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一章:出逢イハ突然ニ
出逢い 04
しおりを挟む無造作に伸ばせば、ジャムを掬ったスプーンを平皿の上に置いた。
四角い食パンを半分に折り畳む。
半分になった其れは長方形に形を変えた。
「いただきます」
応える者などいない空間に向かい発した言葉は虚しく行き場を無くす。
寂しいと思ったことはなかった。
当たり前の現象に気持ちが動くこともない。
倶利にとっては、食事すらも義務でしかなかった。
生きるために仕方なく行う行為である。
そこに感情など湧く筈もなかった。
淡々とパンを咀嚼する。
小さく角切りされた果肉が、シャキシャキとした食感を口内に残す。
果肉が埋もれるドロリとしたジャムとマーガリンとが混ざり、気持ちまろやかな味になってはいるが、それでも倶利にとっては若干甘く感じられるものであった。
口の中が林檎の風味で充たされる。
嫌いではないが、好きでもない。
嗜好でさえも感情を動かすには足りないのだ。
そこまで強く嗜好を抱けない。
無意識に抑圧された気持ちが、好き嫌いと言う幼児でも抱く感情を抑えてしまうのだろう。
機械的にトーストを平らげた頃に、京がダイニングに戻って来た。
薄くナチュラルに化粧が施されている。
手にはトーストの乗った平皿があり、倶利の向かいに腰掛けると、マーガリンを手繰り寄せて手早く塗り広げていく。
時間が押しているのだろう、焦った様子で噛り付いた。
「ごちそうさま」
のそのそと立ち上がり、京の顔を見ることもなく一言だけボソリと告げ、自分の使った平皿を流しに持って行く。
「忠樹君のことだけ頼んだわね」
弁当調理に使われた調理器具と共に手早く洗い、フキンで水気を拭き食器棚に戻す。
京の言葉に「うん」と小さく答え、倶利はキッチンを出た。
そのまま自室のある二階に上がって行くのだった。
築何年なのか、倶利は知らないが、明らかに古い床板が、足を進める度にギシギシと悲鳴をあげる。
知らず知らず溜息が吐いて出た。
来客の予定が憂鬱なのだ。
従兄とは言え、他人と会うことに気分が浮かれる訳もなく、ずしりと重たくのし掛かる。
出来ることならば、誰とも顔を合わせることなく朽ち果ててしまいたい。
己の存在など跡形もなく消し去りたい。
たとえ、忠樹が如何に倶利と近い存在であろうとも、それは万人と変わらず平等に抱く想いなのだ。
従兄の忠樹は、教師と思えない程に豪快で破天荒な、それでいて誰よりも神経質に見える人間だった。
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