僕等は愛の意味を履き違えている

一章：援交とタローさん

逃げたい中学生、追い掛けたい大人 03

自問したところで答えは見付からない。
ただ、目の前の男が優しく太一を扱うから嫌いになれないのだと、それだけは解っていた。
ある意味では残酷な人だ。
この人の愛に触れなければ、殺伐とした日常に身を投げ、ひたすらに心を殺して生きていられた。
男に抱かれることで母の愛と同等のものを得られるのだと勘違いしていられた。
それを虚しいことだとも気付かないで毎日をやり過ごせたのだ。
酷い男だ、と憤りが太一の身の内を支配する。

「俺は太一君とちゃんと愛し合いたいと思っているよ。あの日は、お金を支払う約束で会ったから。約束は守りたかっただけなんだ。朝起きて君がいなくて息が止まるかと思った。ごめんね」

勘違いするな、と突っぱねても聞く耳を持ってはくれない。
不意に頭に触れた手の感触に顔を上げれば、男の瞳と視線がぶつかった。
それだけで込み上げてくる熱い何かを押し込める。

「……僕は、愛なんか要らない。勘違いだって気付いたんだ。どんなに求めても僕の欲しい愛は何処にもない。それを教えてくれたのは、お兄さんでしょ？　だからもう、僕は他人を求めたりしない。タローさんとも会わないし、援交もしない。誰からの愛も要らないんだ」

そっ、と視界から朗太を消していく。
横を向いた太一の唇は微かに震えていた。

「嘘吐きだな、君は。それに、タローじゃないよ。朗太、って呼んで」

伸びてきた手に頬が捕まる。
添えられた掌が目を背けることを許してはくれなかった。
真剣な眼差しが何処までも真っ直ぐに太一を射抜く。

「う、嘘じゃないもん！　もう会わないんだから、名前も呼ばない！　どうせ愛なんて壊れるんだ。それなら最初から求めない方が楽でいい。……お兄さんなんか好きじゃないよ」

怖くて必死で払い除けた手が懲りずに伸びてくる。
肩を竦ませ体躯を縮こませた。
ぎゅう、と視界を閉ざしてしまう。
恐ろしくて堪らなかった。
愛しい人の中から自分の存在全てが消えた時の、誰にも助けを求められない絶望が太一を手招きする。
どうせ壊れるぐらいなら自分から壊してしまいたい。
朗太を愛しく思えば思う程に手足をもがれるような痛みを胸に感じるのだ。
ぽとり、と閉ざした瞳から雫が転げ落ちていくのを、青年の指が拭う。
朗太が口を開こうとした時だった。

「田神さん。あんまりしつこくするとストーカーになるよ。俺の店で小さい子いじめちゃ駄目」

ふと朗太の背後から声がし、ゆっくりと瞼を開けた太一の目に「スーさん」と呼ばれていた店員の姿が入る。
感情の起伏に乏しい何を考えているのか解らない人だった。