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31 殺意のリロード

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 官吏は俺の育て親だ。

 燃えないゴミのゴミ捨て場で燃えるゴミになりかけていた俺を、官吏は研究所に持ち帰った。
 少なくとも、今から二十年ほど前のことだったと思う。

 俺が燃えないゴミのゴミ捨て場にいた理由はさておき、官吏は単純にゴミの分別として、俺の体を燃えるゴミ捨て場に移動させようとしたらしかったが、俺に近づいたそのとき、官吏は俺が特別な存在であることに気が付いた。

 それは何か科学的な理由があるわけでもなく、なんなら客観的な理由もなく、ただ単にそれは官吏が長年培ってきた経験と直感による、言ってしまえばただの勘。

 しかしそれは、後ろ盾のない官吏を正体不明の大物に仕立て上げた勘なので、官吏はそれに従った。

 従い、俺を管理した。
 管理し、観察し、実験した。

 具体的に何をされたかはひとまず置いておくとして、その行いは人として褒められたことではなかったと、俺は思う。思う気がする。
 俺は快楽のために人を痛めつけるが、官吏は知的好奇心のために俺の尊厳を踏みにじった。

 どちらが上かなんて争うつもりもないし、そもそも俺は人間の官吏からすればシンプルに化け物なので、即殺処分にならなかっただけ官吏の方が倫理的かもしれないくらいだ。


 しかし、俺の主観的な感想を述べさせてもらうとすると、堪ったものではなかった。

 こんな目に遭うくらいなら死んだ方がマシだと、いっそ殺してくれと、死ねもしない体を切り刻み、首を吊り、その様を観察されていた。

 ぶっ殺してやると襲い掛かり、いなされ、返り討ちにされ、痛い目に遭わされ、時には恥ずかしい目に遭わされ、その様を観察されていた。地獄か?


 俺は本場の地獄を見たことがあるが、場合によっては悪魔の方が人間より優しい気がする。

 どこに優しさの基準を置くかどうかにもよるかもしれないが。


 しかし、そんな地獄も、長くは続かなかった。

 多くの子供がそうであるように、または多くの監禁された被害者がそうであるように、俺は自分の心を守るために、官吏のことを慕い始めた。

 苦痛だった官吏の視線が、突然苦痛ではなくなり、むしろその関心を得ている自分に、誇らしさすら感じるようになった。

 俺はむしろ積極的に実験に参加し、彼を喜ばせようとしたし、彼に褒められたいがために、学び、働き、どんな汚れ仕事もやったし、何をされても嫌がらなかった。


 その変化は、見る人によっては異常だった。
 しかし同時に、奇跡的で、感動的でもあった。

 俺はそれを正常だとした。そう思うしかなかった。

 実際、「くるしみのあまりはっきょうしました」よりかは、「たすけてくれたおんをかえそうとおもってがんばりました」の方が、当事者の精神衛生上、健康的だ。


 だが、実際には俺の感情は今に至るまで激しく揺れ動き続けている。

 ある瞬間には殺したいほど憎いのに、ある瞬間には抱きしめられたいと切望している。
 どっちが本来の感情なのかは分からない。

 本当は憎いのに好きなような気がするだけなのか、本当は好きなのに昔の確執が消えなくて憎いような気がするだけなのか。


 または度重なる実験のために、故意か事故かで俺の記憶が書き換わってしまったのか。


「……何なんだよ、お前は」

 官吏のことは、昔から何も分からない。
 知りたいと思ったことはある。聞いたこともある。
 でも官吏は俺に話さない。
 俺も彼が話したくないかもしれないと思って、深くは聞けない。

 だから第四監獄の看守長以外に家族や親戚がいるのかも知らない。
 幼くして彼女と結婚した実の息子が死んだということは知っているが、それ以上のことは親のことも兄弟のことも知らない。

 表向きは中央勤務の一役人だが、裏の役職のことは知らない。
 都の役人との謎のパイプをどうやって作ったのかも知らない。


 というかそもそも、どうして俺をただの実験体じゃなく、自分の息子ということにしようと思ったのかも分からない。

 いや、それは自分のパイプを利用させるためだろうけど、適当に甥っ子とかでも良かったのに、わざわざ養子縁組を組む必要があったのかとかは聞いていない。

 俺のことを実験体だと思ってたのに。

 ……いや、それすらも分からない。

 俺が知らないだけで、官吏は俺のことを実の息子として可愛がろうとしたのかもしれない。
 そう、それこそ俺と同じように、ただの実験体に過ぎなかった俺に、親近感が芽生えて。

 だとしたら、どうだろうか?
 ……それはそれで俺は救われないわけだが。


 まぁ感情も道徳も母親の胎の中に置いてきた官吏に、誰かを慈しむという行為ができるとは思えないからそれはないにしても、俺は官吏の母親の所在すら知らない。

 何なら実は、人造人間だったりするかもしれない。
 そっちは割とあるような気がする。

 何しろ官吏は、俺を拾ったときから今の今まで、一生年を取る気配がない。
 まぁただ童顔なだけかもしれない。人の名前も覚えられない俺だ、人の年齢が分かるわけもない。

 何なら、もしかしたら俺が知らないだけで、人類は既に不老の領域に達しているのかもしれない。俺は驚かない。


 ……寝室は暗く、594は寝ているようだった。
 俺が入って来ても起きず、ベッドの中ですやすやと眠り続けている。

「ゼノさん、ねてるの?」
「……起きたのか427」
「ぅん」
「お前も眠そうだな」

 彼女のフェイクレザーの首輪には、今も鎖がついている。
 俺はそのまま427を連れて寝室を出た。

「どこいくの」
「ゲストルームがある。お前はそこにいろ」
「……看守様、どこかに行くの?」
「俺は仕事に行く」
「しごと……? えっ……こんなときに……?」

 確かにヴァンピールが闊歩している中出勤するとか、普通のサラリーマンなら投獄レベルのワーカーホリックだが、俺の仕事は看守なのだ。
 こういう非常事態のためにいる。

 人として、というか生物としては職務放棄からの亡命が正しいような気もするような気がするが、俺はこの世の生物ではない。


「絶対に部屋から出ないで、大人しくしてろ。誰かが開けようとしても絶対に開けるな。何かあれば594を起こして俺に連絡させろ」

「……かんしゅさまは?」
「仕事が終われば戻る。夕方か夜だな」
「ほんとに?」
「なんで嘘つく必要があるんだよ」

 俺は血濡れたコートを脱ぎ捨てて、シャツ一枚に着替えると、部屋の武器庫から自動装填銃とそのマガジン、リボルバーの銀の弾丸、そして銀のナイフを取り出す。
 マガジンの弾は真鍮製だ。まともに当たらないフルオートに、高価な銀の弾丸は使えない。


「ねぇかんしゅさま、あのね、427もたたかうよ」
「足手まといだ」
「そんなことないよ、これ、使ったことあるよ」
「うん。でも本当は、パイプの方が好き」
「これはな、銃って言うんだ。棍棒じゃない」

 俺は武器庫を施錠する。

「戦えるなら、ここに残って594と官吏を守れ。いいな?」
「……でも……」
「お前は騎士ナイトだ。かっこいいだろ」
「でも……」

 427はなおも不安そうに俺を見上げていたが、俺はその頭を掴むように撫でる。


「俺は不死身なんだよ、427。絶対に死なない。死んでも生き返る」
「……そうなの?」
「堕天使ってのは悪魔の一部だからな。お前も不死の力の一部があるだろ。眷属のお前でもあるんだから、俺はもっとあるんだよ」
「……うん」

 427は納得したらしく、こくんと頷く。
 正確にはちゃんと信仰を得られないと普通の人間と同じだが、細かく説明した挙句不安にさせるのは完全に無意味だ。

「じゃあな」
「うん」

 427は少し笑って頷いた。
 そうだ、そうやって無邪気に笑ってれば、少し可愛いかもしれない。
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