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29 もうもく

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 本人のファッションセンスとは裏腹に、拠点のセンスは結構良かった。

 その部屋は巨木の近くにある建物で、外観もきれいに保たれていた。


 バフォメトはその建物の中にある広い部屋にルルたちを案内し、自由に使わせてくれるらしい。


 部屋には大きな窓があり、大きなソファ、ベッド、テーブルなどが設置されていた。

 ルルは清潔に保たれたシーツに覆われた、柔らかいベッドの上のおふとんに潜り込んだ結果、色々とどうでも良くなっていた。


「むにゃむにゃ、おやすみしようかな……」
『ルーチェス、ルーチェス』
「……ん、わかってる」

 ヨロイに窘められたルルは、もぞもぞとおふとんから抜け出す。


「めぇ!」
「ん」

 ルルはバフォメトによって乾かされ、またもこもこに戻ったジャックを撫でた。

 ヨロイはヨロイで、絨毯の上でカサカサとたくさんの脚を動かし、楽しそうにしている。


「こちらにどうぞ、ご主人様」

 バフォメトはソファを引いてルルを座らせ、自分は床に跪いた。


「ご主人様、お食事はいかがなさいますか? ラム肉なら、いくらでも用意いたしますが」
「ごはんはいい。ルル、やるべきことがある」

「やること、でございますか?」
「ん。おまえにも、てつだってほしい」

「喜んでお手伝いいたします! ご主人様の望みはワタクシの望みですから!」

 バフォメトは心底嬉しそうに笑い、何度も頷いた。

「ルル、ひとびとの『でえた』をさがしている。このばしょにあるときいた」
「でえた、ですか」

「ん。ひとびとのでえた。それがあれば、へいわなせかい、めざせるとおもう」
「……」

 バフォメトは跪き、俯いたまま少し考える。


「……申し訳ございません、それを我々は知らないようです、ご主人様」
「なら、いっしょにさがす。このざんがいに、あるはず」

「この狭い地は、我々の眼をもってして、一本の草木も逃すことなく掌握済みでございます。……ですが、心当たりはございます、ご主人様。とても狭い範囲ですが、我々が掌握していない場所があるのです」

「そこにある?」
「ワタクシはそのように思います。しかし、その場所を捜索することは、ご主人様のお力をもってしても、容易ではございません」

「どこ?」
「お答え申し上げます、ご主人様。それはかの母なる大樹の最上部、忌々しい人間共に支配されたでございます」

「なに?」

「地上で呼ばれている方法で、簡単に説明申し上げるならば……ダンジョンの入口、です。人間共は、あの大樹をダンジョンと呼び、その周辺に街を作っているのです。そして入口で我々を待ち構え、掃討しています」

「……ここから、いける?」

「はい、大樹の根元に入口があるのです。中は大樹のダンジョンに繋がっており、そこから上へ上へと進むことで、到達することは可能です。話の通じる魔物ばかりというわけではないですが、ご主人様のお力をもってすれば、彼らを下すことも可能かと思われます」

「……」

「ご主人様がお望みとあれば、それをご用意差し上げるのがワタクシ共の務めでございます。ご主人様のためならば、この命、惜しくはございません。哀れな子羊共が滅ぼうとも、ご主人様のために! 皆の者! 今こそ我々の覚悟を見せるときです!!」

「やめろ。さわぐな」

 ルルはすぐにバフォメトを制止した。


「でえた、あのきのうえで、まちがいない? ニコ、ここのどこかにあるとゆっていた」

「はい、仰る通りにございます。ダンジョンの入口とはいえ、この場所の一部には違いありません。ご主人様のお望みの世界に必要とあらば、我々は命など惜しくございませんので、どうぞご遠慮なくお申し付けくださいませ」
「……べつにいい。ほかにしごとがある」

「なんとお優しい! 慈悲深いご主人様、あぁバフォメトは感涙で前が見えません!」
「おまえがいちばんみえてないのはじぶんだ」

「ぁあ! そのお姿は眩しく、バフォメトは昇天しそうです!」
「……」

 ルルは窓の外へと視線を移し、その木の上を見上げる。


「きのうえ、どうしてきけん?」

「はい、あの場所は、忌々しい人間共に支配された領域なのでございます。我々は外を目指し、定期的に襲撃しているのですが、お恥ずかしながら、一度も人間共の包囲網を突破できたことがないのです」

「つまり、まちうけられているということ?」
「左様にございます、ご主人様」

「いちども、かったことないの?」
「はい、お恥ずかしながら」

「なんども、たたかうの?」
「はい、何度も負けます」

「どうして、かてないのになんどもたたかうの?」
「他にやることがないので」
「……」

 その動機こそ真に恥じるべきなのではないかと思いながら、ルルは努めて神妙な顔をして頷いた。


「……どうして、ほかにやることない?」

「この場所、すごく狭いんですよ。だから旅をしても楽しめませんし、他の種族は既に淘汰しましたし、味方同士で争うのも、不毛というか、ただただ虚しいですし」

「……そと、いけばいい。でられない?」

「はい、出られません。以前はここより南方にあるダンジョン跡地から、たまに抜け出していたのですが、今は砂で埋まってしまったのです」

「ほかにない?」

「はい。我々は水が苦手ですし、空を飛ぶこともできませんから。唯一の出口は、あの大樹の先端なのです。ジャックは我々の中で一番泳ぎが上手かったので、少しでもご主人様のお力になりたく、一族を挙げて地上へと送り出しましたが、それが限界でした」


「……たいへんだね」

 ルルは心底同情して呟いた。


「なかま、どのくらいたたかえる?」

「ご主人様も、ジャックのことはよくご存じかと思います。皆、このもふもふの毛皮と、ツノを持っています。人間共の銃弾であろうと、数発は耐えられます。そしてこの鋭いツノをもって突撃すれば、貧弱な人間共など串刺しです!」

「なら、なんでまける?」

「我々は正直言って頭が悪いです。正面から突っ込むので、いつも同じ方法でやられます」
「じかくはしているのか」

「でも、何回かは上手く行き、人間共を恐怖のどん底に突き落としてやりました!」

 バフォメトは自慢げに胸を張ってそう言った。


「しかし、だっしゅつはできないのか」

「はい。何しろ、人間共はダンジョンの入口だといって、周辺の街に厳重な警備を敷いています」

「……それをわかっていて、つっこむ?」
「魔物というのは、知能が低いものなのです、ご主人様。どうかご理解ください」


「なんでおまえまでちのうひくいの? ルルとにているのに」

「そんな、似ているなんてとんでもございません。ワタクシは確かに我々とは見た目は違いますが、同じ種族なのです」

「……つまりおまえ、ジャックのなかま?」
「はい、仰る通りです」

「どうしてみため、ちがう? みんなもこもこ、ひづめもある。おまえ、ひづめない。もこもこじゃない」

「……申し訳ありません、ワタクシにも分かりかねます。ですがワタクシは、我々と同じ場所で生まれ、同じ場所で育ち、同じ場所で暮らしています。我々は家族なのだと、ワタクシは知っているのです」
「……そうか」

 突然変異で、姿の違う魔物が生まれることは稀にある。
 多くは人間や仲間からユニークネームを与えられて名持ちネームドになり、強い力を持つ、ことが多い。

 さすがにここまで違うのは相当珍しいことではあるが、全くあり得ないかというとそういうわけでもない、のかもしれない。


「いずれにせよ、聡明で偉大なご主人様に比べれば、ワタクシなど、ただの下僕に過ぎないのでございます。どうぞご主人様、そのお御足みあしでこの子羊めを罰してくださいませ。ハァハァ」

「おまえケケよりちのうひくそう」

 ルルは冷たく言い放ち、ソファから立ち上がってジャックを呼んだ。


「あんっ、ご主人様! どちらに行かれるのですか?」
「ちじょうとれんらく、とる」
「地上と? 恐れながら、どのような方法をお使いになられるのですか?」

「みずつかう。ポポがくる。……ジャック、ヨロイ。もどる」

 ニコと合流する場所は湖の底と決めてあるので、また落ちて来た場所に戻る必要がある。

「めぇ!」
『ワカリマシタ!』

 ルルはジャックに乗って、ヨロイを従え、そのまま部屋を出る。


「あっ、お待ちください、ご主人様! ワタクシもお供いたします! オズ、こちらに!」

 バタバタとバフォメトが走りながら、両手をパンパンと鳴らす。

「めぇ?」

 何故か部屋の隅から転がりながら現れたのは、ジャックの親戚。体はジャックよりもちょっと大きい。

 あと、ジャックと比べて、なんだかやる気のない顔をしている。
 ……ような気がする。 


「ご主人様にお供いたします、準備なさい!」
「めぇ」

 オズと呼ばれたその個体は、やっぱりやる気のなさそうな返事をして、そろそろと立ち上がった。

「めぇ……?」
「めぇ!」
「めぇ……」

 階段を駆け下りていくジャックの後を、めんどくさそうについて来るオズ。
 バフォメトはその背中に乗っている。

 ルルよりも体が大きく、オズの動きはやや遅いが、ジャックがちょっと歩調を合わせることで、ちゃんとついて来ている。


『コドモタチハ、ウマクヤッテイルデショウカ』

 天井や手すりを這いながら、ヨロイが心配そうに呟く。

 結局チビヨロイは一人たりとも着いて来なかったので、彼女は子供たちと離れて行動することになってしまった。


「ケケちゃん、つよい。だいじょうぶ」
『イエ、メイワクヲ、カケテイナイカナト……』
「ケケちゃん、ばーさーかー。にたようなものだから、きにするな」

 ルルはそう言ってヨロイを慰める。

 実際、チビヨロイとケケはかなり気が合う感じだった。上手くやっているだろう。


 どちらかというと、むしろ平和主義のコボルトたちが不憫だ。

 彼らには道具の使い方を教え、魔力毒を焼き払うための火炎放射器を与えて温泉に残し、残りをケケとヨロイたちと一緒に中央都市に向かわせた。

 でもどうやら、みんな温泉に残りたがっていたような気がする。


 建物を出てしばらく、湖の底に差し掛かる頃、ルルは地面でポンポン跳ねる水たまりを見つけた。

「ポポ!」

 ルルはジャックから降りて、跳ねる水たまりに駆け寄る。

 水たまりはルルの方を見て、嬉しそうなピンク色になった。

(かわいい)


『アイタカッタヨ!』

 ルルは両手を広げる。ポポはそこに飛び込んでくる。

「んふふ」

 ルルはポポに頬ずりした。
 ぽよぽよ、ふにょふにょ、ひんやりしていてとても気持ちがいい。


「ルルよ、ケケはやり遂げたぞ。地上では既に日は沈んだ、後は白玉の森を落とすだけだ。ケケはポポに時計を預けた。これがゼロになれば、決戦のときだ」

 ニコはポポの中から言う。

 よく見ると、ポポの中には、砂時計のようなものが取り込まれていた。
 ポポがピンク色になっているため、よく見えなかったが、それは確かに今も動いている。


「ん、わかった」

 ルルは小さく頷いた。まだ時間はあるように見える。


「あの、ご主人様? その……水餅みたいなのは何ですか?」
「ポポ。ルルのなかま」

「……なんか、弱そうですね。食べ物ですか?」
「たべものではない。……んしょ」

 ルルはポポを守るようにジャックの上に乗せながら言う。


「いま、ルルのなかま、うえでたたかうところ。したからも、たたかうよてい。おまえたち、いっしょにやるか?」

「えっ?」
「おまえ、つよいなら、いっしょにたたかってほしい」

 ルルはバフォメトの方を見て、ちょっと頷くようにして頭を下げた。


「もちろんです! ご命令を賜るなんて、恐悦至極にございます、ご主人様!」

 案の定というか、なんというか、バフォメトは顔を輝かせ、嬉しそうに言った。

「でも、ルル、おまえにたのみたいこと、ある」
「はい! もちろん、何なりと! ワタクシが差し上げられるものなら、何だって差し上げます!」


「さくせん、いのちだいじに。いいか?」

 ルルはバフォメトの方をジッと見ながら言った。

「……つまり、我々に、なるべく死ぬなと仰せですか?」

 バフォメトは困ったように首を傾げる。


「ううん……ご主人様のお申し付けですから、もちろんワタクシは喜んで従いたいのですが、勝利のために、犠牲は必要ではありませんか? それとも、我々に勝利より、護身を選べと仰るのですか?」

「しょうりは、ぜったい。ぎせいは、さいしょうげん」

 ルルは強い口調で言う。


 バフォメトは「そうですか……」と考えるような素振りを見せたが、頷いた。

「ご主人様の直々のご命令です。忠実な下僕たるワタクシは、ただ忠実に、従うのみでございます。ワタクシの持てる力を出し切り、ご主人様のお望みを叶えたいと存じます」

「ん」

 ルルは仰々しく頷き、ポポの後ろに乗った。


「じかん、すくない。さいごのさくせんかいぎ、はじめる」
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