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「ねー、何してるのリスペディア」
リスペディアは地面に魔法陣を描き、何やら難しい呪文を唱えながらそこに滝で汲んだ水をバシャバシャかけている。
テドはリリーを肩に乗せて、そんなリスペディアを肩越しに覗き込んだ。
「気候観測よ」
「ふぅん、どうやってるの?」
「ここの滝は、雪山を水源にしてるのよ。だから水の深淵と対話してるの」
「しんえん、って何?」
「心……記憶……なんて説明すればいいのかしらね。非実体で、目に見えない、何かよ」
「それも魔法なの?」
「魔法……いや、魔法じゃないわね。コマンドとも違うし。まあでも、魔法の一種だと思うわ。出自は違うけど同じ系譜。考古学を学ぶ気になった?」
「僕、勉強は苦手なんだ。文字もあんまり読めない」
「そんな気がするわ。アンタが一番常人離れしてるのは【知力】だしね」
毒の強いリスペディアのコメントを聞き流し、テドはニコニコして「そうだねー」と言った。
「どう? 出発できそう?」
「しばらくは難しそうね。雪山に着いた頃には猛吹雪になるわ」
「えぇー! つまんないー!」
テドが思うには、リスペディアみたいなさいきょーの賢者なら、多少の吹雪くらいどうってことないし、早く冒険を始めたい。
滝の洞窟にキャンプを張ったまでは面白かったのに、それからリスペディアはずっと難しい顔をして考え込んでいるばかりだ。
洞窟は広く、狭いところに潜り込めば一日くらいは暇を潰せた。しかし、所詮は洞窟。すぐに探検し尽してしまった。
しかもリスペディアは頑なで、意地でも出発する気はないみたいだった。
「そんなに退屈なら、シエルと一緒に狩りに行ってきたら? 私とここにいるより楽しいんじゃない?」
「いいの?」
「……私が許可することじゃないでしょ。シエルに聞いてみたら? いいって言うと思うわ」
それは思ってもみない提案だった。
テドは目を輝かせて、うんうんと頷く。
「うん! そうするよ! じゃあ、ちょっと殴ってくれる?」
「……まあ、そうね、確かに低レベルじゃ無理か」
「そうそう! 早く早く!」
「はぁ……別にいいけど」
リスペディアは拳を握って、テドの肩を殴る。
どーんと響くような痛みと共に、どくどくと経験値が溶けていく。
とっても素敵な感覚だ。いつでもニコニコ笑顔になれる。
(『ステータス・オープン』……うーん、やっぱり【魔力】の伸びが悪いなぁ。努力値が足りないのかな)
本来、人間の種族値はどのステータスも同じくらいの数値になる。
テドは努力値によって一部のステータスが大きく伸びているものの、【魔力】のステータスは他の人とあまり変わらなかった。
「ねぇシエル、狩りについていってもいい?」
「ん? もちろんいいぞ! ほら、乗れ!!」
シエルは竹を割ったような真っすぐな性格だし、豪快に笑うので見ていて飽きなくて好きだった。
体は大きくていつも背中に乗せてくれるし、とても良い人だ。
(家畜みたいでおいしそう)
「どうだテド、新しい鞍の乗り心地は?」
「分かんない」
「ハハハ、そうか、分かんないかー!」
ハハハハハ、と高らかな声が滝と競うように響いている。
シエルは川を下り、水場を離れていくようだった。
「ねえ、どこに行くの?」
シエルの背中に跨ったテドは、バタバタと足を動かす。
「近くの森に行って、魔物を狩るんだぞ」
「魔物なら、この辺にたくさんいるのに……」
「ここは魔物の水場なんだ。荒らすわけにはいかない」
「やっぱり、この辺で騒ぐといけないの?」
「そうだな。今は夏だが、冬になると北の山岳の水場はことごとく凍りつく。それで、北方の山岳から、アイスドラゴンやフリーズホークスが南下するんだ。彼らは水場を荒らされることをすごく嫌がるから、夏でもこちらで騒ぎが起きると飛んでくるんだよ」
「へー、そうなんだ。面白そうなのに、戦えなくて残念だな。リスペディアにも倒せないの?」
「数体なら全く問題ないだろうが、大量に来るからな……それでもリディアだけならどうにかなるかもしれないが、慎重な性格だしな」
「性格の問題なんだ」
ということは、積極的な性格だったらどうなってたんだろうか。
「それにしても、リスペディアってすごく強いよね。いつも僕にたくさんレベルをくれるけど、僕と同じくらいの歳でしょ? すごく高レベルだよね。魔法使いって、みんなそうなのかなぁ」
「リディアの強さは、彼女個人の実力だ。色々事情があって、誰よりも真剣にレベリングをしてるからな」
(ふーん、やっぱりリスペディアってすごく強いんだ。僕より強いのかな)
「やっぱり、リスペディアのレベルって相当高いよね? 僕に何十レベルもくれるし……何レベルあるんだろう?」
「私にも正確なレベルは分からないな。恐らく100以上あるだろうけどな」
「ひゃく!?」
「相当な実力だ。一対一なら、どんな魔物にも負けないくらいに強いぞ! ただ、賢者とはいえ魔法使いだからな。他の人間に対しては弱いんだ」
「どうして弱いの? 人間の方が弱そうなのに」
「人間は道具を使うだろ? 魔道具を使えば、魔法は簡単に無力化できる。無力化できない魔法もあるが、どんな魔法も呪文が必要だからな」
「あ、そっかぁ。確かに、魔物は道具を使わないよね」
「リスペディアは物理攻撃もできないしな」
「レベルが吸われちゃうもんねー」
森は滝からかなり遠いのに、滝の音は未だに聞こえ続けている。
テドはシエルの背中から降りて、森の中を歩き始めた。
「そういうテドは、どこで剣を習ったんだ?」
「剣?」
「君、村人だったんだろ? リスペディアが言ってたからな。でも今はこうして、剣を振るってる。ワタシは傭兵だから、剣の腕は分かるつもりだが……」
「僕の剣、結構上手?」
「いや、お話にならない」
「えっ、えぇえ……ショック……さすがに落ち込む……」
(剣なんかほとんど使ったことないもんなぁ。見よう見まねだし)
「だからあんなにすぐ壊すんだ。剣が脆いんじゃなく、テドの使い方の問題だぞ」
「クゥ?」『ナニヲ オチコンデル? トウゼンダロ』
「慰めてくれるんだね、リリー……ありがとう……」
「クゥ、クゥクゥ」『ナグサメテ、ネーヨ。ポンコツ』
「死ぬほど才能がないのかと思ったが、独学なら仕方ないな! 落ち込むことはない、誰でも最初は初心者だ!」
シエルは腰の剣を抜いて言った。
「ワタシが、剣を享受しよう。正しい使い方を覚えれば、さらに強くなれるぞ!」
「強くなれるの!? やったあ! お願いします!」
「ふむ、リスペディアの言う通り、クソほど単純だな!」
「なんかちょっとモヤッとするけど、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「ワタシはそういう子、キライじゃないぞ! 剣を抜け! まずは前脚を伸ばし、胸を張る! 後脚を踏ん張り、振り下ろーす!」
「シエルさん! 質問があります!」
「ふむ、なんだい?」
「僕には後脚がありません!」
「そういえばそうだったな。まあ、自分なりに解釈してくれ!」
「分かりました!」
テドはシエルの真似をして剣を振る。
「大きく! 右へー!」
「はい!」
「クゥ!」『ミギヘー!』
「小さく! 左へー!」
「はい!」
「クゥ!」『ヒダリヘー!』
リリーはぴょこぴょこ跳ねながら、テドの足下でわめている。
「わわっ!」
危うく踏んづけそうになり、テドはバランスを崩した。
「ちょっとリリー、気をつけてよ。内臓がこんにちはしちゃうよ!」
「クゥー!」『オマエ、アッチ、ミロ!』
「え、何?」
「クゥ、クゥ!!」『テキ、テキガ キテル!』
「えー、何ー?」
「クゥ!」『マモノ、ダヨ! キヅケ!』
「分かんないんだけどー?」
「クゥ!」『ナンデ ワカラナインダヨ!』
テドは首を傾げて、リリーの頭をツンツンした。
「もー、はっきり言ってよ」
「クゥ!」『イッテンダロウガ!』
「んー?」
(全然伝わってないと思って、一生懸命叫んでるの可愛いなぁ……)
「テド! こっちを見るんだ! 魔物だぞ!」
「えっ!? ちょっとリリー、跳ねて遊んでる場合じゃないよ! こっちおいで!」
「クゥ!!!」『オマエ イツカ コロス!!!』
(可愛いなぁ……)
テドは無邪気に微笑みながら、リリーを掬い上げて手の上に乗せる。
リリーは一瞬逃げようとしてもがいたが、なでなでされて気持ちよくなったため、どうでもよくなり大人しくなった。
「逃げるぞ、ワタシの背に乗れ!」
「どうして逃げるの? 実践練習しなきゃ」
「いや、あの魔物はまだ、テドには早い……」
(ステータスオープン)
ーーー
None Lv.83
ーーー
(スパイダー種かぁ、村の近くにいたのとは色も形も違うけど)
それは迷彩色の緑色のクモで、体は平ら、身体中に大きな茶色の目がたくさんついている。
脚が太くて短く、頭の触角だけが細くて長い。
(毒があるなぁ。触らなければ問題なさそうだけど)
全体の大きさはテドより大きく、シエルと同じくらい。
表皮は微妙にもさもさしているので、見ようによってはマリモに見える。
「芝生みたいで、お昼寝したら気持ちよさそうだなぁ……」
そんな魔物がカサカサと音を立てながらすごいスピードで迫ってくるのだが、テドは呑気に剣を素振りしながら待ち構える。
「よせテド! こいつは外皮に毒があるんだ! 近接攻撃では危険だ!」
「だいじょーぶ! 僕、毒には強いから!」
テドは勢いに任せ、全身全霊の力を込めて、薙ぎ払った。
「はぁ……っ!!」
魔物は、太い脚を利用して上空へとジャンプする。
周囲の木が巻き込まれて、薙ぎ倒される。テドは近くの木に素早く登った。
そしてそのまま枝を飛び移り、魔物の上を取り、両手に剣を構えて、振り下ろす。
「その脚、もらうよ!」
後脚、向かって右側。
剣を突き刺し、強引に捻って、ブチブチと組織を引っ張ってぶっ壊しながら、切り離す。切断する。
(ちょっと痒いかも)
魔物に掠った服が溶けて、皮膚が赤くなっていた。
テドは腕を引っ掻く。ポロポロと皮膚が剥がれた。
「クゥ!? クゥクゥ!」『オ、オイテド!? ウデガ、ウデ!』
「え、何? お腹空いたの?」
「クゥ……」『イタク ナイノカ? ハヤク ナオサナキャ……』
「(ふふっ。可愛いなぁ)……分かったよ、リリー。この魔物さんで肉団子を作って食べさせてあげるからね!」
「クゥ!!」『キケヨ! コッチハ、シンパイシテンダゾ!』
「任せてリリー! 可愛いリリーの(嫌がって苦しむ顔の)ためなら、僕、とっても頑張っちゃうからね!」
テドはリリーのことが本当に大好きだが、その愛は歪みに歪んでいた。
リリーが何かを伝えようと一生懸命になってるのとか。
リリーが気づかれないと思ってブツブツ文句を言うのとか。
リリーが不味い餌に文句を言いながら、涙目で一生懸命食べるのとか。
そういうのが大っっっ好きだった。
すっっっごい堪らなく愛おしかった。
好きで好きで好きで好きで好きで好きで仕方なかった。
それはもう狂気的なまでに好きだった。
テドはずっと、リリーの言葉が分からないフリをしている。
その方が可愛いリリーの可愛い姿が見られるからだ。
敵が近づき、焦って騒いでいるリリー。
お腹がいっぱいなのに無理矢理餌を突っ込まれるリリー。
意思疎通ができないなりに、クゥクゥ騒いで暴れるリリー。
(あぁ、可愛い)
テドはニコニコしながら、長剣を逆手に握った。
(魔物さんには悪いけど、可愛いリリーがまた騒ぐと思うと楽しいなぁ)
魔物は残った前脚を振り上げるが、テドは地面を転がってそれを避けると同時に、腹の下へ潜り込む。
「スパイダー種なら、糸の一つも吐いてみたら?」
体を縮めて、背筋をバネに剣を突き刺す。そして立ち上がると同時に腹部に突き刺った剣のそのつかを蹴る。
その鈍い剣は、その衝撃を余すことなく魔物の体内へと伝えた。
ドンッ、とその衝撃と共に、その体が爆ぜる。
ドロドロの体液が降り注ぎ、周囲の木々を枯らしていく。
「クゥ、クゥ!」『ケケケ、ヤッテヤッタゼ! サスガ テドダナ!』
「どうしたの、リリー。出てきたら毒の雨を浴びちゃうよ」
その雨を頭からかぶったテドは、くしゅんと小さくくしゃみをした。
リスペディアは地面に魔法陣を描き、何やら難しい呪文を唱えながらそこに滝で汲んだ水をバシャバシャかけている。
テドはリリーを肩に乗せて、そんなリスペディアを肩越しに覗き込んだ。
「気候観測よ」
「ふぅん、どうやってるの?」
「ここの滝は、雪山を水源にしてるのよ。だから水の深淵と対話してるの」
「しんえん、って何?」
「心……記憶……なんて説明すればいいのかしらね。非実体で、目に見えない、何かよ」
「それも魔法なの?」
「魔法……いや、魔法じゃないわね。コマンドとも違うし。まあでも、魔法の一種だと思うわ。出自は違うけど同じ系譜。考古学を学ぶ気になった?」
「僕、勉強は苦手なんだ。文字もあんまり読めない」
「そんな気がするわ。アンタが一番常人離れしてるのは【知力】だしね」
毒の強いリスペディアのコメントを聞き流し、テドはニコニコして「そうだねー」と言った。
「どう? 出発できそう?」
「しばらくは難しそうね。雪山に着いた頃には猛吹雪になるわ」
「えぇー! つまんないー!」
テドが思うには、リスペディアみたいなさいきょーの賢者なら、多少の吹雪くらいどうってことないし、早く冒険を始めたい。
滝の洞窟にキャンプを張ったまでは面白かったのに、それからリスペディアはずっと難しい顔をして考え込んでいるばかりだ。
洞窟は広く、狭いところに潜り込めば一日くらいは暇を潰せた。しかし、所詮は洞窟。すぐに探検し尽してしまった。
しかもリスペディアは頑なで、意地でも出発する気はないみたいだった。
「そんなに退屈なら、シエルと一緒に狩りに行ってきたら? 私とここにいるより楽しいんじゃない?」
「いいの?」
「……私が許可することじゃないでしょ。シエルに聞いてみたら? いいって言うと思うわ」
それは思ってもみない提案だった。
テドは目を輝かせて、うんうんと頷く。
「うん! そうするよ! じゃあ、ちょっと殴ってくれる?」
「……まあ、そうね、確かに低レベルじゃ無理か」
「そうそう! 早く早く!」
「はぁ……別にいいけど」
リスペディアは拳を握って、テドの肩を殴る。
どーんと響くような痛みと共に、どくどくと経験値が溶けていく。
とっても素敵な感覚だ。いつでもニコニコ笑顔になれる。
(『ステータス・オープン』……うーん、やっぱり【魔力】の伸びが悪いなぁ。努力値が足りないのかな)
本来、人間の種族値はどのステータスも同じくらいの数値になる。
テドは努力値によって一部のステータスが大きく伸びているものの、【魔力】のステータスは他の人とあまり変わらなかった。
「ねぇシエル、狩りについていってもいい?」
「ん? もちろんいいぞ! ほら、乗れ!!」
シエルは竹を割ったような真っすぐな性格だし、豪快に笑うので見ていて飽きなくて好きだった。
体は大きくていつも背中に乗せてくれるし、とても良い人だ。
(家畜みたいでおいしそう)
「どうだテド、新しい鞍の乗り心地は?」
「分かんない」
「ハハハ、そうか、分かんないかー!」
ハハハハハ、と高らかな声が滝と競うように響いている。
シエルは川を下り、水場を離れていくようだった。
「ねえ、どこに行くの?」
シエルの背中に跨ったテドは、バタバタと足を動かす。
「近くの森に行って、魔物を狩るんだぞ」
「魔物なら、この辺にたくさんいるのに……」
「ここは魔物の水場なんだ。荒らすわけにはいかない」
「やっぱり、この辺で騒ぐといけないの?」
「そうだな。今は夏だが、冬になると北の山岳の水場はことごとく凍りつく。それで、北方の山岳から、アイスドラゴンやフリーズホークスが南下するんだ。彼らは水場を荒らされることをすごく嫌がるから、夏でもこちらで騒ぎが起きると飛んでくるんだよ」
「へー、そうなんだ。面白そうなのに、戦えなくて残念だな。リスペディアにも倒せないの?」
「数体なら全く問題ないだろうが、大量に来るからな……それでもリディアだけならどうにかなるかもしれないが、慎重な性格だしな」
「性格の問題なんだ」
ということは、積極的な性格だったらどうなってたんだろうか。
「それにしても、リスペディアってすごく強いよね。いつも僕にたくさんレベルをくれるけど、僕と同じくらいの歳でしょ? すごく高レベルだよね。魔法使いって、みんなそうなのかなぁ」
「リディアの強さは、彼女個人の実力だ。色々事情があって、誰よりも真剣にレベリングをしてるからな」
(ふーん、やっぱりリスペディアってすごく強いんだ。僕より強いのかな)
「やっぱり、リスペディアのレベルって相当高いよね? 僕に何十レベルもくれるし……何レベルあるんだろう?」
「私にも正確なレベルは分からないな。恐らく100以上あるだろうけどな」
「ひゃく!?」
「相当な実力だ。一対一なら、どんな魔物にも負けないくらいに強いぞ! ただ、賢者とはいえ魔法使いだからな。他の人間に対しては弱いんだ」
「どうして弱いの? 人間の方が弱そうなのに」
「人間は道具を使うだろ? 魔道具を使えば、魔法は簡単に無力化できる。無力化できない魔法もあるが、どんな魔法も呪文が必要だからな」
「あ、そっかぁ。確かに、魔物は道具を使わないよね」
「リスペディアは物理攻撃もできないしな」
「レベルが吸われちゃうもんねー」
森は滝からかなり遠いのに、滝の音は未だに聞こえ続けている。
テドはシエルの背中から降りて、森の中を歩き始めた。
「そういうテドは、どこで剣を習ったんだ?」
「剣?」
「君、村人だったんだろ? リスペディアが言ってたからな。でも今はこうして、剣を振るってる。ワタシは傭兵だから、剣の腕は分かるつもりだが……」
「僕の剣、結構上手?」
「いや、お話にならない」
「えっ、えぇえ……ショック……さすがに落ち込む……」
(剣なんかほとんど使ったことないもんなぁ。見よう見まねだし)
「だからあんなにすぐ壊すんだ。剣が脆いんじゃなく、テドの使い方の問題だぞ」
「クゥ?」『ナニヲ オチコンデル? トウゼンダロ』
「慰めてくれるんだね、リリー……ありがとう……」
「クゥ、クゥクゥ」『ナグサメテ、ネーヨ。ポンコツ』
「死ぬほど才能がないのかと思ったが、独学なら仕方ないな! 落ち込むことはない、誰でも最初は初心者だ!」
シエルは腰の剣を抜いて言った。
「ワタシが、剣を享受しよう。正しい使い方を覚えれば、さらに強くなれるぞ!」
「強くなれるの!? やったあ! お願いします!」
「ふむ、リスペディアの言う通り、クソほど単純だな!」
「なんかちょっとモヤッとするけど、ありがとうございます! よろしくお願いします!」
「ワタシはそういう子、キライじゃないぞ! 剣を抜け! まずは前脚を伸ばし、胸を張る! 後脚を踏ん張り、振り下ろーす!」
「シエルさん! 質問があります!」
「ふむ、なんだい?」
「僕には後脚がありません!」
「そういえばそうだったな。まあ、自分なりに解釈してくれ!」
「分かりました!」
テドはシエルの真似をして剣を振る。
「大きく! 右へー!」
「はい!」
「クゥ!」『ミギヘー!』
「小さく! 左へー!」
「はい!」
「クゥ!」『ヒダリヘー!』
リリーはぴょこぴょこ跳ねながら、テドの足下でわめている。
「わわっ!」
危うく踏んづけそうになり、テドはバランスを崩した。
「ちょっとリリー、気をつけてよ。内臓がこんにちはしちゃうよ!」
「クゥー!」『オマエ、アッチ、ミロ!』
「え、何?」
「クゥ、クゥ!!」『テキ、テキガ キテル!』
「えー、何ー?」
「クゥ!」『マモノ、ダヨ! キヅケ!』
「分かんないんだけどー?」
「クゥ!」『ナンデ ワカラナインダヨ!』
テドは首を傾げて、リリーの頭をツンツンした。
「もー、はっきり言ってよ」
「クゥ!」『イッテンダロウガ!』
「んー?」
(全然伝わってないと思って、一生懸命叫んでるの可愛いなぁ……)
「テド! こっちを見るんだ! 魔物だぞ!」
「えっ!? ちょっとリリー、跳ねて遊んでる場合じゃないよ! こっちおいで!」
「クゥ!!!」『オマエ イツカ コロス!!!』
(可愛いなぁ……)
テドは無邪気に微笑みながら、リリーを掬い上げて手の上に乗せる。
リリーは一瞬逃げようとしてもがいたが、なでなでされて気持ちよくなったため、どうでもよくなり大人しくなった。
「逃げるぞ、ワタシの背に乗れ!」
「どうして逃げるの? 実践練習しなきゃ」
「いや、あの魔物はまだ、テドには早い……」
(ステータスオープン)
ーーー
None Lv.83
ーーー
(スパイダー種かぁ、村の近くにいたのとは色も形も違うけど)
それは迷彩色の緑色のクモで、体は平ら、身体中に大きな茶色の目がたくさんついている。
脚が太くて短く、頭の触角だけが細くて長い。
(毒があるなぁ。触らなければ問題なさそうだけど)
全体の大きさはテドより大きく、シエルと同じくらい。
表皮は微妙にもさもさしているので、見ようによってはマリモに見える。
「芝生みたいで、お昼寝したら気持ちよさそうだなぁ……」
そんな魔物がカサカサと音を立てながらすごいスピードで迫ってくるのだが、テドは呑気に剣を素振りしながら待ち構える。
「よせテド! こいつは外皮に毒があるんだ! 近接攻撃では危険だ!」
「だいじょーぶ! 僕、毒には強いから!」
テドは勢いに任せ、全身全霊の力を込めて、薙ぎ払った。
「はぁ……っ!!」
魔物は、太い脚を利用して上空へとジャンプする。
周囲の木が巻き込まれて、薙ぎ倒される。テドは近くの木に素早く登った。
そしてそのまま枝を飛び移り、魔物の上を取り、両手に剣を構えて、振り下ろす。
「その脚、もらうよ!」
後脚、向かって右側。
剣を突き刺し、強引に捻って、ブチブチと組織を引っ張ってぶっ壊しながら、切り離す。切断する。
(ちょっと痒いかも)
魔物に掠った服が溶けて、皮膚が赤くなっていた。
テドは腕を引っ掻く。ポロポロと皮膚が剥がれた。
「クゥ!? クゥクゥ!」『オ、オイテド!? ウデガ、ウデ!』
「え、何? お腹空いたの?」
「クゥ……」『イタク ナイノカ? ハヤク ナオサナキャ……』
「(ふふっ。可愛いなぁ)……分かったよ、リリー。この魔物さんで肉団子を作って食べさせてあげるからね!」
「クゥ!!」『キケヨ! コッチハ、シンパイシテンダゾ!』
「任せてリリー! 可愛いリリーの(嫌がって苦しむ顔の)ためなら、僕、とっても頑張っちゃうからね!」
テドはリリーのことが本当に大好きだが、その愛は歪みに歪んでいた。
リリーが何かを伝えようと一生懸命になってるのとか。
リリーが気づかれないと思ってブツブツ文句を言うのとか。
リリーが不味い餌に文句を言いながら、涙目で一生懸命食べるのとか。
そういうのが大っっっ好きだった。
すっっっごい堪らなく愛おしかった。
好きで好きで好きで好きで好きで好きで仕方なかった。
それはもう狂気的なまでに好きだった。
テドはずっと、リリーの言葉が分からないフリをしている。
その方が可愛いリリーの可愛い姿が見られるからだ。
敵が近づき、焦って騒いでいるリリー。
お腹がいっぱいなのに無理矢理餌を突っ込まれるリリー。
意思疎通ができないなりに、クゥクゥ騒いで暴れるリリー。
(あぁ、可愛い)
テドはニコニコしながら、長剣を逆手に握った。
(魔物さんには悪いけど、可愛いリリーがまた騒ぐと思うと楽しいなぁ)
魔物は残った前脚を振り上げるが、テドは地面を転がってそれを避けると同時に、腹の下へ潜り込む。
「スパイダー種なら、糸の一つも吐いてみたら?」
体を縮めて、背筋をバネに剣を突き刺す。そして立ち上がると同時に腹部に突き刺った剣のそのつかを蹴る。
その鈍い剣は、その衝撃を余すことなく魔物の体内へと伝えた。
ドンッ、とその衝撃と共に、その体が爆ぜる。
ドロドロの体液が降り注ぎ、周囲の木々を枯らしていく。
「クゥ、クゥ!」『ケケケ、ヤッテヤッタゼ! サスガ テドダナ!』
「どうしたの、リリー。出てきたら毒の雨を浴びちゃうよ」
その雨を頭からかぶったテドは、くしゅんと小さくくしゃみをした。
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