CHILDREN CRIME

Neu(ノイ)

文字の大きさ
上 下
7 / 59
序章:点ト点ト、ソノ先

自己防衛 01

しおりを挟む


何も要らない。
感情なんて役に立たない。
言葉も役立たず。

無でいれば、何も怖くない。


【自己防衛】


 怖かった。
彼の瞳(め)を見るのが怖かった。
誰に蔑まれるよりも、彼に見詰められることの方が恐怖なのだ。


 宇津井 七という人間は、何処かしら感情の捉えられぬ人種だ。
笑っていても、その実、心からは笑わない。
だからだろうか、蔑む言葉を吐き出していても、嫌悪の色を瞳に浮かべていても、彼の本意は掴みかねた。
何を想い宇津井 知有を否定するのか、もうずっと解らない。
否、解ろうとすることすら知有はやめてしまった。


 否定される自己から逃げてしまいたかった。
自分自身、己を拒否してみせる。
その方が楽だと知ったのはいつだったか。
感覚も感情も捨てた。
言葉も封じた。
外界との接触を必要以上に断つことで、知有は安穏を得たのだ。


 それでも、七に見られるのには緊張を隠せない。
どうしても怖くなる。
彼の視線は得体がしれない。
言葉や態度で知有を蔑み貶めておきながら、その瞳(め)だけは違う。
辛いのは知有だと言うのに、まるで望んでいないことを口にしているのだと言いた気に、影が宿るのだ。
嘲笑にしか思えない笑みの下で、彼は何かに耐えているようだった。


 捨てた筈の感情も、七の前だと疼いてしまう。
だから、彼に見詰められるのが怖かった。
感情が発露すれば、苦痛を感じてしまう。
無でいれば、何も感じなければ、苦しいこともなくなるのだ。
それなのに、七の視線を感じる度に、駆け寄っては抱き締めたくなる。
七は悪くないんだと伝えたくなる。
出来ないのに欲求だけが膨らむ。
どうにも出来なかった。


* * * * * *


 本棚に体が倒れ込む。
肉体に走る衝撃を何処か遠くで感じる。
絵本から外れてしまった視線は、丁度、七を捉えていた。


 また、だ。
彼の瞳(め)に翳りが生じる。
ふと、一瞬だけ悲しくなった。
こんなにも近くにいるのに、笑い合うことすら出来ない。
すぐに掻き消されてしまうのに、感情は知有に痛みを伝える。
其の感覚だけが尾を引いて知有を苦しめるのだ。


 ぼんやりとした視界に入る七は、まるで狂人かのように、突如として本を投げ付けてきた。
それであっても、知有には七が狂っているとは思えなかった。
寧ろ、狂人は両親の方だ。
しおりを挟む

処理中です...