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三章
引退・下
しおりを挟む「だけど、大切にしてくれるのなら、別れることになっても何もしないわ。結婚は墓場、という言葉があるとおり、他人同士が一緒に暮らすのは、相応のハードルがあると言う事なの。一つ、分かってほしい事がある。二人には遊ぶ時間がないの。会社としても、私としても、申し訳ないのだけど」
そう言った美優希に対し、仁志と翔平は頷き合った。
「俺は付き合い始める前から所属している事は知っていました。寧ろ、トッププロの下で成長できる場所を手放す方が惜しいって、背中を押したのも、智香の親に話だけでも聞きに行くよう言ったのも、俺です。そこまでしておいて、覚悟まで見せられて、背を見せるのは間違ってますから」
「それは義務感ってこと?」
「ありえません。告白しそびれた初恋が叶ったようなものなので」
「なるほどね」
美優希が智香に顔を向けると、智香は顔を真っ赤にして逸らした。逸らしても雄太から指摘が入って、恵美にからかわれているが。
「わかった。仁志君は?」
「僕は遊びで付き合ってるつもりはありません。きっかけは合コンですが、そもそも、その合コンに財布で呼ばれたんです」
そう言って仁志は事の顛末を語った。
仁志は合コンに一切の興味がない。上京しているとは言え、地元では一番大きな老舗温泉旅館グループのオーナーの孫である。その為、バイトをしなくてもお金があるのだ。
高校の時は手伝いで男衆バイトをしていた。業務内容は調理補助、清掃、客室準備、宴会場準備、案内と多岐に渡る。小さい頃から剣道、書道、生け花、茶道、日本舞踊と経験豊富だ。
「それで所作が綺麗なのね」
「はい。中学まで死ぬほど習い事をさせられていました。まぁ、そもそも、部活動に興味はありませんでした。習い事で本気になると面白くなくなることが分かっていたので」
「分かるわ。同じ理由で部活してないもの」
「なので、楽しいをモットーにされているジャストライフゲーミングには、憧れと尊敬を抱きます。恵美が辛そうな顔をするのは、大抵練習以外の事ですから」
確かに、配信の時は笑っているか、真剣になって沈黙しているかのほぼ二択だ。辛そうな時は決まって取材があったり、課題が煮詰まっている時である。未だに集中すると喋らなくなるのが、どうにかできないのかと頭を悩ませているが。
「言わなくても、恵美は何もかも本気で楽しんでるからね」
「でしょうね。話を戻すと、僕は実家の手伝いで色々知ったんです」
バイト当時、中居には相当可愛がられていたのだが、女性ならではの陰を嫌と言うほど知っており、女性に興味がなかった。
また、結構なグルメ舌になっており、それが高じて、勉強と称して東京の店を食べ歩くのが好きだ。合コンに誘われた店は行ったことがなかったので応じたにすぎない。
話す事よりも食べる事を目的にしていたので、何を言われようが上の空でいられたのである。
ただ、恵美を追いかける時に、全員に向かって、『外見が良くても中身がそれじゃ、合コンでできたお相手なんて知れたもんだろうね。双方、底辺アイドルにも劣るような見た目でよく言うわ』と、冷徹に言い放っている。
「今じゃ、あれだけ恵美が馬鹿にされていたのに腹が立ちます。縁は切りましたけど、今度会ったら竹刀でどつきまわしてやりたいです。今はそれくらい恵美の事が好きです。見合いの話もあったんですけど、白紙に戻させました」
「お見合いした方がいいじゃないの?」
「あんまり言いたくないですけど、ビジネス的に考えるなら、恵美の方がよっぽど優良と言えます。英語はネイティブ、国内外の知名度と拡散力も、その辺のインフルエンサーなんて目じゃない。旅館にとってはプラスしかありません。それに、僕は旅館を継ぎたくないんです」
「どうして?」
「所詮、両親にとっての僕は兄の保険ですから」
この一言で、これまでどんな扱いを受けて来たかなど、察するに容易だろう。
「あなた自身は何をしたいの?」
「あれこれ考えたんですけど、食べ歩きが高じてブログをやってるんです。その延長でライターをやってみたいと思ってます」
「そう。じゃあ、翔平君は?」
「俺は、できれば智香のマネージャーをやりたいな、と」
一呼吸おいて、美優希はバックから名刺を出して渡した。
「その気があるなら、うちに来てみない?」
「「・・・」」
「残念だけど、これだけで二人の能力は見抜けなかった。だけど、素質は感じる。それに、二人の希望部署ならリモートワークで働けるから、人事部の評価次第では、即、時給制正社員登用もありうる。仁志君はポートフォリオにブログURLとアクセス記録を付けて見て?」
「分かりました」
「翔平君は、智香に推薦状を書いてもらって」
「分かりました」
美優希は智香の方を向いて声を掛ける。
「智香は書式分かる?」
「分からない。あるならテンプレート欲しい」
「会社のサーバーにあるはずだから、後で場所を教えるね。そこに見本もあるから」
「分かった。ありがとう」
話が終わって二人が帰り自室を見せてもらう。
「恵美の部屋は意外と殺風景なのね」
「お姉さん、言い方」
「シンプルって言って」
「ごめん、ごめん」
美優希が言うように、六畳ほどの恵美部屋はシングルベッドにワゴンがあるだけのシンプルさで物がない。対照的と言う程、智香の部屋も物があるわけではないが、ソファベッドと言うあたりに表れているように、機能性重視で物が少なめだ。
「一緒に暮らしてる時から思ってたけど、あなたたち、趣味はないの?」
「あるけど、四年しかいないから」
「引っ越しで困るし、タブレット端末で事足りるから」
「そうだけど・・・」
納得は行かないが、美優希は追求する気にはなれなかった。
ほぼ彼氏用となった来客用布団を、恵美の部屋に二つ出す。雄太の希望で、恵美と智香が雄太と一緒に雑魚寝、恵美のベッドに美優希が寝ることになったのだった。
連日取材の嵐とスポンサー対応、終わると祖父母への報告も行い、へとへとになった十一月、十二月に入ってようやく落ち着き、美優希はやっと新居への引っ越しを終えた。
「吹き抜けすっご・・・」
「これで5SLDK・・・敷地広いってこういう事もできるのか」
「二階建てならではだなぁ」
新居に遊びに来たいつものメンバー、二十七畳のLDKに入って輝が感嘆の声を上げた。
冷暖房効率は最悪だが業務用にファンライトを取り付けており、あまり問題にしていない。圧倒的な空間的広がりがあり、窓の配置の影響で、照明がいらない程昼間は明るい。
「キッチン上がロフトスペースで、そのまま二階の子供部屋につながってるんだね」
「ロフトスペースにプレイマット、これなら子供の声が聞こえるからすぐ気づけるよね」
「キッチンからのウッドデッキの見通しもいいから、晴れた日はウッドデッキで遊ばせてもいいし、バーベキューが余裕でできる広さがまた」
子供達はと言うと、あいにくの雨によってロフトで遊んでいる。
子供達が階段から落ちないように、階段のロードアを閉め、ロフトから降りてすぐそばの入り口、寝室ともつながる書斎へと行く。
「書斎にウォーターサーバーとコーヒーメーカー、トイレにもなる化粧室直付けって、ここから動く気がないね」
「まぁね。第二子もできたし」
「「「は?」」」
実際に外には未発表で、内々でも知っているのは啓と一義、春香だけである。
「今まで悪阻なかったじゃん」
「うん。忙しかったから生理遅れにも気付いてなくて、先月の生理来てないって気づいて、検査がついに三日前だもん」
「まぁ、まだ膨らんでないもんね・・・」
早く終わらせたいが為に、詰め込む判断をした美優希が悪く、キッチンで夕食を準備する啓を誰も見なかった。
「回遊動線はさすがだなぁ」
「見本がすぐそこにあるからね」
「外に干すのは大変じゃない」
「どうせ干さない。ね、啓?」
「ああ。目隠しの柵はあるけど、全自動洗濯乾燥機だからさ、乾くところまで行っちゃうから。しわ取りのアイロンがけをするのに、ランドリールームはあればいいか、ぐらい。外に干すと、せっかく広く作ったテラスが狭くなる」
この言い分には納得せざるを得なかった。
リビングのローソファーに腰かけ炬燵に入る四人、実は啓以外の旦那たちが来ていない。軒並み仕事であるが、夕食時に合流である。
「美春ちゃん、だいぶ喜んだんじゃない?」
「そりゃ、だって、実家が斜向かいだし、ここが学校と会社の間にあるからね。まさかあの子、あなたたちも私とずっと一緒がいいって言ってる?」
「悪いけど、美優希も美春ちゃんもシスコンにしか見えないから」
「そうだよね・・・」
美優希は溜息ながらに塞ぎ込んだ。
「妹離れに悩んでる?」
「そう」
ふさぎ込んだかと思えば、今度は机に伏した。
「諦めたほうがいいよ、あなたのファザコンと同じ」
「だよね」
「案外、大学入って彼氏できたら落ち着くかもよ」
「それは逆効果だと思うよ」
クリステルの言う通り、輝が彼氏と言うワードを出してから、美優希は『ガルルルル』と唸っている。
「あははは・・・」
輝は苦笑するしかなかった。
「美優希が心配するのも分かるよ。ただ、才能だな。人懐っこいように見えて、常に他人を観察してるし、人を見る目はあるから、そこまで心配しなくていいんじゃねーか?」
「ほんとにー?」
唸るのを辞めたのかと思えば、美優希は背もたれに体を預けて啓に疑念の目を向けた。
「ほんとも何も、ちょっとかじったぐらいの心理学で、お金目当てが分かる中学生は割とやばいだろうが」
「そーだけどー」
「美春ちゃんにとっての心理学ってさ、自分が見抜いたものを確信に変えてくれる、或いは裏付けしてくれるものなんだよ。だからあの子にとって、心理学は面白かったんじゃないの?」
「まぁ、確かに」
いまいち納得できないのは、この際仕方のない事だろう。
啓に諭される形で終わったこの話は、結局美優希の杞憂にしかならなかった。なぜなら、旦那たちが夕食に合流する時に、美春と一義、春香も合流、その夕食を取っている時に、美春が爆弾発言をしたのである。
「たぶん結婚しないよ」
一義も春香も美春が何を言おうと驚きはしなくなった。それ以外は高校生の戯言と捉えるのが半分、驚いたのが半分だ。一番驚いたのは、やはり美優希である。
「心理学が分かってる人と付き合うって相当な人だと思うけど。次にとる行動が分かるんだから先を読まれて面白くないと思う」
「要するに、相手ができるとは思ってないんだね?」
「野々華お姉ちゃんの言うとおり。できないと思ってる。後、心理学の所為で自分が抑制されて、そこまでたどり着かないんじゃないかな?」
「それでも学ぶつもりなの?」
「うん。私が全選手の中で唯一突出していられるのが心理学だから。お姉ちゃんが絶対王者であったように、私は来年以降、優勝以外は狙わない。絶対王者として君臨し続ける。それに、最近真面目に同年代の男の子がめんどくさいと思ってるから」
美春には美春の付き合いがある。
美春の容姿は美優希や恵美
友達と遊びに行った先で、変装しているとは言え、声を掛けられるときは掛けられる。美春とて、恵美や美優希程でないにしろ、スタイルがいいからだ。それこそ、しつこい事務所の勧誘に、名刺を見せて撃退したくらいだ。
「だから、もし結婚するならある程度年が離れた人になるかも」
「そう・・・」
「将来どうなるかなんて分からないんだ。プロゲーマーに成らないか聞けば、いい返事をしなかった美春が、今じゃ、世界大会で優勝したルーキーだ。気持ちは移ろう事を証明してる事柄だろう?案外、同級生と学生婚するかもな」
一義は可能性を潰さない為に発言したのだが、思った以上に正論で、全員が美春の小さい頃を知っているからこそ、沈黙で同意するしかなかったのである。
「それよりさ、美優希お姉ちゃん」
「何?」
「配信続けるの?」
「続けるよ。ファンからね、止めないでほしいって言う要望が多くてね。もっといろんなゲームをやってほしいってね。正直、だいぶ積みゲー(買うだけ買ってプレイしないゲームが複数ある状態)してて、消化したいんだよね」
実際問題、これは美優希だけの問題ではない。
「ストーリーのあるゲームは配信しないか、発売から一カ月以上遅らせるよ」
「何で?」
「購買意欲を削ぐからだね。基本的に発売から四週から六週以内が、一番売り上げが多いのよ。最速で配信するのはゲームメーカーに対するリスペクトがないから、私自身が大嫌いなの。世の中にはネタバレが嫌いな人だっているし、一度知ったストーリーは時間が経たないと見返そうとは思ないでしょ?」
「確かに」
「だからよ。特にボールモンはストーリー性の高いゲームだから、プロ選手として、気を付けなさい」
「うん」
美春が真剣に頷いて、美優希はほっとした。
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