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二章:訪れた変化
恋をした場合(2)01
しおりを挟む【恋をした場合(2)】
ふっ、と覚醒した僕は、其処が教会でないことに息を呑む。
埃っぽいその場所は、廃工場なのか機械があちらこちらに置かれていた。
椅子に座らされ、手首を後ろ手に縛られているようだった。
口には何かを含まされていて明瞭としない声しか出ない。
「起きたの? ああ、その怯えた顔! なんて愛らしいのかしら、っ!」
機械の物陰から近付いてくる女性に体が震えてしまう。
本能が危険を告げている。
鼻を擽る香水の香りが気持ち悪い。
人格を統合した際に、忘れていた虐待の記憶も取り戻していた。
鼻息を荒くしている女性は、僕を虐げていた父母に通じるものがあった。
「ふ、ぐぅ、っっ、がっ、ぁ、っ」
唐突に腹部に拳がめり込み、上半身が前に倒れようと動き、腕が変な方向に突っ張る。
フラッシュバックのように脳裏をチラつく映像が僕の恐怖を更に駆り立てていく。
終わった筈の責苦が目の前に蘇り、終わったことが夢だったのかもしれない、と現実を懐疑してしまう。
きっと僕は幸せな夢を見ていただけで、物みたいに殴られ蹴られ縛られる日々に終焉など訪れはしない。
母親は縄で吊した実の息子の肉体に容赦なく折檻を繰り返し、血を吐こうが嘔吐しようが構わずに殴り続けた。
父親は愉しそうに息子の全身を縄で拘束し宙に吊しては、母に殴られ血反吐を吐く僕を棒で殴った。
痛がれば痛がっただけ、彼等は興奮し折檻は酷くなる。
死すら眼前に見えた行いの中で、僕はキルバートと言う人格を生み出してしまったのだ。
もう一発、今度は蹴りを同じ場所に入れられ、ぐあっ、と声を上げながら、おかしいことに気が付いた。
折檻が始まると意識はキルバートと交代するのに、僕の意識は鮮明だ。
否、そもそもあの頃の僕は、他に人格がいることさえ知らなかった。
(ああ、この人は。母さんでも父さんでもないのか。ああ、あの二人は、キルバートが、僕が、殺したんだ)
過去とごちゃまぜになっていた感覚が今を捉え、発狂したくなる。
両親を切り刻んだ感触を思い出した。
正確に言えば、キルバートが感じた感触である。
共有している部分が知っている情報だった。
忘れられるのならば、忘れてしまいたい。
罪深い自分を、矢張り神は赦さなかったのだ。
今、この状況は、神から与えられた罰なのかもしれない。
此処で命果てよ、と神は仰せなのだ。
はっはっ、と息を乱し死に向かう僕の頬に拳が飛んでくる。
口の中が切れ、鉄の味が広がった。
死ぬのか、と諦観に目を瞑ると何故かフィンの顔が浮かぶ。
僕を好きだと宣う年下の男で、一緒にいると心地良くて苦しい。
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