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三章
社会人の始まり
しおりを挟む「大学卒業おめでとう、お帰りなさい」
「「「「ただいま」」」」
三月の終わり、第三社屋の一階、出入り口でアレクシアに美優希たち四人は出迎えられ、マネジメント課の部屋に案内された。
そこには一義もいた。
「さて、前の説明から少し変更があるから、それも含めてこれからの話をする」
美優希はFPS課課長からプロゲーミング部係長へ昇進するが、プロ選手としてはこれまで通り、並行してアレクシアから部長の仕事の引継ぎを一年かけて行う。
空席になるFPS課の課長にはクリステルを据え、輝と野々華は課長補佐へ昇進、四人共これまで時給契約だったのが固定給プラス歩合契約となる。
また、クリステルは正式にFPS課のコーチとして、響輝女学園に加えて、要請があれば四人が通った大学へ、オンラインコーチをこなす。
梨々華はマネジメント課課長兼プロゲーミング部部長補佐、プロゲーミング部プロデューサーとして肩書が増える。
パズル課、格闘ゲーム課、モバイル課、MOBA課はこれまで通り変動はないが、クリステル同様、オンラインコーチもこなす。クリステルと違うのは、プロゲーマー養成学校との契約により、外部講師としての仕事もある。
第三社屋の一階の部屋は、マネジメント課、各課課長、プロゲーミング部部長の仕事部屋として個人の机と椅子が設置される。更にコレクション棚が設置され、各大会のチーム用のトロフィーが飾られている。
二階、四階が配信ルーム、配信用個室が八個ずつの計十六室、機能は元の通り、モニターの動作に同期して使用中のランプが光る。窓際には配信制御用のパソコンが設置され、小会議用に最大八人が囲めるテーブルが二つずつ、電子ホワイトボードが二つずつ設置される。
三階には戦術会議室が二つと、ミーティングルームが、戦術会議室には防音加工が施され、必要に応じて配信可能なパソコンが設置される。
「梨々華課長に加えてマネージャーは六人、啓君、専属とは言え、君の主な仕事場はここになる。まだ来てないが、席は梨々華課長に聞いてくれ」
「かしこまりました」
信也に関しては、素材作成部なので第一社屋に勤務となり、ここにはいない。司法修習でいない洋二郎も、終わって弁護士バッジが取得できれば、第一社屋で法務部勤務となる。
「それから、東京拠点の正式稼働に向けて、明日から梨々華課長は出張でいなくなる。分からない所は、シア部長か、同じマネジメント課の人間に聞いてくれ」
「かしこまりました」
「おはようございます」
噂をすれば影、梨々華が出社してきた。
啓を梨々華に任せて、一義は美優希たちを連れて二階へ行く。目的はアルバイト、即ち、準選手改め二軍選手との顔合わせだ。
そこにいたのは響輝女学園を今年卒業し、一昨年にIPEX部門高校生の部で三位、去年には優勝を収めた子たちだが、いるのは二人、斉藤奈央と麻央の双子だ。
一人は、夢の為にプロゲーマーを切り捨て、海外の大学に通う。超大企業の令嬢で、親に許してもらえなかった事もあるが、本人も今一つ本気になれなかった様子だ。
当面はIPEX部門に第二チームとして、クリステルを一時的に加えて送り込む。プレジデントになった事のない実力不足であり、プレジデントにいるクリステルにとっては足手纏い、結果よりも大会慣れを目的としている。
また、来年リリースが発表された、PSBG(Player Strange Battle Groundsの略)の正統後継タイトル、PSBG2への切り替えを予定している。
リリース発表と同時にその年に大会を行う事も発表されているので、正規はそちらして、アルバイト扱いと言うわけだ。
「チーム内での賞金の食い合いは良くないからな」
「じゃあ、練習の主はPSBGになるのね」
「うん。IPEX部門には売名を目的にして出る。それで、恵美ちゃんたちの練習もPSBGを主に切り変えろ」
「分かった・・・え、智香ちゃんにも教えてるの知ってるの?!」
「恵美ちゃんから聞いたよ」
恵美と一義の間にもつながりは存在する。
恵美と一緒に頑張っている、北上智香は、性格は絵にかいたような陰キャ女子だが、真面目で努力家であり、恵美にも負けない実力を持っている。
「じゃぁ、智香ちゃんの実力も見てるんだよね?」
「勿論。そうだ、奈央ちゃんも麻央ちゃんも、後継になりそうな子がいたら紹介してくれ、実力次第じゃ、こうやって選手がそろうようにするからね」
「「はい」」
「モバイル課は午後から、パズル課と格闘ゲーム課、MOBA課が四階にいるから挨拶して来い」
「わかった」
美優希たちが挨拶を済ませている間、恵美と智香がそれぞれの家族に連れられてやってきた。
優里と昭雄は分かっている事だったので、恵美と智香の奈央と麻央との合同練習会に残して、智香の両親を戦術会議室に連れて行って説明を行う。
「それで、智香ちゃんの将来に対して不安はありますか?」
「私にはありません。ジャストライフゲーミングと言えば、プロゲーミングチームとして、日本では名門と呼ばれていますから、そこから声をかけて頂いたのですからね」
父親は当初から反対していなかった。親である株式会社ジャストライフの企業ぶりも知っており、できれば自身が入社したいほどであり、智香の為に母親を説得している。
「引退後がどうしても不安です」
「お母様の心配はごもっともでしょうから、こちらを見ていただきましょうか」
そう言って、会社のパンフレットを見せた。
隼人がプロを目指したころから、プロゲーミング部の根本的な方針は変わっていない。寧ろ、あのころよりも会社が大きくなったことで、より実践的で一般企業でも通用するノウハウを学ぶ事が可能だ。
例えば、パズル課の選手は引退後、動画制作部へ、格闘ゲーム課の選手三人は、一人がSEとしてシステム管理部へ、一人が広報営業部へ、一人が映像制作部に配属されることが決まっている。
「ただゲームをするわけではないのですね」
「ええ、それと、FPS課がそうであったように、高校卒業後、大学へ通う事も可能ですし、会社は全力で支援できますよ」
「え!大学もいいのですか?」
「勿論ですよ。FPS課は自分で稼いだお金で一流私立大学に通い、今年卒業して戻ってきました。また、選手は全員会社もちで留学させます。そこで英語の力を付ければ、うちの翻訳部門でも働けるでしょうし、通訳も目指せます」
「世界で戦うようになれば、英語を話せないでは、済みませんものね」
「ええ。FPS課の野々華ちゃんが、世界で通用する英語検定、リンガスキルビジネスの最高ランクC1を取ってきましたよ」
将来への不安は消えた様子だが、話がうますぎるようで、お金の説明を求めて来た。
「アルバイトですから、智香ちゃんには配信と言う仕事をやってもらいます。デビュー戦まで顔は出しませんし、専用の、ハンドルネームを持ってもらいますから本名も出しません。これは当然のことです」
「そうですね」
「その配信を行ってもらう場所は、ジャストライフゲーミングのチャンネルです。視聴者には有料会員登録している人がいます。その有料会員登録の維持と、配信で得られる、所謂投げ銭を得る為の仕事ですね。因みに、有料会員登録だけで毎年億のお金が入ってきます。これがジャストライフゲーミングの資金、と言うわけです」
「億・・・」
「ええ、グローバルチャンネルですから、世界中に視聴者がいるんですよ。なので、留学は必須であり留学資金は会社が出すのです」
参考に、各課の選手の基本給与のざっくりとした金額を提示すると、母親はその金額に口を押えた。
投げ銭部分の歩合や動画の広告費でも差が付くのだが、賞与、即ち大会賞金で差が付く構造でもあり、その賞与と歩合を抜いた一人当たりの平均年収は六百万、最高額は美優希たち、ではなく、パズル課の選手で、一昨年が三億を超えた。
以前に報道された美優希の五億は、賞金が分配されることを考慮していない、印象操作の為の金額なので、ソロで戦うパズル課の選手の方が金額はでかいのである。
「正直なことを言いますとね、配信だけでもいいんですよ。でも、名前が売れないとどうしようもありません。そこでプロ選手になってもらう、順序は逆ですけど、こう捉えられても構いません。実際には逆ですけど」
うんうんと頷いているが、伝わっているのかは怪しい。
「智香ちゃんは直向きに頑張っています。その様子がそのまま配信される構造であり、有料会員登録者はその姿が好きなんです。だからこそ、オーナーである私から、お二人にお願いがあります」
「それは何でしょうか?」
「智香ちゃんが傲慢にならないよう、うがった見方をしないよう教育をお願いしたいんです。私達だって、天狗にならないように、その鼻はへし折りますが。そして、辛い時にちゃんと傍にいてあげてほしい。家族は最後の砦ですから」
「親として、当然だな」
「ええ」
「どうしたらよいか、分からなければその都度、気軽にご相談ください。大切な選手ですし、私も選手の親です。そして、プロゲーミング部には一条絵里奈と言う、病院の非常勤臨床心理カウンセラーの経歴を持つ、カウンセラーが勤めていますので、彼女でもよいでしょう」
パンフレットに乗っている絵里奈の写真を指さすと、二人とも、添えられた文章を読み込んだ。
「いかがでしょう?智香ちゃんの事を応援してあげられますか?」
「勿論です。もう不安はありません」
「そうですか。では、最後に、これからの事をお話ししましょう」
高校については響輝女学園への入学を目指してもらい、願書には株式会社ジャストライフの推薦状を付ける。
響輝女学園に合格した場合、株式会社ジャストライフと響輝女学園の包括契約によって、プロ選手特待生として学費が免除される。また、大会とその前一週間は公欠扱いとして、練習に専念できるようになる。
一人暮らしが必要な場合、社宅に空き室があれば無料で貸すことが可能で、他の社員やパート、アルバイトと同じ待遇の為、心配無用。
「社宅は見学できますか?」
「勿論。まずはこちらを」
社宅のパンフレットを渡し、空いている部屋を案内する。
「空き室状況的このままであるのなら、恵美ちゃんとルームシェアをしてもらう可能性がありますね」
「それは仕方ないか」
「一応、五階に娘の美優希が住みますので、恵美ちゃんは妹ですから下宿にするかもしれませんね。勿論、智香ちゃんも一緒に下宿してもよいかもしれません。美優希を呼びますね」
「ありがとうございます」
美優希を呼んで、下宿の話をする。美優希が来る間、五階の部屋の広さに絶句していたのは言うまでもない。
美優希の答えは『寧ろ歓迎』だった。コーチングに移動時間や事前連絡の必要がなくなるので、内容が濃くなるのが理由だ。部屋が広すぎて維持が大変なので、いてくれた方が楽であり、子供の予定もまだ先の話なので気にしないでほしい、と言った。
世界王者の住むところに下宿、新人選手としてこれ以上ない条件だと、美優希が説得する姿は、ちぐはぐだと言っていい。首を縦に振っているので、それでいいのだろうが。
戦術会議室を後にして、恵美と智香の下へ戻る。
「ともか、ちゃん」
そろりそろりと、足音を立てないように美優希は智香に忍び寄って、両肩をポンっと叩いて驚かせた。
「わ!お姉さん、驚かさないで下さい」
「ふふ、ごめん、ごめん」
頭を撫でて軽くハグしてあげて、それなりに仲がいいところをわざと見せる。直接教えているからこそ、智香が才能の塊であることが分かっており、手放すつもりはないと言う意思表示だ。
「それで、どう?頑張れそう?」
「はい。奈央さんも麻央さんもいい人ですし、話し易い人でしたから。頑張ります」
「じゃ、お母さんとお父さんに言えるね?」
「はい。お父さん、お母さん、私、プロゲーマーに成りたいです。成ります」
「「頑張りなさい。応援する」」
確かな同意を得て、また一人、プロゲーマーを目指す女の子が生まれた。
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