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16 ゆけむり

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「おい、一旦降りるゼ」

 温泉の近くに差し掛かったとき、突然ケケがそう言った。

「……んぁ」

 うつらうつらしていたルルは、言われて始めて周囲を見渡す。
 周囲は霧に包まれて、視界はすっかり真っ白だ。

「ちょっと視界が悪イからな」

 とケケは言い、高度を下げる。

 かなり近づいてから、白く霞のかかった地面が見えた。
 そこは森の中だったが、ケケは器用に体を捩らせながら着地する。


「ん……」
「めぇ」

 まだ眠かったルルは、地面に降りてからも、ジャックの背中によじ登ってぺこんと座り、頭を垂れて居眠りを始める。

「おい、ルル。大丈夫か?」
「めぇ」
「……そうか? 眠いだけならいいけど」

 人の姿に戻り、心配そうに尋ねたケケにジャックが答える。
 そしてジャックはその辺の草を食べ始めた。


『けけサン、アルキマスカ?』
「まぁ、そうだな。火山まではさすがに遠いけど、温泉までは遠くないゼ」

「それより、温泉に行ってどうするつもりなんだ? スライムはもとより、貴様も指名手配されてるんだから、人間がいるところには近づけないぞ」

『エッ、オンセン、ニンゲンイルノ?』

 ポポが怯えて震え、ぽんぽん跳ねる。


「そうだな、温泉街は人間の街だ。でも、温泉全部が人間の街ってわけじゃないゼ」

「あぁ、あの隠れ家に行くつもりなのか」
「……」

 ニコが呟く。


『カクレガ、デスカ?』

「火山に近い岩場な上、硫黄が濃すぎて有害だから、毒に弱い人間は来ないんだ。魔物達にとっては、この辺りで数少ない安全な場所だな」

「めぇ」
「あぁ……確かに、そんな立派な毛皮があるオマエにとっては、不向きな場所かもしれねェけど」
「……」

 ジャックは少し嫌そうだったが、ルルがその頭をよしよし撫でると、すぐに機嫌を直して目を細めて「めぇ」と鳴いた。


「あんまり心配すんなよ、ポポ。それに何かあったら、オレが守ってやるから!」

 ケケはにこにこ笑って、ポポの体を片手で掴み、自分の頭の上に乗せた。

 ポポは一瞬驚いて、ドロッとなったが、すぐに個体に持ち直してケケの頭の上に張り付く。

(かみのけ、べたべたになりそう)


「……にしても、変だな。いつもならこの辺に来れば、もう人間の声が聞こえて来るんだけど」
『?』

「そうだな。もう銃弾の一発や二発、飛んできても良さそうだ」
『!?!?』

 ポポがびっくりして、ビクビク震えている。
 ケケの頭が膨らんだり縮んだりしているように見えるので、見ている分にはすごく面白い。


『ダ、ダイジョウブナノ……?』

「魔力さえあれば、魔銃なんてオレには効かないゼ。近づいてきたヤツラは、このツメで」

 ケケは軽く手首を振る。
 するとその細くて頼りない手首の先に、不釣り合いに大きな竜の手が発生する。

「皆殺しだゼ。ケケッ」


 白く真珠のように鈍く輝くツメは、不思議と霧の中でもはっきりと見える。

「……」

 普段はそれはただのツメだが、何故かケケは毒の知識に長けており、絶対に相手を殺したいときには毒を塗って戦うらしい。

 別に自分の体から出て来るわけでもない毒を、わざわざ持ち歩いてまで使っているようだ。

(……)


「めぇ、め」
「……ジャック、にんげんみつからない、ってゆってる」

「おかしいな。なんか鼻とか利きそうなのに、見つからないのか」

 実際は、ジャックが優れているのは鼻ではなくて目だが、ケケはそれを知らない。


「隠れ家に行くつもりだったけど、一応街の方を見て来た方がいいかもな。オレもこの辺りに来たのは久しぶりだし、何か異変があったのかもしれない」

「ワラワが様子を見よう。ポポ、行くぞ」

 と、申し出たのはニコだった。


『エッ?』
「大丈夫だ、温泉街には水が多い。見つかったらすぐに水路に逃げ込めば、少なくとも殺されることはないぞ」

『イ、イヤデモ……』

「心配するな。他のことならいざ知らず、情報戦に関してはワラワの右に出るものはいない。索敵と逃走には絶対の自信があるぞ! 水を必要としない人間など、この世にいないのだ!」

 と、ニコは自慢げにそう言った。


「……なァ、ニコ。オレ、基本的にずっと逃げに徹してたよな? 本当に逃走、得意なのか? ルルがいなかったら死んでたんだけど……」

 気まずそうにケケが呟く。

「……不死鳥は人間じゃない。奴は水も風も必要としない、理性も記憶も良心もない。恒久の偏執と狂気に囚われているのだ。ワラワにどうしろと?」
「ホントにルルがいてくれて良かったゼ……」
「……」

「……ポポ、早く行くぞ」

 ニコはポポを急かし、急いでその場を去った。
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