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終章:おまけ
史壱君と羽李
しおりを挟む【史壱君と羽李】
三年の教室まで一気に階段を駆け上がって行く。
目的地に辿り着いた時には息が切れていた。
ハアハア、と肩を上下させ膝に手を着き前のめりになる。
暫く呼吸を落ち着かせ、宅福 史壱(ヤカネ フミイチ)は、親友の夏木 羽李(ナツキ ウリ)がいるであろう教室に足を向けた。
教卓側の扉が開いているので、其処から入ることにする。
史壱が教室に一歩を踏み入れると、廊下側の席で羽李が寝ているようだった。
投げ出した腕に片頬を乗せ、気持ち良さそうに寝息を立てている。
むにゃむにゃと唇が動き、へへへ、と笑い始めた。
楽しい夢でも見ているのだろうか。
微笑ましくなりつい笑みが浮かぶが、目的を思い出し気を引き締めるように怖い顔を造る。
「おい、羽李! 何寝てんだよ!」
距離を縮め、未だに何やら笑っている羽李の頭を一思いに殴り付けた。
その衝撃に、「んあ!?」と間抜けな声を上げて、羽李の体が起き上がる。
頭を押さえ、史壱を呆然とした顔で眺めている。
状況を上手く把握出来ていないのだろう。
口がパクパクと開閉し、言葉にならない喃語をもごもごと呟いている。
「フ、ミ。俺、寝てた?」
「うん、ぐっすり」
やっと落ち着いたのか、意味を成す言葉が口から放たれた。
其れに頷く史壱を視界に捉え、あちゃー、と羽李は頭を掻いている。
「わり、昨日寝れなくてさ。睡魔に負けたみたいだ」
史壱に向かい頭を下げると、羽李は立ち上がり史壱の隣に移動した。
「別にいいけど、みや……。あれ、羽李。第二釦どしたの?」
眉尻を下げて呆れた表情を作り、宮原が来たのにと文句を言い掛ける史壱の目に、羽李の胸元が飛び込んでくる。
其処にある筈の物がないことに気付き、後輩の宮原 神流(ミヤハラ カンナ)のことを告げることをやめてしまった。
ぶちり、と引き千切られたように、学ランの胸元からは釦が消えている。
宮原か、と納得する史壱を尻目に、羽李は「え?」と胸元に視線をやり、ぺたぺたと触るも其処にある筈の釦を確認出来ず、驚いているようだった。
「あれ、ない? うそ、何でだ? さっきまではあったのに!」
慌てて机の下や椅子の下を覗き込み探す羽李の肩を一度叩いた。
きっと、探しても見付からないだろう。
あの後輩が浮かれていたのは、これを想像してだったのかもしれない。
どうも彼は、普段感情の起伏が薄い割に、羽李を苛めるのが好きなようだった。
「羽李のこと好きな子が貰って行ったんだよ、きっと。今日はそういう日だろ? お前、寝ちゃってるから。可哀想なことしたな」
含みを持たせた言い方をすれば、羽李は単純なのか納得している。
「ほら、行くぞ」
悪いことしたなあ、とぶつくさ言いながら俯く羽李に、神流のことは教えないことにした。
羽李にだけ意地悪なあの後輩も、何か考えがあって羽李を起こさなかったのだろうから、勝手なことをして睨まれるのも嫌だったし、少しは神流のことで悩めばいいと。
鈍感で単純な親友に、少しばかり意地悪な気持ちが芽生える。
くすり、と笑い、扉に足を向けた。
後ろから羽李もやってくる。
二人して教室を後にするのだった。
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