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三章

二軍三軍

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「はぁー」

 出社直後の配信ルームの会議机で特大級の溜息を付く美優希たち、一義は少し我慢してくれと言われ、マスコミの張り込みと突撃に嫌気が差そうとしていた。

「世界大会の初優勝でもこんなことしなかったくせに」
「ほんとだよー」

 ここの所、家の前に数人記者らしき人間がおり、警察に連絡、職務質問をしてもらっている間に家に入るのを繰り返していた。

「そんなにうなだれるな。反撃開始するぞ」

 典昭を連れてやってきた一義にそう言われて、大歓喜したのは言うまでもない。
 不審者として職務質問を終えた警察は、記者の名刺を持ってきてくれてから帰る。通報者が安心できるようにする為、と言う名目だ。
 警察も普通はこんなことをしない。
 しかし、国民栄誉賞をもらった人だからやってくれる。
 そもそも、県の迷惑防止条例違反でもあり、美優希たちが大学在学中に、適応範囲が拡大され、罰則が厳しくなっている。配信者に対する牽制のつもりが、町で撮影しない美優希たちには恩恵しかない。
 プライバシーの問題が浮上しないよう、記者には許可を取って名刺をもらい、渡して帰るようにしてもらっている。社宅の管理人によって、目の前で不退去罪を適応されて連行されるところを見たのもあり、素直に応じている。

「こう見るとさ、光徳社系列の会社ってないよね」
「そりゃな。辰郎さんは健在だし、株は握ったまんまだからな」

 机に広がった名を眺めて美優希は感慨深く、一義は当然のようにそう言った。
 オーナーの機嫌を損ねて、役員の首を挿げ替えられると、役員の自身の今後や、社員は経営方針転換によるしわ寄せが行くことになる。
 辰郎の上手いところは、七十パーセントを自分でもって、三パーセント以上を他に持たせていない所である。

「そう言えば、美優希は辰郎さんから株の事何も言われてないの?」
「相続権利放棄して、一銭も受け取らないって念書も渡してあるよ。大体、私の籍は違うから、相続権ないし」

 相続争いをしたくない美優希は、二度目に辰郎と会う時に済ませた。
 血筋上、親戚は多数いるが、辰郎の直系は恵美と美優希に絞られており、気に食わない親戚が目をランランと光らせている。そんな泥沼にはまるのはごめんだとして、美優希は念書まで書いて放棄した。

「じゃぁ、光徳社って誰が継ぐの?」
「向こう十年の間、お祖父ちゃんが死んだら、株は恵美ちゃん、社長や会長職は親戚の人だってさ。だから、恵美ちゃんも私と同じようなプロゲーマー生活になるよ。あの子私より頭良くてね、全国統一学力テストで一位とってるから、大学入学までは余裕じゃないかな?」
「そんなに頭いいのね」
「恵美ちゃんのお父さんが東大卒だからね。勉強はお父さんに全部見てもらってるんだってさ」

 そんなものだから、恵美は塾に通っていない。

「身内に勉強見てもらえるとほんと強いよねぇ。社長、第二社屋の表が凄いことになってるみたいです」

 梨々華が配信ルームに入ってきて、美優希たちの話に同意すると共に、一義にそう報告した。

「警備員さんに愚痴られたか?」
「いいえ。シア部長がさっき出先から帰って来て詰められたところに、映像作成部がその場面にビデオカメラ向けてフラッシュ焚きまくって、追い返してましたよ。一般人にカメラとマイク向けてるが、一般人の自分たちが逆の立場になる気分はどうだって」
「ほう」
「あと、会社の敷地に入ってきてて、警備員に退去を命じられてもなかなか退去しなくて、その様子も撮ったみたいですよ」
「できた社員だ」

 満面の笑みを浮かべる一義に、梨々華は報告してよかったと安堵した。

「どうしてくれようかねぇ」

 勘違いされがちだが、アレクシアはジャストライフゲーミングの中に名前が入っていない。あくまでも、ジャストライフゲーミングのリーダーは美優希である。
 また、会社は勲章や褒章はもらっていない。関係者ではあるが、一般人であるアレクシアに突撃していい理由にはならない。
 後日特別賞与を出すことを約束して、映像制作部の機転によって撮られた動画と写真は、動画作成部が即日で編集を終わらせて、ライティング部によって即日で作成された記事と一緒に公開された。
 さらに翌日、『所属選手を守る為、株式会社ジャストライフから発する抗議文はすべて公開する』として予告していたこともあり、公開抗議文と抗議動画を公開する。
 ジャストライフの関連サイトやSNSには、燃料を待っているSNSのフォロワーや、ジャストライフのニュースを購読する人間がわんさかいる。
 その記者と記者の所属する企業がネットで大炎上することになった。
 理由は燃料を提供する事は出来ても消火方法を知らず、消化しようとして燃料を追加し自分で首を絞め続け、焼け石に水の状態になってしまったのである。しばらくしないうちに経営の危機に陥っていった。
 株式会社ジャストライフとて民事訴訟と言うカウンターを貰わなかったわけではない。
 しかし、予告されていたことが履行されただけで、そのリスクに考えが至らなかったことにされて、名誉棄損と業務妨害は成立せず、和解するか敗訴するかを選ばされる羽目になり、洋二郎と株式会社ジャストライフ法務部の養分になるだけだった。
 これを手本にして、オンライン教室でネットリテラシーや法律関係を教えるほどに容赦しない。
 そのオンライン教室、ネットリテラシーを教える時は親御さんも参加する。と言うかお願いをしている。
 プロゲーマーになると、どうやっても有名税の支払いが待っている。
 その回避方法や対策は、特に高校生や中学生でデビューすると、家族の協力がなくてはできない。どの程度子供を応援できるのか量る為にも、お願いをしていると言うわけだ。
 特別強化選手に指定されれば当然のように親の目の色は変わってくる。特別強化選手とはつまり、ジャストライフゲーミングに入るようなものだからである。

「ついに、二軍選手だね」
「「はい!頑張ります!」」

 響輝女学園に問題なく入学できた恵美と智香、特別強化選手としても、ジャストライフゲーミングへ入り、それが証拠となってオンライン教室内の競争は激しくなった。
 また、アレクシアは翻訳部の部長に戻り、美優希はプロゲーミング部の部長に昇進した。
 同時に、パズル部門に特別強化選手が二人誕生し、近くの男子校である私立城成学院高等学校と包括契約を結んだ。城成学院には元からゲーミング部が存在し、響輝女学園との練習試合をしており、その伝手から契約をできたのである。
 IPEX2の開幕リーグが始まると、様々なゲームタイトルの開幕戦も始まる。
 新人戦やジュニア戦を催すゲームタイトルも増えて、オンライン教室の生徒である、ジャストライフゲーミング・ジュニアの名前は、大会に出る為の補助制度もあって、結果と共にどんどん知られるようになっていった。
 ジャストライフゲーミング・ジュニアは更なる一手を打つ。
 それは海外のゲーミングチームが抱える選手の養成所と連合を組んで、世界中の生徒を繋げたのである。
 これにより、子供たちに多言語スキルが付くことになり、これを目当てにする応募者が増えた。
 ジャストライフゲーミング・ジュニアの事もあり、招待もなかった為、美優希たちは開幕リーグには出ていない。その代わり、こちらのデータを開示せずにデータが集まるので、練習にはより力が入っている。
 また、第一社屋の元ゲーミング部の部屋の改装が終了し、引退選手をコーチとして雇いあげ、オンライン教室のゲームタイトルと、生徒の人数を拡大した。
 国別大会が行われる頃には、ジャストライフゲーミング・ジュニアは通信制養成学校と揶揄されるようになった。
 批判したいが為に算出された、教室の収入と仮置きしたコーチの月収に届かず、どうやっても赤字事業だと言う事が発覚した。企業体力が証明されただけに過ぎず、結果を残した選手と企業が、未来を見据えて後身を育てているだけの事なので、揶揄以上はなかった。
 事業単体で見ると赤字だが、ゲーミング部が続いて行くには必要な、継続投資事業である為、監査員や税理士も何か言うことはない。他業種で言えば研究部門のようなものである。
 七月の終わり、美優希は社長室を訪れていた。

「PSBG2の大会タイトル入りは延期か」
「うん、リリース直後に発見されたバグが重大過ぎるのが理由みたい」

 バグの内容は、いくつかの場所に置いて、地形の中に入り込み、無敵状態で殲滅できると言うもの。それだけならいいが、入る事も出る事も簡単であり、意図しなくても、一度起こるとどこの地形に潜り込めるようになってしまう。
 更に、ダメージ軽減をするアーマーとヘルメットが、どちらか弱い方のレベルに引っ張られて、正規の効果を生まない。
 この二つのバグによって、スポーツマンシップに任せられない、と判断した世界大会運営によって大会タイトル入りは延期された。

「どちらにせよ、恵美ちゃんと智香ちゃんのデビューは、来年と言う事にしていたから別にいい。が、本戦は全部連れまわせ。会場の熱に慣れさせる」
「分かった。それからその二人なんだけど」
「どうした?」

 恵美は治るかもしれないが、配信中の態度に少し問題があり、試合が始まると一切喋らなくなってしまう事だ。
 智香は、その引っ込み思案な性格で、しゃべりがたどたどしく、その才能から司令塔なのだが、指示が上手く出せていないと言う。

「特に奈央ちゃん麻央ちゃんへの指示が弱いかな」
「まぁ、四つ上の先輩だからなぁ」
「奈央ちゃんも麻央ちゃんもいい子だし、司令塔をこなせるだけの能力はないし、智香ちゃんの事は認めてるんだけどね。指示が弱弱しくて、聞き直した時がヤバいみたい。梨々華課長と絵里奈主任と相談しながらやってるんだけど、なかなか」
「精神面はじっくりな。大会で結果が出れば、自信が付いてできるようになるかもしれないからな。恵美ちゃんのトークスキルはどうなんだ?」
「優里さんの影響で、芸能界の人に会う事があって、それで寧ろ、私達よりよく喋れてる。雑談の三時間配信は、恵美ちゃんが一人でずーっと喋ってるし、奈央ちゃんも麻央ちゃんも合いの手が上手くて普通に面白い」

 恵美は保育園の頃に一人遊びが多かった所為もあって、集中すると黙々と作業する癖がある。練習配信は、結局のとことゲーム実況生配信であり、多少はしゃべらないと飽きられてしまう。

「生配信適性があるんだか、ないんだか分からんな」
「パッと目に入ったコメントに答えさせてもいいけどさ、それで何か悪い事ポロリとこぼすが怖くてね」
「家ではどうだ?」

 恵美と智香は結局美優希の部屋に下宿している。1SLDKの部屋は一つしか空きがなく、シェアハウスするにしても、寝室は二つ欲しいとなって、家事の分担を条件に下宿しているのである。
 洗濯は美優希、それ以外は啓と恵美と智香で持ち回り分担する。

「家での恵美ちゃんは、勉強も家事もびっくりするぐらい静かで、自主練習もマジでなんも喋んない。梨々華課長が割と付きっ切りで頭を悩ませてるね」
「んー、そうか。PSBG2は試合中にも暇な時間があるから、そこで奈央ちゃんか麻央ちゃんから話しかけるようにしてみるしかないと思う。梨々華課長に一任してるから、そこは相談して、焦らず上手くやれ。基本的に、急に人は変わらん」
「うん、わかった」

 そんな相談して翌八月、日本選手権に美優希たちはゲスト招待された。
 理由は海外向け配信に野々華が、日本向け配信に輝が、コメンテーターとして出演するのである。因みに、コメンテーターにはパズル課と格闘ゲーム課の選手も呼ばれている。
 残りのFPS課は美優希とクリステルによって会場を案内される。

「来年は自分があそこに座って、結果を出すとあそこに立つことになると、全然違うでしょ?」
「ちょっと怖い」
「大丈夫。エイムお化けの輝と、キャラコンの野々華とのタイマンに勝ったんだよ?自信もって」

 恵美を抱きしめた美優希は、今度は智香に声を掛ける。

「智香ちゃんは初めてだね。どう?大丈夫そう?」
「あそこに立てるのかな?」
「智香ちゃんも、最近はクリステルにも私にも勝つことがあるんだから、自信もっていいんだよ」

 PSBG2にはソロモードがある。その為、そのソロに誰を送り込むのか、美優希たちが直接タイマンで戦い合って、その累積戦績で決めようとしているのだ。
 恵美同様、智香も抱きしめてあげて、その不安を和らげてあげる。

「二人とも聞いて、私たちは世界王者だよ。その世界王者に、世界王者の土俵で勝ち越せる日が何度かある、って言うのは、個人の実力はある程度同じだと言えるの。去年は一度でも勝てたことは有った?」
「「ない」」
「だから大丈夫、自信をもって」

 クリステルと奈央、麻央には、二人と手を繋いで一緒に観戦する姿が、双子の妹を持つ姉のように見えた。


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