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02- 案ずるより産むが易しとは言うけども

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「僕、冒険なんて初めてだよ! 楽しみだなぁ!」
「ちょっと、静かにしてよ……」

 森の中でも、テドのテンションはなかなか下がらない。
 斧を担いで鼻歌を歌いながら、スキップしている。
 長い間一人で旅をしてきたリスペディアには、なかなか慣れない。

(でも、テドにも色々あったのよね……)


 リスペディアは、テドと旅をすることが決まったことを、村長に報告しに行ったときのことを思い出す。
 ずっと村で過ごしていたので、さすがに急にいなくなったら心配するだろうしと、挨拶しに行ったのだ。


————

 村長はとても穏やかで優しい好々爺で、初期レベルのテドが旅をすると言うと大層心配してくれた。

「この子はのう、魔物と戦ったことがないのじゃよ」
「えっ? いやでも、森で木こりをしてましたよ?」
「魔物が来たら逃げてたしね。ほら僕、初期レベルだし!」
「胸を張ることじゃないからね?」

 リスペディアはなぜか自慢げなテドを冷ややかな目で見る。

「大丈夫ですよ、村長さん。私、魔物との戦いは慣れてるんです。ずっと一人で旅をして来ましたから」
「えっ、リスペディアって可愛いのにボッチなの?」
「黙りなさい」
「あははっ。大丈夫だよリスペディア。これからは僕とリリーがリスペディアの仲間だよ! 魔物とは戦ったことないけど、人間相手なら自信あるよ!」
「アンタは殴られる専門でしょ。何言ってんのよ」

「ほっほっほ。仲が良いのう」

 村長は目を細めて微笑んだ。
 
「テドはのう、不憫な子なのじゃよ」
「ワクワクするね!」
「不憫なのは頭の中身だけじゃないんですか?」

 辛辣なリスペディアを無視しして、村長は話を進める。
 
「この子はのう、レベルが上がらないのでな。兄とその仲間に冷遇されておった。細かい事情はわしらにも分からんのじゃが……ついには見放され、この辺境の村に置き去りにされてしまったようでの。この村は獰猛な魔物が住む森に囲まれておる。魔物と戦った経験のないテドは、脱出できぬのじゃ」

「えっ、置き去り? 弟なのに?」
「弟としては、扱われておらんかったようじゃ。洗濯、炊事など雑事を押し付けられ、メンバーとはほとんど会話もせんかった。しかしこの性格じゃからの、本人は気にしていないようだったんじゃが……あまりにも見ていて気の毒じゃったぞ」

 と、村長は悲しそうに首を振った。

「あの子がああして、『殴られ屋』に固執するのも、兄のせいなのじゃ。『殴られ屋でもすれば、強くなるかもしれない。強くなれば、また迎えに来る』などと教えられたせいで……」
「リリー! 僕、一人前の殴られ屋になれるかな!?」
「クゥ!」

「……ねぇリリー、この子、本当に人間なの? トリとかリザードの亜人じゃ何かじゃなくて?」
『ニンゲンジャ ナカッタラ、イシソツウ デキル』

(あぁ、なるほど。テレパシーって、強制的に読心させてるってことなのね)


 ステータス・オープンの応用で、特殊なスキルがあれば相手の思考を読める。
 リリーはそれを逆に作用させて、自分の思考を読ませることができるのだろう。
 
 亜人は人間よりもスキル適性が高いので、そういうのは亜人相手の方が上手くいくのかもしれない。
 

(でも、テド以外にはテレパシーできるんでしょ?)
「クゥクゥ」『ダレニデモ デキルワケジャネーヨ。ホトンド。ニンゲンイガイハ シッパイシナイ』

 と、リリーは言う。
 やっぱり、テドは人間ということらしい。


「……ねぇ、テド。私、聞きたいんだけど。アンタ、兄さんを恨んでないの?」
「お兄様を? なんで?」
「だって、アンタはあの村に置き去りにされたんでしょ」

「別に、置き去りにされたわけじゃないよ。僕は望んで残ったんだ」
「望んだって……『殴られ屋』を?」
「うん。僕が聞いたら、お兄様がそうしろって。もし強くなって再会したら、仲間として好きな仕事をさせてくれるって言ってたし」

「でも、ずっと脱出できなかったんでしょ?」
「それは、僕が弱いのがいけないんだよ。それにね、毎日頑張ってたら、少しずつ強くなったんだよ!」
「頑張るって、何を頑張ってたの?」
「木を切ったり、ランニングしたり、毒キノコを食べたりしたよ!」

(毒キノコはよく分からないけど、とにかく涙ぐましい努力ね……)

 個人の能力値は、生まれ持った種族とレベル上昇によるステータスでほぼ決まる。
 
 経験値を得る方法は魔物を倒す以外にもあるが、それでもずっと初期レベルということは、多分テドはそのどれもが無効化されてしまっているのだろう。


「っていうか、アンタって、木こりをしてたのよね? この辺りの木を」
「うん。この斧でね。宿屋のおかみさんに、薪を持って行ってあげるんだ」
「この辺りの木って、かなり硬いと思うけど……」
「最初はビクともしなかったけど、強くなってきてね。今ではちゃんと切れるようになったんだよ!」
「強くなるって……レベルは上がらないんじゃなかったの?」
「うん、でも他にもステータスを上げる方法はあるでしょ? ……ああっ! 魔物だ!!」
「えっ、魔物?」

 テドは担いでいた斧を剣みたいに水平に構え、指した。思ったより筋肉質な腕をしている。
 その先を見ると、確かに遠くの方から、魔物が近づいてきている気配がする。魔力反応で探れるのだ。

「よく気づいたわね……」
「リリーが教えてくれるんだ」

 テレパシーで喋る魔物だし、魔力探知にも長けているのも納得できる。
 リスペディアは「なるほどね」と納得しかけて、「いやでも」と続けた。
 
「いやでも、リリーの声は聞こえないんでしょ?」
「声? 聞こえるよ、クゥクゥって言ってるじゃん」
「……そうね、取り敢えず魔物に集中した方がいいかも」

 魔物は単独だ。多分この森にいるこの反応なら、スパイダー種。一体しかいないのは僥倖と言える。


「……ちなみにその斧って、武器のつもり?」
「そうだよ。魔物に毒は効かないし、大きな武器の方がいいって聞いたんだよね。木以外切ったことないけどさ、ほら、多分当たれば痛いでしょ?」
「はぁ……アイプレイ・トザ・スピリト・ァヴィジァビス。イトスプレズ・ヴェーティクリ・フラム・マイフィンガティプス・カネクティング」

 リスペディアは、指先を使って空中に円を描き、そこに腕を差し込む。
 そしてそこから、剣の柄を握って引き抜いた。

 まるで手品みたいだが、これは別次元にあるストレージにアクセスしているだけで、この剣も念のために持ち歩いている。

「はい、どうぞ」
「えっ、くれるのっ!?」
「……そんなに喜ばれるほどいいものじゃないけど、ほしいならどうぞ。武器は攻撃するときに道具補正がつくの。だから斧やツルハシより、剣の方がいいわ。これはギルドで配ってるものなの。どうせ、私は使えないし、好きにすればいいわ」

「賢者さんって、剣が苦手なの?」
「使うとレベルを吸われちゃうのよ。与えたダメージが大きいほど、レベルをたくさん与えることになる。相手を殺せばレベルは回収できるけど、レベルが上がった分向こうの体力は回復するし、効率が悪いのよ」

「そっかぁ……あっ、良いこと考えた! 僕のことを切りつけてみてよ! すっごくたくさんレベル上がるんじゃない!?」
「アンタ、死にたいの?」
「あ、そっか! レベルは上がるけど、死んじゃったら意味ないもんね。分かった! じゃあ、死なない程度にいい感じで殴ってみて!」

 なんか「そんなことをするよりも私の魔法で吹き飛ばした方が早い」ということを説明するのも面倒になったリスペディアは、さっきのビンタよりもやや強めにテドの頬を右手で殴る。

 歯を食いしばったテドは、それでも結構な衝撃でよろめいたが、この前よりも反応は激しいものではなかった。
 
 どうやらこの前はちょっとオーバーリアクションしたらしい。リップサービスというのも、嘘ではないようだ。

「……上がってる! このステータスなら、十分だね! 魔物とは戦ったことないけど、大丈夫だよね!」
「えぇ……ちょっと、一旦落ち着いて……」


ーーー

テド Lv.21

ーーー


(しまった、少なすぎた……力加減が難しいわ)

「待ってテド、21じゃまだ、ここの魔物は早……」

 止めるリスペディアを無視して、テドは持ったばかりの剣を引き下げ走って行った。
 リスペディアは仕方なく、その後を追う。

「テド、待って!」


 姿を見せたのは、案の定スパイダー種だった。大きな黒い体と、毛むくじゃらの脚。
 リスペディアには、その魔物の正確な名前は分からないが、おおよその種族でその特性は分かっている。

 奴らスパイダー種は、その複眼とキモい全身の体毛つまりセンサーにより、何よりも獲物の追跡に長けている。
 糸を使い死角から襲い掛かり、生け捕りにして巣に持ち帰り、捕食する。
 
 この辺の魔物はかなり手強い。
 
 推奨レベルは50以上、21レベルでは、まともに攻撃を受けなくても致命傷になってしまう。
 持ち帰られるまでもなく。


(うぅ……気持ち悪い……)

 リスペディアはこのスパイダー種を見ると、いつも背中がぞわぞわしてしまう。できれば視界に入れたくない。関わりたくない。
 けれど、無鉄砲に突っ込んでいったテドを見捨てるわけにもいかない。

 次の瞬間、その前脚は見事に切断された。
 リスペディアは目を見開き、一瞬思考が止まる。
 するとまるで野菜みたいに、クモの体が一瞬で両断された。

「……は?」

 思わず唖然とするリスペディアの頭上から、紫色の血飛沫が降り注ぐ。
 さっきまでそこにいたはずのスパイダー種はぐちゃぐちゃに崩れ去って肉塊となり、周囲の木々もなぎ倒されている。

「あれっ?」

 テドは不思議そうに首を傾げて、呟いた。

「僕、魔物ってもっと強いと思ってたんだけどな」
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