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29 もうもく
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本人のファッションセンスとは裏腹に、拠点のセンスは結構良かった。
その部屋は巨木の近くにある建物で、外観もきれいに保たれていた。
バフォメトはその建物の中にある広い部屋にルルたちを案内し、自由に使わせてくれるらしい。
部屋には大きな窓があり、大きなソファ、ベッド、テーブルなどが設置されていた。
ルルは清潔に保たれたシーツに覆われた、柔らかいベッドの上のおふとんに潜り込んだ結果、色々とどうでも良くなっていた。
「むにゃむにゃ、おやすみしようかな……」
『ルーチェス、ルーチェス』
「……ん、わかってる」
ヨロイに窘められたルルは、もぞもぞとおふとんから抜け出す。
「めぇ!」
「ん」
ルルはバフォメトによって乾かされ、またもこもこに戻ったジャックを撫でた。
ヨロイはヨロイで、絨毯の上でカサカサとたくさんの脚を動かし、楽しそうにしている。
「こちらにどうぞ、ご主人様」
バフォメトはソファを引いてルルを座らせ、自分は床に跪いた。
「ご主人様、お食事はいかがなさいますか? ラム肉なら、いくらでも用意いたしますが」
「ごはんはいい。ルル、やるべきことがある」
「やること、でございますか?」
「ん。おまえにも、てつだってほしい」
「喜んでお手伝いいたします! ご主人様の望みはワタクシの望みですから!」
バフォメトは心底嬉しそうに笑い、何度も頷いた。
「ルル、ひとびとの『でえた』をさがしている。このばしょにあるときいた」
「でえた、ですか」
「ん。ひとびとのでえた。それがあれば、へいわなせかい、めざせるとおもう」
「……」
バフォメトは跪き、俯いたまま少し考える。
「……申し訳ございません、それを我々は知らないようです、ご主人様」
「なら、いっしょにさがす。このざんがいに、あるはず」
「この狭い地は、我々の眼をもってして、一本の草木も逃すことなく掌握済みでございます。……ですが、心当たりはございます、ご主人様。とても狭い範囲ですが、我々が掌握していない場所があるのです」
「そこにある?」
「ワタクシはそのように思います。しかし、その場所を捜索することは、ご主人様のお力をもってしても、容易ではございません」
「どこ?」
「お答え申し上げます、ご主人様。それはかの母なる大樹の最上部、忌々しい人間共に支配された神の領域でございます」
「なに?」
「地上で呼ばれている方法で、簡単に説明申し上げるならば……ダンジョンの入口、です。人間共は、あの大樹をダンジョンと呼び、その周辺に街を作っているのです。そして入口で我々を待ち構え、掃討しています」
「……ここから、いける?」
「はい、大樹の根元に入口があるのです。中は大樹のダンジョンに繋がっており、そこから上へ上へと進むことで、到達することは可能です。話の通じる魔物ばかりというわけではないですが、ご主人様のお力をもってすれば、彼らを下すことも可能かと思われます」
「……」
「ご主人様がお望みとあれば、それをご用意差し上げるのがワタクシ共の務めでございます。ご主人様のためならば、この命、惜しくはございません。哀れな子羊共が滅ぼうとも、ご主人様のために! 皆の者! 今こそ我々の覚悟を見せるときです!!」
「やめろ。さわぐな」
ルルはすぐにバフォメトを制止した。
「でえた、あのきのうえで、まちがいない? ニコ、ここのどこかにあるとゆっていた」
「はい、仰る通りにございます。ダンジョンの入口とはいえ、この場所の一部には違いありません。ご主人様のお望みの世界に必要とあらば、我々は命など惜しくございませんので、どうぞご遠慮なくお申し付けくださいませ」
「……べつにいい。ほかにしごとがある」
「なんとお優しい! 慈悲深いご主人様、あぁバフォメトは感涙で前が見えません!」
「おまえがいちばんみえてないのはじぶんだ」
「ぁあ! そのお姿は眩しく、バフォメトは昇天しそうです!」
「……」
ルルは窓の外へと視線を移し、その木の上を見上げる。
「きのうえ、どうしてきけん?」
「はい、あの場所は、忌々しい人間共に支配された領域なのでございます。我々は外を目指し、定期的に襲撃しているのですが、お恥ずかしながら、一度も人間共の包囲網を突破できたことがないのです」
「つまり、まちうけられているということ?」
「左様にございます、ご主人様」
「いちども、かったことないの?」
「はい、お恥ずかしながら」
「なんども、たたかうの?」
「はい、何度も負けます」
「どうして、かてないのになんどもたたかうの?」
「他にやることがないので」
「……」
その動機こそ真に恥じるべきなのではないかと思いながら、ルルは努めて神妙な顔をして頷いた。
「……どうして、ほかにやることない?」
「この場所、すごく狭いんですよ。だから旅をしても楽しめませんし、他の種族は既に淘汰しましたし、味方同士で争うのも、不毛というか、ただただ虚しいですし」
「……そと、いけばいい。でられない?」
「はい、出られません。以前はここより南方にあるダンジョン跡地から、たまに抜け出していたのですが、今は砂で埋まってしまったのです」
「ほかにない?」
「はい。我々は水が苦手ですし、空を飛ぶこともできませんから。唯一の出口は、あの大樹の先端なのです。ジャックは我々の中で一番泳ぎが上手かったので、少しでもご主人様のお力になりたく、一族を挙げて地上へと送り出しましたが、それが限界でした」
「……たいへんだね」
ルルは心底同情して呟いた。
「なかま、どのくらいたたかえる?」
「ご主人様も、ジャックのことはよくご存じかと思います。皆、このもふもふの毛皮と、ツノを持っています。人間共の銃弾であろうと、数発は耐えられます。そしてこの鋭いツノをもって突撃すれば、貧弱な人間共など串刺しです!」
「なら、なんでまける?」
「我々は正直言って頭が悪いです。正面から突っ込むので、いつも同じ方法でやられます」
「じかくはしているのか」
「でも、何回かは上手く行き、人間共を恐怖のどん底に突き落としてやりました!」
バフォメトは自慢げに胸を張ってそう言った。
「しかし、だっしゅつはできないのか」
「はい。何しろ、人間共はダンジョンの入口だといって、周辺の街に厳重な警備を敷いています」
「……それをわかっていて、つっこむ?」
「魔物というのは、知能が低いものなのです、ご主人様。どうかご理解ください」
「なんでおまえまでちのうひくいの? ルルとにているのに」
「そんな、似ているなんてとんでもございません。ワタクシは確かに我々とは見た目は違いますが、同じ種族なのです」
「……つまりおまえ、ジャックのなかま?」
「はい、仰る通りです」
「どうしてみため、ちがう? みんなもこもこ、ひづめもある。おまえ、ひづめない。もこもこじゃない」
「……申し訳ありません、ワタクシにも分かりかねます。ですがワタクシは、我々と同じ場所で生まれ、同じ場所で育ち、同じ場所で暮らしています。我々は家族なのだと、ワタクシは知っているのです」
「……そうか」
突然変異で、姿の違う魔物が生まれることは稀にある。
多くは人間や仲間からユニークネームを与えられて名持ちになり、強い力を持つ、ことが多い。
さすがにここまで違うのは相当珍しいことではあるが、全くあり得ないかというとそういうわけでもない、のかもしれない。
「いずれにせよ、聡明で偉大なご主人様に比べれば、ワタクシなど、ただの下僕に過ぎないのでございます。どうぞご主人様、そのお御足でこの子羊めを罰してくださいませ。ハァハァ」
「おまえケケよりちのうひくそう」
ルルは冷たく言い放ち、ソファから立ち上がってジャックを呼んだ。
「あんっ、ご主人様! どちらに行かれるのですか?」
「ちじょうとれんらく、とる」
「地上と? 恐れながら、どのような方法をお使いになられるのですか?」
「みずつかう。ポポがくる。……ジャック、ヨロイ。もどる」
ニコと合流する場所は湖の底と決めてあるので、また落ちて来た場所に戻る必要がある。
「めぇ!」
『ワカリマシタ!』
ルルはジャックに乗って、ヨロイを従え、そのまま部屋を出る。
「あっ、お待ちください、ご主人様! ワタクシもお供いたします! オズ、こちらに!」
バタバタとバフォメトが走りながら、両手をパンパンと鳴らす。
「めぇ?」
何故か部屋の隅から転がりながら現れたのは、ジャックの親戚。体はジャックよりもちょっと大きい。
あと、ジャックと比べて、なんだかやる気のない顔をしている。
……ような気がする。
「ご主人様にお供いたします、準備なさい!」
「めぇ」
オズと呼ばれたその個体は、やっぱりやる気のなさそうな返事をして、そろそろと立ち上がった。
「めぇ……?」
「めぇ!」
「めぇ……」
階段を駆け下りていくジャックの後を、めんどくさそうについて来るオズ。
バフォメトはその背中に乗っている。
ルルよりも体が大きく、オズの動きはやや遅いが、ジャックがちょっと歩調を合わせることで、ちゃんとついて来ている。
『コドモタチハ、ウマクヤッテイルデショウカ』
天井や手すりを這いながら、ヨロイが心配そうに呟く。
結局チビヨロイは一人たりとも着いて来なかったので、彼女は子供たちと離れて行動することになってしまった。
「ケケちゃん、つよい。だいじょうぶ」
『イエ、メイワクヲ、カケテイナイカナト……』
「ケケちゃん、ばーさーかー。にたようなものだから、きにするな」
ルルはそう言ってヨロイを慰める。
実際、チビヨロイとケケはかなり気が合う感じだった。上手くやっているだろう。
どちらかというと、むしろ平和主義のコボルトたちが不憫だ。
彼らには道具の使い方を教え、魔力毒を焼き払うための火炎放射器を与えて温泉に残し、残りをケケとヨロイたちと一緒に中央都市に向かわせた。
でもどうやら、みんな温泉に残りたがっていたような気がする。
建物を出てしばらく、湖の底に差し掛かる頃、ルルは地面でポンポン跳ねる水たまりを見つけた。
「ポポ!」
ルルはジャックから降りて、跳ねる水たまりに駆け寄る。
水たまりはルルの方を見て、嬉しそうなピンク色になった。
(かわいい)
『アイタカッタヨ!』
ルルは両手を広げる。ポポはそこに飛び込んでくる。
「んふふ」
ルルはポポに頬ずりした。
ぽよぽよ、ふにょふにょ、ひんやりしていてとても気持ちがいい。
「ルルよ、ケケはやり遂げたぞ。地上では既に日は沈んだ、後は白玉の森を落とすだけだ。ケケはポポに時計を預けた。これがゼロになれば、決戦のときだ」
ニコはポポの中から言う。
よく見ると、ポポの中には、砂時計のようなものが取り込まれていた。
ポポがピンク色になっているため、よく見えなかったが、それは確かに今も動いている。
「ん、わかった」
ルルは小さく頷いた。まだ時間はあるように見える。
「あの、ご主人様? その……水餅みたいなのは何ですか?」
「ポポ。ルルのなかま」
「……なんか、弱そうですね。食べ物ですか?」
「たべものではない。……んしょ」
ルルはポポを守るようにジャックの上に乗せながら言う。
「いま、ルルのなかま、うえでたたかうところ。したからも、たたかうよてい。おまえたち、いっしょにやるか?」
「えっ?」
「おまえ、つよいなら、いっしょにたたかってほしい」
ルルはバフォメトの方を見て、ちょっと頷くようにして頭を下げた。
「もちろんです! ご命令を賜るなんて、恐悦至極にございます、ご主人様!」
案の定というか、なんというか、バフォメトは顔を輝かせ、嬉しそうに言った。
「でも、ルル、おまえにたのみたいこと、ある」
「はい! もちろん、何なりと! ワタクシが差し上げられるものなら、何だって差し上げます!」
「さくせん、いのちだいじに。いいか?」
ルルはバフォメトの方をジッと見ながら言った。
「……つまり、我々に、なるべく死ぬなと仰せですか?」
バフォメトは困ったように首を傾げる。
「ううん……ご主人様のお申し付けですから、もちろんワタクシは喜んで従いたいのですが、勝利のために、犠牲は必要ではありませんか? それとも、我々に勝利より、護身を選べと仰るのですか?」
「しょうりは、ぜったい。ぎせいは、さいしょうげん」
ルルは強い口調で言う。
バフォメトは「そうですか……」と考えるような素振りを見せたが、頷いた。
「ご主人様の直々のご命令です。忠実な下僕たるワタクシは、ただ忠実に、従うのみでございます。ワタクシの持てる力を出し切り、ご主人様のお望みを叶えたいと存じます」
「ん」
ルルは仰々しく頷き、ポポの後ろに乗った。
「じかん、すくない。さいごのさくせんかいぎ、はじめる」
その部屋は巨木の近くにある建物で、外観もきれいに保たれていた。
バフォメトはその建物の中にある広い部屋にルルたちを案内し、自由に使わせてくれるらしい。
部屋には大きな窓があり、大きなソファ、ベッド、テーブルなどが設置されていた。
ルルは清潔に保たれたシーツに覆われた、柔らかいベッドの上のおふとんに潜り込んだ結果、色々とどうでも良くなっていた。
「むにゃむにゃ、おやすみしようかな……」
『ルーチェス、ルーチェス』
「……ん、わかってる」
ヨロイに窘められたルルは、もぞもぞとおふとんから抜け出す。
「めぇ!」
「ん」
ルルはバフォメトによって乾かされ、またもこもこに戻ったジャックを撫でた。
ヨロイはヨロイで、絨毯の上でカサカサとたくさんの脚を動かし、楽しそうにしている。
「こちらにどうぞ、ご主人様」
バフォメトはソファを引いてルルを座らせ、自分は床に跪いた。
「ご主人様、お食事はいかがなさいますか? ラム肉なら、いくらでも用意いたしますが」
「ごはんはいい。ルル、やるべきことがある」
「やること、でございますか?」
「ん。おまえにも、てつだってほしい」
「喜んでお手伝いいたします! ご主人様の望みはワタクシの望みですから!」
バフォメトは心底嬉しそうに笑い、何度も頷いた。
「ルル、ひとびとの『でえた』をさがしている。このばしょにあるときいた」
「でえた、ですか」
「ん。ひとびとのでえた。それがあれば、へいわなせかい、めざせるとおもう」
「……」
バフォメトは跪き、俯いたまま少し考える。
「……申し訳ございません、それを我々は知らないようです、ご主人様」
「なら、いっしょにさがす。このざんがいに、あるはず」
「この狭い地は、我々の眼をもってして、一本の草木も逃すことなく掌握済みでございます。……ですが、心当たりはございます、ご主人様。とても狭い範囲ですが、我々が掌握していない場所があるのです」
「そこにある?」
「ワタクシはそのように思います。しかし、その場所を捜索することは、ご主人様のお力をもってしても、容易ではございません」
「どこ?」
「お答え申し上げます、ご主人様。それはかの母なる大樹の最上部、忌々しい人間共に支配された神の領域でございます」
「なに?」
「地上で呼ばれている方法で、簡単に説明申し上げるならば……ダンジョンの入口、です。人間共は、あの大樹をダンジョンと呼び、その周辺に街を作っているのです。そして入口で我々を待ち構え、掃討しています」
「……ここから、いける?」
「はい、大樹の根元に入口があるのです。中は大樹のダンジョンに繋がっており、そこから上へ上へと進むことで、到達することは可能です。話の通じる魔物ばかりというわけではないですが、ご主人様のお力をもってすれば、彼らを下すことも可能かと思われます」
「……」
「ご主人様がお望みとあれば、それをご用意差し上げるのがワタクシ共の務めでございます。ご主人様のためならば、この命、惜しくはございません。哀れな子羊共が滅ぼうとも、ご主人様のために! 皆の者! 今こそ我々の覚悟を見せるときです!!」
「やめろ。さわぐな」
ルルはすぐにバフォメトを制止した。
「でえた、あのきのうえで、まちがいない? ニコ、ここのどこかにあるとゆっていた」
「はい、仰る通りにございます。ダンジョンの入口とはいえ、この場所の一部には違いありません。ご主人様のお望みの世界に必要とあらば、我々は命など惜しくございませんので、どうぞご遠慮なくお申し付けくださいませ」
「……べつにいい。ほかにしごとがある」
「なんとお優しい! 慈悲深いご主人様、あぁバフォメトは感涙で前が見えません!」
「おまえがいちばんみえてないのはじぶんだ」
「ぁあ! そのお姿は眩しく、バフォメトは昇天しそうです!」
「……」
ルルは窓の外へと視線を移し、その木の上を見上げる。
「きのうえ、どうしてきけん?」
「はい、あの場所は、忌々しい人間共に支配された領域なのでございます。我々は外を目指し、定期的に襲撃しているのですが、お恥ずかしながら、一度も人間共の包囲網を突破できたことがないのです」
「つまり、まちうけられているということ?」
「左様にございます、ご主人様」
「いちども、かったことないの?」
「はい、お恥ずかしながら」
「なんども、たたかうの?」
「はい、何度も負けます」
「どうして、かてないのになんどもたたかうの?」
「他にやることがないので」
「……」
その動機こそ真に恥じるべきなのではないかと思いながら、ルルは努めて神妙な顔をして頷いた。
「……どうして、ほかにやることない?」
「この場所、すごく狭いんですよ。だから旅をしても楽しめませんし、他の種族は既に淘汰しましたし、味方同士で争うのも、不毛というか、ただただ虚しいですし」
「……そと、いけばいい。でられない?」
「はい、出られません。以前はここより南方にあるダンジョン跡地から、たまに抜け出していたのですが、今は砂で埋まってしまったのです」
「ほかにない?」
「はい。我々は水が苦手ですし、空を飛ぶこともできませんから。唯一の出口は、あの大樹の先端なのです。ジャックは我々の中で一番泳ぎが上手かったので、少しでもご主人様のお力になりたく、一族を挙げて地上へと送り出しましたが、それが限界でした」
「……たいへんだね」
ルルは心底同情して呟いた。
「なかま、どのくらいたたかえる?」
「ご主人様も、ジャックのことはよくご存じかと思います。皆、このもふもふの毛皮と、ツノを持っています。人間共の銃弾であろうと、数発は耐えられます。そしてこの鋭いツノをもって突撃すれば、貧弱な人間共など串刺しです!」
「なら、なんでまける?」
「我々は正直言って頭が悪いです。正面から突っ込むので、いつも同じ方法でやられます」
「じかくはしているのか」
「でも、何回かは上手く行き、人間共を恐怖のどん底に突き落としてやりました!」
バフォメトは自慢げに胸を張ってそう言った。
「しかし、だっしゅつはできないのか」
「はい。何しろ、人間共はダンジョンの入口だといって、周辺の街に厳重な警備を敷いています」
「……それをわかっていて、つっこむ?」
「魔物というのは、知能が低いものなのです、ご主人様。どうかご理解ください」
「なんでおまえまでちのうひくいの? ルルとにているのに」
「そんな、似ているなんてとんでもございません。ワタクシは確かに我々とは見た目は違いますが、同じ種族なのです」
「……つまりおまえ、ジャックのなかま?」
「はい、仰る通りです」
「どうしてみため、ちがう? みんなもこもこ、ひづめもある。おまえ、ひづめない。もこもこじゃない」
「……申し訳ありません、ワタクシにも分かりかねます。ですがワタクシは、我々と同じ場所で生まれ、同じ場所で育ち、同じ場所で暮らしています。我々は家族なのだと、ワタクシは知っているのです」
「……そうか」
突然変異で、姿の違う魔物が生まれることは稀にある。
多くは人間や仲間からユニークネームを与えられて名持ちになり、強い力を持つ、ことが多い。
さすがにここまで違うのは相当珍しいことではあるが、全くあり得ないかというとそういうわけでもない、のかもしれない。
「いずれにせよ、聡明で偉大なご主人様に比べれば、ワタクシなど、ただの下僕に過ぎないのでございます。どうぞご主人様、そのお御足でこの子羊めを罰してくださいませ。ハァハァ」
「おまえケケよりちのうひくそう」
ルルは冷たく言い放ち、ソファから立ち上がってジャックを呼んだ。
「あんっ、ご主人様! どちらに行かれるのですか?」
「ちじょうとれんらく、とる」
「地上と? 恐れながら、どのような方法をお使いになられるのですか?」
「みずつかう。ポポがくる。……ジャック、ヨロイ。もどる」
ニコと合流する場所は湖の底と決めてあるので、また落ちて来た場所に戻る必要がある。
「めぇ!」
『ワカリマシタ!』
ルルはジャックに乗って、ヨロイを従え、そのまま部屋を出る。
「あっ、お待ちください、ご主人様! ワタクシもお供いたします! オズ、こちらに!」
バタバタとバフォメトが走りながら、両手をパンパンと鳴らす。
「めぇ?」
何故か部屋の隅から転がりながら現れたのは、ジャックの親戚。体はジャックよりもちょっと大きい。
あと、ジャックと比べて、なんだかやる気のない顔をしている。
……ような気がする。
「ご主人様にお供いたします、準備なさい!」
「めぇ」
オズと呼ばれたその個体は、やっぱりやる気のなさそうな返事をして、そろそろと立ち上がった。
「めぇ……?」
「めぇ!」
「めぇ……」
階段を駆け下りていくジャックの後を、めんどくさそうについて来るオズ。
バフォメトはその背中に乗っている。
ルルよりも体が大きく、オズの動きはやや遅いが、ジャックがちょっと歩調を合わせることで、ちゃんとついて来ている。
『コドモタチハ、ウマクヤッテイルデショウカ』
天井や手すりを這いながら、ヨロイが心配そうに呟く。
結局チビヨロイは一人たりとも着いて来なかったので、彼女は子供たちと離れて行動することになってしまった。
「ケケちゃん、つよい。だいじょうぶ」
『イエ、メイワクヲ、カケテイナイカナト……』
「ケケちゃん、ばーさーかー。にたようなものだから、きにするな」
ルルはそう言ってヨロイを慰める。
実際、チビヨロイとケケはかなり気が合う感じだった。上手くやっているだろう。
どちらかというと、むしろ平和主義のコボルトたちが不憫だ。
彼らには道具の使い方を教え、魔力毒を焼き払うための火炎放射器を与えて温泉に残し、残りをケケとヨロイたちと一緒に中央都市に向かわせた。
でもどうやら、みんな温泉に残りたがっていたような気がする。
建物を出てしばらく、湖の底に差し掛かる頃、ルルは地面でポンポン跳ねる水たまりを見つけた。
「ポポ!」
ルルはジャックから降りて、跳ねる水たまりに駆け寄る。
水たまりはルルの方を見て、嬉しそうなピンク色になった。
(かわいい)
『アイタカッタヨ!』
ルルは両手を広げる。ポポはそこに飛び込んでくる。
「んふふ」
ルルはポポに頬ずりした。
ぽよぽよ、ふにょふにょ、ひんやりしていてとても気持ちがいい。
「ルルよ、ケケはやり遂げたぞ。地上では既に日は沈んだ、後は白玉の森を落とすだけだ。ケケはポポに時計を預けた。これがゼロになれば、決戦のときだ」
ニコはポポの中から言う。
よく見ると、ポポの中には、砂時計のようなものが取り込まれていた。
ポポがピンク色になっているため、よく見えなかったが、それは確かに今も動いている。
「ん、わかった」
ルルは小さく頷いた。まだ時間はあるように見える。
「あの、ご主人様? その……水餅みたいなのは何ですか?」
「ポポ。ルルのなかま」
「……なんか、弱そうですね。食べ物ですか?」
「たべものではない。……んしょ」
ルルはポポを守るようにジャックの上に乗せながら言う。
「いま、ルルのなかま、うえでたたかうところ。したからも、たたかうよてい。おまえたち、いっしょにやるか?」
「えっ?」
「おまえ、つよいなら、いっしょにたたかってほしい」
ルルはバフォメトの方を見て、ちょっと頷くようにして頭を下げた。
「もちろんです! ご命令を賜るなんて、恐悦至極にございます、ご主人様!」
案の定というか、なんというか、バフォメトは顔を輝かせ、嬉しそうに言った。
「でも、ルル、おまえにたのみたいこと、ある」
「はい! もちろん、何なりと! ワタクシが差し上げられるものなら、何だって差し上げます!」
「さくせん、いのちだいじに。いいか?」
ルルはバフォメトの方をジッと見ながら言った。
「……つまり、我々に、なるべく死ぬなと仰せですか?」
バフォメトは困ったように首を傾げる。
「ううん……ご主人様のお申し付けですから、もちろんワタクシは喜んで従いたいのですが、勝利のために、犠牲は必要ではありませんか? それとも、我々に勝利より、護身を選べと仰るのですか?」
「しょうりは、ぜったい。ぎせいは、さいしょうげん」
ルルは強い口調で言う。
バフォメトは「そうですか……」と考えるような素振りを見せたが、頷いた。
「ご主人様の直々のご命令です。忠実な下僕たるワタクシは、ただ忠実に、従うのみでございます。ワタクシの持てる力を出し切り、ご主人様のお望みを叶えたいと存じます」
「ん」
ルルは仰々しく頷き、ポポの後ろに乗った。
「じかん、すくない。さいごのさくせんかいぎ、はじめる」
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他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。
動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、
転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、
休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。
それは物心ついた時から生涯を終えるまで。
このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。
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最後まで読んでくださりありがとうございました!!
大好きな恋愛ゲームの世界に転生したらモブだったので、とりあえず全力で最萌えキャラの死亡フラグをおっていきたいと思います!
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