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32 ゆうあいの惨劇
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監獄内は、空前のパラノイア状態になっていた。
どうやら看守の一部がヴァンピールになっているということが看守の中で周知されてしまったらしく、痛ましくもお互いで殺し合ったらしい。
俺は部下を殺すのに躊躇するタイプだが、全ての看守が同僚に対して同じように同情的とは限らないのだ。
こうなると例の新人は、逆にさっさとヴァンピール化して始末してやったのは僥倖だったかもしれない。
アレは馬鹿だから、絶対酷い目に遭ってた。
「この非常事態に、アンタは何をしてたんですか看守長!」
場所は避難シェルター前、この場所は囚人の脱走などの緊急時、非戦闘員が避難できるように設置された場所、の、ドアの前だ。
俺に掴みかかってきたのは監獄医。
彼は第六監獄の性質上、その仕事はほぼほぼ囚人の死亡確認書のサインに終始する、医者の終わりみたいな医者だ。
なお、その性格はヴァンピール化しているかもしれない看守長の俺に向かって掴みかかってくるという言動から察するに余りあるように、大変攻撃的で後先を考えない。
不死身の俺でも上司に掴みかかったりはしないが、この監獄医は掴みかかってくるので、もしかしたら不死身どころか絶対防御とかあるかもしれない。
両方あるなら神なんだが、お前、神なのか?
「囚人の拷問をしてたんだが、何かあったのか?」
「何かあったのかじゃないんですけど? 廊下に看守の死体が転がってませんでしたか? ご覧になってませんか? あ?」
「看守が死んでるなんて珍しいな。死亡確認はしたのか?」
「お前の死亡を確認してやろうか?」
お前の死亡を確認してやろうか、とか、俺も言ってみたいかもしれない。
医師免許を持ってたら真似しても良かったが、残念ながら持ってないんだよな。
あと上司にそんなこと言うな。お前の拷問が開始されるだろ。
「囚人が出てないならいい。何人死んだ?」
「俺は知らないですよ。ご自分で確認していただかないと」
「お前もそこそこいい趣味してるよな」
もちろん、全ての看守の生死を今ここで確認することはできない。
後で全員集めて、首の数を数えるまでのお楽しみだ。……はぁ。
「ところで、どうしてお前はシェルターの中じゃなくて外にいる? 死亡は確認したのか?」
「この状況で他人と密室に籠るのは自殺行為ですからね」
「確かに、自分の死亡は確認できないからな」
「シンプルに殺してやりましょうか?」
「趣味特技死亡確認の外科医は言うことが違うな」
「死亡確認は趣味でも特技でもなく仕事なんですけど。アンタの死亡確認書には絶対に腹上死って書いてやるからな」
「名誉だ」
「やっぱり腹下死にします」
「下痢か?」
とりあえず不死身の俺には死亡確認書など存在しないから、別にそんな脅しは怖くもなんともない。
というか、別に自分が死んだ後のこととかどうでもいい。
ああいや、心肺停止状態で埋葬されたことあったな、そういえば……あのときの死亡確認書にはなんて書いてあったんだろう。破裂死? いや、寄生死とか、孵化死かもしれない。そんな言葉があるならの話だが。
キレ散らかす監獄医をぼんやりと無視しつつ、俺はシェルターの扉に背中を預けた。
「中には誰もいないのか?」
「さぁ、どうでしょうね。俺は中を見てません」
「誰かいるか? 看守長だ! いるなら答えろ!」
シェルターの中に向かって叫んでみる。外の状況が分かるようになっているので届くはずだが、返事はない。
「……誰もいないな。開けてみるか」
「なんてことをするんですか! 俺はまだ死にたくないんです!」
「中に誰もいないなら、お前は中にいた方が安全だろ」
「隠れて返事をしないだけかもしれませんよ!」
「だったら猶更、今開けるべきだろ。不意に中から飛び出して来たら、お前は今度こそ死ぬからな。今なら俺が守ってやる。お前の鍵を貸せ」
「……どうぞ」
監獄医は大人しく俺に鍵を渡した。
なお、この扉は職員の鍵を使えば誰でも開けられるが、内側から拒否すれば開錠を防ぐことは可能だ。
これは鍵の盗難に対応するための処置だが、実質的にシェルターを早い者勝ちにしている。
俺のマスターキーは全てを無視して開けられるため、一応中に開錠されたくない誰かがいる可能性を考慮し、監獄医の鍵を使う。
俺は監獄医を背にしながら、シェルターの扉を開けた。
どうやら、中に開錠を防ぐ者はいなかったらしい。人影はない。
中は狭く、誰かが隠れられるような形はしていないので、それだけで誰もいないと分かる。
天井までしっかりクリアリングしてから、俺は監獄医に鍵を投げて返した。
「誰もいないな。お前と同じ考えだったのか、辿り着かなかったのか分からないが」
「……そうみたいですね」
「中に入ってろ。廊下に突っ立ってるよりは安心だ」
「そうですね。看守長がそう言うなら、従います」
監獄医は思ったより素直に従い、シェルターの中に入った。
「……そういえば、お前らはヴァンピールの見分け方を知らないんだったな。こうなるんだったら、最初から教えておけば良かったが、一応教えておく」
俺は銀の弾丸を取り出し、その弾頭部分を自分の手首の内側に押し当てた。
「悪魔は、銀を肌に当てると、耐えられずにその皮膚は爛れることになる。酷い火傷をするからすぐに分かる。俺は何ともないが、ヴァンピールならすぐに分かる」
「……ヴァンピールは悪魔なんですか? あの、神話に出てくるような」
「似たようなものだ。全く同じわけじゃないが」
「じゃあ、この弾丸をお前に渡しておく」
俺は監獄医に、弾丸を投げて渡した。
「……」
「……」
監獄医は、それをキャッチして、一瞥し、白衣のポケットにしまう。
「……」
「……何ですか、そんなにジロジロ見ないでもらっていいですか」
「……何ともないのか?」
「今、普通の人間なら何ともないって言いましたよね? 何ともないですけど、え?」
監獄医は怯えたように後退り、俺から距離を取る。
「……」
俺は一歩前に出る。
「や、やめてください看守長、何もないんですよね? 何もないのが正しいんじゃないんですか?」
監獄医は声を震わせて、苦しそうに首を振る。
いつも不遜な態度なので、こんな風に怯えているのは新鮮だ。594がいなかったら興奮したかもしれない。
「……あぁ……なんか……」
俺は監獄医から目を逸らし、一歩下がって、シェルターから出た。
「シェルターの前で一人陣取ってる上、ヴァンピールにも襲われてないなんて、正直絶対にヴァンピール化してると思ったから、会話してる最中に襲われるんだろうなと思ってずっと警戒してたのに、意外とヴァンピール化してなくて拍子抜けした」
「死ね」
扉は目の前で閉められたが、少なくとも監獄医は死なずに済みそうだ。
これはとりあえず、悪くない結果だ。
前向きに行こう。
どうやら看守の一部がヴァンピールになっているということが看守の中で周知されてしまったらしく、痛ましくもお互いで殺し合ったらしい。
俺は部下を殺すのに躊躇するタイプだが、全ての看守が同僚に対して同じように同情的とは限らないのだ。
こうなると例の新人は、逆にさっさとヴァンピール化して始末してやったのは僥倖だったかもしれない。
アレは馬鹿だから、絶対酷い目に遭ってた。
「この非常事態に、アンタは何をしてたんですか看守長!」
場所は避難シェルター前、この場所は囚人の脱走などの緊急時、非戦闘員が避難できるように設置された場所、の、ドアの前だ。
俺に掴みかかってきたのは監獄医。
彼は第六監獄の性質上、その仕事はほぼほぼ囚人の死亡確認書のサインに終始する、医者の終わりみたいな医者だ。
なお、その性格はヴァンピール化しているかもしれない看守長の俺に向かって掴みかかってくるという言動から察するに余りあるように、大変攻撃的で後先を考えない。
不死身の俺でも上司に掴みかかったりはしないが、この監獄医は掴みかかってくるので、もしかしたら不死身どころか絶対防御とかあるかもしれない。
両方あるなら神なんだが、お前、神なのか?
「囚人の拷問をしてたんだが、何かあったのか?」
「何かあったのかじゃないんですけど? 廊下に看守の死体が転がってませんでしたか? ご覧になってませんか? あ?」
「看守が死んでるなんて珍しいな。死亡確認はしたのか?」
「お前の死亡を確認してやろうか?」
お前の死亡を確認してやろうか、とか、俺も言ってみたいかもしれない。
医師免許を持ってたら真似しても良かったが、残念ながら持ってないんだよな。
あと上司にそんなこと言うな。お前の拷問が開始されるだろ。
「囚人が出てないならいい。何人死んだ?」
「俺は知らないですよ。ご自分で確認していただかないと」
「お前もそこそこいい趣味してるよな」
もちろん、全ての看守の生死を今ここで確認することはできない。
後で全員集めて、首の数を数えるまでのお楽しみだ。……はぁ。
「ところで、どうしてお前はシェルターの中じゃなくて外にいる? 死亡は確認したのか?」
「この状況で他人と密室に籠るのは自殺行為ですからね」
「確かに、自分の死亡は確認できないからな」
「シンプルに殺してやりましょうか?」
「趣味特技死亡確認の外科医は言うことが違うな」
「死亡確認は趣味でも特技でもなく仕事なんですけど。アンタの死亡確認書には絶対に腹上死って書いてやるからな」
「名誉だ」
「やっぱり腹下死にします」
「下痢か?」
とりあえず不死身の俺には死亡確認書など存在しないから、別にそんな脅しは怖くもなんともない。
というか、別に自分が死んだ後のこととかどうでもいい。
ああいや、心肺停止状態で埋葬されたことあったな、そういえば……あのときの死亡確認書にはなんて書いてあったんだろう。破裂死? いや、寄生死とか、孵化死かもしれない。そんな言葉があるならの話だが。
キレ散らかす監獄医をぼんやりと無視しつつ、俺はシェルターの扉に背中を預けた。
「中には誰もいないのか?」
「さぁ、どうでしょうね。俺は中を見てません」
「誰かいるか? 看守長だ! いるなら答えろ!」
シェルターの中に向かって叫んでみる。外の状況が分かるようになっているので届くはずだが、返事はない。
「……誰もいないな。開けてみるか」
「なんてことをするんですか! 俺はまだ死にたくないんです!」
「中に誰もいないなら、お前は中にいた方が安全だろ」
「隠れて返事をしないだけかもしれませんよ!」
「だったら猶更、今開けるべきだろ。不意に中から飛び出して来たら、お前は今度こそ死ぬからな。今なら俺が守ってやる。お前の鍵を貸せ」
「……どうぞ」
監獄医は大人しく俺に鍵を渡した。
なお、この扉は職員の鍵を使えば誰でも開けられるが、内側から拒否すれば開錠を防ぐことは可能だ。
これは鍵の盗難に対応するための処置だが、実質的にシェルターを早い者勝ちにしている。
俺のマスターキーは全てを無視して開けられるため、一応中に開錠されたくない誰かがいる可能性を考慮し、監獄医の鍵を使う。
俺は監獄医を背にしながら、シェルターの扉を開けた。
どうやら、中に開錠を防ぐ者はいなかったらしい。人影はない。
中は狭く、誰かが隠れられるような形はしていないので、それだけで誰もいないと分かる。
天井までしっかりクリアリングしてから、俺は監獄医に鍵を投げて返した。
「誰もいないな。お前と同じ考えだったのか、辿り着かなかったのか分からないが」
「……そうみたいですね」
「中に入ってろ。廊下に突っ立ってるよりは安心だ」
「そうですね。看守長がそう言うなら、従います」
監獄医は思ったより素直に従い、シェルターの中に入った。
「……そういえば、お前らはヴァンピールの見分け方を知らないんだったな。こうなるんだったら、最初から教えておけば良かったが、一応教えておく」
俺は銀の弾丸を取り出し、その弾頭部分を自分の手首の内側に押し当てた。
「悪魔は、銀を肌に当てると、耐えられずにその皮膚は爛れることになる。酷い火傷をするからすぐに分かる。俺は何ともないが、ヴァンピールならすぐに分かる」
「……ヴァンピールは悪魔なんですか? あの、神話に出てくるような」
「似たようなものだ。全く同じわけじゃないが」
「じゃあ、この弾丸をお前に渡しておく」
俺は監獄医に、弾丸を投げて渡した。
「……」
「……」
監獄医は、それをキャッチして、一瞥し、白衣のポケットにしまう。
「……」
「……何ですか、そんなにジロジロ見ないでもらっていいですか」
「……何ともないのか?」
「今、普通の人間なら何ともないって言いましたよね? 何ともないですけど、え?」
監獄医は怯えたように後退り、俺から距離を取る。
「……」
俺は一歩前に出る。
「や、やめてください看守長、何もないんですよね? 何もないのが正しいんじゃないんですか?」
監獄医は声を震わせて、苦しそうに首を振る。
いつも不遜な態度なので、こんな風に怯えているのは新鮮だ。594がいなかったら興奮したかもしれない。
「……あぁ……なんか……」
俺は監獄医から目を逸らし、一歩下がって、シェルターから出た。
「シェルターの前で一人陣取ってる上、ヴァンピールにも襲われてないなんて、正直絶対にヴァンピール化してると思ったから、会話してる最中に襲われるんだろうなと思ってずっと警戒してたのに、意外とヴァンピール化してなくて拍子抜けした」
「死ね」
扉は目の前で閉められたが、少なくとも監獄医は死なずに済みそうだ。
これはとりあえず、悪くない結果だ。
前向きに行こう。
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