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三章

習い事

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 恵美と智香はジャストライフゲーミングの、特別強化選手と指定し、一義は正式に『ジャストライフゲーミング・ジュニア』としてオンライン教室を立ち上げた。
 対象は小学四年生から中学三年生まで、定期的に行う実力テストの成績によって、授業料を免除する特別強化選手制度を導入し、恵美と智香の特別強化選手の指定は、このモデルケースとした。
 オンライン教室のコーチング料は月額定額で五千円、週末の午後に選手が直々に三時間のコーチングを行う。
 小学生の対象ゲームタイトルは、ボールモンンスター、超乱闘スカットブラザーズ、ぷにぷに、テトリカとなっている。
 中学生は、小学生のタイトル以外に、ストーリーファイター、IPEX2、PSBG、PSBGモバイル、ロードオブレジェンドを対象とした。
 オンライン教室である為、ゲーミングパソコンやネット回線は、自前で用意しなければならない。
 同時に、中古ショップと連携して、中古市場に流れるゲーミングノートパソコンを拾い上げ、レンタル事業を開始、ゲーミングパソコンの金銭的購入ハードルを下げた。
 ジャストライフゲーミング所属選手による直接指導を前面に押し出しプロモーションを行う。戻ってきた美優希たちの初仕事でもある。

「ごめんなさい。ボールモンスターのみ、コーチはソロ活動をしていた元選手になります」

 撮影中、美優希が頭を下げたように、ボールモンスターのみ選手が在籍していないので、コーチングの事情が違う。
 マネージャーの一人が日本大会元王者、アジア大会ベストエイトの成績を持っており、選手経験を持ってマネージャー募集に応募してきた。理由は自分が欲しかったから、引退理由もマネージャーを付ける事ができず、活動がパンクしたことだった。
 なので、ボールモンスターのみ元選手と言う事になるが、名前はしっかり売れており、小中生だけを見るなら、美優希たちより有名だ。本人も進退を包み隠さず公言したので、小学生の問い合わせが圧倒的に多い。
 世界大会トップ層のFPS課、パズル課、格闘ゲーム課がいるので、予測可能なことだ。
 外部委託によって、問い合わせの対応はすべてチャットのシステムBOTによって行われる。電話の問い合わせはBOT誘導の時点でその他と直通がなくなっており、メールの問い合わせは、システム管理部渾身のサーバーが弾くので、パンクすることはない。
 また、オンライン教室に入る為には、書類審査とオンライン面接を通る必要があり、入った後に書類の偽りが発覚すると、業務妨害として法的措置を伴って教室から締め出される。
 プロモーションの際に、この件ははっきりと伝えられており、実際に書類を送ってくる者は、問い合わせ数の四分の一にも満たなかった。

「開幕リーグの調子はどうだ?」

 二週分の試合が終わり、ふらりとやってきた一義は、休憩中の美優希に声を掛けた。

「現状一位フィニッシュだよ」

 美優希は明るい笑顔で一義にVサインをして見せて、つられるように輝も野々華も笑顔でVサインをして見せた。
 一義は昔から不定期に全部署に姿を現す。
 理由はコミュニケーションをとる事にあり、社員の要望を拾い上げて、人格や素養を見抜く為である。
 例えば、第一社屋と第三社屋には応接室以外に給湯室がなく、代わりにコーヒーメーカーとウォーターサーバーが全部署に配置されており、社宅に至っても社員の要望だ。
 また、ある日、困った顔をした真純と沈んだ顔をする社員が話しているところに、ちょうどやって来て内容を聞いた。この時、一義はニヤつく社員の顔を見逃さなかった。すぐさまシステム管理部に向かってログからミスの押し付けが多数発覚、懲戒解雇を言い渡した。
 毎年行われる社内クリスマスパーティー、原案は社員であり、やりたい人たちで花見やバーベキュー、キャンプ等をやっており、レクリエーションとして費用の補助制度もある。
 そんなものなので、一義が部署に来ると新入社員以外は暖かく出迎え、仕事そっちのけで話し込むこともある。気になるから来るのは間違いないが、美優希だからだけではない。特にシステム管理部は社内投資の話でよく顔を出す。

「オンライン教室の方はどう?」
「今週末に書類を送ってきた人たちへ、俺が直々にオンライン説明会をする。それで、ウイッグはもう付けないのか?」
「うん。目立ってなんぼだからね。私は白い髪のまま、野々華も金髪のまま、輝はブルーのインカラーに銀のアッシュだね」
「お前らのストイックさも大概だな」
「プロだからね」

 しばらく話し込み、一義が去ってから、美優希たちは練習に戻った。
 IPEX開幕リーグの結果は優勝だったのだが、手放しで喜べる優勝ではない。リーグ戦によって戦闘データが蓄積され、研究が進んだことに依って、リーグ後半戦は終わりが近づくだけ、厳しい戦いになったのだ。
 特に目を見張るべきは韓国のY1だ。元々選手層の厚いY1は、IPEX2になったことを皮切りに部門に力を入れ、ジャストライフゲーミングとの泥仕合を演じる事もあった。
 そんなことをしていると、クレイジーラグーンやエクシオス、ムーンシスターズが漁夫やちょっかいを掛けてくる。下手に触ればポイントに変えられてしまうので、ジャストライフゲーミングを漁夫で落とせるかどうかは、チームの力を示すようなものになっている。
 そう言う意味では、今年、日本のリジェクターが名前を上げた。
 リジェクターの前身は野良連盟で、PSBGやR5Sで昔は名の知れた選手集団だ。
 賞金の不払い等で怒った選手たちがオーナーを追放する為に、円のあった選手の一人が一義に土下座をし、コンサルティングを頼んで株式会社Non Rejectを設立した。会社として経営を安定させる裏で選手を育成、ようやく表舞台に帰ってきたのだ。
 ジャストライフゲーミングと同じように育てて来た選手、何度か真正面からぶつかり合って、勝ちをもぎ取るところまで見せたのだ。
 たまたまと言う声に対して、美優希は配信でわざと反応した。

「リジェクターは地力が違うよ。話を聞いたら、IPEXの選手は私たちと同じように英才教育受けてるらしいし。戦って見て思った。開幕リーグで経験が加わったから、世界大会まで登ってくるはずだよ」

 世界大会なんてそんな、それが誰しもの本音だろう。
 そして、本戦となる全日本プロゲーミング選手権、リジェクターは、名だたるチームを抑え込んで優勝して見せた。
 戦いの様子を見て、FPS課は全員が笑った。

「今年は面白くなりそう」

 そうつぶやいた美優希に全員が頷いたのだった。
 そんなこともありつつ、農業部門用のプロモーション撮影に勤しむ。案外ジャストライフゲーミングの選手には時間がない。
 スポンサーのプロモーション撮影もあれば、会社のプロモーション撮影もあり、練習だけしていればいいと言うものでもない。
 ただ、休日は休日として、一義から直々に練習や仕事をするのは禁止されている。自主練習だとしても三時間以上は許されていない。勿論、早急に解決の必要があるのなら話は別だ。
 また、選手だけは稼働時間が違っている。
 生配信は休日としている二日を除いて毎日行う為、選手の出勤時間は十三時から二十三時まで、十八時から十九時までは所謂昼休み、残り一時間の休憩は自由に取ってよく、フレックスタイムに当ててよいことになっている。
 これに伴って、マネージャー陣は十四時から十七時をコアタイムとして、フレックスタイムが組まれている。会う必要性がなければリモートも許可されているのは、他の部署と変わりはない。
 大きな理由は、見られなければ意味がない生配信にあり、一般的に家に居るのは夜の方が多いからである。
 生配信しない日が増えたからと言って、有料会員登録や視聴者は減らない。理由は、生配信をしない日は必ず動画が公開され、これまで留学や体調等で休んでいたので、そんなものだと捉えられているからである。
 出社すると撮影、終わったら練習、撮影がなければずっと練習だ。スポンサーとの連絡はマネージャーを挟み、方針が分かっている啓が専属なので、美優希はこれまで以上に練習に励んだ。
 九月に入りアジア大会、開催はタイのバンコク、今年のアジア大会は少し変わっていた。
 シード権を持っているチームの選手代表が部屋に集まって、予選の様子を監視する。これは、チート使用する選手を見抜く為だ。決勝は予選で落ちたチームの選手代表が呼ばれる。
 IPEX2になってから、ゲームエンジンごと一新されたことで、チート使用者は駆逐されたのだが、チート作成者がいなくなったわけではない。
 究極的なことを言えば、メモリーに展開されている数値を書き換えれば、チートは成立するので、完全に防ぐことはできない。また、人が作っている以上は必ず穴があり、そこから作られるチートもある。
 巷では新たなチートが作成された噂が流れており、完全な新種のチートになるので、開発から派遣された対策チームと組んで監視するのだ。
 国別の大会には支社があれば支社から対策チームが派遣され、無ければその国の企業に委託される。世界大会も同様で、各ゲームタイトルすべてが同じように監視を行う。なお、開幕リーグはオンラインなので、対策チームが直々に監視している。
 また、IPEX2にはチートを防ぐ秘策がある。
 IPEX2になってからサーバーを大幅に増強し、ダメージ計算や速度計算がサーバーでも行われて整合性を取っている。また、弾道計算も行われるようになり、弾のすり抜けが大幅に減る、副次効果もあった。
 ただ、これ以上の事はAIを入れないと自動化できない。
 壁裏の敵の見つけるウォールハックや、照準を自動的に敵に合わせるオートエイムは、マウスやゲームパッドのスティックの動きも監視せねばならず、単純な話ではないのだ。
 また、一時的に一定距離のウォールハックを行えるキャラがいるので、この辺りの切り分けも必要だ。
 そこで、戦闘経験が豊富な選手におかしな点を見つけてもらって、精査するのである。

「まだ、大丈夫みたいね」
「毎回、こうして稀有に終わってくれるのが一番いいな」

 なお、この監視の様子も大会と同時並行で配信される。
 全員がカメラに向かって決めポーズをして配信は終了、それぞれのチームへと帰っていった。
 中一日開けて決勝、美優希たちは頷きあって席に着いた。
 研究されたとは言っても、食らいつくのも食らいつかれるのも大変なのだ。それが分かっている美優希たちは、堅実性と横槍でしのぐだけの事、戦術極まっている事に自信を持っているので、クリステルが建てた戦略の下、決勝一日目は一位に一ポイント差で二位フィニッシュした。
 この時の一位はY1、三位はリジェクターだ。
 翌決勝二日目、Y1、リジェクターが初動被せを食らって一戦目を落としてしまい、美優希たちはここぞとばかりにチャンピオンを取りに行き、チャンピオンを取ってポイント差をつけて一位に躍り出る。
 二戦目に美優希たちも初動被せを受けるが、ここで地力の違いを見せつけた。初動被せを行った二チームを殲滅、初動被せを見ていた、比較的近くのランドマークになっているリジェクターが漁夫に現れ、わざと野々華と輝を落とさせて、美優希のスナイパーライフルで殲滅した。
 野々華と輝の蘇生に成功したのだが、これで辛かったのはアイテムである。その為、最終局面まで生き残る事はできなかった。同時にリジェクターは優勝争いから落とされたも同然だった。
 Y1と一騎打ちに見えたが、じわじわとクレイジーラグーンとムーンシスターズが追い上げてきており、最終戦まで予断を許さない状況だ。
 ポイント状況を見た美優希は、野々華と輝の気を引き締めさせ、残りの試合を横槍だけのキルポイントの二位で終わらせつつ、チャンピオンもかすめ取り、優勝を決めた。

「戦略的にポイント取得していましたよね」

 試合後インタビューで、珍しく解説が来ていると思ったら、そんなことを聞いてきた。

「取れればいいですけど、取れないと悲惨ですから、堅実に」
「それほどまできつかったですか?」
「はい、今年の世界大会は例年以上に自信がありません。でも、防衛します」
「四戦目でチャンピオンをかすめ取っていくあたりが、地力の違いなんでしょうね。ジャストライフゲーミングの防衛線楽しみにしています」
「ありがとうございます」

 そんな会話よりも、日本ではリジェクターがベストフォーに入って、世界大会への切符を手にしている事の方が話題になっていた。
 美優希の言った通りだったと。

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