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27_ つわもの

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 サシャは震えながらシエルの背中に隠れている。

「うっ、うぅ、こわ、こわいっ……」
『オイ ダイジョウブカ?』

 頭の中に声が響いた。リリーだ。
 いつもは嫌だが、こんな時だけは心強い。サシャは強く頭で思う。

(こわいです、たすけてください)
『ウッ、ウワッ。ソンナニ ヒッシニナルナ』

 強すぎるヘルプに怯んだリリーが、小さく呻く。


(レベルが見えない……私の【魔法攻撃】の数値でもステータスが開示できないなんて)


(えっ、何この声、リリーさん、この声はなんですか?)
『リスペディアノ コエダ』
(リスペディア……リ……リディア、えっと、聖女様の心の声? なんで俺に聞こえてるんですか?)

『オレト オマエハ ハチョウガ ヨウダ』
(えっ……? どういうこと……?)


(この男、ただものじゃない。纏う空気が魔物のそれだわ……いや、魔物とも違う、これは、まさか……)


(り、リリーさん、俺の声は聖女様には聞こえてませんよね?)
『キコエテ ナイゾ』
(良かった……)

 明らかに真面目に何かを考えているリスペディアの邪魔になっては申し訳ない。
 サシャは頭の中でリリーと会話する。


「あっ、でも僕、お兄さんのこと殺しちゃったよ? 良かった?」
「……その埋め合わせのためにも、お前には働いてもらわなきゃならない」

(リリーさんリリーさん、ご主人様ってあの人のところに戻る感じですか)
『サァ、ナ』

 リリーは苦い声で言う。

(じゃあ、俺も今のうちに挨拶した方がいいですか? あんまり、なんていうか……歓迎されてない感じですけど)
『ヤメテオケ。オマエハ イケニエニモ ナラナイ』
(えっ?)


「えー、また誰か殺すの? やらなきゃダメ?」
「まだ乗り気じゃないのか」

「うん。僕、人に喜んでもらえるようなことをしたいんだ」
「……人に、喜んでもらえるようなこと?」

 彼は冷たい目をして、鼻で笑った。

「お前も、人間共に尻尾を振るのが好きなようだな」
「尻尾? 僕に尻尾なんてないよ」

「それなら、人間に媚びるのは止めろ。お前は人を殺すために生まれた。人を殺すために生きろ」


(リリーさん、どういうことですか。ご主人様は辞めたいけど、辞めさせてもらえない……みたいな?)
『……オレハ、テドニ シタガウコトシカ デキナイ』


「えー、……そっかぁ」

 テドは嫌そうに唇を尖らせる。

「お兄様、僕に殺し以外の仕事をさせてくれるんじゃないの? 僕が強くなったら、好きな仕事をしていいって言ったでしょ?」
「……好きな仕事、な」
「そうだよ。いいって言ってたでしょ」
「……あぁ、考えておく」
「ほんと? 嬉しい!」


『バァカ』

 リリーが悲しそうに言った。


「人を殺す以外の仕事がしたい……んだな」
「うん!」
「……なら、仕事をこなせ」

 男は顔を上げ、そして、その指先を真っすぐにこちらに向ける。


「お前の仕事は、その聖女を殺すことだ」


 男の目は恐ろしく冷たく、まるでこの世のものじゃないみたいだった。

 サシャは鈍い方だと自覚していたが、そんなサシャでも分かるくらいに、男の雰囲気はあまりにも異様だ。


「どうしてそんなことするの?」
「その聖女の力を利用すれば、お前はもっと強くなれる。その聖女を利用すれば、すぐに一人前になれる」

「そうかなぁ。殺さなくても、お願いすれば協力してくれるんじゃないの? ねっ、そうでしょリスペディア。協力してくれるよね?」

「仮に協力されても、そのレベルはすぐに元に戻る」

 男は冷たい声でぴしゃりと言い放った。


「その女の力を完全に制御できれば、そのレベルは永遠にお前のモノにできる。自由自在に利用できるからな」
「えっ、そうなの!? すごい!!」
「分かったら殺せ」
「えー……」


 テドはやはりあまり乗り気ではないようだったが、困ったように少し首を傾げると、「仕方ないなぁ」と呟いた。

「リスペディアを殺せば、他の仕事をさせてくれるんでしょ?」
「そうだな。考えておく」

 男は淡々と言った。
 

「ちょっと、テド。私に協力してくれるんじゃなかったの?」
「うーん……でも、お兄様が殺せって言うんだもん」

「私は殺されたくないんだけど」
「でも、僕が殺さなくたって、どっちにしろお兄様に殺されるよ?」

 テドは首を傾げて、困ったように言う。


「……そうだな」

 男は銃を持ったまま、ローブを翻した。
 その内側には、男が持っているのとは違う小型の銃が、何丁も備えてある。


「随分と忘れっぽいみたいね。同じものを何度も買っちゃうの?」

 リスペディアは皮肉を込めて言う。

「……馬鹿だな。自分が使いこなせないものを、弱いと決めつける。理解できないものを、不要だと一蹴する」

 男は呟いて、わずかに口元を歪めて笑った。
 ……ように見えた。
 

「おい、我々と敵対するつもりか、テド!?」

「別にシエルとは戦うつもりないよ、僕。リスペディアだけ殺せばいいもん。でしょ?」
「……あぁ」

「おい! ワタシがそれで納得すると思うのか? リディアを殺すなら、ワタシも殺せ!」

「えー、やめてよ。僕、皆殺しとかやりたくないよ?」
「えっ? い、いやちょっと、ご主人様、俺のことは殺さないでください!」

 一括りにされてはたまらない。サシャはシエルの背中から飛び降りた。


「……ご主人様?」

 男は少し怪訝な顔をした。


「サシャっていうの。死にかけてたんだけど、助けたら仲間になってくれたんだよ!」
「……あぁ、助けた、のか」

(助けられたから仲間になったんじゃなく、仲間になると言ったから助けられたんだけどな……)

 男が納得しているので、サシャは余計なことを言わずに頷く。
 

「……では、家畜は貴様だけか」

 男はシエルに銃口を向ける。

「人間の肩を持つとは、随分と立派な家畜だな」
「ハハハ! ワタシは幼いときから、リディアと共に過ごしてきたからな! 彼女は私の友人なんだ!」
「……愚かだ」

 男は心底うんざりしたように呟いた。


「テド。好きにしろ」
「んー……はぁい」

 テドは困ったように笑ったまま、ゆっくり歩いてシエルへと近づく。


「待って」

 リスペディアはテドを呼び止めた。


「アンタよりシエルの方が対人性能が低いのは分かってるわ」
「うん? そうだね」

 首を傾げてにこやかに微笑む。いつもの笑顔だ。


「……ああ、そう。別にいいわ。それで、アンタはこれからもお兄様の命令に従い続けるってこと?」
「んー……まぁ、そうするしかないかなぁ」
「アンタでもお兄様には勝てないのね」
「そりゃそうだよ。僕のレベル、いくつだと思ってるの?」

 テドは肩を竦めて言う。

「僕、初期レベルなんだから、お兄様に勝てるわけないじゃん。お兄さんよりは勝てるかもしれないけどね。……そういえば、お兄様。お兄さんはどこに行ったの? 僕が殺してない方のお兄さん」
「……」

「僕が殺さなくたって、お兄さんならすぐに殺せるでしょ? 僕、てっきりお兄さんが僕の代わりに仕事をしてるのかと思ったよ」
「死んだ」
「えっ?」
「死んだ。この話はこれで終わりだ。お前はさっさと聖女を殺せ」

「……」

 テドは男に完全に背を向けて、顔を上げる。
 まっすぐにこちらを見ている。


「へぇー、死んじゃったんだ。すっごく残念」


 彼は悪寒がするほど悍ましく、不自然なまでに、心底嬉しそうに、笑っていた。
 
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