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一章:SとK
現実逃避 04
しおりを挟むみるみる内に継生の顔が強張っていった。
何やら面白くないことでもあったのだろうか。
いつもにも増してピリピリとした空気が流れる。
「いえ、ただ強い絆があると、そう言っていました。医者と患者という関係性だけではないんだって。河東先生のために生きると、約束したって、そう聞きました」
本当なんですか、と顔を覗き込まれてしまう。
しっかりと目を捉えられ、逸らす場所がなくなってしまった。
どくん、と胸が跳ねる。
人の目を見るのは、苦手なのだ。
どうしようもなく、泣きたくなった。
思い出すのも辛い、僕とサンが共有する想い出だ。
あの時、サンは、僕を抱き締めてくれた。
最愛の母を亡くしたばかりの僕は、それはもう不安定で、今にも自殺する寸前だったらしい。
あまり覚えてはいない。
だが、必死で僕に縋ったサンの、あの言葉はいつまでも忘れられなかった。
「そ、れは。ほんと、うです。僕が今でも生きているのは、あの約束が、あるから、だと思います。サン君が守ってくれるなら、僕も彼のために生きないといけない。僕の存在理由は、其れだけなんです」
こくん、と頷く。
僕とサンは、医者と患者である前に、幼馴染みである。
その幼馴染みを死なせないために考えた、ある種の呪い。
其れが『約束』なのだ。
サンとの約束がある限り、僕は死ねない。
サンが僕を養うのも、約束があるからだと、僕は理解していた。
「それじゃあ、川路さんは、河東先生が死ねと言ったら、死ぬんですか? そんなの、おかしい」
両肩を強い力で掴まれる。
継生の双眸は、真剣そのものだった。
僕は目を逸らしたかった。
其れを許しては貰えず、仕方がなく継生の大きな瞳を見る。
「死ぬ、と思います。鬱病と闘っていられるのも、あの約束があるから、だと。その約束がなくなるのなら、きっと、病気にも勝てない。僕は、弱いから。おかしいって、言われても、これが僕とサン君の関係なんです。サン君と距離を置けば置くほど、僕は死に近付いてしまう。其れだから、僕達は、離れられない。サン君には、申し訳ないって、思うんですが」
どうにも出来なくて、と呟くように絞り出す。
ガタン、と体が揺れた。
発車したようだ。
「ど、何処に、行くんです、か? 僕、任せてしまって、その、ごめん、なさい。良く、解らなくて」
この話を終わらせようと、必死で言葉を探す。
継生は僕を凝視している。
何が言いたいのか、何と無く解っている。
そんな関係は、幼馴染みでも友人でもないと。
依存しているだけなんだと、自分でも厭になるぐらいに解っていた。
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