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はなをぷーん

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 馬車が、宿の前もくてきちに着き――

 馬車ステージを後に、俺は屋根へと跳んだ。
 イゼルダの脇へと。

「お疲れちゃ~ん」

 言って、イゼルダがウインクする。
 その足元には、袋に入れられた金が、いまも転送され続けていた。

コストは、足りましたか?」
「ありがとう。後は、これだけでガッツリ斬れる」

 イゼリダが示したのは、腰からいくつもぶら下げた銭袋だった。

「というわけで跳ぶわよ」
「跳ぶって――あそこに?」
「うん。あそこ」

 イゼルダが顎で指したのは、『壺』からはみ出した巨大な『顔』だった。そこへ俺を連れて跳び、イゼルダは『壺』を斬るのだという。そして、そのためのコストは腰に下げた銭袋の金で十分――ということは、それ以外の大量の硬貨は、俺とイゼルダが『顔』へと跳ぶためのコストということか。

 目的を達成するために必要な『手順』を割り出し、そのためにいくら必要か金額を見積る。そしてその金額を払うのと同時に、それを行ったのと同じ結果だけ・・を取り出し実現する。

 それがイゼルダの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』だ。そして『手順』の中には、特定の条件を満たさないと実現不可能なものもあるらしい。

 今回の場合は、俺とイゼルダが『顔』まで跳ぶことが、その条件なのだそうだ。

 さて、ではそれはどんな『手順』なのだろう?
 訊ねる間も無く、既に跳んでいた。

 瞬きする間に、俺は、イゼルダに抱かれて宙へと移動していた。
『壺』の、半ばほどの高さだ。

 そこからは、10メートル刻みだった。
 一瞬ごとに、一瞬前より高い宙へと、移動する。

前払いでOKアドバンス・ペイメント』が成した、連続跳躍。
 見下ろす景色では、ライブが継続されていた。

 宿の前ということは、ほとんど『壺』の真下だ。
 なのに恐れることもなく、観客は馬車を囲み、ステージへと声を投げかけている。

 そして――

 恐れることもなく、というのは彼女たちも同じだった。
 彼女たち――ステージの『雨降らす乙女達レインメイカーズ』。

 俺抜きで、彼女たちは歌い踊っている。
『大きな愛でもてなして』でも『夢見る15歳』でもないその曲は――

「「「「はなをぷーん! はなをぷーん!」」」」

――『きら☆ぴか』の『はなをぷーん』。

『大きな愛でもてなして』と同じく、アニメ『きらりん☆レボリューション』の主題歌だ。他の2曲の後で練習を開始し、時間いっぱいまで粘ったが、人前で見せられるレベルにまでは仕上げられなかった――と、俺は判断したのだが。

「「「「まーる! さんかく! ながしかく!」」」」

 しかし、彼女たちは振り付けを間違えることも無く、自信に満ちた表情で歌い踊っている。

 成長したのだ、と気付く。

 初めてのステージの初めての数曲で、彼女たちはパフォーマーとして成長し、自信を手に入れたのだ。そしてその自信が、いまこの瞬間にも続く更なる成長の糧となっている。

 と、俺は思ったのだが。
 耳元で、イゼルダがこう囁いた。

「クサリちゃん……どう関係してるのか分からないんだけどさ。『前払いでOKアドバンス・ペイメント』の『手順』に『雨降らす乙女達あのこたち』へのレッスンっていうのが入ってたのよ。専用の稽古場を用意して、講師を招いて……って」

 そういうことか……

 彼女たちのパフォーマンスは、イゼルダの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』のおかげというわけか。

 それでもだ。

 それでも、やはり俺は、彼女たちを称賛したい。
 それは、彼女たちが紛れもないアイドルであるということへの賛辞だ。

 彼女たちが、このステージに何をかけたのか?

 さっき考えてたそんなことは、オタクなら誰でも一度は考えるようなことだし、前世の俺も、何度も考えて自分なりの結論に辿り着いていた。

 でも、まるで初めて考える問題のように感じられたのは、俺がオタクでなく、アイドルとしてこの問題を解こうとしたからだ。

 だから、ステージを離れて見れば、すぐ思い出すことが出来た。
 かつて、オタクとして自分が出した結論を。

 アイドルがかけてるのは、自分自身だ。

 才能も、十分な練習時間も無い。
 予算も少ない。
 そんな状態でステージに臨む少女たちにあるのは、今日までの自分自身だけ。
 だから、それをかけるのだ。

 前世の俺は、オタクとしてそう考えていた。
 そして異世界でステージに上がり。
 結果、その考えは正しかったのか。

 分からない。

 ただ、ステージとそれを囲む人々を見ていたら。
 この世界を守りたい。
 気付くと、そう思っていた。
 こんな景色が、存在している世界を。

「「「「はなをぷーん! はなをぷーん!」」」」

 高度が上がるごとに、一度の上昇で跳べる距離は少なくなり。
 最後は1メートル刻みになったが、それでも十数回の跳躍により、俺たちは『顔』へと到着することが出来た。

 真っ白な、広い額へと。
 正確には、その上空へと。

「これが、最後の『手順』だからね」

 言って、イゼルダが俺を抱く腕を解いた。
 つまり、俺を落とした。

 最後の『手順』。
 それは、俺を落とすことではない。
 俺の落下から展開する無数の未来。
 その中にある、『顔』を、そして『壺』を斬り刻む未来こそが『手順』なのだ。

 その『手順』が、どんなものなのかは、聞かされていない。

 しかし、俺は見た。
 幻視していた。

 そこでは、無数の自分とイゼルダが、『顔』と『壺』に向かって剣を振り下ろしている。

 いまこの瞬間から起こり得る、いくつもの未来。

 そして、それらの結果だけを取り出して実現させるのが、イゼルダの『前払いでOKアドバンス・ペイメント』なのだ。

 だから、俺が『顔』の高さにまで落下する頃には。
『顔』は、もうその場所に無かった。
『壺』もまた、然りだ。
 既に、それらは切り刻まれていた。

前払いでOKアドバンス・ペイメント』により実現した、『手順』の結果として。

『壺』が霧散した後の宙を、俺とイゼルダが降りていく。
 これもまた『手順』に含まれているのだろう。

 高度100メートル以上からの落下、そして着地を、俺とイゼルダはなんの衝撃も感じずにやり過ごした。

 落ちた先は、宿の前。
 馬車の上。
 すなわちステージだ。

 ぎょっとした表情のメンバー達の真ん中で、俺は声を張り上げた。

「じゃ、次の曲いきます!――『大きな愛でもてなして』!!」
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