上 下
7 / 55

07 よいこの宝石

しおりを挟む
「じゃあ、看守さまはご主人さまね。ご主人さまは、奴隷に優しくするんだよ。王子さまだから」

 と、427は楽しそうに言う。
 俺と仲良くなったつもりでいるのだろうか。あまり怯えられても面倒だから、懐くならそうしてもらった方が都合がいいのは確かだが。

「ご主人様なのか王子様なのか、はっきりしろ。奴隷に優しくするご主人様なんか存在しないだろ」
「王子様だからいいの!」

「……分かったよ、おままごとだからな、はいはい。じゃあ奴隷に優しくすればいいんだな。優しく……具体的に何すればいい?」

「えっと、抱っこするの」
「抱っこ? 奴隷を抱っこするご主人様なんかいるわけないだろ」
「抱っこ!」
「分かった分かった……」

 なんだこいつ、気持ち悪い。
 いい加減にしろと怒鳴るほどではないが、うんざりはする。

 しかも427はロールプレイに興じるような素振りはなく、抱き上げられただけで、極めて満足そうにしている。
 恐らく抱っこが主目的で、おままごとのくだりはどうでもよかったのだろう。

 大体抱っこって、427は齢十三になるはずだ。
 見た目も幼いから、そっちに精神がひっぱられているのだろうか。


「おい、もういいだろ」
「もっともっと!」
「はぁ……? 子供じゃないんだから……」
「子供でしょ? 看守さま、子供って言ってました」
「子供だけどな、そんなに幼くないだろ。抱っことかお前……」
「看守さま、抱っこ、上手! 好き!」
「はぁ……?」

 なんでカタコトなんだよ。とか思いながら、仕方なく抱っこを継続する。
 高い高いと体を持ち上げてみたり、揺らしてみたり。

 いくら小柄とはいえ、さすがに赤ん坊ほど小さくないので、腕が怠い。

「はぁ……もういいだろ」
「うんっ、嬉しい……看守様好き」
「ああそう」

 こいつに好かれても嬉しくもなんともないが、嫌われるよりはマシなので、適当に返事をしておく。

 427はおろされても俺にベタベタしていて、遠くに走っていく様子がない。


「ほら、遊んで来い。俺は待ってるから」
「看守様も一緒がいい!」
「何をそんなにすることがあるんだよ……」
「滑り台、滑り台する! 看守様一緒にすべろ!」
「一人でやれよ……」
「一人じゃつまんないの! ストレスになっちゃうよ!」
「は?」

 確実に余計な知恵をつけつつある427に、仕方なく一緒に階段を登り、背後から密着するように抱きしめて滑り降りる。

「……」

 位置エネルギーが減った、という以上の感想が思い浮かばない。
 何が楽しいのだろうか。やはり子供の考えていることは分からない。

「もう一回、もう一回!」
「えぇ……」

 露骨に嫌そうにしてみるが、427ははしゃいでもう一度階段を登り手招きしてくる。
 言われた通りに、もう一度同じことを繰り返す。

「楽しい!」
「はぁ……?」
「もっかい、もう一回する!」
「……分かったよ」

 もう一度やりたいならもう一度やらせるのが俺の仕事なので、もう一度繰り返す。

「お前……こういうのはもっと小さい時に卒業しとけよ。赤ちゃん返りか?」
「公園なんて初めて来たから、楽しいです!」
「初めて……って、来たことないのか」
「看守さまは何回もきたんですか?」
「あぁ、職場だし……お前、親とかと来なかったのか」
「うん」

「じゃあ家の中にいるのか?」
「お家でお仕事するんだよ!」
「お仕事?」
「うん、牛さんとかお馬さんのお世話をするの!」
「あぁ……家業の手伝いか。動物が好きなんだな」
「うんっ! ずーっと一緒なんだよ! 夜も一緒におやすみするの!」
「へー」

 動物好きそうな顔をしているし、やっぱり動物好きなのか。子供って本当に動物好きだよな。


「その動物は何、ペット? 家畜?」
「お肉になるんです」
「ああ家畜ね」
「僕と一緒」
「ああ一緒……一緒? は?」

「看守様看守様、あれはどうやって遊ぶんですか?」
「あれは雲梯うんていだ。ほら、足下が痛そうだろ、ぶら下がらせて足に重りを……いや、待て。家畜とお前が一緒って、どういう意味だ?」

「ヴァンピールは家畜でしょ、ね、看守さま、やってもいいですか?」
「駄目だ。足がダメになる。ヴァンピールが家畜?」
「違うんですか?」
「なんで家畜なんだ。ミルクでも採れるのか?」

「……看守さま、知らないの?」
「は?」
「看守さま、宝石、すき?」
「宝石?」
「んにゃ」
「宝石と何の関係がある?」
「ヴァンピールは宝石を産みます」
「宝石を産む? なんの話だ? ちゃんと説明しろ」
「んにゃ。……ふー、ふー……えいっ」

 変な掛け声を上げたかと思うと、止める間もなく427は雲梯によじ登り、ポンと弾みをつけて飛び降りた。
 当然、その体は棘だらけの地面に叩きつけられる。

「おい!」

 大丈夫か、と声をかける。
 当然のように427は怪我をしていた。

「ふぇ」

 と半泣きだ。何だお前。自分でやったんだろうが。


「おい何してるんだ427、急に!」
「うぅ、これ……」

 擦りむいた膝、そこから血が滲んでいる。
 いや、血が滲んで……滲んで?


「……おい、なんだこれは」

 その血は真っ赤だった。
 ルビーみたいに透き通って赤かった。

 それはぷっくりと表面張力に従って膨らんで、重力に従って垂れ下がって、歪な形になって、そしてしばらくして、コロンと地面に転がった。


「緋色の宝石。看守様にあげます」

 ニコニコしながら、427はそう言った。傷は癒えていた。
 受け取った宝石は真っ赤で、日の光を受けて輝いていた。


「ヴァンピールは宝石を産むんです。その血は空気に触れると、鉱石みたいに固まるの」
「……初耳だな。今までヴァンプを何人も殺したが」
「全部が宝石になるんじゃないよ」
「それはお前だけじゃなくて、どんなヴァンピールもそうなのか?」

「分かんない。でも死んだらだめ。だからお願いしたんです。ヴァンピールは殺すんじゃなくて、生かして拷問してくださいって。そうしたら、綺麗な宝石がたっくさんできるから。僕らは生きる意味のない、ただの害虫だけど、そうして人間様のお役に立てるんです」


 宝石は綺麗だった。

 真っ赤に輝き、透き通って複雑に光を反射して、そうしてポタポタ滴るみたいに光が落ちた。


「看守様、僕は人間の皆さまのために、たくさん痛くて苦しい気持ちになりたいです。そうしたらもっともっと、綺麗な宝石を作れるから」

 427は、俺を覗き込んでにっこり笑った。

「ねぇ、僕、良い子でしょ?」

 と、彼は笑ってそう言った。
 俺は彼の頭に手を置いて、「その通りだ」と撫でてやった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件

フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。 寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。 プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い? そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない! スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...