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スネイル

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「『スネイル』――ですか」

 初めて聞く名だった。
 イゼルダが言った。

「大陸北側で幅を利かせてる犯罪組織――正確には、犯罪組織の集合体ね。その中心で各組織を結びつけてる男が『スネイル』。だから、彼が作った集合体も『スネイル』と呼ばれている」

 なるほど。
『スネイル』が何なのかは分かった。

 では何故、スネイルを殺す必要が?

「ここ1年の間に『スネイル』は大陸北側だけでなく、大陸南西のこちらにまで手を伸ばしてきている――でもそれだけだったら、軍や冒険者ギルドの対応する事案。私が口を挟むべき問題ではない。もっともそれは、主語が国や町だったらの話。私の家族にかかる問題であったなら――当然、その限りではない」

 ああ、なるほど。
 だいたい分かったが、しかし。
 俺は、あえて視線をイゼルダから動かさなかった。

 すると――とんとん。

 見るとミルカが、俺の肩をつつきながら、自分を指さしている。
 7,8ヶ月?
 あれから、どれくらい経っただろう。

 イゼルダが続ける。
 ちょっと掠れた、ハスキーな声だった。

「でもね、娘にちょっかいを出されても、まだ手は出さずにいた」

 ダンジョンでの、公爵令嬢ミルカ襲撃未遂事件。
 あれをやったのが『スネイル』だったわけだ。

「『落ち着け』って言われたから――ミルカを襲わせた手下があえなく蹴散らされて、それで『スネイル』がどう出るか。グイーグ国わがくにに進出する姿勢に変化が見られるか、様子を見てみようって――で、クサリちゃん? 憶えてるかしら。『ルゴシ=チクーナ』って男の人」

「ええ。憶えてます」

 ルゴシ=チクーナ。
 王都に来る馬車で出会った男だ。

「ルゴシはねえ、強い人なのよ? 本当に強い人なの。そのルゴシが手傷を負わされたって報せに、王国の上層部は騒然となったわ。私も驚いた」

 俺と出会った時、ルゴシは既に重症だった。
 彼に傷を負わせたのは――

「彼が奴隷商からエルフのたちを救った。その奴隷商っていうのが『スネイル』の配下だったんだけど、そこの用心棒に――奴隷商に雇われてる程度の連中に、あのルゴシ=クチーナが。グイーグ国最強とも謳われる、A級冒険者にして金線級魔術師のルゴシ=クチーナが、半死半生の目に遭わされた。つまりね、何が言いたいかっていうと……つまり、そういうことなのよ。それが、ミルカ襲撃の失敗を受けて『スネイル』が見せた『態度の変化』ってことなの」

「より強力な構成員を、グイーグ国こちらに送り込んできたということですか?」

「そう。だからね、私が出ていくことになった。家族でなく、国の問題として。国から乞われて、手を下すことになった。誰よりも――ルゴシよりも、ずっと強い私が。そこでクサリちゃんにも手伝ってもらいたいわけなのよ――『スネイル』を潰すのをね」

 なんとか、まだ話についてけるギリギリだった。この国でのイゼルダの位置付けは、国レベルでの危機が訪れた際、ようやく出動が許可される最強戦力ってところだろうか。それなら、家族レベルでの出動を留められるのもよく分かる。

 ところでそれとは別に、気になることがあった。
 俺は訊いた。

「『スネイル』は、何故ミルカお嬢さまを襲おうとしたのでしょう?」

 答えは、あっさりしたものだった。

「うちのひと――宰相である、フンゾール=フォン=ゴーマン公爵を、押さえたかったんでしょう。それによって、グイーグ国進出への便宜を図らせるつもりだった、と」

「いくらなんでも、最初はもっと……」

「小者から狙うべきでしょうね。でも――御しやすいと踏んだんじゃないかしら。彼らには、いまだに見えてないみたいだから――『月の表側』しかね」
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