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34 あるギルド職員の記憶_3

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 彼らは町を守るために戦っている。
 しかしその戦い、いや作業は、彼らにとってそんなに大変なことではなかった。

 整備されたダンジョンの地下二階は遮蔽物がなく、こちらの魔銃が一方的に通る。

 建造された固定砲台により、魔力が枯渇するまで撃ちまくり、枯渇したら交代する、その繰り返した。

 長い通路に一方的に弾丸を吐き出すだけの、単調な作業だ。
 それは今日も変わらない。

 「飽きませんねぇ、こいつらも」

 冒険者たちは低能な魔物を嘲笑う。


 ……その様子が少し違うということに、彼らはようやく気が付いた。明らかに、いつもよりも死体が少ない。

 確かに殺しているが、その出現数が圧倒的に少ないのだ。

「さすがのダンジョンでも、魔物が尽きて来たんでしょうかね」
「しばらく保護しなきゃならんかもしれんな」
「狩り過ぎたってことですか? ダンジョンの管理も簡単じゃないですね」

 固定砲台は、敵の数によって弾丸を減らすなどという操作は受け付けないため、どれだけ敵が少なかろうと、ひたすら弾を吐き出すことしかできない。


「冒険者様方、本部から緊急の通信です!」


 そのとき、ギルド本部からの伝令が伝えられた。

 通信を受け取ったのはギルドからダンジョンに派遣されている職員だったが、彼女は困惑しているように見える。


「今すぐに全ての冒険者はギルドに帰還せよ、との伝令です。ギルド長から直接のご命令で……」

「マスターから? サブマスじゃなく?」

 冒険者たちは少し驚き互いに顔を見合わせた。

 彼らにとって、ギルドマスターすなわちギルド長は、教会との調整に注力しており、彼ら冒険者に対して何か指示をするような存在ではないのだ。


「はい、その、本部が言うには、街に魔物が大量発生しているとか……」

「魔物が大量発生? 街中に?」

 さすがに、冒険者たちの中にも緊張が走る。
 

 ダンジョンの中からでは外の様子は直接分からない。
 通信を伝えた職員も、それは同じだ。

「……そういうことなら、ここはあんた達に任せていいか?」

 固定式砲台の警護を担っていた冒険者が、ギルド職員へ言った。


「俺達は地上に向かって、魔物共の掃討に向かう。これを起動させてるだけなら、あんた達でもできるだろ? それに、入口から地下三階までは、エレベータが敷設されてるから、市街の戦闘が終わったらすぐに戻って来られる」

 ギルド職員は、少し迷ったようだったが、「そうですね」と緊張した面持ちで呟いた。

「緊急事態ですし、我々だけで対処します。皆様は市街の方へ、お願いいたします」

「こっちはもう終わりそうだしな。そうしよう。……みんな、戻るぞ!」

 冒険者が呼びかけると、固定砲台の防衛についていた冒険者たちは、皆頷いて砲台から離れる。


「あとは職員達に任せよう、上へ急ぐぞ!」

 冒険者たちは、設置されたエレベータによって地上へと向かった。


「……私たちも、地上へ向かった方がいいでしょうか? この規模の暴走ならば、市街の混乱が収まってからでも鎮圧は十分間に合うと思います」

 ある新人の職員が、ベテランの職員に向かって尋ねた。

 ベテランの職員は、少し考えているようだった。


「待て! ここに残ってる職員を全員集めて、警備に当たらせろ!」

 聞き覚えのある声、思わずビクッとして振り向いたそこには、息を荒げてこちらに走ってくるギルドのサブマスター――つまり俺がいた。


「ど、どうされたんですか、副長……」

 普段滅多に声を荒げることのない俺が怒鳴り声を上げたからか、新人の職員は怯えたような風に言う。

 しかし気遣っている余裕は、今の俺にはなかった。


「地上には向かうな、このままダンジョンの攻略を開始してくれ。残ってるのは何人だ?」

「えっ、えぇと、その……それは、どうして……」

「腕に覚えのある奴は俺と一緒に来てくれ。地下三階で数を減らさないと、ここだけじゃ処理しきれない」

「お、お待ち下さい副長、一体どうなさったのですか? 無理に下層へ降りなくても、戦線は安定しています……」

「俺は、上の管理室で、ダンジョン下層の様子を見たんだ。数分後には大群が押し寄せて来る!」
「えぇ、いやしかし、異変があれば、すぐに連絡が入るはずではありませんか? 通信機は生きていますよ」

「管理室に異変が生じた、理由は知らないが、管理室の職員は様子がおかしい」
「様子がおかしい、ですか? むしろ元気そうでしたが……」

 職員は戸惑って首を傾げるばかりで、誰も動く様子はない。


「……」

 これ以上言っても無駄だ、と俺は判断した。


「……無理なことを言って申し訳ありません。俺……私は先に下へ向かいます。決して油断せず、敵に備えて下さい。よろしくお願いします」

 上手くなりたくなかったわけじゃないのに、我ながらこんなときですら、俺の作り笑顔は完璧だった。

 俺はそのまま「健闘を祈ります」といつも通り笑って言って、地下へと向かう。


「……向いてない、んだよな。こんな役は」

 鶴の一声、という言葉があるが、俺にはそれがなかった。

 それは分かっていた。俺は人の上に立つ器じゃない。
 受けた命令を黙って執行する方が、ずっと性に合っている。


 カリスマ性の問題なのか、そもそも信頼されていないのかは分からないが、とにかく俺がどんなに叫んでも、誰にも俺の意思は届いてくれない。

 それが普通なのか、それとも俺が特殊なのかは知らないが、その体質を恨まずにはいられない。

 少なくとも、今はそうだ。


 地下三階は、草原だ。

 地下とは思えないその光景は、殺風景な地下二階までとは大きく異なる。
 白く輝く天井に違和感を覚えるくらいに、その草原は俺のよく知る平原と何ら変わりない。


 しかし自然のままというわけではない。戦い易く不意打ちを受けにくいように木々は伐採され、草も刈られて整備されている。

 方々にキャンプが整備され、それぞれに食料や装備品、治療薬等の消耗品が設置されている。


 迷わないように懇切丁寧に道まで敷かれたその場所は、今も平和で、何も変わらないように見えた。


 しかし俺は知っていた。

 油断なく剣を構え、階層の入り口近く、死角に潜む。

 もし俺が与えられた者ギフテッドなのだとしたら、押し寄せてくる魔物の大群も軽々と倒せたのかもしれないが、生憎俺はそうじゃない。

 むしろ戦いは不得手な方だ。大群相手に無双はできない。

 そんな俺でも今やギルドのサブマスター、というところに、ここ十数年の戦力低下を如実に感じる。


 しかし、それなら敵の主将を落とすまでだ。その相手に心当たりはある。

 俺は息を殺した。


 その刹那、確かに感じた殺気、俺は角から飛び出し、斬りかかった。

「……!!!」

 それは少女だった。

 その姿は、頭にツノがある以外はほとんど人間の少女と同じだ。
 俺はその姿をモニター越しに見ていなければ、思わず駆け寄ってしまったかもしれない。


 俺を見て驚いたように見えた。
 俺の剣を見て防ごうとしたように見えた。

 ただの無力な少女に見えた。
 愛らしく純粋無垢で可哀想で平凡な思春期の、きっと俺の、俺の娘に似ていた。


 しかし彼女は敵なのだ。
 俺はそれを知っている。

 明らかに魔王然としたその服装、天を突くようなその角。


 昔切り落とした尾が逆立つ。かつて自ら引き抜いた耳が危機を報せる。


「!!」

 確実に捉えた、俺は剣の感触からそれを感じた。

 少女の体は宙を舞った、それを目で追うことは叶わなかった。

 剣を振り抜き無防備になった俺の体は、彼女が騎乗していた魔物によって、鋭く突き飛ばされたからだ。


「メェエエエエエ!!!」

 怒り狂う魔物の咆哮、俺は全身を激しく地面に叩きつけられ、呼吸が止まる。


 まともに突進された半身は明らかに砕け、潰れていた。

 数分後には確実に死ぬだろう、俺は容易に想像できた。


 なんだか懐かしい感覚だ。俺はよく死にかけている。

 ……俺は、やっぱり慣れたくないことにばかり慣れている。


「……」

 まともに動けない。
 俺を突き飛ばした魔物が、怒り狂って俺の方へと突進してくるのが見える。

 相当な距離を吹き飛ばされたため、その魔物が俺の方へと到達するまでに、そこそこ時間がかかるらしい。


 視界は歪む。
 遠くの方で、大量の魔物が通り去っていく。地面が悲鳴を上げている。

 俺は目を閉じ、無意味にも浅い呼吸を繰り返した。

 僅かに動く指先で、ほとんど本能的に地面をまさぐった。


 すると、ふと硬い物が、指先に触れた。


「……」

 俺は一瞬、その指先の感覚に気を取られた。
 迫って来る魔物から、一瞬だけ意識を逸らした。

 その瞬間、何かが俺の中から引きずり出されるような、そんな嫌な感覚を覚えた。

 頭の上から脊髄を引き抜かれるような、例えるなら植物の根を引き抜かれた土のような感覚。


 俺は一瞬意識が遠のいたが、ザラザラした血の感覚が口の中に満ちた。
 歯の何本かも折れている。

 それは吐き気を催すような味、しかしそれは確かに現実。


 彼女は俺を見ていた。

 それは少女ではなかった。
 もっと幼い、少女どころか幼女と言ってもいいくらいに幼い子。


 その子は俺を見ていた。

 どこにいるのか分からないくらい遠くにいるのに、俺はその子の顔をはっきりと見ることができた。


 幼女は整った顔立ちをしていたが、とても無表情だった。

 愛嬌の一つもない無表情。
 その表情のおかげで、俺はその子が普通の子供ではないと知ったのかもしれない。


 その幼女は少し驚いたように、一瞬目を見開く。
 しかしすぐにまた、無表情へと戻る。

 彼女は言った。

 ——やめろ。オズのしごとじゃない。


 眼前に迫っていた魔物は、鼻息を荒くしながらも、俺の目の前で止まり、そのまま踵を返して、大群の中に戻っていった。

 同時に幼女も、俺から目を逸らした。

 彼女は、俺が切り捨てた少女の体を魔物に運ばせて、そのまま地上へ向かった。


「……運が、良かったな」

 俺は自分を取り戻し、指先に触れた硬い瓶を、弱々しく握る。
 半身が砕けた俺には、その蓋を開けることはできない。しかし瓶には、俺が突撃したせいで、亀裂が入っていた。

 俺は、俺に迫る魔物を見つめながら、砕けた体をなんとか捩り、気を失う直前、その瓶の中身に体を浸すことに成功した、ような気がした。


 そして思い出した。

 俺は、昔から運だけは良かったのだということを。
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