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二章
大学生最後の大会
しおりを挟むアジア大会決勝、アジアのゲーム大国と言われる、韓国のチームが牙をむいた。
クレイジーラグーンは魔王RASTが引退宣言しているが、今年の大会は出場するので、いつも以上に気合が入っている。
他にも移籍で人が嚙み合うようになったファンネルコリア、撤退タイトルの選手が加わって神がかったエイムを見せるY1、この三チームに苦しめられた。
更に、大きく人が入れ替わったリグナイツ、日本からの出場ではあるが、ムーンシスターズを下して、日本優勝を引っ提げて参加しており、そのいやらしいキャラクターピックアップは、ジャストライフゲーミングの喉元にナイフを突き立てている。
大人しいのはエクシオス、移動のアビリティを駆使する戦法は健在だが、引退から人が入れ替わって敵とはなり得なかった。
それでも、IPEXクイーンズとしての王者の風格は、一日目の最後、五戦目で轢き殺しからのチャンピオンで見せつけた。
この時稼いだポイントはチャンピオンの十二ポイントと、合計二十キルで三十二ポイントである。
ポイントの牙城を築き上げた美優希たちに、クレイジーラグーンが後二ポイントと言うところまで詰めるが、それが最終戦ではどうしようもなかった。
つまり、アジア大会優勝、三連覇を成し遂げたのだった。
「この前、ランク戦はプレジデント一位を取ったんだって?」
試合後、RASTに話しかけられた美優希は笑顔で答えた。
「そうだよ。私が一位、輝が二位、野々華が三位だった」
「魔王の称号は君たちに譲るべきだな」
「要らない。勇者の称号が欲しいな」
「・・・はっはっは、魔王を倒すのは勇者、そうか、そうだな、間違いないな。日本で言えば、一本取られたな」
大爆笑するRASTに、チームメイトもつられて笑ってしまった。
「勇者、言い得て妙だな。頬が痛い・・・ふはははは」
「じゃあ、誰が勇者で、誰が賢者?」
「賢者はクリステルかな。コーチだけど、戦術戦略の担当だし。ヘイトを考えたら野々華が勇者、輝が剣聖、私は弓聖てところ?」
「まともにやったら輝のショットガンは死ぬしかないし、美優希のスナイパーライフルはうざいで済むはずないもんな」
大爆笑する一団に、他のチームはドン引きである。
「そう言えば、IPEXは来年からのオンライン開幕リーグを開催する事は聞いたか?」
「確か、四月から七月までで十四週つかって、休日開催のリージョン別リーグって聞いてる。特別シード権獲得を巡る戦いで、リーグ一位のチームに付与だったかな?」
「そう、今までの大会とは別枠で、大会賞金は総合ポイントで割合が決まる。リージョン毎の総額は一千万ドル(十億円)規模、アマチュアの参加も許可されている」
一見大きく見える賞金総額だが、均等に割り振って千二百五十万円(1.25%)で、この額は国別大会の三位賞金より少し多いくらいだ。
全てのチームが一ポイント差でフィニッシュした場合の優勝賞金は、約二千四百七十万(約2.47%)となり、国別大会の二位賞金に届かない。
八十チームも犇く中で、国別大会の優勝賞金の五千万を獲得するには、二位に平均ポイント差の九十倍近くの差をつける必要があり、圧倒的勝利が必要となる。
ただ、美優希たちはシード権の影響で国別大会の賞金がもらえないので、その点を加味したいのなら出場した方がいい。個人資産が既に五億を突破している美優希たちには、出場しない選択も当然ある。
「最大参加チームは八十チームだっけ?」
「確かそうだ」
一ブロック十チーム、AからHの計八ブロックで、ブロックの総当たり戦だ。
具体的には、第一週がAB、CD、EF、GH、第二週がAH、CB、ED、GFと言う風になる。一巡に七週必要で、二巡させる為、十四週に渡って行われる。
「私たちが持ってるシード権ってどうなるの?」
「これまで通りだし、付与条件も同じだな。前年世界大会シード権と言う名前になって、リージョン別大会決勝からだ。優勝の開幕リーグシード権はリージョン別大会決勝から、二位から四位は開幕リーグ準シード権はリージョン別大会予選から、だな」
一度付与してしまった物を無くしてしまう選択はしなかった。と言うのも、世界大会は総合ゲーム大会で、全ゲームタイトルで付与される物なので、簡単に取り消しにすることはできない。
「と言う事は、前年世界大会シード権は開幕リーグ出場不可?」
「いや、出場できる。リーグ優勝チームが前年世界大会シード権を持ってるのなら、次点のチームに開幕リーグシード権が付与されるよ」
「出場しない選択はあり?」
「出場しないからと言って、ペナルティがあるわけでもないから、いいんじゃないかな?どうして?」
「卒業するから関係ないんだけど、学業優先とか。あるいは、他の仕事とか」
「あー・・・まぁ、運営に問い合わせて見たら?」
「そうする」
帰国してから問い合わせてみると、『招待されれば参加してほしいが、招待されなければ自由意志で良く、特別な事情があれば参加しなくて良い』と言う回答を得た。
美優希がこれを気にする理由は、引退までに海外のMBA取得する事を考えており、その留学に影響を与えないかと言う事だ。
とは言え、MBA取得は一年、若しくは二年必要なので、結局引退後の取得に切り替えるのだが。
今回の開幕リーグ開催によって、IPEXにおいては、明確に十一月から三月まではオフシーズンとなり、四月から七月が開幕シーズンとなった。
開幕リーグ開催には、ゲームエンジン刷新に置いて、IPEX2と言うタイトルに切り替わり、人気が下火になりつつある現状に燃料を投下する思惑がある。
また、IPEXのデータはIPEX2に完全引継ぎされる。これは、既存のマップ、キャラ、武器はそのままでIPEX2リリースということだ。当然、同時に新マップや新キャラ、新武器の追加が予定されている。
実は、今年の世界大会を目前に、開発内デバッグは既に終わっている。表に出さないだけで、十一月には名だたるチームを招待し、エキシビションマッチを兼ねた、IPEX2のリリース直前プレゼンテーションと、公開テストプレイが行われるのだ。
E3、Gamescomでのプレゼンテーションは終え、今年の世界大会開催が日本の東京で、東京ゲームショウと共同開催になっている。
本当は公開テストプレイを東京ゲームショウでやりたかったのだが、見せられないバグが発見され、修正が間に合わずに断念し、別日を設けたのである。
十月初め、東京ゲームショウでは、世界大会タイトルを有するメーカーのブースに、招待された選手が並び、来場客を出迎える。そのほとんどが、リージョン別大会で優勝、準優勝したチームで、国内選手が所属していないと、追加で招待されている。
予選は既に終えており、招待選手以外はホテル待機、招待選手も午後からは決勝戦の為、いなくなる。
その為、選手目当てで来た来場客は午後からいなくなり、思った以上にメーカー各ブースは閑散としている。おかげで、商談が進むので、ありがたいようなありがたくないような、そんな様子が散見された。
「今年も世界大会優勝ですよね?」
「応援してます。頑張ってください」
午前中でファンの期待を背負い、美優希たちは決勝戦に挑んだ。
一戦目、いきなり初動を四チームに被せられて試合を落としてしまう。これによって、美優希たちの何かが切れた。
この日、解説と全選手がドン引きする事になる。
残りの四戦で一戦目に被せて来たチームすべてに初動を被せて殲滅し、三戦目に至っては索敵キャラを移動キャラに変えて、初動被せを行ったチームを殲滅して回り十二キルを献上、更にはとばっちりを受けたチームもあり、最終的に二十キルチャンピオンを達成した。
累計でみるとアジア大会程ではないが、同率だった場合のポイントの牙城が見事に築き上げられ、優勝候補たちに頭を抱えさせる結果を生み出した。
「以前からIPEXクイーンズを怒らせるな、と言われていますが・・・今回はマジギレしたんでしょうね」
「優勝候補だからしかたがない、優勝候補がやるなんて、と言われますけど、初動被せは行き過ぎなければ許可されてますからね。優勝候補がやってはいけないと言うルールはありません。過去に手ひどい狙い撃ちを受けていますから、見せしめでしょうね」
「まぁ、被せたんですから、被せ返されて当然と思うのが正解でしょうね。目立ったのがIPEXクイーンズと言うだけで、SCARS、TSM、GbEs、Y1、クレイジーラグーンもやってますし、半分は名物のようなものですからね」
試合終了直後、MCと解説は、言葉で擁護し態度で批判していた。
一義が泊まるホテルのリビングに集まった美優希たち、クリステルにお灸を据えられて、眺める一義は苦笑いしている。
「決勝一日目は何とか一位で終えられたけど、いつもよりポイント差が付いてないの」
「ごめんなさい」
「クリス、もうその辺で。頭に血が上ってたと言うのなら、寧ろ最上の結果だからな。それに、ポイント差が付いてないのは、前情報通り、TSMの司令塔とSCARSが化け物だからと言うのもあるからな」
「だからこそですよ。まぁ、分析は終わりましたし、弱点となりうる箇所を見つけたので、明日は嵌め技を使います」
クリステルによって伝えられた内容は、主に野々華の動きが変わる。
これまで、野々華は最前線で精密で大胆なキャラクターコントロールによって、敵を翻弄し射線を増やす役割だった。その為、野々華の注意は、美優希の索敵キャラによって味方の前方にしかなかった。
無敵とポータルのキャラから、敵の動きを制限できるアビリティと一方通行のポータルを出せるキャラに変え、前方に出ず、強襲と離脱を重視した動きに変える。当然、射線増やしも行えるので、場面によっては前衛を張る。
これはTSMに対して良く突き刺さる。
iHalの秘蔵っ子が化け物と言う理由は、iHalの出すオーダーよりも殲滅力が高く、戦闘後の体力の残りも多い事にある。その為、漁夫を弾き返す力も高い。
クリステルはここに弱点を見出した。
残り体力の多さに胡坐をかく場面があった。漁夫の漁夫の漁夫、と言う絶望と言える場面だが、三チーム目の漁夫を弾いた時、敵が引いてくれなければ、試合を落としていた可能性があったのである。
こちらのアーマーの強さにも依るのだが、条件がそろえば、二チーム目以降の漁夫が美優希たちならTSMを落とせる、とクリステルは判断したのだ。
これが強襲の使い方だ。
SCARSはと言うと、動きが堅実で安定的だからこそ、逃げを追わない。無論、リスクは取ってくる。そこはプロである。
この状況、四戦目に野々華のキャラクターコントロールによる見事な逃げを、追わなかった場面があった。野々華のキャラクターコントロールは世界一であると、どのプロでも口をそろえる。だから、追わなかった可能性も十分ある。
しかし、クリステルは追わない理由をキャラクターコントロールに見いだせなかった。
その為、早い段階で野々華による引きの一手を打ち、状況を見つつ遠距離戦に徹する。その後、好機ならば美優希の索敵キャラが持つアルティメットスキルの、足の速さを利用して前衛となって詰めるのである。
これが離脱の使い方だ。
問題は、美優希がこの指示を的確に出せるかどうかである。
この日、クリステルと一義を傍に置いて、美優希は穴空くほどに、何が起こっているのか暗記できるほどに、大会配信のアーカイブを見直した。
翌日、ファンに三戦目を死ぬほど褒められたが、美優希はあまり意に介さなかった。
勝てば官軍、ルールに違反しない限り、これは何であっても通用する。負けず嫌いの美優希の好きな言葉で、ファンがどう思おうと、どんなに汚くても、取れる策は何でもする。
その為、ファンがどれだけ好き放題言ったところで響かない。口ではファンがいてこそ、なんて宣うが、こういう類で言う事を聞かせたいのなら、親友か身内である必要がある。
そもそも、初動被せ自体はランドマーク制の弊害でもある。とやかく言うのなら、運営に言ってくれと言う話である。
午後からの五戦、キャラクターピックアップと戦術の変化に対応する事ができず、美優希たちに止められてポイントを取得できないTSMとSCARSだが、その美優希たちとて動きに慣れずにいつものようにポイントは取れていない。
ただ、美優希たちは取れていないだけで弱体化したわけではない。寧ろ、ポイントに変えられる前に逃げられて、堅実性が増し、順位ポイントを確実にとれるところまで、平均順位が上がっている。
「地力がちがう」
戦術変更を目の当たりにした解説が、仕事をした瞬間だ。
解説の説明に、観客は黙り込み、配信のチャット欄は停止し、これは伝説となった。
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