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三章
戦略
しおりを挟む今年のアジア大会は日本の東京、予選はいつも通り、シードチームのリーダーが集まってチートの監視している。
チート耐性の高さ故に、チートも高度化しているが、検知プログラムだって高度化している。
今年からは大会で使用するパソコンは、チート対策室に使用デバイス、並行起動しているソフトウェア、使用ログが常に共有されている。更に、使用が確定的となると、チート対策室から運営に直接通報された上で、該当者のパソコンを室長が強制シャットダウンさせる。
「「「我らがスポーツマンシップに偽りなし!」」」
これはチート対策室の配信の開始と締めの言葉だ。ただ、締めはチート使用者がいない場合の。
大会中はこれを言って始まり、これを言って終わるのが目標で、大会のスローガンとなっている。スローガンとなっているは、世界大会まで見つからない場合もあるが、国別大会の時に使用者が多いからだ。
予選二日目もスローガンが言えて安堵し、中一日を開けて、決勝がスタートした。
一戦目、美優希たちに対していきなり初動被せを行って驚かせたが、驚いただけでサクッとポイントに変換、最終局面ではリジェクター、エクシオス、Y1、クレイジーラグーンによる泥沼の戦いに、最も良いポジションを取れたY1がチャンピオンを取った。
二戦目、三戦目、四戦目、安全地帯に恵まれて、アイテムにも恵まれ、美優希たちがチャンピオンを取った。
五戦目、移動中にY1とぶつかって泥沼の戦いに、美優希は早めに野々華を逃がしたが、逃げた先のチームに野々華が潰され、Y1に撃ち勝ってしまう。野々華の蘇生ができずに最終局面、なんとか三位を取った。
これで一日目は一位フィニッシュとなり、二日目につないだ。
二日目、マークされた美優希たちは、すべての試合でチャンピオンを取る事はできなかったが、二位三位を安定して取る事ができ、他チームでポイントを分け合ったことで、総合ポイントでは二十ポイントも二位に差をつけた。
「やはり、この安定感ですね」
「美優希の名采配と言うしかないです」
「リーダーの采配を疑ったことはありません」
「絆ですねー」
試合後インタビューの時、美優希は二軍の選手に頷いて見せ、二軍の選手たちも頷き返した。
閉会式を終えて、家に帰ってきた美優希たちは、啓の手によって完璧に焼かれたブランド牛のステーキにかぶりついていた。そこには美春もいる。
「「「んー、おいしー」」」
五人で囲む食卓、恵美と智香が下宿するようになってからは、美春はよく美優希の家に帰る。人数の多い食卓が楽しいからだ。
「さ、行儀が悪いのはここまでね」
「「「うん」」」
夕食を食べて終えて、終始美春の我儘に付き合わされっぱなしだが、姉妹の時間と言うのが少なく、アジア大会で会えなかったので致し方のない事、無論ダメならダメだと叱るし諭す。
お風呂を終えて、リビングで美春が美優希の膝の上でゲームをし、恵美と智香と美優希は話し込んでいる。
「そう、目標になったんだね」
「うん。あの表彰台に立ちたい」
「うん、うん、一緒に頑張ろうね」
「「うん」」
最後となったお風呂の順番、啓がタオルを首にかけてリビングに戻って来ると、恵美は美優希の隣を明けた。冷蔵庫から缶チューハイを出してきて、席が変わっている事に気付き、美優希の隣に腰を下ろしてお礼を言う。
「気にしなくていいのに、ありがとね」
「婚約者だから、ねー」
「ねー」
恵美と智香は本当に仲が良い。『ねー』と言って首を傾げ合う。
二人は喧嘩をしない。その代わり、美優希たちがそうであってように、忌憚のないダメ出しをし合い、正すにはどうしたらよいか話し合う。
「ねぇ、お姉ちゃん?」
「どうしたの?」
バッテリーが切れそうになったゲーム機を炬燵台に置いて、美春は美優希を見上げて聞いてきた。
「お兄ちゃんもだけど、結婚式と赤ちゃんはどうするの?」
予想だにしなかった質問に、啓はむせてしまい、タオルで口を押えている。
「学校で性教育でもあった?」
「それもあるけど、普通に気になったの」
「結婚式は、十二月にやるよ」
「そうなの!」
「うん。美春も来てくれるよね」
「行く!絶対行く!お姉ちゃんのウエディングドレス見たい!」
美優希は美春を撫で繰り回して横を向けさせる。
「お姉ちゃん絶対きれいだもん」
「ありがとねー」
「えへへー。赤ちゃんは?」
「まだ妊娠する気配がないかな。することはしてるんだけどね」
あっけらかんと言ってのける美優希に、なんてことを聞くんだと言う啓、恵美と智香は顔を真っ赤にして小さくなっている。
「生まれたら美春は可愛がってくれる?」
「うん!お兄ちゃんとお姉ちゃんの赤ちゃんなら絶対可愛いもん!」
子供らしい忌憚のない物言いに、返ってうれしい二人は笑顔に、恵美と智香は苦笑いである。
「二人も可愛がってくれる?」
「「勿論」」
その答えが返って来て、より笑顔になった美優希は、しれっと美優希の胸を堪能する美春に何も言わなかった。
「あ、そうだ、恵美お姉ちゃん、また胸が大きくなってない?」
「確かに、どんどん大きくなってるね。同じになったの、この前だったのに」
美春に同意するように智香は恵美の胸を見て言った。
「うん、結構急だった」
「お母さんがそうだったらしいからね。ブラは大丈夫?」
「まだ大丈夫」
「そう、きつくなったら遠慮せずにすぐ言ってね。智香ちゃんも。形がいいに越したことはないし、お金のことは心配しなくていいから」
「「ありがとうございます」」
こと、生活のことになると、二人は敬語が復活する。美優希も啓も早く言わなくなってくれないかと思っている。
「お兄ちゃん、ダメだよ?」
「何が?」
「恵美お姉ちゃんの胸!」
「俺は美優希一筋だから。それに、恵美ちゃんも智香ちゃんも、妹みたいにしか見えないから」
「ならよし」
何がいいのか分かって言っているのか疑問だが、苦笑いしつつ四人共つつかない事にした。
大会の心構えや、その前後の事を美優希が二人に教えていると、手持ち無沙汰になった事で急に眠気が来た美春は、美優希の腕の中で頭を上下し始めた。
「眠いならベッドで寝ていいよ」
「ううん」
美優希と離れるのが嫌らしく、駄々をこねる美春、『仕方ないなぁ』とテンポよく背中でリズムを刻んであげると寝てしまった。
自分が嫌だと言ったので、美優希はそのまま話を続ける。
「インタビューは聞かれた事に素直に一言答えるだけでいいよ」
「それでいいんですか?」
「気の利いた事言ってもしょうがないんだよ。返って反感持たれる可能性があるから」
「そう、啓の言うとおり。もう一つ言うのなら、ライバルに情報を与えない為だよ。戦いの極地は情報戦なの。罠がある情報があるのとないのじゃ、その時取るべき行動が変わるよね?だから、一言でいいの」
そんな話をしながら、時間は二十三時を回り、遅くまで話しすぎてしまった、とそれぞれの部屋に行って就寝した。
翌月、世界大会、開催はブラジルのブラジリア。
「「「我らがスポーツマンシップに偽りなし!」」」
チート使用者も見つからず、安心して終えた予選、今回は中二日空けての決勝開始となった。
理由は来年参入が確定したPSBG2が、ソロ、デュオ、カルテットモードの三種展開で、今年を機に完全撤退するR5Sとの兼ね合いで、試合時間も含めて日程の予行も入っている。トリオに関してはIPEX2がトリオなので、大会運営が参入を許可しなかった。
また、決勝は一日で行われる。午前中に五戦、午後に五戦である。
一戦目はやってやられての大混戦となった。予選通過したリジェクターがSCARSを下したかと思えば、予選通過のGbEsがNRGを下す、クレイジーラグーンが美優希たちを下せば会場の盛り上がりは五戦の一戦目から最高潮だ。
どこが優勝するか分からない、会場は謎の一体感が生まれていた。
二戦目、美優希がキャラクターピックアップから戦術変更を行い、実況から事実が伝われば歓声が起きた。これに触発されたように、三戦目はSCARSも同様にキャラクターピックアップから戦術を変更、美優希は分かっていたかのようにさらに変更を加えた。
美優希は野々華と自身のキャラクターを変え続け、戦術や動きが変わっても変わらない強さを見せつけ、他チームはそれに翻弄させられ続けた。
八年目に入って、どの組み合わせでも勝つ方法を美優希は編み出していた。
その年の調整や追加キャラクターによってキャラクターの強さは変わるが、大きな変更はないので、クリステルによって解析された総合的な評価データを基に、練習していたのである。
また、開幕リーグに出ていないので美優希たちのデータが少なく、こんなことをされると対策よりも地力が出る。
午後の五戦はチャンピオンこそ取れなかったがすべて二位に収まり、他チームでチャンピオンの順位ポイントを分け合って、あっけなく優勝を収めたのだった。
キャラクターピックアップを戦略に組み込まれて、試合後インタビューでは、どのチームも口をそろえてIPEXクイーンズとして褒め称えた。
「勝ちに貪欲になりすぎましたか?」
インタビュアーにキャラクターピックアップの件を聞かれて、美優希はインタビュアーに聞き返し困らせた。
「いえ、そんなことは・・・」
「普段、IPEXをプレイする時、キャラクターピックアップは自由で、キャラクターの数だけ組み合わせがあります。その環境を再現したにすぎません。ルールの範囲内で勝つ為ならば何でもしますよ」
「それで勝てるからこその、クイーンズなのでしょうね。ありがとうございました」
インタビュアーの言うように、それで勝てるからこそ、IPEXクイーンズの名をほしいままにしていられるのである。
また、今回の戦略は美優希からのIPEX開発に対する警告だ。
輝が操るタンク系キャラクターは、変わりがおらず多様性に欠け、ほぼすべてのチームが必ずピックするキャラクター、これは前から言われていたことだ。
これによって開発は次のリリースキャラクターに頭を抱える結果となった。
世界大会が終了し、帰国した美優希たちは、いつものように報告雑談配信を行うと、リスナーのコメントはキャラクター変更しまくる行為に賛否両論で、議論にまで発展した。
ただ、否定派にはこれと言った意見がなく、受け入れられないと言う様子だ。
「結局、どこから試合開始とするのか、だと思うよ」
「輝の言う通りなんだけど、カジュアルもランクも、大会も含めるカスタムマッチってさ、チャンピオンとキルリーダーの編成以外は全体に公開されてないよね」
「確かに、ホームページにも使用キャラクターは乗せてないよね。個人のブログサイトみたいなのは乗せてるけど。誰の許可得て乗せてんのかって思うけど」
「ファン活動を委縮させるから、言いたくはないけどさ、個人情報載せられてうれしい人はいないんだよねぇ」
「二人ともそこまでね。あれはさ、心理学も分かるマネージャーと相談して決行してるの。大会ルールにもキャラクターピックアップの変更に規定はないし、ロビー、マッチング、キャラピック、チャンピオン公開、降下開始は全部同じだし」
一言程度、大会中のキャラクターピックアップ変更は自由に行ってよい、と言う事になっている。
「偶にさ、キャラクターピックアップの事故を起こすチームもいるわけじゃん?フォローアップぐらいに対応できるようにしておくわけじゃん?キャラクターの特性覚えてさ、何でも使えるようにしておくならさ」
「戦略に組み込まないと損だよね。使えるんだからさ。私が美優希の立場なら、私だってやると思うよ」
「一試合ぐらい落としても大丈夫って思うようなら、それはプロを嘗めすぎだと思うんだよねぇ。チート対策室配信とかさ、配信外は番外戦術の応酬なんだからね?チーム以外もめちゃくちゃピリピリしてるからさ、結構げっそりするよ」
輝と野々華は露骨に顔をそむけた。
「まぁ、二人は行かせないよ?輝は特に耐えらんないから」
「それだったら、社長命令でも行きたくない」
「でも、美優希は楽しんでるんでしょ?」
「番外戦術なんて情報の塊だからね。私がニコニコしてたら喋らなくなるし、その情報渡していいの?って聞くときょどるし、面白いよー」
「「変態」」
「その流れでその言い方は、戦略戦術師には誉め言葉だよ」
こうして偶に天の声で入って来るクリステル、結局、いつまでたっても仲良しの四人組を見せつけたに過ぎない配信になった。
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