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「いやぁー。まじで焦ったわぁ」
「マジで?」
「お前もさぁ、肩ぶつかったぐらいで、手出すなよ」
「そうそう。てか、手出すなら場所考えろよ、さすがに階段はやばいって」

 ダンダンと乱雑な足音を立てる、その声の主は、風紀委員がよく注意している不良グループの3人だった。
 だてに風紀委員長となったクンシラの幼馴染ではない。
 彼らは人の気配がなくなるまで、上の階で息を潜めていたのだろう。静かになったのを見計らって降りてきたようだった。

「でもさー。アイツらが悪いだろ?」
「そりゃ、そーだけどさぁ……」
「そもそもアイツのこと気にくわなかったんだし、いいじゃねぇか、多少とケガもありなんだろう? この大会は?」

 眉間に力が入っていくのがわかる。
 ノドの奥がモヤモヤとする、気分が悪くなるような内容だった。

「「「あ」」」

 彼らは、静かにその場に立つ僕に気づいた。
 誰もいないと思った場所に人がいたことに驚いたようだった。

「ケガはありだけど、故意的に手を出したなら、それは暴力だよ」

 僕は我慢できずに、声を上げた。握る手にちからが入る。
 この異世界ゲームに転生して慣れないことはいくつもあって、一番、好きになれないのは、この身分を鼻にかけた階級差いびりだ。身分下の者は、上位の者に理不尽なこともされても耐えるしかないないなんて、楽しくない!

「はぁ? 肩ぶつかられた俺らは、被害者なんだけどー?」
「成績が悪い俺らは我慢しなきゃいけないわけぇ? あーいててっ」

 リーダー格と思われる生徒は、わざとらしく肩を押さえて声を出す。

「…確かに。競技に夢中になってしまって、そういったこともあるし、謝ることも必要です。僕はあなたたちがで嘘をついているとは思っていません」

 僕だって生活態度だけで、彼らを判断するつもりはない。ただーー

「だけど、やられたらやり返すなんて、暴力で解決する必要はないと思います!」

 小柄な僕はどうしても彼らを見上げるしかない。彼らには睨みつけるように見えていることだろうけど、僕はそう取られてもかまわない。たとえ綺麗事なんて言われても、この気持ちを曲げたくない。
 俺の目の前までに近づいてきた彼らは煩わしそうに顔をしかめる。

「はぁ。なんなの? キャンキャン、うるさいなぁ」

 威圧しているつもりかもしれないけれど、父や母のおかげで色んな大人がいる現場で足を運んでいる僕にとっては、彼らちょっと体が大きな犬で、サーカスの獅子にもなれていない。

「あれ? こいつ、見たことあると思ったら、のオーアマナ・ウンベラじゃね?」

 目を逸らさずに見返す僕に、苛立つように眉を上げた。
 しかし僕が、誰であるか気づいた彼らは、ニヤニヤ笑い出した。

「僕は確かにオーアマナ・ウンベラだけど。なにか問題でもありますか?」

 彼らが笑っている意味が予想できないわけじゃない。
 僕と同じく、彼らも僕に見覚えがあるなら、風紀委員繋がりだ。
 どうせ、僕のことを”風紀委員長の腰巾着こしぎんちゃく”だと嘲笑あざわらっているのだ。その上、彼らの考える階級で言うならば、僕の家は王都でちょっと有名な商家止まり。彼らにとって、いたぶる格好の標的になる。

「いーや、問題ないさ・・・むしろ、問題解決?」

 僕の正体に気づいて、どんな嫌味を言ってくるのかと思っていると、なぜか手を掴むリーダー格。
 瞬間、ぞわりと嫌悪感が肌を走った。

「は? 何言っているんですか? と言うか、手を離してもらっていいですか!?」
「いやだね」
「そうそう。飛んで火に入る夏の虫ってやつ?」
「ははっ。言えてる。上玉が転がりくるなんてね」

 いつの間にか僕は、3人に囲まれて身動きが取れなくなっていた。





「・・・離せっ! てば!」

 非力人間の僕の抵抗むなしく、そのまま3人組に上のフロアにある、こいつらが潜んでいたと思われる物置スペースに引きずられるように連れ込まれた。
 確かにこの場所は、物置スペースであったと記憶していたし、知っていた。
 しかし、連れてこられて足を踏み入れて、新しく知ったことがあった。不要となった物は置かれておらず、小綺麗に整理されており、その中心にはなぜかソファが鎮座ちんざしていたこと。

「え?」
「お綺麗な坊ちゃんにお気に召してもらえるかなー」

 丁寧な言い回しであるものの、僕をうやまっているからではないことはわかる。だけど、そのことを指摘する前に、僕は無理やり押し出されるようにそのソファの上に投げ出されていた。

「いっ…た…」

 ソファとは言え、衝撃のすべてを吸収できるほどの柔らかさがあるわけではない。準備なく倒された僕は、まともな受け身もできず、全身に痛みを走った。僕は芋虫のように体を曲げ、痛みに耐えながら見上げる。
 彼らはそんな僕を趣味悪くニタニタを笑っていた。 

「へぇー。ウワサはかねがねって感じだけど・・・」
「ホント。意外と綺麗な顔しているよねぇ」
「うわっ細ぇーし、肌白っ!」

 品定めされるよう上から見下ろして、口々に吐かれる言葉。
 正直、気分が悪い。
 細いとか、白いとか、そりゃーそうでしょうね。君たちみたいに外を遊び回ることもないし、非力で古傷持ち。基本的に激しい運動を制限されているのだから外に出て陽に当たる機会なんて滅多にない人間ですから。

「僕が貧弱なのは当たり前なんですけど」

 気分が悪いけれど、当たり前のことを馬鹿にされても簡単に傷ついたりしない。もし彼らが僕を傷つけようとしているなら、作戦ミスである。
 そもそも、平凡な僕の顔が綺麗って・・・クンシラの美形効果が周囲にフィルターでもかかって影響しているのだろうか。

「うわぁ! わかってない」
「まぁ、いいんじゃねぇ?」
「そうそう、せっかくの上玉。楽しまないことね」

 しかし彼らの脳内は自己完結しているようだ。僕の言葉なんて、聞いていない。そのまま、ペロリと首元を舐められた。なんで!?

「ひぃっん……」

 言葉にならない、なんとも言えない声が出た。
 そして、ぞわぞわと消えない鳥肌。気持ち悪い。他人ひとの肌をめるとか、正気か!?

「やばい」
ういぃー反応」
「たまんねぇ・・・」

 それに対して、よく理解ができないことを口々に出す。

 て、てか、、、え?

「ハハッ。わかった?」

 自分の目が大きく開いていることを、頭のどこかで理解する。
 リーダーは楽しそうに俺の制服をひらいていく。
 ボタンを飛ばすように外し、シャツをがれる。肌が、空気に触れる。息が詰まる。

「っっっつ!」

 服を脱がされないように抵抗しようとしたが、僕の手はもう一人に押さえつけられていて、身動きがまったくできなかった。そいつに目線を動かせば、ゴクリとノドを鳴らした。足にはリーダーがのし掛かるように座っているし、もう1人は魔道具の記録装置カメラを向けている。
 状況を理解すればするほど、ドクドクと心臓が胸を激しく打ち出す。
 
「は、離せっ!」

 じわりと目頭が熱くなる。
 頭のどこかで、フィクションだと思っていた。

「僕なんか、いたぶっても楽しくないからな」

 精一杯の強がりである。
 泣いてたまるか。そう思うのに、じわじわと視界がにじんでいく。

「涙目で強気に言ってても意味ねぇって」
「震えちゃって・・・そそるだけだっつーの」

 さらされた肌を、ノドから腹を、指で撫でられる。

「んっ・・は、離せっ」

 絞り出したように発した言葉にちからが入らなかった。の鳴くような声。自分が思うよりも、小さく、弱々しい声は僕を不安の渦の中へ突き落とす。


『お前の正義感は嫌いじゃない。ただーー自分も大事にしてくれ』


 以前、クンシラに言われた言葉こえが遠くに聞こえた。
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