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「はぁ。って、いつまで撫でてるんだよ…」
「気持ち良さそうな顔してたくせに。アマナは照れ屋だな」
「照れてない!」
「はいはい。で、こんなんで、今日の献立こんだて決まりそう?」

 アンティのもったカゴには、大根、豚肉、豆腐に、玉ねぎ、ほうれん草、牛乳が入っている。西洋ファンタジーとはいえ、食べ物の名前は日本語のままだ。おかげで僕の料理には大変役に立っている。具材を頭の中で並べて考える、そしてパチンと料理を弾き出す。

「うん。まぁ、今日はザ・和食な食卓になりそう」
「よし! たしかアマナんところの家庭料理だったよな。オレ、だんだんお前のコト分かってきただろ?」
「そうだね…最初の頃は、いったい何が食べたいんだって選び方だったもん」

 思わず遠い目をしたくなる。
 前世、料理人ではない、ただの一般人であった僕からすると、アンティがポイポイと気軽にカゴに投げ込む食材に、何度も頭を悩まされていた。

「アマナの料理、楽しみだな」

 ちょっと鈍くて、ボディータッチ多くて鬱陶しい時もあるけれど、こういう素直なところがいい。
 さすがに主人公と言うべきか。フツーにいい人間なのである。

「あっそ」
「お、照れてる~?」
「…自分で作ってくれてもいいんだけど?」

 ツンと顔を逸らせば、アンティが慌てた様子で言葉を重ねてきた。

「うーそ! うーそ! だってば!!」
「よし。じゃあ、そのままお口は閉じててね。で、部屋に戻ったら、ちゃんと手洗って、うがいもするんだよ?」
「おぅとも!」

 注意すれば素直に耳を傾けてくれる。
 完全気持ちは、母親な気分である。
 前世の記憶もある分、それなりに年上気分になってしまうのは仕方がないことだろう。
 せめて僕より図体でかくなければ、もっと気持ちよくアンティのこと可愛いなって思えるんだろうけど。

「ん、何?」

 チラリと目線を動かして観察していると、アンティはすぐに気づいた。鈍感のくせに。

「別に…そういや、身長伸びた?」

 とりあえず、たわいもないコトを言っといた。

「何、言ってんの。1ヶ月そこらじゃ変わるわけないじゃん」
「だよね」

 と思ったら、とんでもない”言葉の爆弾”を放り込んで来た。

「アマナが縮んだんじゃない? 157、だっけ?」
「違う! 158だ! 四捨五入したら160だし、平均だ!」
「ぷっ、四捨五入って、そもそも平均って、オレぐらい173だから、170前後じゃ」

 器用に肩を震わせて笑うアンティ。

「アンティとは一生、口きかない」

 待ってよー!と、聞こえるが声はシャットダウン。
 鬱陶しくて、素直だが、こういうデリカシーがないところが欠点である。主人公のくせに。

 そうなるとクンシラは真面目だから、あんまりふざけるのはダメだ。
 難しい。二人っきりの空間を作るべきなのか?

 うむむむ。





「いただきまーす!!!」
「・・・」
「いただきます」

 とりあえず、クンシラを幼馴染という権力を使って、部屋に、夕食に誘ってみた。が・・・クンシラ、座る位置を間違えてないか?

 この学園は、上流は上の上、王族レベルが来るからか、部屋もそれなりに広くて、食卓はなく、共有のダイニングルームには4人は余裕で座れるソファに、3人分の食事でも少なく見えてしまう大きなローテーブルが基本的に設定されている。

 なのに、だ。

 クンシラ。なぜ、アンティの隣に座らないんだ!?
 僕がいたら、座りにくいだろうと思って、食事の準備もあって、席をあえてはずしていたのに。
 なぜ、僕が真ん中に来るようにセッティングしてるんだ!?

 照れているのか!? 照れているの!?

 恋する男子の気持ちがわからない。
 難しい。そもそも前世で恋愛をしていたような記憶も感覚もない。そんな恋愛経験極薄の僕には荷が重すぎる作戦だったのだろうか。

 いや、しかし、ここで諦めたら男がすたる!!
 僕はやればできる子!の、はず!!

「あー! アマナ。また、考えゴトしながらご飯食べてるでしょ。お口の下に、ご飯粒ついてる」
「ふぇ、え? おっ!?」

 くすりと綺麗に笑ったアンティがスッと口元についていたらしいご飯粒をとってくれた。そして、なぜか「ほらね?」と見せてから、ポイと自分の口にふくむ。

「ご飯粒つけちゃうとか、アマナは可愛いなー」
「うるさい。僕は考えることが多いんだっん、ぐっ」
「オーアマナ。あんまりよそ見をするな。口からスープが溢れそうになっていたぞ」

 唇の端から溢れそうになっていたスープもとい味噌汁を拭ってくれるのは助かるんだが、危うく、指まで口に入りそうになっていた。

 クンシラ。僕は幼馴染で慣れているからいいけど、他の人には気をつけてもらわないと。アンティならそのまま間違ってぱくりと噛んでしまうかも知れなかった。あ、でも、風紀はちから仕事だし、ちから加減とか難しいのかも知れない。

 似ているような気もしないけど、真逆っぽいところがある二人だし。
 うーん。どうしたものか。

「はぁ、難しい」

 思わず、思考が音となって漏れてしまった。
 あっと思ったが、いつの間にやら、二人はまた見つめ合っていたので聞いてなかったようだ。よかった、けど。

 二人の世界に入るなら、僕をあいだにはさまないで! 不器用かっ!!

 もちろん、そんなことを指摘できるわけもなく、そのまま静かにもぐもぐと夕食を済ませた僕はエラいと思う。
 食事が終われば、次は片付けである。
 アンティはテキトーに洗うので、もっぱら食器を運んでもらって、僕が洗う。
 主人公だから完璧ってわけじゃなくて、こう言う細かいところが雑である。人間味がある方が親しみ感じやすいって考えの設定かもしれないけど、日常生活的には雑でない方がいい気がする。
 クンシラは一応、お客様だから、ソファでのんびりしてもらっている。なかなか二人を引き合わせることができない。あぁ、悩ましい。

「はーい。とりあえず、これで最後だよ」
「ん、ありがと・・・ってバカ、なんで、そんなに積み上げて来てるの!?」

 カチャカチャと食器当たる音に反応してみてみると、ウェイトレスもびっくりの積み上げをしていて、思わず、大きな声が出てしまう。

「えぇ? あっ」

 しまった。と思った次の瞬間にバランスを崩しはじめた食器を抑えようとしたが、その努力むなしく、空振りに終わる。
 しかも空振りに終わって、勢いついた足はもつれてしまった。
 踏ん張ろうとしたがーーーーー右足に力が入らなくて、そのままアンティに重なるように倒れた。

 食器が床に雪崩落ちる音が響く。

 崩れる瞬間はスローモーション。だったが、音は激しかった。耳元を突き抜けて、ぐわんぐわんと頭が揺れるような感覚が襲う。
 その音にはさすがのクンシラも慌てて近づいてくる足音が聞こえた。

「おい。大丈夫か!?」

 床に手をつき、顔を上げる。

「な、なんとか。アンティが僕の下敷き?みたいな感じになってクッションに…ごめん、大丈夫?」

 頭のちょっと上、先の方に目線を向ける。

「いてて。オレも、まぁ、大丈夫。尻もちだし。アマナこそ、オレの膝とか、当たってない? 大丈夫?」

 アンティのアホみたいな食器の積み重ねが原因ではあるが、こういう時に相手を心配できるまっすぐさを持っている。さすが主人公である。

「嬉しくもないけど。うまい感じにアンティの柔らかい下腹部分に落ちたから大丈夫」
「え。アマナのエッチ~」

 キャッと女子みたいに胸のところで手を交差したアンティ。
 さすがの僕もイラっとした。お腹が柔らかいなんて、男子的には嬉しくないだろうと思った、僕の優しさに感謝すべきところだろう!?

「よし。一発、殴ってあげようか?」

 武道派でもない僕がそう言ってしまうのも仕方がないと思う。

「うそうそ! ごめんってば」

 僕の本気度が伝わったのか、すぐさま謝ってくれたので、よしとする。
 ずっとこのまま体勢でいたいわけでもないので、とりあえず立ち上がろうと腕に力を入れる。そして膝を床につけるようにゆっくり動かし、周りを確認。
 どうやら食器など割れていない。お椀とかだし、アンティのテキトーさ加減は一緒に生活していて分かっていたので、割れにくいものを使用していたことがこうそうしたようだ。僕の前世けいけんが生きているぞ。よしよし。

「んっ、おぉ!?」

 思わず変な声が出てしまったのは、グッと腕を掴まれたから。
 クンシラがアンティの膝の間にいた僕を引き上げてくれたのだ。

「あ、ありがと?」

 驚いたものの、助けてくれたことには間違い無いので、お礼を伝える。
 だけど、僕の体は立ち上がったものの、右の足元がうまく定まらなかった。

「アマナ、大丈夫? なんかふらついてるよ?」

 自力で立ち上がったアンティが、空いてる方の俺の腕をそっと掴み支えてくれる。

 ---とらわれた宇宙人か。

 この世界では絶対、伝わらないフレーズが頭に浮かぶ。
 身長差のある人間に挟まれた場合のみ使用可能となるレアなシチュエーションだが、できれば自分に使いたくないフレーズ。

「いや、ちょっと調が悪くて・・・」
 
 いろんな意味で気が遠くなりつつ、アンティに説明してすぐに「しまった」と思った。
 これは地雷だ。僕とクンシラにとって、絶対、口に出してはいけない言葉ワードだった。

「え、右足?」
「いや、なんでもない! だだ大丈夫! はっ離してくれて良いよ」

 急に慌てはじめた僕を不思議そうなな顔をしつつも、アンティはゆっくりと手を離してくれた。

「く、クンシラも、大丈夫だよ。離してくれて、大丈夫だから」

 クンシラの顔はくらく、あの日のことを思い出しているようだった。
 僕たちの関係が、上も下もない、並行に並んでいたはずの僕たちの位置がズレてしまった、あの日のことを。
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