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#2 スケッチブック

12 森を歩く

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 この島には時計がない。
 時計もないし、カレンダーもない。

 アインに言わせれば、時間も日付も、別に分からなくても不便はないらしい。

 日が昇れば鶏が鳴くし、日が沈めは烏が鳴く。
 それで十分だという。


 俺はといえば、起きている間は時間を正確に測れるというちょっとした特技を持っているらしかった。

 それが訓練して身に着けたものなのか、生まれつきのものなのかは分からない。
 昔からそうだということは、なんとなく分かったけど。


 その特技のお陰で、似たような鳥の鳴く声に聞き耳を立てなくても、日没までの時間くらいは把握できるのだった。


 そんなある日、アインは、俺を森の散策に連れて行ってくれた。

「どういう風の吹き回しだよ? この前は、駄目って言ってたのに」
「アンタはもう子供じゃないんでしょ」

 少しは大人として見てくれるようになったのだろうか。
 不覚にも嬉しかった。もう子供じゃないのに。

「行こうか」
「分かった」
「ちゃんと付いてきなよ」

 アインは、深い森の中に入っていく。
 俺は、いつも見送るだけだったその背中を追いかける。

 足下は木の根や木の葉のせいで滑りやすくて仕方がない。
 泉へ向かう道はやはり、かなり整備されていたらしいと俺は思い知った。


「大丈夫?」

 アインはそんな道を、当然のように足早に歩いていく。
 俺は慣れない獣道に四苦八苦しながらも、なんとか彼女の後を追った。

「大丈夫」


 普通に歩くよりも何倍も疲れる。

 早くも息が上がって、それでも俺は半ば意地になって必死でアインに付いて行く。

 アインはそのまま、時折俺を振り返りながら、スタスタと歩く。
 そしてしばらく経ってから、俺の方に近づいてきた。

「そんなに音を立ててたら、獲物がみんな逃げちゃうでしょ。もっと静かに歩かなきゃ」
「そんな、はぁ、はぁ、俺……」
「ふふっ」

 アインはクスクス笑う。
 俺はその、悪戯な表情に少し違和感を覚えて軽く首を傾げた。


「なんで、はぁ、笑ってるんだよ……」
「アンタって、ただアタシの後を付いて来てたの?」
「そうだ、はぁ、ついて来いと言ったのは、はぁ、アインだろ……」
「じゃ、今アンタがどこにいるか、分かる?」
「それはもちろん、森の奥の方じゃ……」
「振り返ってみて、ほら」

 そう言われて振り返り、俺は目を見開いた。
 そこには、泉があった。

「……え?」
「アンタが歩いて来たのは、いつもの道と同じくらいの長さ。最後に反転したりもしたけど、アンタは気が付かなかったみたいだね」
「……」

「ふふっ。いいよ、誰でも最初はそんな感じ。アタシもそうだった。明日も、一緒に森を歩けばいいよ。そうやって慣れて」
「……うん」
「そんなに落ち込まないで。もう、全く」

 俺はまた、アインに慰められた。

「レビィ?」

 ああ、なんか。
 彼女に呼ばれる名前があるって、いいな。
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