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一章:不良アリスとみなしご兎
不良アリスとみなしご兎の幸せ 02
しおりを挟む「いや、いいよ。聞いた俺が馬鹿だった」
「坊っちゃんが産まれて、少しした頃です。奥様が病気を召され、その時に。私も同じ病気を患ったことがありましたから、そういった点で選ばれたのでしょう。私にとっては、戸惑いしかありませんでしたが、坊っちゃんのお世話をするのは、楽しかったですね」
諦めた俺は、首を左右に振って、長田を追い越そうとした。
その時だった。
何の心境の変化か、長田が話し始めたのである。
心なしか表情は柔らかい。
「わりぃ。言いたくないことだったか?」
「いえ。言いたくなければ言いませんので。坊っちゃんが気を使われると、明日は雪が降りそうで怖いです」
がしがしと髪を掻いて詫びれば、微塵も堪えた様子のない長田が真面目な顔で宣う。
非常に腹立たしいが、こういう人である。
溜め息を吐いて、長田を追い越して先を歩く。
柵の前で、翔と引っ越しスタッフが立っていた。
「よお、ご苦労さん。入れよ」
門は家の中からの操作で既に開いている。
手招きすれば、翔は遠慮がちに足を踏み入れた。
追い付いてきた長田が、スタッフと会話を交わしているのを傍目に、翔と家の方に向かう。
二人で並んで歩くのは、何と無く照れた。
俺は一歩先を歩く。
「ねえ、有住君。僕、思ったんだけど。どっちが兄で弟になるのかな? 有住君、誕生日いつ?」
背中から声が掛かる。
確かに、重要なことかもしれない。
「6月4日だ。阿東……や、しょ、翔は?」
思わず苗字で呼んだ後で、家族になったのだからと名前で呼んでみる。
も、どうしようもなく照れる。
顔が熱くなる。
「10月25日。僕の方が弟かあ。じゃあ、お兄ちゃんって呼ぼうかな」
ふふ、と楽しそうに笑う翔が、少し怖かった。
何を企んでいるのか解らない。
「ヤメロ、きしょいわ」
玄関まで続く石のアプローチ。
最後の石を踏んで、扉前までやってくる。
振り向いて嫌な顔を向けた。
「酷いなあ、兄さんは。ねえ、カケル。僕、本当に良いのかな?」
途端に表情が曇る翔に、俺は柄にもなく焦ってしまう。
不安になるのは当然ではあろう。
しかし、来たからには、幸せだと感じて貰いたい。
俺はキッ、と睨み付けた。
「何がだよ?」
「幸せになっても、良いのかなって。はは、ごめんね。弱気になってるみたい。人間って、幸せだと怖くなるんだね。マリッジブルーとか、さ。不思議」
翔は忘れてくれと言うかのように、顔の前で片手を振ってみせた。
表情も元に戻っている。
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