズラエラの仮の部下として勉強中である。
その為、地上にいる時よりも二人の時間を取れるようになったルシフェルとイネスは、天園を散歩したり、寄り添って読書をしたりと、充実した毎日を送っている。
食事に関しては、厨房があれば食堂があるので、天使が集まって取るので一緒に作るようなことはない。だから部屋にあるのはあくまでも簡易なのであるが。
そんな日々を過ごしているある日、ラジエラがふと疑問を口にした。
「名前どうするの?」
天使名はミカエラから贈られるので、彼女が真名を考えることはない。ラジエラよりも先にミカエラが名前のことは口にしており、付けられる天使名も知っている。
この日は双子とラジエラがルシフェルの部屋に遊びに来ていた。因みに、天で過ごす間のリールとニクスは里帰りと言う名の異常気象対応である。
「名前?」
「なんの?」
リールとニクスの名付けは双子そっちのけ、親しい人を作らなかったので圧倒的な経験不足で分からないのだ。その為に名前がついているのが当たり前だったのでいまいちピンと来ていない。
「生まれてくる赤ちゃんの名前ですよ」
そう言われても首をかしげている。
「人族は赤ちゃんが生まれると名付けをするんだ。基本的には親、思いつかない時は親しい人に付けてもらうの」
「それが真名になるの?」
「そう、よく覚えてたね」
褒められたセレは嬉しそうにしている。
イムはと言うと褒められたことに興味がないようで、ルシフェルの膝の上で大人しくしている。と言うか、その所為でセレを撫でてあげられないので、独り占めの優越感でもあるのかもしれない。
最近のイムは覚えているのが当然と思っている節があり、セレに対してそういうところで強く出る。逆に、運動では負かされてばかりで強く出られている。
理解力にも差が出始めており、基本的にセレの方が、質問が多い。分かるまで聞いてくれるので問題にはしていない。
そのセレはラジエラの膝の上で大人しくしている。活発な彼女らしからぬ様子ではあるが、今日の勉強がそもそも体を動かすことだったので疲れているのだ。その証拠に、イムはルシフェルに体を預けてだらんとしている。
「もう決めたの?」
イムの関心事は名前の方にあるようでルシフェルを見上げて聞いてきた。
「俺は決めたよ」
「お兄ちゃんは?」
「別々に考えてるってこと?」
ミカエラが天使名の話をした時から話し合っていたことである。
「男の子なら俺が、女の子ならイネスが付けることにしてるよ」
「そうなんだー」
「イネスお姉ちゃんはもう決めたの?」
「ええ、決めています」
医療部の天使は既に性別まで分かっているのだが、あえて聞いていない。その為、用意されている天使名も二つある。エラかエルかの違いでしかないが。
「それで、男の子だったらどうするの?」
「クシェル、だ」
「優しき抱擁かぁ、お兄ちゃんらしいなぁ」
ルシフェルの母国語の古語で、人名としては有名である。そもそも、男の子向けは優しいを意味する言葉が少ないから有名と言う側面もある。
「奇遇ですね。私はアンナ、優しい、親切と言う意味です」
「「意味が一緒」」
「奇遇ねぇ」
双子はそういうこともあるんだ、と言う面持ちだが、ラジエラはのろけに聞こえて半ば疑心暗鬼で半ばお腹一杯と言ったところだ。
祝福によって魔力の同質性が高くなり、一緒にいるようになって考え方が似てきているのである。
「気が早い気がするけど、二人目はどうするの」
そう言われたイネスは少し顔を赤くし、ルシフェルはあっけらかんと返した。
「早すぎだ。どこまで行っても『大河に抗わず』だな」
なるようにしかならないのだから流されておけ、と言うことわざだ。軍でよく使われることわざではあるが、山脈、大地、海、大河として生命の流れと営みを投影し、結婚や出産関係でもよく使われることわざだ。
意味が分からない双子に教えても伝わるはずがなく、詳細に説明する羽目になった。
「赤ちゃんって必ずできるわけじゃないんだよ。どんなに健康でも、世の中には欲しくてもできない人もいるからね。だから、固執したりせずに、ゆったりと構えていた方が、心の健康にはいいよねってこと」
「「ふーん」」
そうして破局を迎えることも少なくはなく、自我の崩壊、鬱を招く恐れもある。
ルシフェルやラジエラからすると、結婚は必ずしも子供が欲しいからするわけではないと言う考え方を持っている。
イネスにしてみると、恥ずかしくはあるが何人でも産む覚悟は持っており、結婚は家を繋ぐためと言う意識の方が高い。
この辺りは時代背景の違いから差異が生まれている。
「イネスはどう思っているの?」
「できればあと二人は欲しいかなと、その方がこの子も寂しくないでしょう」
このまま順調に行けば、生まれてきた子が四つになる頃に双子は親元へ帰る。また、年代の近い子がいないので、いくら周りがかわいがってくれたとしても、寂しい思いはさせるだろう。
「赤ちゃんは授かりものと言う考え方がありますから、頑張りはしますが、この子の為にも固執はよくありませんね」
双子はルシフェルとラジエラがちょうど来たから、親代わりができてよかったと言う面がある。
それでも実父になかなか会えない寂しそうな顔を見ていると、生まれてくる子供にそんな思いをさせていいのかと思うわけだ。
「まぁ、幸せそうで何よりだね」
「「なによりー」」
そんなことを言われてルシフェルとイネスは顔を合わせて微笑みあった。
その笑顔が、ラジエラを見た瞬間、暗い笑みに変わった。
「それで、お前の方はどうなんだ」
「え」
「ソフィエルだったか?」
「え、え?」
急につつかれてしどろもどろになったラジエラ、このことを双子が知らないので追求が怖いのだ。
「マリお姉ちゃん?」
「好きな人がいるの?」
逃がしてもらえるわけもなく、寝るまで双子に追求を受けるのだった。
そんな日が続いて三ヶ月程、その日は来た。
陣痛が始まってすぐ、医務室で智天使アルミサエラと主天使ライエラが主導し分娩が行われた。
アルミサエラとライエラは熾天使ラビエルの部下で、医療部の所属である。
ラビエルは治癒の権能を持ち、あらゆる病気が見ただけで分かる。初老を迎えたばかりで白髪と白衣が眩しく見える天使だ。
アルミサエラとライエラは受胎の権能を持ち、見ただけで妊娠しているかどうか、どれだけ経過しているか、更には性別まで分かる。どちらも白衣が似合うキャリアウーマンの見た目だが、ライエラの方は優しい印象で、アルミサエラは気難しい印象がある。
どちらも優しいことに変わりがない。
イネスの希望でルシフェルは立ち会っている。元々話していたことで、急遽決まったことでもなければ、ルシフェルが希望していたことでもない。
陣痛が始まって四時間ほど、普通分娩で産声を上げたのは男の子だ。
「クシェル、よく頑張りましたね」
イネスはルシフェルの手を離すとクシェルを抱きとめる。
「二人ともよく頑張ったね」
ルシフェルは二人の頬にキスをして、出産を手伝った二人に頭を下げた。
これはイネスに対する配慮だ。いっぱいいっぱいになっている彼女をこれ以上刺激しない為の物である。
無論、その二人も無言の笑顔で返した。
経過観察と世話の指導の為、六日ほど病室で過ごし、双子とラジエラが会ったのはその最終日だった。
赤ちゃんを眺める二人が突然の泣き声に驚いて飛び上がった。
「おなかが空いたんですよ」
と言ってルシフェルに目もくれず授乳を始めた。今度はラジエラが驚いてその口は開いたままになっている。
「貴方たちも、生まれた時はこうやってお母さんからお乳をもらってたんですよ」
双子の母親の死の原因は、双子を生んだことではなく、大精霊の持つ強力なエネルギーと変異魔素を、二人分もさらされたことで癌を発病したのだ。
しかも、恐ろしい程に進行が早く、ラビエルに泣き着かれた時にはもう遅かった。なので、危うくはあるが、残酷な言葉にはならなかった。
イネスの母親の話で夢中になった双子は、イネスを挟むように寝具に乗って座っている。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん?」
「何で出て行かないの?」
「イネスに止められた」
初めは出て行こうとしたのだが、その初めてで引き止められたのだ。
これにはライエラも驚いたのだが、よく考えてみると、彼女が本当に頼りにしているのはルシフェルだけなのである。しかも、ルシフェルが傍にいる時の方が、胸が張って乳の出がいいのだと言う。
これに対してライエラは、精神的にいてもらった方がよいのかもしれないと言った。イネスにとって天は安心できる場所にはなっていないのだろうとも。
これは妊娠中から出ていたということでもあり、元々の体質もあるが、ルシフェルに対する信頼がどれほど絶対的か分かることでもある。
「んー、いない時の方が出ないのか・・・」
「らしいな。顔を背けたり、背を向けたりされるのもだめらしい。今更ですよ、って言われて、あーそうかと納得するしかなかった」
ラジエラは何か思うところがあるのか、少し間を開けてから口を開いた。
「ねぇ、二ヶ月くらい前に、一緒にお風呂入ったりした?」
「したな。初めての時は押しかけられた」
「あー・・・ごめん」
「は?」
ちょうど二ヶ月前、ラジエラはイネスを嗾けているのだ。何気ない女の子同士の話がその場の雰囲気でそうなった。
嗾けられたイネスもイネスで、悪くないかもと続けている上に、一ヶ月前には早くにやればよかったと漏らしている。
と言うのも、妊娠で自分の重心が変わって転んでしまうのが怖いのだ。
一緒に入った時に転んで受け止められた時には、心底恥じらいは捨ててしまえばよかったとまで思う程だ。それで怖くなったルシフェルは、それからは毎日一緒に入っている。
話を聞いたルシフェルはラジエラを病室の外に連れ出した。
「お前さぁ」
「ごめんって」
「よくやってくれたと思うこともあったけど、相手と相手の環境、自分の立場を考えろ」
イネスは元々ドジっ子で、それを自覚して直しているが故に、気が抜けるとその素が出てきてしまう。お風呂場で転びそうになった一件を見るのなら、よくやってくれたと褒めるところではある。
しかし、恋人でも、許婚でも、婚約者でも、まして夫婦でも時代背景的にお風呂を共にすることはないのである。嗾けられて乗ってしまうイネスもどうかと思うのだが、嗾けたラジエラは何がしたかったのが分からない。
イネスに関しては相手が天使なので仕方がない。問題はラジエラで、無意識に天使である立場を利用しているのだ。
移動しなければならないので、一旦はこれで終わった。
ラジエラはこの日の夜に正座をさせられて、ルシフェルだけでなく、お祝いにちょうど来たミカエラにまでみっちり絞られたのだった。
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