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一章

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 元気になったと言えばなったし、変わらないと言えば変わらない、そんな美優希は以前にもまして美春を可愛がるようになった。

「美優希はファザコンにシスコンね」
「どうだろな。それで、美優希との二人旅行はどこに行くんだ?」
「それがねー、場所が決まらないのよ」

 候補地が多いと言うわけではなく、行って何をするかが思いつかないから候補地が決まらないと言う。前回は一義が初めから温泉と決めていた。だから、候補はすぐに出てくる。
 美優希はやってることはインドアのそれだが、甘えん坊以外の性格は明るく活発なので、最近までアウトドア派だと思われていた。実際はそうでもなく、スポーツに興味がなければ、目的がないと外出はしないと言うインドア派だ。

「私もこれって言うのがないのよ」
「ゴールデンウイークだろ?」
「そうよ」
「いちご狩りはどうだ?」

 思いつかなかったと言う顔をしつつ、春香の頭の中にはプランが思いついていた。

「ありよ、全然あり。合せてスイーツ巡りをするわ」
「久しぶりにインスパイアされて来い」
「その間、あなたはどうするの?」
「実家に帰ろうかとね。美春の顔見せもそうなんだが、経営相談したいって言って来てるんだ」

 お金ではなく年による体力的限界、アルバイトを入れる上での相談、と言ったところだ。

「経営難ってわけじゃないのね」
「みたいだな。あと、あるプロジェクトが動いてるらしい。なんでも、空き家になった古民家を移転させて、併設民宿にするみたいだ」
「その相談ってところね」
「いや、移転は終わってるんだ。民宿として何が必要か、足りないものがないか、実際に泊まってみてどうか、と言うところだ」

 春香は何かを考えた後、合流すると言い出した。

「家族旅行の代わりにいいじゃない?」
「お前がいいならいいが」
「何がいいの?」

 ぬいぐるみを抱きしめて寝ている美春を抱っこして、美優希がダイニングにやってきた。

「ねぇ、美優希、二人旅行はいちご狩りとスイーツ巡りしない?新しいお菓子の参考にしたいのよ。貴方の意見も聞きたいし」
「行く!でも、それと何か関係あるの?」
「それが終わったら、パパの実家に行って、パパと合流しようと思うの。パパの実家が民宿を始めるみたいだから、試しに泊まってみるのよ」
「行く行く、楽しそうじゃん」

 家族旅行は何度もやってきたが、民宿の宿泊経験はない。初めてのことに、うっきうきの美優希は上機嫌だ。

「それはそれとして、明日は朝から会議あるから、早く寝なさい」
「うん」

 明日は三月三十日、何の会議かと言うと、前から予告していた四月からの顔出しである。
 会場があってプロとして戦う以上、顔出しは免れない。何であろうとプロ選手は憧れを集める存在であり、その存在が等身大であるほど親近感が湧き、プロ選手を目指す子供たちが生まれてくれないと、その後の発展は望めない。
 ジェンダーフリーの観点からも、あらゆる事柄において、女性の存在と言うのは貴重だ。発展する為には、絶対的に母数が大きい方がいいからである。
 しかし、女性と男性では生物学的に、スポーツに対する向き不向きが存在し、混合戦として男女ペア対男女ペアではない、男性対女性の公式の戦いはほぼない。その壁を越えられる可能性を持つのがe-sportsである。
 その為、業界の為にマスク等で顔を隠すままプロに成ると言う判断はしなかった。
 四月からはパズル部門と、格闘ゲーム部門の選手が来るので話が違ってくるのだが、現状女子だけのジャストライフゲーミングには、スポンサーとして手を挙げる企業が国内外から五万と手を上げてきている。
 現状は四月一日電算とRyzer、大野家具の三社だけなのだ。なのに、パソコン関係、家具関係の競合他社から話が来ている。他には服飾関係、飲料関係からも話が来ている。
 顔出しをすることを前提として声をかけてきている企業もおり、現状の商品紹介のやり方に満足していないと言うことだ。
 顔出しはすべてをダイレクトに伝える事ができると言うメリットがあるものの、芸能人と同じでプライベートで生活がし辛くなるデメリットがある。
 高校は公認になったので問題は起きてないが、その後が大変になるだろう。
 今や、配信者と言えば芸能人よりも人気がある可能性もある。それこそ、ジャストライフゲーミングのチャンネル登録者数は、登録者がグローバルなせいで、五百万人を超えてしまっている。その中で日本人は六割の三百万人越えだ。
 年齢はそう広くなく四十代以下の登録が多く、登録外視聴者もかなりいる事を考えると、若い人にはかなり知られた存在である。
 顔出しで一気に顔が知られてしまう事になるので、プライベートの生活は想像に難くない。その上で女の子である為、ストーカーや付きまといが現れる事になる可能性が高い。
 間違っても直前になって会議を行うのではない。単に確認を行うと言うだけだ。既に対策の話し合いは行われており、その指導を開始する為の会議と言うわけだ。
 翌日

「法律による保護は高校卒業するまで厚い。大学生になると話が違ってくる」
「その準備ってことですか?」

 その準備もそうなのだが、配信中の髪型を変更して印象を変える方法をとる為に、髪型をどうするのか、本人たちも交えて今日決定するのである

「準備はゆっくりやるが、先にやることは以前から言っていたウイッグだよ」
「髪型が人に与える印象、特に第一印象を決める際の七割を占めていると言われているの」

 ヘアアーティストにバトンタッチして説明させ、セット済みのウイッグを出して、選ばせるように見せて、言葉巧みに誘導している。
 クリステル以外は地毛から茶髪だとかではないが、ウイッグはすべて黒だ。クリステルに関しては顔出ししないので蚊帳の外だ。

「何で黒なんですか?」
「後で説明するから、まずは決めてくれ」

 三人の中で苦労したのは美優希、ツインテールでそのテールも結構長く、降ろすとベリーロングになる。
 後ろでまとめて服の中に隠してしまい、外はね癖毛のセミロングをかぶせて解決した。
 輝は元が癖のないショートなので選び放題、僕っ子の印象を崩さない為に、マッシュショートを選択された。
 野々華はウエーブの癖毛を生かしたセミロングなので、ストレートロングで隠す。
 印象が変わったと喜ぶ三人を宥めて、黒統一の理由を話す。

「全部黒にしたのは、大学進学と同時に、色を入れていいようにだ」
「「「へ」」」

 特に驚いたのは野々華、実は姉の梨々華が一時期していた金髪にあこがれを持ており、前から相談していた。その梨々華は、色を戻してからそのままである。
 相談された梨々華は母の真純に話して、大学生に成ったらやっていい事にし、本人と話をしていた。

「配信中や動画撮影中、大会中はウイッグを付けて、プライベートで色を入れるなりなんなりするといい。配信中だけ染めたり、髪の長さが変わったりするのは、ウイッグ以外ではできないからな。ある程度騙せる」
「野々華は配信用メガネとプライベート眼鏡で分ければ、余計分からなくなるし、二人にも伊達眼鏡を用意したわ」

 そう言って真純はいくつかの眼鏡を出して見せた。

「三人共、プライベートでマスクを付ければ分からなくなるわ、その為のデザインマスクも用意したのよ」

 今度は輝の母の涼子がマスクを出して見せた。

「プライベートで使う為の物だが、これくらいは経費で落ちる。インフルエンザとか花粉症対策として、健康推進プログラムの一環に入れたからな」
「眼鏡って、落ちないんじゃ」
「落ちるよ。有害光カットレンズなら健康推進プログラムに入れられるし、e-sports用眼鏡として開発されたやつだから」

 今回の会議の主は、野々華以外の二人が、眼鏡を配信中に使うのか、プライベートで使うのかだ。

「会社としての希望は配信で使ってほしい。会社に置いておいていいから、忘れる心配もない。配信用の化粧をいれてごまかさなくていいから、コストも安く済む。その方が、配信の為にコンタクトを入れても、配信の為に眼鏡をすると言う意識は少ない」
「大体は逆のようね。メガネが必要なのにプライベートで眼鏡をしてないと言うのは、少し話がおかしいの。ちょっとした買い物とか、すぐ帰ってくるなら眼鏡でいい時もある。だからばれにくい」

 配信で使う場合の利点を一義と真純が説明した。

「ただ、おしゃれアイテムとしての眼鏡を選択できなくなる。夏場のサングラスは良いけど冬場はね。コーディネートの幅が狭くなるから、プライベートはその分退屈よ。それに、野々華の眼鏡っ子キャラがかぶる」
「大学生になって一人暮らしをすることに成ったら、配信は住むことになるアパートでやるの。外ではコンタクトだけど、家では眼鏡って人も多い。配信は家からだから眼鏡、ってなるから、プライベートでしてた方が自然な場合もある」

 プライベートで使う場合の利点を涼子と梨々華が説明した。
 美優希たちは散々話し合った結果、配信中に眼鏡をすることで決まった。
 理由は、プライベートで全く眼鏡をしないのに、配信の時だけ眼鏡をするのがおかしい事、アイドルではないからキャラ被りを気にしなくていい事、出先で眼鏡を紛失するとばれやすくなってしまう事だった。
 三日後、約束通り顔出しをした三人は、その顔面偏差値とスタイリストによるコーディネートで、コメントを見る限り滑り出しは上々だ。
 眼鏡に関しては、皆必要になるくらい頑張っていると取られて、寧ろいい方向に勘違いしてくれた。一応、普段はしてないと断りは入れたが、一切聞き入れられなかった。
 その後も配信は順調で、顔出しによって本気度が完全に伝わり、更にチャンネル登録者数と収益は伸びている。
 顔出しによって個別配信の問い合わせが増え、会社として、チームとして声明を出さざるを得なくなってしまった。三人で一つ、分裂しない為の措置、という考えを前面に出したことで納得してもらったのだった。


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