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29: 水

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 頭上を飛んでいく弾丸が着弾するよりも早く、彼は次の弾丸を放っている。
 銃の種類によっては、一丁に三発程度が装填されているし、撃ち切ったとしても次の銃がいくつでもある。

(思ったより……苦戦するなぁ)

 戦う内に二人は移動し、いつの間にか川辺にいた。
 そこは小さな崖のようになっていて、源流が近いせいかその清流は透き通っていたが、流れは激しい。


「っ、と」

 屈めた頭の上を、銃弾が貫く。

 超長距離から一方的な射程と威力を押し付け、一撃で仕留めるのが彼の本来の戦い方だ。

 そのときに使っている弾丸は超高威力で、民家の壁くらいなら貫通できるその威力を最大まで生かし、相手の死角から抵抗も警戒も許されない一撃を完璧に当てる。

 よって彼は一度たりとも相手に姿を見られたことはない。

 姿を見た者をもれなく殺しているテドよりもずっと、誰にも見られていない。

 そんな姿ばかり見ていたので、こうして近接戦で戦った経験はテドにはなかった。


 テドが彼と出会ったのは、そう、確か暗い暗い洞窟の中だった。
 血の匂いと涙の音、そして乾いた紙の匂い。

 彼は多分、テドにそれほど期待していなかったのだと思う。

 実際、テドは失敗作でしかなかった。
 それでもテドはなんとか努力したが、そんなに上手くいったわけではなかった。

 育ててもらった恩があるから、常に従い続けていた。
 教えられるままに人を殺す術を覚え、戦い、殺した。

 それについても、特に恨みはなかった。
 そういうものだと思っていたし、それで満足していた。
 それ以上のことなんて望んでいなかった。

 仲間だと認めてもらえなくても、失敗作だと罵られても、それでもテドを作ってくれたのは彼だし、彼らだから、なんて言われても、なんとも思わなかった。

 自分は道具だと思っていたし、それに疑問も覚えなかった。


 それでも強いて言うなら、人を殺したくないと思ったのは。

 ……なんでだったんだっけ。


『オイ、テド! モット シュウチュウシロ!』
(うーん、もうこれ以上集中できないんだけどなー)

 弾丸を避ける訓練なんてしていない。リリーが一生懸命防いでくれるのを信じているだけだ。

 リスペディアの方を狙われないように気を引くので精一杯で、なかなか攻勢に転じられない。


 リリーもいわば失敗作だった。
 テドよりは成功したとはいえ、同じ失敗作だったからか、何故かやたらとテドに懐いた。

 テドはそれについて深くは知らなかったし、興味もなかった。

 ただ、なんとなく、ただぼんやりと、人は殺すよりも話す方が面白いと気付き始めた。
 恐怖させるより喜ばせる方が、ずっとずっと面白いと知ってしまった。

 それは多分、テドが失敗作だから起こってしまったバグだった。


「……」
「……ねぇ、お兄様、どうして引かないの?」

 ごうごうと流れる川の音がする。
 テドは肩で息をしていたが、まだ体力に余裕はあった。

「……」
「ねぇ、リスペディアのことは諦めてよ。お願い」
「……」

 彼は銃口を向けたまま、しばらくテドを見つめた。
 何を考えているのかは分からない。

「……俺も、お前とは戦いたくなかった」

 彼は引き金を引く。
 カチ、と乾いた音が鳴った。


「……」
「……」


 その音と、テドの拳が彼の喉を捕らえたのが、ほとんど同じだった。
 拳は正確に肉と筋を捕らえ貫き、引き裂いた。


 穴の開いた首筋から、噴水のように噴き出した血をまともに被ったテドの全身が真っ赤に染まる。


「……きっと」


 彼は焦点の合わない目で、どこか遠くを見つめていた。
 そしてそのまま、テドの首を掴む。

「きっと君は、やり遂げてくれる」


 テドの体が浮いた。
 咄嗟に抵抗したが、間に合わず、引きずられるように、体が落ちる。

「あ、あぶっ、」

 ザバンッ、という音が耳元で沈黙すると同時に、その冷たさに息が止まる。

 瞬時に拡散される赤と、遠ざかる光。


 心臓が止まりそうなくらいに冷たい水に耐えながら、テドは手足をばたつかせる。

「がっ、はぁっ!!?」

 やっと顔を出したと思ったら、足首を引っ張られ、再び沈む。
 テドは藻掻きながら闇雲に足を振り回すが、奔流に呑まれ、息ができない。

「あっ、あぶっ、」



 そのとき、突然体が空中に浮かび上がり、次の瞬間、地面に叩きつけられた。

「げはっ」

 飲み込んだ水ごと胃液を吐き出し、ぜぇぜぇと息も絶え絶えになんとか起き上がったテドは、こちらへゆっくり歩いて来るリスペディアをみつけた。


「大丈夫?」
「うん、なんとかね……へへ」
「……お兄さんは?」

「お兄様のこと? さっき、一緒に川に落ちたよ。首を切って、いっぱい血が出てたし、もう死んだと思うよ。水、すごく冷たかったし」


 ぽたぽたと透明な水が滴り落ちる。
 返り血はすっかり流れ落ちて、全身すっきりきれいになった。


「……どうする? キャンプに戻るか、精霊族さんに会いに行くか」

 リスペディアは少し考え、答えた。


「行きましょう」
 
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