Drug Crazy.

一章：学園の闇

失ったもの 02

きゅっきゅ、と蛇口を締める音に混じって、雷紀の弱々しい言葉が響く。
先生と呼ばれた彼女は、立ち上がり両手でバケツの取っ手を持ち上げる。
雷紀からは背中だけが見えた。
表情は窺えない中で、彼女の言葉は続く。

「……親だもの。子供を守れなかった事実は、一生消えないわ。私がアメリカに行かなければ、もっと目を光らせていれば、とかね。考えても仕方無いことは解っているの。それでも、頭を離れていかない。だって、私は母親だもの。子供を喪うことほど、惨（むご）いことはない。その現実と向き合うってことは、後悔も全て、受け入れるってことでしょ？　きっと、その子も同じなんじゃないかな」

バケツを持った彼女が振り向いた。
ふわり、と微笑んでいる。
雷紀はスッと手を伸ばして、バケツを奪い取る。
ずしり、と両腕に重さが掛かった。

「先生は、会ったこともないのに、そいつを庇うんだな」
「そうね。なんだか他人事に聞こえなくて。大切な人を喪うって、自分の人生すら終われば良いと思う程に辛いのよ。責めても責めても、責め足りない。私も塞ぎ込んでしまったもの。当然よ」

地面をジッと見ている彼女に、雷紀は何も言葉を掛けることが出来なかった。
拳を握り、雷紀もまた俯いてコンクリートの地面を凝視していた。

「でもね、貴方が。雷紀君だけでも助かったことが、私には救いだったわ。本当に、頑張ったわね。私、もう引退して日本に戻ってきたけど、またこうして会えて良かった」

ぽん、と背中を叩かれた。
優しく擦られる。
雷紀は黙って首を縦に動かした。
言葉を発したら、情けなくも泣いてしまいそうだった。
それだから、雷紀は口を開かなかった。




　バケツを持って、二人で墓地の奥まで進んで行く。
規則正しく並ぶ墓石の一角に、鳩森家と刻まれた墓があった。


　片腕に鞄を提げた女性、鳩森 みつ（ハトモリ ミツ）は、その目の前で立ち止まる。
彼女は、息子の墓参りに訪れたのだ。
みつの息子は、雷紀と同い年だった。
アメリカの日本語学校で教師を始めた母親のみつと慣れないアメリカ暮らしをしていた彼、斡（アツ）は、やはり母親と共にアメリカで暮らすことになった雷紀とは仲が良かった。
そんな二人が出会ってから５年が経った時だった。


　斡は死んだ。
彼は、柄の悪い人間ともつるむようになっていた。
友人から教えて貰ったというシャブに嵌まっていたようだ。