14 / 57
急場で役立つメソッド
しおりを挟む龍皇が言った。
「あのね、クサリちゃん。まずは思い浮かべて欲しいの。あなたの前世で、もっとも嫌いだった人物を」
「嫌いだった……人物?」
「そう――ただし男性。あなたが嫌いで嫌いでしょうがない、そういう男性を頭に思い浮かべてみて」
「はあ……」
いきなり嫌いな人間をと言われても、思い浮かぶものではない。そして頭に浮かんだ『彼』は、嫌いというよりはおぞましい人物だった。
『彼』――
既に話した通り、20代の終わり、俺は仕事でチームリーダーを勤めていた。
『彼』はそのチームのメンバーだったのだが、入社年度は俺より先で、俺が新人の頃、何度か会社の新年会などで顔を合わせたことがあった。
その時は、いわゆるアルハラは無かったが、やたらと頭を叩かれたことを覚えている。
もちろん、殴るとかいったレベルまではいかない。
話に勢いをつけるための、極めて幼稚なマウンティングだ。
その後、仕事でも飲みの席でも絡んだりすることは無かったが、しかし再会した時、立場は逆転していた。
俺がリーダーで『彼』はいちメンバー。でも、先輩は先輩だ。出来るだけ強権的にならないよう、立場の逆転があらわにならないよう俺は勤めていたし、『彼』の方もそれなりに気を使ってくれていたと思う。
飲み会などで叩かれたりなんて、もちろんなかった――しかし、決定的な時というのは、やはり訪れてしまう。
忘年会の後だった。
気付くと終電の時間も過ぎて、俺とチームのメンバーの数人は、朝までカラオケボックスで時間を潰すこととなった。
そのメンバーの中に『彼』もいた。
いまでも覚えている。それが始まったのは、午前1時30分。
いきなり、彼が俺に向かって言ったのだった。
「高橋、おまえ、なってないんだよ」
俺も他のメンバーも『彼』が何を言ってるのか、とっさに理解できなかった。あまりに平然と異常なことが行われると、人間は対処ができなくなる。まさに、そういう状態になってしまっていた。
「おまえ、全然なっちゃいないんだよ」
怒鳴るというには程遠い、微温的なテンションで、倦んだ目を俺に向けながら、出っ張った腹にグラスを持った手を置いて、彼は繰り返し言った。
「なっちゃないんだよ。高橋。なっちゃいないんだよ」
他のメンバーがそれを止めようとするのだが、彼より年下の人間しかいないし、何よりみんな、資質に欠けていた。当時も理解はしていたが、転生後のいまでは、身に沁みて分かる。こういった状態の人間を止めるには、暴力に近い腕力が必要なのだ。しかしそれを方法として行使できる資質を持った人間は、俺も含めて、あの時あの場所にいた中で誰もいなかった――『彼』を除いては。
3時過ぎだったと思う。
「こんなヤツより、俺のほうがすごいんだよ! いろんなとこ行ってるし! いろいろ経験してるし! 俺の方が、絶対、おもしろいんだよ!」
この、なんというか語彙的に煮詰めの足りない罵倒が、ひとつの沸点というか頂点であり、この夜の記憶の全てを象徴していたように思う。
それから『彼』は「高橋、なってないんじゃ」と言い続け、しかし朝になりカラオケボックスを出て、駅で別れ、週明け職場で再会した時には、何も憶えてない様子で「おはようございま~す」と挨拶してきた。
後でこう言ったのは、その時いたメンバーの一人だ。
「あの時、凄いドキドキしてたんですよ。高橋さん、どうするんだろうって。でも駅で別れて、ホームで僕と2人きりになった途端、言ったじゃないですか。『は~、しんどい』って。それを聞いて、僕は思ったんですよ。高橋さんについて行こうっていうか、僕は高橋さんの味方をしなきゃならないって――なぜだか分からないけど、そう思ったんですよ」
まったく記憶に無かったが、その事件の直後の俺は、そんな感じだったらしい。
『彼』のことが、俺は嫌いかというと微妙だ。『彼』が何故ああなってしまったか、どこかしら分かってしまう部分もあるからだ。でも出来れば会いたくない。会わずに人生を送ることが出来るなら、それが何より――というこの感覚を表現するなら『おぞましい』としか言うことが出来ない。
ええと、なんだったっけ?
ああ、そうそう。
「思い浮かべました」
『彼』の記憶を引っ張り出し、顔を思い浮かべ、俺は答えた。
龍皇が言った。
「じゃあ、その嫌いな人の性別を逆に――女性にしてみて。すっごく綺麗な女性に」
言われた通りにした。
すると――
(!!)
――驚愕の、事態が起こった。
「どう? 女性になったその人は――まだ、嫌い?」
あの夜の記憶。あの夜の彼を美しい女性に置き換えてみると――ぐったりと、ソファーに背中を押し付ける『彼』、いや『彼女』。倦んだような目で、俺を見ながら言う。「高橋、あんた、なってないのよ」「こんなヤツより、私のほうがすごいんだから! いろんなとこ行ってるし! いろいろ経験してるし! 私の方が、絶対、おもしろいんだから!」「高橋、おまえ、なってないんじゃ! なってないんじゃ!」――おいおい、これは。
「いいえ――すごく、魅力的です」
『彼』のおぞましさが、『彼女』においては、そのまま、なんだか放っておけない、かまってあげたくなるような魅力と化していたのだった。
龍皇が言った。
「嫌いな人間を、男女逆転させるとなんか魅力的なキャラになる――急場で新キャラをでっち上げるとき有用なメソッドよ。憶えておくといいわ」
いや、そんなメソッドどこで使うんだよと突っ込みたい気持ちはあったが、とりあえず頷いておいた。
「というわけで、中身がキモいおっさんだからこそ、いまのあなたは可愛い。つまり、いまのあなたの魅力は、前世から引き継いだモノで出来ているのよ」
それは、素直に喜んで良いのだろうか。
疑問はあったが、胸の奥に、柔く緩んでいくような感覚があるのも事実だった。
「温かい……」
龍皇の胸に頬を埋めながら、ふと出た声に驚く。しなやかな指で髪をすかれながら、俺は、女性に劣情を抱かずに済むというのは、こんなにも気を楽にしてくれるものなのだな、と感じていた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
来訪神に転生させてもらえました。石長姫には不老長寿、宇迦之御魂神には豊穣を授かりました。
克全
ファンタジー
ほのぼのスローライフを目指します。賽銭泥棒を取り押さえようとした氏子の田中一郎は、事もあろうに神域である境内の、それも神殿前で殺されてしまった。情けなく申し訳なく思った氏神様は、田中一郎を異世界に転生させて第二の人生を生きられるようにした。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
お前じゃないと、追い出されたが最強に成りました。ざまぁ~見ろ(笑)
いくみ
ファンタジー
お前じゃないと、追い出されたので楽しく復讐させて貰いますね。実は転生者で今世紀では貴族出身、前世の記憶が在る、今まで能力を隠して居たがもう我慢しなくて良いな、開き直った男が楽しくパーティーメンバーに復讐していく物語。
---------
掲載は不定期になります。
追記
「ざまぁ」までがかなり時間が掛かります。
お知らせ
カクヨム様でも掲載中です。
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました
うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。
そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。
魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。
その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。
魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。
手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる