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一章:幸せを知らない男は死にたいらしい
存在しない男 11
しおりを挟む見た目が可愛らしい兄は、その実、とてもひどい男だった。
常に傅いてくる零仁に息が詰まり、弟をダシに追い払っている。
勿論のこと、監視役と護衛役も兼ねてのことではあるが、割合で言えば八割方がうざったいのだろう。
付き人と言う名のストーカーと化している零仁を煩わしく思うのは当然の成り行きで、幸在も遠慮なく零仁をコキ使い、兄に協力している。
「サチさん、電話も知らない様子で怯えていましたが。簡単に報告が入っております」
サチの前で携帯を使った時の様子を思い出し、零仁の口端が柔らかく上向いた。
無言で頷き先を促すと、零仁の眉尻が下がっていく。
「念の為に"無平 さち"と言う名前と20代前半前後の男で戸籍を調べ、それらしき人間を探してはみました。該当者はいませんでした。矢張り、本名が他にあるのではないかと思われます」
懐から取り出したメモ帳を捲る零仁の瞳と目が合った。
「……恐らくですが。サチさんは就学前から本来の家族と離れ本名すら知らずに暮らしています。行方不明なのか連れ去りなのか誘拐なのか。詳しくは解りません。ですが、失踪届けが出されている可能性もあると私は考えています。最悪の場合、戸籍上では死んだことになっていることも有り得ます」
彼は戸惑いを隠さずに可能性を挙げていく。
幸在を窺う零仁に、にやり、と笑みを投げた。
「そのぐらいの予想はついている。サチが死んでいることになっているのなら、俺にとっては好都合だ。存在しない男を飼うことに何の問題がある?」
苦虫を噛み潰したような顔で零仁が頭を振る。
大きく息を吐き出す彼の言いたいことなど幸在にはお見通しだった。
面白い話ではなくとも、敢えて零仁の言葉に耳を傾ける。
いつでも幼馴染は、正論しか口にはしない。
煩いお小言ではあれど、それを言ってくれる存在も幸在には大事な要素なのだ。
「問題だらけです。戸籍がハッキリしないだけでも頭が痛いのに、戸籍を持っていない可能性すらあるんですよ? 確かに、死亡取り消しの手続きを申し立てれば回復する可能性もあるにはありますが。戸籍を特定すること自体、そもそも難しい。早めに手放した方が、サチさんの傷も浅くて済むのではないですか? いずれ貴方は組を支える立場になる人間です。結婚もされるでしょう。あんなに懐かせては、あまりにも可哀想です」
真剣な表情の零仁は、サチを気に入っているようだった。
だからこそ、余計に遣りきれないのだろう。
可笑しかった。
こんなにも幸在の内に巣食った男を手放せる訳がない。
極道になるつもりなど物心ついた時から一欠片もなかった。
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