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04- 仲間は変人あと亜人
しおりを挟む白玉の森の南西にある湖畔のギルドは、とても賑やかな森のギルドに比べてかなり静かで人も少ない。
比較的新しいギルドで、所属している冒険者も少ないだろうし、やっぱり魔物も依頼も森のギルドよりも少ないからかもしれない。
「テド……さんですか。データにはないですね」
「えっ、嘘? 冒険者じゃなかったの?」
「メンバーには登録されていませんね。そもそも、冒険者登録がされていませんし。します? 登録」
パーティの居場所は基本的にギルドに記録されているが、プライバシーと安全性の観点から、パーティのメンバーにしかその場所は教えないということになっている。
テドが弟なのだとしても、メンバーじゃないなら教えてもらえないそうだ。
「うーん……困ったわね。指名依頼を出す? そうすれば受けてくれるかも」
「お兄様を探すのは後でもいいよ。先にリスペディアの行きたいところに行こう。僕はその後でいいから」
「いいの? レベルが上がったところを見せたいとか言ってたのに」
「まだまだ強くなれそうだしね! お兄様をびっくりさせるんだ!!」
と、テドはガッツポーズする。
しかしそんなテドとは裏腹に、リスペディアの頭の中では小さな舌打ちが聞こえた。
『アイツ、キライダ。ニドト、ゴウリュウ シタクナイ』
「えっ、どしたのリリー。リリーもお兄様に会いたいの? そっかぁ、ごめんねリリー。ちょっとだけ待っててね。すぐに会わせてあげるからね!」
『チゲーヨ! ナンデ、オマエハ イツモ ソウナンダヨ!』
何一つ意思疎通ができず、苛立ったリリーは白い毛を逆立ててテドの耳に噛みつく。
肩に乗っていたので、一番手近だったのかもしれない。
その瞬間だった、その傷口から嘘みたいに血が流れ、首筋を滴った。
明らかに肉が抉れ、耳の形が変わっている。
「テド!?」
「んー、なんか痛い……ちょっとリリー、僕はご飯じゃないよ」
(痛くないの……? すごい出血量だけど……)
テドの反応が鈍すぎてちょっと引きながら、リスペディアはテドの耳に指先を向ける。
「……アイホウプ・トザ・スピリト・ァヴゥオータ。イトゴウズ・ハリザントリ・フラム・マイフィンガティプス・リープラドゥース、オウンリ・フォーヒム」
テドの傷は、瞬く間に癒えてなくなり、血も乾く。
「噛まれたのが首じゃなくて良かったわね」
「あははっ。そうだね、死んじゃうところだったよ!」
「あのね、本当に死ぬところだったんだからね?」
『オレハ、ホンキデ コロソウトシタ ワケジャ ナインダカラナ』
リリーは帽子から這い出し、テドの方へと移動する。
一応心配しているらしく、鼻先を擦りつけていた。
『オマエナ、ヒンジャク ナンダヨ』
「もう、リリーってば気をつけてよ? 僕の耳は石ころじゃないんだから、カミカミしても美味しくないんだからね!」
テドはニコニコしながらリリーの頭を撫でている。
(こんなに小さいのに、意外と顎の力があるのね)
「……全く、気をつけなさいよ」
「うん、そうする! リリー、ガブッしちゃめーだよ!」
『オレヲ、コドモ アツカイ スルナ』
「あはは、甘えちゃって、もう! リリーは本当に可愛いなぁ」
「クゥ、クゥ!」
リリーは抗議しているが、確かに甘えているようにも見えなくもない。
怒ってバシバシと尻尾を動かしてはいるものの、さすがに反省したらしく、噛みついたりはしていないようだ。
「……ねぇテド、冒険者登録をしたら、私とパーティを組まない?」
「えっ、いいの?」
「しばらく一緒に行動するんだし、その方がいいでしょ。ほら、さっさと登録して来てくれる?」
「うん、分かった! リスペディアが一緒なら、絶対大丈夫だね!」
「……絶対ではないと思うけど」
リスペディアは、テドの極端なポジティブにも慣れつつあった。
変な奴だが、悪い奴ではないみたいなので。
テドは受付の人について、奥の部屋へと行ってしまった。
リスペディアはロビーのベンチに座り、俯いて深く溜め息を吐く。なんか、楽しいけどすごく疲れた。
「はー……ホント、変な奴……」
「リディアじゃないか」
聞き覚えのある声が聞こえ、リスペディアは顔を上げた。
「そんな深い溜め息をついて、聖女様に何かあったのか?」
「……その呼び方はやめて。なんでもないわ」
「なんでもないなんて、そんなはずがないだろう? ワタシに話してみることだ」
「シエルには関係ないでしょ」
「全く、相変わらず冷たいな」
シエルは亜人の女性で、その下半身は馬、上半身は人間。
特定のパーティに所属せず、馬だけど一匹狼で、傭兵と冒険者を兼業している。
彼女は四足歩行なので、ベンチには座れないし、全体的に体格が大きい。
小柄なリスペディアが二人跨がれるくらいに大きい。
さらに速くて力も強く、戦いにおいても頼りになる人物だ。
「また、一人で旅をしてるんだと聞いたが? いくら魔力が多いとはいえ、物理職なしでは厳しい旅路だろう」
「……関係ないでしょ」
「キミは物理には弱いんだから、ちゃんと用心しておいた方がいいぞ。ただでさえ狙われやすいのに」
「だから一人でいるの」
「ワタシを含めれば、一人じゃないぞ」
「……本当に手伝ってくれるの?」
「そういう約束だったじゃないか。それに亜人なら誰だって、人の役に立ちたいと思ってる」
シエルは前脚を折りたたみ、リスペディアに視線を合わせてクスクス笑った。
黒々とした下半身と、赤褐色の上半身はどちらも逞しい。特に蹄の厚さとその大きさなんて、それこそテドの頭なら容易く踏み砕いてしまうだろう。
けれどその表情は穏やかで優しげだ。リスペディアが心を許す数少ない人物の内の一人でもある。
「どこにいたの?」
「南東よ」
「そんな辺境に、何の用事が?」
「……特殊個体のオーアリザードを探してたの」
「見つかったのか?」
「……ええ。余計なものもね。私、今はもう一人じゃないんだ。紹介させてくれる?」
リスペディアはそう言って、シエルのことをまっすぐ見つめた。
シエルはたくましい二の腕を組んで、「ふむ」と言う。
「おや、リディアが一緒なんて珍しいな。どんな人間だ?」
「男の子。見た目は私と同じくらいだけど、私より年下かもね。それから……ちょっと変わってる」
と、リスペディアが言ったそのときだった。
「変わってる?」
「そう。殴られ屋なんかやってるし、冒険者登録はしてないし、亜人みたいな名前だし」
「怪しいのか?」
「……怪しい……のかな。悪人じゃないと思うけど」
リスペディアは、少し考えて言った。
「やっぱり、さっきの訂正する。テドは、すっごく変わってるの」
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