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14 ガッカリおっぱい

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 俺には姉がいる。
 血の繋がった姉ではない。俺と4つほど歳の離れた義理の姉だ。
 彼女も俺と同じ看守をしている。別の監獄の看守長だ。

「おはよう」
「おはようございます」


 美しく長い銀髪、妖艶な笑顔。俺と同じ青い目をした女。
 血縁関係もないのに、やたらと似ていてそれが嫌だ。

 彼女は囚人の中でも有名な、美女看守長らしい。


「可愛い男の子を預かったって聞いたけど、調子はどう?」
「元気です」

「それは良かったわ。でも貴方、子供好きだっけ?」
「好きじゃありませんが、仕事なので」

「真面目ねぇ。本当、こんなに可愛くて立派な弟を持って、お姉ちゃんは鼻が高いわ」
「……」


 姉は俺よりも背が高い。
 ヒールを履いているので尚更だ。

 彼女はうふふと笑って、幼い子供にするように俺の頭を撫でる。

 俺の義理の姉だから興奮しても許されるだろうが、俺の中ではガン萎えだ。俺は巨乳好きではない。

 俺は憮然としてその手を払いのける。


「看守長は大丈夫? 夜はちゃんと眠れてるかしら」
「どうぞお気遣いなく」
「眠れているなら良かったわ」
「……」


 いや、全然寝れてない。

 ここ三日、ほぼ一睡もしていないと言っていいくらい寝ていない。
 いや正確には寝ているのだが、中途覚醒が酷すぎて、ほぼ15分ごとくらいに目覚める。

 何かの弾みで427をぶち殺すんじゃないかと思うくらいイライラがすごい。巨乳を押し付けられてもガン萎えするに決まっている。

 しかし、俺は体調が顔に出ないタイプなので、三徹くらいでは誰にも心配されない。

 まあ、例えぶっ倒れても誰も心配してくれないし、心配してほしいとも思わないのだが。


「おー、姉弟コンビか。おはよう」
「おはようございます」
「あら、おはよう」


 今日は看守長の定例会議。
 姉は第四監獄の看守長だ。

 第四監獄は女子刑務所で、主に禁固刑、終身刑の者が収容されている。終身刑受刑者は死刑囚の次に脱獄の可能性が高い。らしい。

 女子刑務所だが、女子だけが収監されるわけではない。
 サディストみたいな見た目だが、そんなことはない。彼女はとても優しい女性だ。

 俺のタイプではないが、人気は高い。
 俺は彼女のタイプらしい。……で? 

 俺は彼女が苦手だ。

 この定例会議は俺の数少ないお断りしたい仕事の一つだが、それでも仕事なので出席せざるを得ない。


「それでは諸君、定例会議を始めよう。各々、報告事項はあるかな?」

「第一監獄、異常ありません」
「第二監獄、まもなく定員に達します。第三監護への一部囚人の移動を調整中であります」
「第三監獄、右に同じく調整中であります。処刑場近くの囚人が怯えています。第六監獄に苦情を申し立てる次第です」
「第四監獄、先日の囚人の自殺を許した件、関係者からの聴取が完了し、おおよそ事態は沈着いたしました。囚人の間にはまだ不安が広がっておりますが、時間の問題と考えております」
「第五監獄、異常ありません」
「第六監獄、第三監獄からのご意見を承っております。調査報告を申し上げます。該当時刻において、遺族の強い希望により拷問死刑が執行されておりました。ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫び申し上げます。どうぞご賢察ください」

 流れるようにクレームを処理する。地理的にも近いので、第三監獄はいつもクレームをつけてくる。

 以前ならまだしも、今は防音室で処刑しているので知ったことではない。
 死ぬときくらい叫ばせてやれよ。


「外部の依頼で一人、囚人の保護を行っていることをお報せいたします。看守長様方におかれましては、どうぞご理解とご協力のほど、お願い申し上げます」

「保護というのは、第六監獄に直接依頼を?」
「はい」

「死刑囚と一緒で大丈夫ですか? 我が第一監獄は脱獄者もなく、房も空いていますよ。こちらで受け入れましょうか」

「お心遣いのほど誠にありがたく存じますが、この度は他の囚人と顔を合わせることのないよう、スケジュールには一層の注意を払っておりますので、ご安心ください」

 言うまでもないことなのかもしれないが、看守長クラスになると出世欲がすごい。
 要人が収容されると奪い合いになることすらある。


 第一監獄の看守長は、物腰は柔らかいが容赦のない性格で、かなりの野心家として有名だ。

 とはいえ第六監獄は死刑囚を収監し、死刑を執行するという役割上、その囚人の取った取られたはまず発生しないが。


 ちなみに、看守の階級は下っ端の一般看守から、看守主任、看守部長、看守長、副矯正長、矯正長となっており、看守部長以上からは管理職となっている。

 監獄のトップは矯正長。
 看守長として長年勤めると副矯正長になれる。かもしれない。

 俺は看守長より上を目指す気はないのだが、どうやら第一監獄の看守長は、功を立てることに必死だ。
 看守長ともなると給料も十分なのに、何をそんなに頑張るのか分からない。


「では私から、今月の連絡事項を伝えよう」

 副矯正長が言った。副矯正長は転勤が激しいので、辞令が来ても蹴るつもりでいる。転院先を探すのがめんどくさい。

「夏の暑さが本格的に増してくる。看守、囚人共々熱中症、脱水には十分注意するように。懲罰房がこの時期極めて過酷な状況になるのは諸君らも知っての通りだが、看守全員に周知しなければならない。不慮の事故で囚人を死なせるようなことのないよう、十分注意してくれたまえ。また、降水量の低迷と燃料費の高騰により、節電及び節水を求められている。看守長諸君においては、例年比40%の節電と50%の節水が要請されている」

 熱中症と脱水に気をつけろと言っておきながら、節電と節水とは。
 相変わらず上層部は無茶苦茶なことを言ってるようだ。


「これからこの時期は酷暑になりますわ。我が第四監獄は立地と建物の構造上、他の監獄より平均室温が上がり、40%の節電は極めて困難です。看守か囚人、どちらにも死人が出ますわよ」

「……なら看守を優先したまえ。囚人なら多少は死んでも構わん、こちらで処理する」

 話すのはほとんど副矯正長だ。
 その方が助かる。実は俺は矯正長が苦手なのだ。


「第六監獄の収容期間を短くすればいいんじゃありませんか? 明日死刑囚を全員処刑すれば、全体の目標は簡単に達成できると思いますが」

 第三監獄の看守は、やたらと第六監獄を敵視している。

「恐れながら申し上げます。処刑を遂行したいのは山々ですが、年々看守の不足が深刻化しております。前回の定例会議でも申し上げましたが、ある程度経験のある看守が少ない故に新人の教育がままならず、処刑が進まないのが現状です」

 第六監獄には、とにかく看守が少ない。

 第六監獄配属の看守は、処刑官の資格も取得できるし、拷問官の科目免除があるので、第六監獄に配属されると簡単に昇進できるのだが、やっぱり処刑が嫌なのと、処刑後の処理も嫌なのだろう。全然来てくれない。
 俺の人望のせいかもしれない。


「人殺しなんて、誰にでもできるだろ。無能は言い訳を考えなきゃいけなくて大変だな」
「言葉が過ぎるぞ。彼の言うことにも一理ある。こちらとしても看守主任の異動希望者を募っている」
「ご理解いただきまして、誠にありがたく、心より感謝を申し上げます」

 なお、現在第六監獄に勤務しているのは看守五人、看守主任二人、看守部長十四人、それと俺だ。他に看守ではない職員もいる。

 収容中の死刑囚が42人、看守は新人なので、全員看守部長の下につけている。
 つまり、事実上16人で42人の面倒を見ている。

 もちろん毎日欠かさずクソ高コストの処刑法を提案して来る奴の書類を不許可で差し戻したりする仕事はあるのだが、看守達はなかなか消極的なのが多く、ほとんどの看守は促さないと処刑しようとしない。ごく少数を除いては。


「できない同僚を持つと苦労しますね」
「皆、受け入れ予定の囚人のリストを配布した。確実に目を通すように」
「はっ」

 矯正長の号令に従い、全員が敬礼する。


「市民の安全な生活を守るため、団結せよ」

「……仰せのままに」


 決して少なくない善良な労働者が絞首刑にかけられていることを知っていながら、俺も敬礼した。


 資本主義を採用するこの国において、金を持たない者はそもそも市民と認められない。 

 貧困に喘ぐ底辺労働者は上級市民の罪を着せられて簡単に処罰され、遺族はその対価を受け取る。

 実際、看守が死刑の執行に乗り気でないのはそういう理由もある。
 まともに司法が機能していない。人の命は金より軽い。


 ……いやそもそも司法すら、神の名の下に唱えられた人の言葉に過ぎない。
 結局人は人による支配から逃れられない。
 
 その実情を、誰もが知っていて、問題視していて、何も変わらない。
 まるで人の死を嘆くが如く、目の前の現実はどうしようもなく絶望的だ。
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